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異能の娘 後編

 土間で夕食の下準備をしていた美鶴の耳に外の騒がしさが届く。

 どうやら父が帰って来たようだ。

 母の言った通り夕刻前には帰って来れたらしい。


 出迎えた母と春音の明るい声も聞こえる。

 本来であれば美鶴も出迎えるべきなのだが、父はもはや自分を娘とは思っていない。


 少々野心家の父は、初めは美鶴の異能を恐れつつも出世のために利用できないかと考えていたようだった。

 だが予知は出来てもそれを回避することは出来ず、すぐに役立たずの烙印を押されてしまった。


『使える異能ならばまだ良かったものを……』


 諦めの溜息と共に告げられた言葉。

 その言葉を口にしたときが、父が自分を娘として見ていた最後のときだったのかもしれない。


 以後、父は美鶴をものとしてしか扱わなくなった。

 同じ家の中にいたとしても気にも留めない。

 おそらく死んだとしても、物が壊れてしまったのと同じような感情しか抱かないのだろう。

 それを寂しいとすら思わなくなった自分も、おそらく人としての心が死んでいる。


 どうせ呼ばれもしないのだからと料理を続けていると、珍しく父が美鶴を呼んだ。


「美鶴! 美鶴はいるか⁉」

「っ! は、はい!」


 少々苛立った、怒声に近い声が怖い。

 そのような声に呼ばれ行きたくなど無かったが、行かなければ余計に怒らせるだけだ。

 怒らせた分、手を上げられる確率も上がってしまう。


 慌てて外に出た美鶴を父はぎろりと睨む。


「全く、主人が帰って来たのに出迎えもしないのか? ただでさえ不要なものだというのに礼儀もなっていないとは……しつけ直さねばならぬようだな?」

「っ!」


 握られた拳にぐっと力を込める父を見て、美鶴は記憶にある痛みを覚悟し身構えた。

 機嫌の悪いときの父はよく美鶴に手を上げる。

 娘とは――人とは思われていないのだ。

 父にとっての美鶴への暴力行為は、ものに当たるのと変わりないのだろう。


「もう父さん! そんなことより早く反物を拾って来させてよ」


 だが、今日は止める者がいた。

 春音が父の袖を掴み何かを催促している。


「おお、そうだったな。お前への土産の方が大事だ」

「そうよ、姉さんのことなんてどうだっていいじゃない」

「……」


 どうだっていい。春音の美鶴への感情はそれが全てだ。

 一応姉という認識はあっても、家族の枠組みには入っていない。

 いれば使用人のように使えるけれど、別にいなくとも何とも思わない。


 今も、父を止めて美鶴を助けたというわけではない。

 言葉通り、どうでも良かっただけなのだ。


 だとしても殴られなかったことにはほっとする。

 いくら死を待つ身だとしても、痛いのは極力避けたい。


「美鶴、大門に行って落とし物を探してくるんだ。大事な春音への土産があの辺りで転げ落ちてしまったらしい」

「大門……」


 父の話では、今回何人か雇った運脚(うんきゃく)の一人が大門の辺りで一度転げて荷物を落としたらしい。

 土産を無くしたのはその辺りに間違いないとの事だった。


「紫の古路毛都々美(ころもつつみ)で包んである。必ず見つけて持って来い」

「……」


 少しだけ苦い思いを呑み込んだ美鶴は、何も答えず振り切るように家を背にした。

 覚悟は決めていたはずなのに、いざそのときが来てしまい多少なりとも動揺してしまったようだ。


(……父さんの言いつけだったのね。私が大門に行く事になったのは)


 美鶴は三日前に予知夢を視た。

 大門付近の小屋が火事になり、次々と燃え移っていく様を。

 そして、焼け落ちた柱の下敷きとなり呆気なく死んでしまう自分の姿も。


 基本的に家に引きこもっている自分がどうして大門になどいるのか分からなかったが、父の言い付けだというなら納得だ。


(……今、私が大門に行ったら死んでしまうと伝えたら少しは躊躇ってくれるかしら?)


 最後だからだろうか。

 無くなったと思っていた父への愛情を僅かにだが期待してしまう。

 だが、すぐにあり得ないと首を振った。


 予知は変えられない。

 おそらく、大門に行きたくないから虚言を口にしているのだろうと責められるだけになるだろう。


(変えられないのだから、もういい)


 あとは死に向かうだけだというのに、更に噓つきだと罵られたくはない。

 このまま何も言わずに別れよう。


 心とは裏腹に晴れ渡った青空を見上げ、美鶴は大路へと足を進めた。

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