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妖帝の妻③

「……美鶴?」


 一度聞けば忘れることのない声に、美鶴は頭を下げる。


「はい、お待ちしておりました。主上」


 今日から主となった相手に、美鶴は自分が知りうる最上の礼を持って接する。

 だが、それを向けられた当人は苦笑いを浮かべていた。


「頭を上げよ、そう畏まらなくてもよい」

「は、はい」


 畏まるなと言われても、それはそれでどうすればいいのだろう?

 戸惑い顔を上げるが、そうして目に映った男の姿につい見惚れる。

 薄暗い中でも紅玉の瞳はとても印象的で、筋の通った鼻や唇は整った輪郭の中に完璧に配置されていた。

 月光に照らされた白金の髪は白く輝き、人ならざる美しさに魅入られる。


「……美しいな」

「っ! え?」


 自分が相手に向けていた思いを逆に言葉にされ戸惑う。


(美しい? え? 私がということ? 主上ではなく?)


 混乱していると、すっと近付いた弧月は美鶴の髪をひと房すくい取った。


「可愛らしい顔立ちをしているとは思ったが、身綺麗にしただけでこれほどとは……俺の妻として申し分ない」

「あ、ありがとう、ございます……」


 自分よりも確実に美しい男に言われて否定したい気持ちが湧く。

 だが、妖帝の言葉を否定して先程のように怒らせてしまってはならないと礼を言うに留めた。


「……美鶴よ。こうして早急に連れて来てしまったが、そなたは家の者に妖帝の妻となったことを知らせたいか?」


 弧月の美しさにあてられ鼓動が早くなっていたが、両親のことを口にされすっと冷静になる。


「……いいえ、私はあの火の中で死ぬはずだったのです。そのまま、家の者には死んだことになさって下さい」


 もとよりいてもいなくても構わないというような扱いをされていたのだ。あの家に自分が死んで悲しむ者はいないだろう。

 それに、父は野心家でもある。

 大それたことをしようとは思っていないだろうが、娘が妖帝の妻となったことを知れば何らかの利を求めてすり寄ってくるに違いない。


「もし知られれば、きっと主上にご迷惑をおかけしてしまいます」


 弧月は多くは聞かず、「……そうか」とだけ口にすると髪を離しその大きな手の平で美鶴の頭を撫でた。


「っ……」


 慈しむような優しい手の平に、気恥ずかしさと喜びが沸き上がる。


(……温かい)


 助けられたときにぽんと乗せられたときも思ったが、弧月の手は美鶴に安心を与えてくれるのだ。

 ここにいてもいいのだと、安らげる場所なのだと思わせてくれる。

 そのまま引き寄せられて抱き締められた場合は安心どころではないが、こうして頭をなでてくれている間はただただ安らげる。


(そうね。だから私は、このお方に仕えたいのだわ)


 決意を再確認し、弧月を見上げる。

 強い意思を宿した紅玉の目は、美鶴自身をも強くしてくれるように思えた。


 頭に乗っていた手がするりと下りてきて、顎を捕らえる。

 弧月のされるがままでいる美鶴は、じっと彼の目を見た。

 赤い瞳の奥に見たことのない炎を宿した弧月を見続けていると、美しい顔が近付き、唇に彼のそれが触れる。

 そうなるまで美鶴は微動だにしなかった。

 ……いや、出来なかったというべきか。


 弧月の瞳に捕らわれて動けなかった。

 近付き、唇が触れ、その柔らかさに喉の奥から悲鳴が出てきそうでそれを抑えるのに精一杯だったのだ。


「……美鶴、こういうときは目を瞑るものだぞ?」

「ぅえっ⁉ は、はいっ」


 呆れた声に失敗してしまったと焦る。

 慌てて瞼を閉じると、また先程と同じ柔らかなものが唇に触れた。


「……んっ」


 先ほど抱き締められたときよりも触れている個所は狭いのに、どうしてこうも鼓動が早まってしまうのか。

 目を閉じたことで唇の感覚が強くなってしまったのだろうかとも思うが、何かもっと別の理由な気もした。

 何故なのかは分からなかいが、何度も触れる唇は優しく美鶴の中に熱を灯す。


(これは、口づけ……なのよね?)


 両親がしているところを見たことはないが、夫婦の営みとしてすることだといつだったか春音が教えてくれた。

 唇と唇を触れ合わせるのだと。そうして愛を確かめ合うのだと。


(愛を確かめ合う……? 私と主上が?)


 自分はお飾りの妻だ。

 主人と仕える者という関係に敬意などの好意的な感情はあるかもしれないが、愛情は違うだろうと思う。


 それなのに何故弧月はこのようなことをするのだろう?

 理由が分からなくて少し怖い。

 ……だが、優しい熱を与えてくれるこの口づけを嫌だとは思わなかった。

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