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異能の娘 前編

 額に玉のような雫を生み出し、美鶴(みつる)は家の門前を掃除していた。

 今日は朝から暑く、小袖が汚れないよう腰に巻き付けてある湯巻(ゆまき)すら外したくなってくる。

 ただでさえ風前の灯な気力を暑さに奪われていくようだった。


 美鶴の家は他の平民のものに比べて少々広いため、門前も少し広い。

 一般的な平民の家を小家(こいえ)と言うので、この家は大家(おおいえ)とでも呼べばいいのだろうか。


 この故妖国の首都・黎安京(れいあんきょう)は整然とした都だ。

 内裏の近い奥には公家の屋敷が立ち並び、華やかな風情を醸し出す。

 公家が住まう区画には帝のための庭園や寺院があり貴族たちの心を癒しているのだという。


 打って変わり、平民である人間は四行八門(しこうはちもん)と呼ばれる宅地で貴族が管理する小家に住む。

 貴族に仕える者であれば、主人の屋敷の周りに建てられた桟敷(さじき)に住む者もいるだろう。


 父の仕事も他国からの輸入品を管理する役人のお付きなため、主人である中級貴族の屋敷傍に家を与えられている。

 元々は他国の商人だったが、商品に詳しい者が必要だからと請われてこの国に来たのだとか。

 そのため他の平民とは違い大きな家を与えられている。


「美鶴! いつまで外に出ているの⁉ 早く終わらせて家の中の掃除も終わらせなさい!」

「……はい、母さん」


 母の厳しい声に呼ばれ、門前の掃除は軽く済ませ中に入る。

 母は自分をあまり外に出したがらない。

 呪われた異端の娘だから隠しておかなくてはならないのだそうだ。


「まったく、誰かに会ったりしてないだろうね? また予知だとか言って変なことを口走ったらもう一歩たりとも家からは出さないよ⁉」

「大丈夫よ母さん。予知をしても疎まれるだけだって分かってるから」


 叱る母に、美鶴は悲しげに返した。


(伝えても、予知で視たことを回避出来るわけではないもの)


 人でありながら予知能力という異能を持って生まれた美鶴だが、視た出来事を変えることまでは出来ない。

 役立たずな能力は誰にも歓迎されず、妖でもないのに不可思議な力を持つ異端の娘として近所では噂されていた。


 家が他の平民よりも裕福であったため、やっかみもあり呪われたのだと言う者もいる。


「もう母さん。朝からそんな大きな声を出して……また姉さんが何かしたの?」


 寝室の方から可愛らしく顔を出したのは妹の春音(はるね)だ。

 いつもより少しおめかしして、以前父から貰った桔梗柄の反物で作った小袖を着ている。


「今日は父さんが帰ってくるのよ? 長旅の疲れを癒してあげられるよう笑顔でいましょ? 面倒な掃除や料理は姉さんにやらせればいいんだし」

「そうだね。文では良い藤柄の反物が手に入ったとあったし、お前の晴れ着を新調しましょうか」

「本当? 嬉しい! 父さん、早く帰って来ないかしら」


 春音の登場に厳しかった顔を和らげた母。

 二人は美鶴の存在など忘れたかのように父の帰りを楽しみにしている。


「夕刻前には帰ってくるとあったけれど、最近は晴れていたし道も歩きやすいでしょう。きっと陽が傾く前には帰ってくるわ。それより春音、あなたちゃんと櫛は通したの? 少し跳ねているわよ?」

「え⁉ 嘘、ちゃんと梳いたのに」

「仕方ないわね、母さんがやってあげる。寝室へ戻りましょう」


 そうして二人は寝室に消えてゆく。

 美鶴の存在など意識の欠片にも残っていないのだろう。一瞥することもなかった。


 それを美鶴は無感情に見届ける。

 仲のいい母娘。母の愛情を一身に受けた春音。

 そこに自分の居場所を求めるのはとうに諦めた。


 昔は愛して貰えていたような気もするが、記憶すら定かではない幼き時分のこと。

 美鶴が異能持ちだと判明してからは、両親は自分を得体の知れないものとして扱うようになった。


 この故妖国は妖が統べる国。

 それ故か、この国の人間には数代に一人ほどの確率で異能を持つ者が生まれると言われている。

 その稀な確率で美鶴は予知の異能を持って生まれてしまった。

 幾度となく美鶴が口にした言葉が的中したことで異能を持っていることが発覚したのだ。


 人の身で人ならざる力を持っているという事は人間の目から見るとかなり異端に見えるらしい。

 元々は別の国で暮らしていたという両親から見れば尚更だったのだろう。


 その上春音が生まれてからは両親の愛情は彼女にばかり注がれ、美鶴はないがしろにされるようになった。

 春音が物心つく頃には、美鶴はもう家族の一員ではなくなっていたのだ。


 一体自分が何をしたのだろう?

 ただ、異能を持って生まれてきたというだけなのに。


 異能さえなければ、と何度呪ったことだろう。

 何故この国に生まれてしまったのかと、何度思っただろう。

 周りに味方はおらず、ただ生きているだけ。

 両親に仕事を言いつけられることで、少しは役に立てているのだと思えた。

 少なくとも、生きていていいのだと思えた……。

 その程度のことが救いになってしまっていた時点で、美鶴は愛されること自体を諦めていた。


 愛してもらおうと努力したこともあっただろうか?

 泣いてばかりいた記憶しかないので、もうそれすらも忘れてしまった。

 本当に、生きることを許されているから生きているだけ。

 人々が語る生きる意味など、美鶴には夢のようなものだった。


 だが、何もかもが今はどうでも良い。

 あと少しで全てが終わるのだから。


(予知を視たのは三日前。七日以内にはいつも必ず起こるから……私の命も長くてあと四日)


 美鶴は、自分の死を予知していた。

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