美鶴の欲②
「美鶴?」
「あ、すみません」
考え事をして黙り込んでしまった。
(弧月様とのお話の途中だというのに)
失敗したと反省しながら、何を話していたのかを思い出し答える。
「双子のことですよね。働き者で、十分に仕えてくれていますよ」
「そうか、それなら良かった」
事実、美鶴のことを良くは思っていなくとも仕事はしっかりこなしている二人。
狐の耳としっぽをふさふさと揺らしながらくるくる動く姿は本当に可愛らしくて見ているだけで和むのだ。
親しければ触ってみても良いかと聞いてみることくらいは出来るのだが……。
あの柔らかそうなしっぽを触ってみたいと思っていると、ふとあることを思い出した。
「あ、そういえば」
口にして、そのまま止めてしまう。
(いえ、流石にこれは失礼では? いえ、でも聞いてみるだけなら……)
「ん? どうしたのだ?」
「いえ、その……」
思い付きで声を上げてしまったが、流石に不敬ではないかと思い直し言葉を濁らせた。
だが、弧月は気になるのか優しい微笑みを近付ける。
「何でも話せ。美鶴のことは少しでも多くのことを知りたい」
「うっ……は、い」
覗き込む紅玉の目には少々意地悪な色も見える。
近さもあって、呼吸がままならなくなるほど鼓動が早まった。
「……その、弧月様は双子と同じ狐の妖なのですよね? 本来の姿では、白金色の美しい毛並みをした耳としっぽがあると」
「……ああ、そうだな」
二度ほど瞬きした弧月は“なんだ、そんなことか”とでもいうように頷く。
だが、その辺りのことは少々複雑なのだと小夜に教えられた。
妖の中でも最強の妖力を持つのは五種の鬼の一族で、みな金の目を持ちそれぞれ五行の力を操るそうだ。
火鬼、水鬼、木鬼、金鬼、土鬼。
時雨も水鬼の一族で、水を操るのだとか。
中でも火鬼は特に妖力が強く、歴代の妖帝は火鬼が多いのだそう。
先々代の妖帝も火鬼で、弧月の祖父に当たるらしい。
先々代の妖帝の娘が妖狐の一族に降嫁し、生まれたのが弧月だそうだ。
鬼ほどではなくとも妖狐の一族もかなりの妖力を持つ家系。
鬼の血も受け継ぎ妖狐として生まれた弧月は、歴代の妖帝をもしのぐ妖力を持っていた。
一番強い妖力を持つ者が妖帝となるため、弧月が帝になるのは当然のこと。
だが、一部では狐が妖帝になるなど……と不満を抱く者もいるそうだ。
弧月本人は気にしていないらしいが、そのせいで信用できる者が少ないのだと小夜は嘆いていた。
そんな弧月に妖狐であることを確認し、あまつさえ――。
(本来のお姿になって、耳としっぽを触らせて欲しいなんて……やはり頼めないわ!)
毎日双子の柔らかそうな耳としっぽを見て、弧月にもあるのだと思ったらいつか触れてみたいと思ってしまった。
弧月は気にしていないらしいが、だからと言ってむやみに妖狐の姿になるのは良くないだろう。
それに、普通に考えても不敬だ。
「で? それがどうしたのだ?」
「い、いえ! やはりなんでもないのです」
話しの続きを促されたが、言えるわけがない。
だが弧月にとっては言わぬ方が不満だったらしい。
「何でもないわけがなかろう? 俺はそなたのことを知りたいと言ったはずだ」
「あ、あの……近いのですが?」
不満げな弧月は軽く凄むように顔を近付けてくる。
だが、何故だろう?
凄まれて怖いはずなのに、色気の方を強く感じた。
「言わぬなら、口が滑りやすいよう潤してやろうか?」
「こ、弧月様?」
笑む顔だけは優しいのに、赤い目の奥には美鶴を困らせ楽しんでいるような色が見える。……意地悪だ。
それでも言えずにいると、近付く白磁の肌は止まらず、言の葉を紡ぐはずの二枚の膨らみが美鶴のそれに触れた。
軽く触れ、ぺろりとなめられ「ひゃっ」と驚くと、離れた弧月は楽し気に告げる。
「どうだ? 口が滑りやすくなったのではないか?」
滑りやすいどころか恥ずかしさで熱がこもり、言葉など忘れたかのようにはくはくと動かすことしか出来ない。
「ふむ、滑りが甘いようだな?」
「っ! は、話します!」
また舐められては敵わないと、美鶴は観念して声を上げた。
「その……さ、触ってみたいなと思いまして……」
「……」
仕方なく告げたのだが、黙り込む弧月に不安になる。
言いづらいことなので最後は消え入りそうなほど小さな声になってしまったのが良くなかっただろうか?
だがこの近さだ。聞こえないということはないだろう。
「あの……」
「触りたいとは……狐の耳と尾のことか?」
「は、はい」
普段と同じ口調で聞き返され、安堵した美鶴は弧月を見上げた。
ただ、見えた表情は困り笑顔で。
「すまぬが、成人した妖は人前で本来の姿を晒すことはないのだ」
「あ、無理にとは――」
「そうだな……そのうち、二人だけのときにでも触らせてやろう」
困らせるつもりはないのだと断りの言葉を口にしようとした美鶴だったが、弧月は遮り了承してくれた。
「あ、ありがとうございます」
望みを叶えてくれるという弧月に嬉しくも申し訳ない心地になる。
少々、自分は我が儘になってきているのではないだろうか。
今夜はやることがあるからと清涼殿へ帰っていった弧月を見送りながら、美鶴は反省していた。