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美鶴の欲①

 美鶴の懐妊が分かってからというもの、弧月は毎晩のように宣耀殿へと通ってくるようになった。

 今まで通り朝には時雨を使いにして花を届けてくれているというのに、一日に一度は顔を見なければならぬとでも言うように足しげく通う。

 美鶴の悪阻が酷くないときは夕餉を共にすることもあったが、何故か対面ではなく隣に膳を置き寄り添うように食べた。


「美鶴はそれで足りるのか? 少ないし、ほとんど山菜ではないか」

「悪阻の為か、山菜に酢をつけたものが一番食が進むのです」


 無理に食べても吐いてしまうため、少しでも栄養を取るために確実に食べられるものを選んでいた。


「柑子も食べやすいのか?」

「はい、酸味のあるものの方が食べやすいようなので」


 膳の上に共に乗っていた柑子を見て聞いた弧月は、美鶴が手に取るよりも先に柑子を取る。


「え? あの、弧月様?」

「どれ、俺がむいてやろう」

「え? あ、あのっ。自分で出来ますからっ」


 食べるのは自分なのに弧月の手を汚させるわけにはいかない。

 慌てて取り戻そうとするが、早くもむき終わってしまった弧月はひと房つまんでそれを美鶴の口元へ運んだ。


「ほら、口を開けろ美鶴」

「こ、弧月様? 私、自分で食べられますよ?」


 弧月に手ずから食べさせてもらうなど、畏れ多いし単純に恥ずかしい。


「よい、俺がそなたにこうしてやりたいのだ」


 何とか断ろうとするが、ふわりと柔らかく甘い微笑みに押し負けてしまう。


「う……はい……」


 諦めて口を開けると柑子が口の中に入れられる。その際唇に弧月の指が触れ、なんとも気恥ずかしさがこみ上げた。


「美味いか?」

「は、い……」


 正直味など分からなかった。何とか感じることが出来たのは爽やかな酸味だけで、柑子そのものの味は感じる余裕がない。

 口づけも何度もしているというのに、弧月の指先が触れたというだけで口づけよりも恥ずかしい気分になる。

 そんな美鶴に、弧月はもう何度口にしたか分からない「可愛いな」という言葉を掛けるのだ。

 そして温かな手で頭を撫でてくれる。


 弧月との甘やかなひと時は嬉しいが恥ずかしい。

 まして夕餉の今は小夜も給仕のため側に控えているのだ。

 小夜の存在を気にして几帳の方を見ていたからだろうか。

 頭を撫でていた手を止め、弧月はふと思い出したように聞いて来る。


「そういえば、新たに美鶴付きにした腰元はどうだ? 安全性を考えて俺の親族から選んだが……」

(あかり)(かおり)ですか?」


 話題に上がった二人の姿を思い浮かべる。


 懐妊したということもあり小夜一人では行き届かないこともあるだろうと新たに弧月によって付けられた双子の少女たち。

 十を過ぎたばかりの裳着もすんでいない女童(めのわらわ)

 茶色の髪と目を持つ汗衫(かざみ)姿の二人にはなんと狐の耳としっぽがついており、美鶴は改めて貴族は妖なのだと実感した。


 なんでも成人前の妖は本来の姿を隠せないらしく、妖狐である二人は狐の耳としっぽが出たままなのだそうだ。


 童ということもあり、とても可愛い。

 ふさふさの耳としっぽが触り心地が良さそうで美鶴はいつも触りたくてうずうずしてしまう。

 だが、あの二人が触らせてくれるとは思えない。


(少し、嫌われているみたいだから……)


 小夜の目がないときの会話が蘇る。



『私たち、あなた様を妖帝の妻とは認めておりませんから!』

『お仕事はちゃんといたしますが、私たちの本意ではないことは覚えておいて下さいまし!』


 内裏に来て初めて面と向かって悪意――というか、不満をぶつけられた。

 不満に思う者は多いだろうと思ってはいたが、久方ぶりに向けられる不平に目を瞬かせてしまう。

 驚きつつも『平民が妖帝の妻などやはり分不相応ですものね』と返すと違うと即答された。


『確かに平民が? と驚きはしましたが、それはどうでも良いのです』

『私たちが一番不満なのは小夜姉さまのことです!』

『小夜?』


 ぷりぷり怒る二人の話では、小夜は本来腰元などするような女性ではないというのだ。

 本来は私室を持てる高位の女官なのに、教育係とはいえ妖帝の妻の側に控えていなければならないなんて……と嘆いていた。


『想い人の妻の近くにいなければならないなんて、小夜姉さまがおかわいそう』

『え?』

『小夜姉さまは隠しておられますけれど、妖帝のことを愛情のこもった優しい眼差しで見ているところをよく見ますわ』

『小夜が……?』


 小夜が弧月を優しい眼差しで見ている。

 そのような場面を見たことはなかったが、それは単純に弧月が自分を訪ねてくると小夜を下がらせ自分と二人きりになるからだ。

 小夜と弧月が美鶴の目の前で長く顔を合わせていることはない。


『今上帝は子が望めないからと以前までは妻を持ちませんでした。異能持ちの美鶴様は事情が違うということは分かっておりますが……』

『ご自身が想い人の妻になれないのに、人間でありながら妻となった者に側で仕えなくてはならないなんて……小夜姉さまが不憫でなりません』


 そうして泣き出した二人に美鶴は何も言葉を返せなかった。



(小夜が、弧月様を……?)


 そんなそぶりを見たことがないので分からないが、小夜は優秀な女官だ。

 双子の言う通り上手く思いを隠しているのかもしれない。


 それを思うと、小夜が近くにいるのに弧月と親しくするのは気が引けてしまう。

 双子の言葉が真実かどうか小夜に直接聞けばいいのだろうが、もしその通りだとしても立場上違うと答えるだろう。

 逆に本当だと言われても困ってしまう。

 知り合いも信頼できる者も少ない内裏では、自分は小夜がいなければ何一つまともに出来ないのだから。

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