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美鶴の欲④

「小夜姉さま、あまり叱らないでくださいまし」

「美鶴様が来てくれたおかげで私たちは助かったのです」


 ちゃんと仕えてくれてはいても、あまり良くは思われていなかった二人に庇われ素直に嬉しい。

 だが、自分は彼女たちに野犬が咬みつくのを防いだだけで、最後は結局二人の力で野犬を止めた。

 自分のやったことはそれほど大層なものではない。


「あの、でも最後は二人が私を助けてくれたのだし……」


 逆に申し訳なくなって告げると、二人は揃って「いいえ!」と声を上げてこちらに向き直った。


「美鶴様の予知が外れることがないのは仕えてからも幾度か見ました」

「こうして私たちが無事でいられるのは美鶴様が来てくれたからに違いありません!」


 断言する双子に気圧されつつ、そういえば何故弧月がいないのに助けられたのだろうと疑問が浮かんだ。

 弧月の命を受けた者が動いた場合でも予知は変えられるが、今回は彼に伝えることしか出来なかったというのに。


(どうしてかしら?)


 不思議だが、それをちゃんと考える前に双子が真面目な顔で膝を折る。


「今まで申し訳ありませんでした、美鶴様」

「これからはご恩に報いるためにも心からお仕えしたいと思います」

「え? えっと」


 たしかに今まであまり良く思われていない様子だったため少し悲しいとは思っていた。

 だが、二人とも仕事はしっかりこなしてくれているし、良く思っていないからと嫌がらせや暴言を吐くようなことはしていない。

 今までとて、謝られるほどのことはしていないのだ。


 なのに謝罪の言葉を口にされ、正直戸惑う。


「小夜姉さまを思うと少々心苦しいですが……」

「でも、主上と美鶴様は仲睦ましいですし……小夜姉さまの入り込む余地もありませんしね」

「……」


 本人がすぐそばにいるのに、結構酷いことを言っているのではないだろうか。

 聞かなかったことにすればいいのか、笑って誤魔化せばいいのか。それすらも分からず美鶴は黙る。


「は? 何故そこに私が出てくるのですか?」


 代わりに声を出したのは小夜だ。

 本気で双子がなにを言っているのか分からないという顔をしていた。


「だって、小夜姉さまは今上帝がお好きなのでしょう?」

「幼い頃からかの御方を優しい眼差しで見ていること、私たちは知っております!」


 そのまま以前美鶴に話したときの再現のように語り出す灯と香。

 それを聞いている小夜はどんどん顔から表情が抜け落ちて行った。


「小夜姉さまがおかわいそうで……」

「不憫です」


 涙を滲ませ悲し気に震える二人と共鳴するように小夜の指先も震えていく。

 だが、思いまでは共鳴していなかったようだ。

 小夜はすぅ、と息を吸い、はっきりと否定の声を上げた。


「……あり得ません!!」

「え?」

「で、でも」


 本人から否定の言葉を聞いてもすぐには信じられないのか、二人は顔を見合わせながら戸惑う。


「主上は確かに私にとっても大切な御方です。ですがそれは殿方としてというよりは弟を見守るような心持ちに近いのです」

「で、では、あの優しい眼差しは……」

「恋情ではなく、親愛の様なもの……?」


 戸惑いながらも理解した様子の二人に、小夜は深くため息を吐き告げる。


「大体、私の好みはもう少しお年を召した渋みのある殿方なのです」

「え? お年を召した?」

「し、渋み?」

「ええ、若々しい方よりも、もう少し貫禄が出てきた方に魅力を感じるのです。そんな殿方がたまに見せる不器用なところを見ると、こう胸がときめいて……」


 そのまま何故か渋い殿方について滔々(とうとう)と語る小夜に、灯と香だけでなく美鶴もぽかんとしていた。


 いつも凛とした雰囲気の、これぞ理想の女官といった風情の小夜。

 そんな彼女しか知らなかった美鶴は、まるで少女のように頬を染め自分の好みを語る小夜を可愛いと思った。


「……ふふっ」


 つい笑い声を上げ、ほっと安堵する。


(良かった、小夜の想い人が弧月様ではなくて)


 双子から小夜が弧月を好きだと聞いたとき、真実かどうかも分からないと思っていながら胸が騒めいた。

 小夜は自分の目から見ても素敵な女性で、それに幼い頃から弧月を知っている人だ。


 弧月が自分に向けてくれる愛情は紛れもない真実で、同じものを他の女性に向けている様子は欠片もない。

 それでも弧月にとっては幼い頃から仲の良い相手で……しかも完璧な女性。

 そんな女性が弧月を好いているとなれば、どんなに弧月の言葉を信じていようと不安にはなる。


(私、小夜に嫉妬してしまっていたのね)


 小夜が弧月を思っていると聞いてからずっと胸の奥にあった騒めき。

 その正体が嫉妬から来る焦りだったのだと、美鶴はやっと気付いた。


「小夜はそのような殿方が好きなのね」

「え? あ、申し訳ありません。つい語ってしまい……」


 美鶴が声をかけると、語り過ぎたと謝罪し頭を下げる小夜。

 恥じらっているのか少し耳が赤くて、美鶴はまた小夜を可愛らしいと思った。


「いいのです。おかげで分かったこともありますし」

「分かったこと、でございますか?」

「ええ……ごめんなさい、小夜。私、あなたに嫉妬していたみたい」


 素直に思っていたことを告げる。

 嫉妬なんて醜い感情を向けてしまっていたなど、申し訳ないと謝罪した。

 だが、小夜は軽く驚いただけでふっと目元を緩める。


「そのような嫉妬なら可愛いものです。美鶴様はもう少し我が儘になってもよろしいのですよ?」

「で、でも。私最近少し我が儘になり過ぎている気がするわ」


 反省していたところだというのに、もっと我が儘になっていいとはどういうことだろうか。


「美鶴様は謙虚すぎます。貴女様は主上の唯一の妻です。主上も美鶴様を殊更大事に思われていますし……美鶴様ももっと主上を求めてくださいまし」


 その方が主上もお喜びになります、と優しい姉の様な眼差しで見つめられた。

 直接干渉はしなくとも、見守ってくれている様な温かみのある目。

 おそらく、弧月のこともこのような眼差しで見ているのだろう。


 小夜の眼差しに嫉妬の騒めきが完全になくなっていく。

 代わりに温かい火が灯った。


 その灯りに笑みを浮かべていると、くぅん……と大人しそうな犬の鳴き声が耳に届く。


 見ると、先ほどまで青い炎に包まれていた野犬は恐ろしかった形相を穏やかなものに変え、まるで飼い犬のように大人しくなっている。


「燃えたわけではないのですね」


 純粋な疑問として言葉にすると、灯と香が教えてくれる。


「もちろんです。妖帝のおわす内裏を(けが)すわけにはいきませんもの」

「妖狐の炎は幻火(げんか)なので、幻を見せていただけですわ。普通の火のように燃えるということはございません」

「そう……」


 それにしては、弧月の炎は物理的に作用していた気がする。

 自分を助けてくれたとき、青い炎を使って柱を飛ばしてくれたように。


(弧月様は鬼の血も色濃く入っているらしいから、他の妖狐とは違うのかしら?)


 不思議に思うが、後で聞けるならば聞いてみようと思いその疑問の答えは保留にした。


(それよりも……)


 大人しくなった野犬を見下ろす。

 この野犬がまた双子を襲うということは無さそうだ。


「どうして予知を変えられたのかしら? 弧月様を介していないのに……」


 独り言のように疑問を口にすると、小夜や双子も共に首をひねる。


「ああ、そうでしたね。主上に関わってもらわなければ運命を変えることは出来ないのでしたっけ?」

「うーん……仲睦ましくしていらしたから、主上の御力が美鶴様にも移ったということでしょうか?」


 うんうん唸りながら双子が仮設を立てると、小夜がはっとして美鶴を――そのまだ目立ってはいない腹を見た。


「もしかすると、お腹の御子様の御力ではありませんか?」

「え?」

「御子様は半分主上の血を受け継いでおります。運命をねじ伏せるほどと言われた主上の御力を御子様も持っているのかもしれません」

「腹の子が……」


 思ってもいなかった疑問の答え。

 仮説でしかないが、どうしてかその答えが合っている気がした。


「あなたが助けてくれたの?」


 そっと、腹に手を添える。

 ここに命が宿っているなど、まだ本当の意味では理解出来ない。

 腹も目立たない上に胎動も感じないのだから仕方ないと美鶴は思う。


 だが、今は何故かここに我が子がいると実感した。

 理屈ではない。なにか温かいものの存在を感じたのだ。

 その存在が、問いかけに“そうだよ”と応えるように温かみを増した気がする。


(弧月様と私の、大切な御子)


 懐妊が分かってからというもの、目まぐるしい周囲に付いて行くのがやっとで子の存在をちゃんと意識したことはあまりない。

 寧ろ母となることへの不安ばかりが浮かんでいた。


 自分は生まれた子を愛せるのだろうか。

 妹の春音ばかり気にかけ、自分をないがしろにしていた母のようになってしまわないだろうか。


 そんな不安は、正直今もある。

 だが、はじめて子の存在を感じた今。とても大事な存在なのだと実感する。


「助けてくれてありがとう。……私もあなたを守るからね」


 愛せるかなどまだ分からない。

 でも、大事で、大切な存在。

 守らなければ、と思った。

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