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襲来⑤

 どくどくと、早まった脈の音が耳奥に響く。


(今の話が本当なら、私の異能は弧月様に与えられたということ?)


 異能があったせいで両親から愛されなくなり、周囲の人達からも異様なものを見る目を向けられていた。

 異能がなければと何度呪ったことか。


 その異能を与えたのが弧月だというならば、恨みを抱いてもおかしくはないだろう。


 だが弧月と出会い、必要とされ、愛されることで逆に異能を持っていて良かったと思うことが増えた。

 大切な子も出来て、幸福を知った。


 その幸せを与えてくれたのも弧月だ。


 恨みたい気持ちと愛しい気持ちが水と油のように混ざり合うことなく共に渦巻いている。

 どうしたらいいのか分からない。


 だが、続けられた碧雲の言葉にはっとする。


「お前を不幸にした男は始末してやる。腹の子も産まれたら処分してやろう。事情を知ったお前の父は前とは違いお前を必要としている。迷わずあるべき場所に戻るといい」

「っ⁉」


 憐みの言葉。

 だが、その言葉に美鶴は強い拒絶を覚えた。


(弧月様を始末する? 子も産まれたら処分する? 父さんが、私を必要としている?)


 弧月が死ぬのも、子が死ぬのも駄目だ。絶対にあってはいけない未来だ。

 それに、父が必要としているのは愛する娘ではなく病んだ母の世話をする道具としての娘だろう。

 腕を掴む容赦のない力強さからも、優しさなど欠片も感じられないのがその証拠だ。


(この子を守らなくては)


 迷いようもない子を守りたいという気持ち。

 その純粋な強い思いを自覚して、全ての迷いが吹き飛んだ。


 不幸の原因である異能を与えたのが弧月だとしても、死ぬ運命だった自分を救いあげ愛してくれたのも弧月だ。

 自分を不幸にしようという意図を持って番の印を刻んだわけではないのだから、そのことを責めても仕方のないこと。


 変えられぬ過去を思い悩んでなどいられない。

 大切なのは今と未来だ。

 今の自分は幸せであり、その幸せが未来まで続くための選択をする。

 そして今の幸せを形作っているのは弧月だ。

 彼の方無くして自分の幸福はあり得ない。


 水と油だった、恨みたい気持ちと愛しいという感情。

 恨みはやはり消えないが、小さくなり愛情が包み込む。


 そうして、美鶴は決意した。

 今の幸福を形作る全てのものを愛し守ろうと。


「いいえ……いいえ、戻りません。私の居場所はここです。帰る場所は弧月様のお側以外にありません」


 決意を言葉に込めて、足に力を入れる。

 天に引かれるように背を伸ばし、真っ直ぐ金の目を睨み返した。


 もう一時たりとも迷わない。


「私は妖帝・弧月様の妻にしてその御子の母。今の私を形作るものは、それが全てです」

「……愚かなっ!」


 途端、憐憫(れんびん)の情を張り付けていた碧雲の顔に憎しみの色が戻る。

 今この瞬間、碧雲にとって美鶴は憐れむべき弱き者ではなく敵となった。


「力を与えられただけの平民風情が……今すぐ腹の子ごと殺してもいいのだぞ?」


 地を這うような低い声に気圧(けお)されそうになる。だが、迷わないと決めた。

 美鶴は負けぬように顎を引き、揺るがぬ意思を視線に込める。


「そんな! それでは話が違います」


 叫んだのは父だ。

 碧雲の殺気を感じ取ったのかもしれない。


「ならばさっさと連れて行くのだな。目障りだ」

「は、はは! そら、早く行くぞ美鶴」

「いやっ!」


 慌てて引く父に抵抗すると、黙って見ていた春音も近付いて来た。


「我が儘言わないで姉さん! 本当に殺されるわよ? 私たちは家族として助けてあげようとしてるんじゃない」


 つい先ほど病んだ母の世話をしろと言った口で恩着せがましいことを言う春音に呆れる。

 生まれたときから見ているのだ。どちらが本音なのかは問い質さずとも分かる。


「これ以上失望させるな! 前までと違って今はお前を必要としてやっているんだぞ⁉」

「い、やっ!」


 抵抗するが、怒り出した父の力は強く春音も加わった。

 重い衣を纏っていても引きずられてしまう。


「美鶴様!」

「美鶴様を離しなさい!」

「おやめなさい! 連れてなど行かせません!」


 灯と香、そして小夜が叫ぶ。

 だが、三人の前には碧雲が立ち塞がった。


「お前たちこそ邪魔をするな。あまりに煩いと貴族の娘であろうと始末するぞ」

「くっ!」


 碧雲の圧に三人は動けない。

 このまま連れ去られてしまうのかと思いかけたそのとき、父と春音の袖に青い炎が突如現れた。


「ひっ⁉ 何だ⁉」

「やだっ、熱いっ!」


 炎に驚き美鶴を離した二人は床に伏し火を消そうとのたうつ。

 その様子を驚き見ていた美鶴の耳に、愛しい声が届いた。


「俺の妻をどこに連れて行くつもりだ?」


 静かで冷ややかな声音。

 怒りを内包した声はそれほど大きな声でなくともその場に響いた。

 直後に美鶴の身を包んだ腕は温かく、怜悧な声とは裏腹に優しい。


「弧月様……」


 必ず来てくれると信じていた存在の登場に、美鶴は安堵の息を吐いた。

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