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襲来④

 不機嫌そうな父と妹の表情。

 それは平民として生きてきた間ずっと見ていたもので……。

 一瞬、今までのことが全部夢だったのではないかと錯覚してしまう。


 心穏やかな日々。

 身籠り、愛されるということを知り、守りたいと強く思った。


 それらの大切なことが父と春音の顔を見ただけで夢幻のように儚く消えそうな感覚に陥る。


「とう、さん?」

「ふん、ちゃんと覚えているじゃないか。こんなところにいて、親の顔を忘れたのかと思ったぞ?」


 不機嫌に皮肉を口にする様はやはり父だ。

 美鶴を我が子とも思っていなかったことを棚に上げる傲慢さも、父そのものだった。


「何でもいいから、帰るわよ姉さん。姉さんがいなくなってから母さんが大変なことになったんだから」

「え……?」


 母のことを面倒そうに語る春音に、一体何があったのかと戸惑う。

 仲の良い母子であった二人。このようにうんざりした様子で語られるようになるとは。


「大門の火事の後、お前はいなくなった。死人はいないと聞いたが、状況的に死んだと判断した」


 淡々と語る父の様子を見るに、父本人はやはり自分が死んだとなっても特に何も思わなかったのだなと知った。

 それを寂しいと思うくらいには、かつての家族を美化していたのかもしれない。

 愛されていたときもあったのだ、と。


「父さんと私はまあ仕方ないなとしか思わなかったけれど、母さんは違ったわ。ずっと泣きながら『ごめんなさい』って謝り続けて、病んでしまった」

「っ!」


(母さんが?)


「その母さんの世話を私がしているのよ? どうして私がそんなことをしなきゃならないのかしら。姉さんが原因なんだから、姉さんが世話をすればいいのよ」


 父に続いて母のことを語る春音の様子もうんざりといった様子で、あれほど可愛がられていたというのに母を労わる様子が感じられない。

 父と春音は似ている。

 昔から度々思っていたが、ここまで家族の情に薄いとは……。


「だそうだ。そういうわけだからお前はこの者達に引き渡す」


 軽く呆れた様子で告げた碧雲は、美鶴の腕を強く引き二人の方へ差し出した。

 それを受け取る様に、今度は父が反対側の腕を掴む。

 碧雲以上に容赦のない力で引かれた。


「いっつ」


 その強さに、思わず顔を歪める。

 だが容赦がないのは手の力だけではなかった。


「その腹の子を無くしてから連れて行きたかったが、仕方ないな。碧雲様の言う通り生まれてから殺すしかない」

「なっ⁉」


 あまりな言葉に絶句する。

 たとえ望んでいなかったとしても、腹の子は父にとって孫にあたる。

 それを平然と『殺す』などと……。


「なんだその顔は? 利用することも出来ぬ妖の孫などいらんぞ。大体、お前の異能とて妖に勝手に植え付けられたものらしいではないか」

「え?」


(異能を植え付けられた?)


 父は何を言っているのか。

 理解出来ない美鶴に、今度は碧雲が語りかける。


「弧月に印を与えられただけの憐れな娘。その異能のせいで蔑ろにされ続けてきたのだろう? 自分を不幸にした男の子など産まずともいいのだぞ?」

「何を⁉」


 振り返り見た顔には先ほどまでとは打って変わって憐れみの色が見える。

 その変わりように言葉を続けられずにいると、碧雲は続けて話し出した。


「弧月のように強い妖力を持ってしまった妖には子が出来ぬ。その妖力を受けきれる姫がおらぬからな」


 弧月が以前話してくれた受け皿の話だろう。

 強大な妖力を受け止め子を成すために必要な妖力の器。


「だからそのような強い妖は、妖力を持たぬ人間に自身の力を分け与え(つがい)の印を刻むのだ」

「番の印……?」

「そう、それが異能として現れる」

「っ⁉」


 はじめて聞く話に、美鶴だけではなく小夜たちも驚きの表情で固まっている。

 妖の貴族の間でも知らぬ者が多いということだろう。


「で、でも、私と弧月様は大門の火事のときに初めてお会いしました。いつ印を刻んだというのですか⁉」


 有り得ないと反論しようとするが、碧雲は何でもないことのように答える。


「さて、いつであろうな? 大方お前が母の腹にいるときにでも牛車ですれ違ったのだろう」

「なっ⁉」


 あまりにも大雑把な答えに絶句する。

 だが、碧雲は別にふざけているわけではないようだ。


「この答えは不服か? だが実際そういうものだ。番の印は無意識に刻んでしまうものらしいからな」

「無意識に……」


 繰り返し呟きながら思う。

 無意識にというのであれば碧雲の言った通りすれ違っただけということもあるのだろう。


「帝や東宮にだけ語り継がれる話だ。奴が東宮になった頃は先代妖帝の父は病床であったし、私も話してはいないから弧月は知らぬはずなのだがな。よくまあ自力で見つけ出したものだ」


 少し呆れを含ませた碧雲の言葉を聞きながら、美鶴は呼吸を乱した。

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