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妖の帝と異能の妻

(もふもふが沢山……)


 弧月の登場に余裕が生まれたからだろうか。

 美鶴は場違いにもそんなことを思ってしまった。


 だが仕方ないだろう。

 以前触れた絹糸の様な美しい毛並みのしっぽが三本から九本に増えているのだから。


(弧月様のしっぽは本当は九本だったのね……そういえば以前見せて頂いたときは力を抑えていると言っていたような)


 思い返しながらつい無意識にしっぽに手を伸ばそうとして、弧月の声に引き戻される。


「さて……この者達はなんだ?」


 軽く見回し、見知らぬ平民のことをまず問う弧月に慌てて答えた。


「あ、私の父と妹です。弧月様が来て下さったなら私はもう大丈夫ですから、炎を消していただけますか?」

「そうか。ならばやり過ぎるわけにもいかぬな」


 連れ戻されるのは困るし、変わらず自分のことを道具のようにしか思っていなさそうな父と妹にかける情は少ない。

 だが、酷い目に遭って欲しいとまでは思わないのだ。

 そんな美鶴の意図を汲んで、弧月は二人の袖についている青い炎を消してくれた。


 二人は炎が消えると、そのまま気を失ってしまう。

 その腕は少々火傷しており、やはり弧月の炎は普通の妖狐のものとは違うのだなと思った。


(幻火ではないということかしら? それに、この御姿も……)


「弧月様は、九尾だったのですね」


 軽い驚きと共に呟く。

 九尾の妖の存在は小夜から聞いていた。

 数百年に一度現れるかどうかという希少な妖狐だと。


 そんな珍しい存在のことを詳しく話す小夜を不思議に思っていたが、弧月がそうであったからなのだなと納得した。


「ああ、そうなのだが……美鶴は大丈夫なのか? 俺の妖力に当てられてはいないか?」

「え?」

「妖力の圧によって、普通の妖でも立っていられなくなる。人間なら気を失ってもおかしくはないのだが……」


 何故だ? と不思議そうに問われた。


 弧月の言っていることがよく分からない。

 確かによく見ると、弧月の体からは陽炎のように何かが溢れ出しているのが見えた。だが、気を失うような圧など感じない。


 大袈裟ではないかと周囲を見回すと、小夜が床に突っ伏すように倒れているのが見える。

 灯と香も「むきゅう……」と目を回していた。


「うっ、このっ……」


 苦し気に呻く碧雲は、床に突っ伏すことはなくともまともに立ってはいられない様子で……。

 何故? と疑問に思うが、一つ思い当たることがあった。


(私の異能は、弧月様の妖力で番の印として与えられたもの……)


 ならばこの身の内に弧月の妖力と同じものがあるということだろう。

 今九尾となった弧月の妖力に当てられずに済んでいるのはそのせいかもしれないと思った。


「まあ、なんにせよ美鶴が大丈夫なら問題ない。早々にこの場を収めてしまおう」


 良かった、と安堵した弧月は優しく美鶴を見ていた紅玉の目をすっと細め、怜悧な眼差しを碧雲に向ける。


「さて碧雲。その様子ではまともに戦うことも出来ぬと思うが?」

「こ、げつ……お前、その姿は……」


 弧月の問いかけに、しかし碧雲はただ驚愕の色を見せる。


「ああ、東宮と定められ内裏に入ってからは本来の力を出すことはなかったからな……だが、見ての通りだ」

「くっ……九尾か。だが、所詮は狐だ……鬼こそが、最強なのだ!」


 弧月を映す金の目に燃え盛る炎を宿し、碧雲は足に力を入れ真っ直ぐに立つ。

 風もないのにざわりと藍色の髪が揺れ、額から二本の角が生える。

 そこには、怒りに燃えた鬼がいた。


「……俺の妖力に対抗出来るのは流石ではある。だが、忘れてはいないか? 俺が鬼の血も引いているということを」

「それがなんだ! 鬼の血を引いていようと狐であることに変わりはない。幻火しか扱えぬ狐に鬼の炎が劣るわけがなかろう!」


 叫び、碧雲はその手の平に赤い炎を出現させる。

 その揺らめきは大門の火事を思い起こさせ、美鶴は知らず身震いした。

 だが、その恐怖も弧月の手が払ってくれる。

 片手で優しく髪を撫で、安らぎを与えてくれた。


 敵である碧雲と対峙している最中(さなか)でも自分を気遣ってくれる弧月に、胸の奥が温かくなる。

 このぬくもりこそが自分の幸せ。

 やはり、弧月無くして自分の幸せはあり得ないのだと美鶴は再び思った。


「そう思うならば見せてやろう。鬼の血も受け継ぐ九尾の炎を」


 髪を撫でた手で優しく美鶴を抱いたまま、弧月はもう片方の手に青い炎を出現させる。


「良いだろう、その娘共々燃やし尽くしてくれる!」


 叫びと同時に碧雲の赤い炎が放たれ、対する弧月も青き炎を放つ。

 双方の手を離れた炎は真っ直ぐにぶつかり、拮抗し合うかに見えた。

 だが、押し合うことなく青い炎が赤を包み吞み込む。


「なっ⁉ なにが⁉」


 赤の炎を吞み込んだ青い炎はそのまま碧雲に向かって行き彼を包み込んだ。

 青い炎に包まれた姿は先ほど灯の幻火に包まれたときと同じ。

 だが、包まれた碧雲の様子はまるで違った。


「ぐあぁっ! 熱いっ! 何故だ? 何故たかが幻だというのに熱を感じる⁉」

「だから鬼の血も受け継いでいると言ったであろう?」


 叫びの中に戸惑いの言葉を混ぜながら膝を付く碧雲に、弧月は平坦(へいたん)な声で話した。


「確かに妖狐の炎の本質は幻を見せる幻火だ。それは九尾であっても同じ」

「ならば何故熱いぃ⁉」

「それは何度も言っているだろう? 鬼の血を受け継いでいるからだと。俺は自分の意志で炎の性質を変えることが出来るのだ」


 妖狐としての幻火と鬼の血を受け継ぐ者としての熱き炎。そのどちらも使えるのだと語る。

 そして腕を軽く振り、一度炎を消した。


「ぐっ……うぅ……」

「理解したならばもう良いだろう。後は取り調べまで大人しくしているがいい」


 淡々と告げると、弧月はまた青い炎を出し碧雲を包む。

 ただ、今度は熱いと騒がず朦朧とした様子でゆっくりと床に伏した。

 どうやら今回の炎は幻火だったらしい。


「余罪もありそうだ。藤峰共々しっかり調べ上げて罰しなければな」


 静かになった弘徽殿に弧月の呟きが響き、その姿が人のものとなる。

 ふさふさの耳としっぽがなくなり少々寂しく思った美鶴だったが、あのままでは小夜達が床にくっついてしまいそうだ。

 仕方がないと諦めた。


「美鶴、本当に大丈夫か?」

「え? はい、大丈夫ですよ」


 九尾の妖気に当てられなくとも襲われ連れ去られそうになったのだ。

 臨月の身では尚辛いだろうと心配されてしまう。


(確かに少し前から重苦しい辛さはあるけれど、臨月に入ってから度々感じたものと変わりはないし……)


 大丈夫だと思う。

 だが、少々休ませてもらった方がいいかもしれない、そう思ったときだった。


「うっ……」

「美鶴?」


 先ほどまでより強くなってきた辛さについ呻く。


「だ、大丈夫です」


 弧月に心配させないように笑顔を浮かべてみるが、また苦しい痛みにそれも歪んだ。


(まさか御子に何か?……いえ、この感覚は――)


「うっ……美鶴様? もしや、陣痛が始まっておられるのではございませぬか?」


 弧月の妖力の圧が無くなったことでなんとか体を起こした小夜に聞かれる。

 陣痛は月のものの痛みを強くしたようなものだと聞いた。そして、波のように一定の感覚を置いて起こるのだと。


「……そう、かもしれません」


 重い痛みは徐々に強くなっているし、一定の感覚を開けて痛む気がする。

 元々いつ生まれてもおかしくない状態だったのだ。今陣痛が来たとしてもおかしくはない。


「は? なっ⁉ う、生まれるのか? 一先ず横に――いや、まずは医師(くすし)か?」


 先ほどまで強き妖帝として引き締まっていた弧月の顔が少々うろたえた表情になる。

 その落差がどこか可愛らしく思えて、美鶴は「ふふっ」と笑ってしまった。


「そうですね、女医(にょい)を呼んで下さいまし。私は小夜と共に移動致します」


 出産は白綾屏風などですべてを白にしつらえている部屋で行う。

 しばらく前から準備はしていたが、少々離れているため移動しなければならない。


「そうか。……だがやはり心配だ、何故俺は立ち会ってはならぬのか!」


 ぐっと眉間にしわを寄せ嘆く弧月を愛おしく思う。

 出産時に多く出る血を苦手に思う殿方の方が多く、立ち会いたいなどと言ってくれる方は稀だ。

 こうして思い嘆いてくれるだけでもとても嬉しかった。

 だが、気力を取り戻し、しっかりと立ち上がった小夜がピシャリと告げる。


「そうやってうろたえているだけならばいても意味がないからです!」


 まなじりを吊り上げて、慌てる弧月の言葉をばっさりと切った。

 普段の丁寧な物言いが崩れているのは、小夜も多少は慌てているからだろうか。


「主上は女医を呼んだら族の捕縛を取り仕切って下さいまし。このままでは美鶴様が無事にご出産なされても安心して戻っては来られませぬ」

「わ、分かった」


 弧月から美鶴を奪うように引き離し、小夜ははっきりと弧月がするべきことを告げた。

 臣下であるはずの小夜にたじたじになっている弧月を見て、もしかしたら本当に最強なのは小夜なのかもしれないと美鶴は思う。


「灯! 香! しっかりおし! 美鶴様のご出産ですよ、準備を手伝いなさい!」

「ふぁ、ふぁいっ!」

「りょ、了解ですぅー!」


 小夜の叱責に双子も少々ふらつきながら立ち上がる。

 そんな三人に手伝われて白装束を身に纏った美鶴は、部屋に移動し出産に臨んだ。


 そして数刻後。

 陽も落ち人々が寝静まる頃に、宮中の端で元気な産声が上がる。


 美鶴は無事、男の御子を出産した。

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