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火事 前編

 帝が住まう内裏から真っ直ぐ南に伸びている大路。その先に都を囲う塀から出るための大門がある。


 力ある妖の公家が住まう地域は自然と治安も良くなるが、力なき人間の住まう門付近には都の外を根城にする荒くれ者も時折現れた。

 同じ都として囲われているというのに随分と違うなと、美鶴は大門を見上げながら思う。


 数人がかりでなければ開けられないような大きな門は、屋根部分を見れば装飾がふんだんに施されているのが分かる。

 意匠の良し悪しなど分からなくとも、緻密な彫刻はかなりの技術が必要なことくらいは察せられた。


 それほどに力を入れて作り上げた門だというのに、主に利用しているのは平民である人間だけだ。

 公家の妖達は父が仕える中級貴族の様な一部の者を除き、滅多に外へ出ることはない。

 出ることがあるとすれば戦にでも赴くときだけ。

 その戦も久しくない今日(こんにち)、やはり公家の者が利用することはないのだろう。


 目的の門の近くについた美鶴は、運命のときまですることもないので結局言いつけられた反物を探していた。

 このような治安の悪い場所で綺麗な反物など落ちていたら、すぐに盗られてしまうに決まっている。

 見つかるわけがないと思いながらも、地面に目を向けて付近をうろうろと歩いていた。


 このような治安の悪い場所を地面を見ながらひたすらうろついている娘。

 傍から見ていても怪しかったのだろう、訝し気な視線をひしひしと感じていた。


「嬢ちゃん、さっきから見ていればこんなところをうろうろと。何をしているんだ?」


 ついには声をかけられ、美鶴は慌てて顔を上げる。

 不審者と思われてしまっただろうか。

 などと思ったが、見上げた男の顔を見て違うのだと理解する。


「ほお……みすぼらしいなりをしてるが、なかなかのべっぴんじゃねぇか」


 にやにやと下卑た笑みを浮かべる無精ひげの男。

 明らかに親切心や正義感から声をかけてきたわけではないことが分かる。


「今日はついてるぜ。値が張りそうな反物にいい女も見つけるなんてな」


 そう言って上げた男の左手には、紫地の古路毛都々美(ころもつつみ)


「反物?」

(反物って、もしかして……)


 春音への土産かもしれないと瞬時に思ったからだろうか、美鶴は“反物”という言葉につい反応を示してしまった。


「おや? 嬢ちゃんはこれを探してたのかい?」


 笑みを崩さぬまま男は布を開いて見せる。


(藤柄の反物。父さんの言っていた土産の品だわ)


 聞いていた特徴と一致する。

 だが、男の様子からして簡単に返してもらえるとは思えなかった。

 それに、例え返してもらえたのだとしても自分はこれを持って家に帰ることはないのだ。目の前の反物が春音の手に届くことはないだろう。


(違うと言ってこの人から離れよう)


 家に引きこもることが多く世間知らずな部分もある美鶴だったが、人の悪意には敏感だ。

 男の浮かべる笑みが何らかの悪意から来るものだという事だけは何となく理解する。


(これ以上この人と関わってはいけない)


「あの、違うようですので――」

「おお、これはあんたのか!」


 違うと主張する声を遮った男は、否定の声を無視して反物は美鶴のものだと決めつける。


「ちゃんと返してやるから、ちょいと俺に付き合ってくれないかい?」

「え? やっ!」


 強引な話の持って行き方に不安を覚え、すぐにでも逃げようとするが少し遅かった。

 男から離れる前に彼の手が美鶴の腕を掴む。


「ほら、こっちに来るんだ」

「い、嫌です。離してくださいっ!」


 強い力に恐怖を覚え叫ぶが、男が離してくれるわけもなく美鶴はそのまま引きずられるように連れて行かれてしまう。


 周囲から感じるのは哀れみの視線。

 だが、助けようとする者はおらず目が合った人はさっと視線を逸らしていく。

 関わりたくない。態度がそう物語っていた。


 少し悲しくも思うが、治安が悪い場所を女一人でうろついていた自分にも非はあるのだろう。

 例え自らの意思ではなくとも、周囲にはそのようなことは分からないのだから。


 だから、助けてもらおうなどとは思っていない。

 どちらにせよあと僅かの命なのだと、それを思うと少し冷静になれた。

 この男が自分をどうするつもりなのかは分からないが、大したことは出来やしない。


(だって、きっともうすぐ……)


「かっ火事だー!」


 どこからともなく叫び声が聞こえた。

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