寝坊した!!
寝坊した!!
それがまず思ったことにして事実だった。
「やばい!」
そう言いながら私はご飯も食べずに制服を着て仕事道具を担いで走り出す。
「やばいやばい!」
必死に目的地へ向かって走る。
途中、何人もの人にぶつかったけれど彼らは皆、不思議そうな顔をして辺りを見回すだけだった。
やがて私は病院へ辿り着く。
エレベーターなんて待っていられない。
必死に階段を駆け上がる途中、偶然にもナース達が話している声が聞こえてきた。
「あの子が来てからもう何年だっけ?」
「えっと今年が令和の五年で……令和の元年に来たから……」
その言葉を聞いて私は思わず叫びそうになる。
(今年が令和五年!?)
「やばいやばいやばい!」
もしあの二人の言葉が正しいなら私の遅刻はもう年単位になっている。
「やばいやばいやばいやばいって!」
叫びながら走り続け、私はようやく目的の病室へと辿り着く。
「お誕生日おめでとう!」
私が病室に辿り着くのと痩せこけた少女が祝いの言葉を受けたのはほとんど同時だった。
「ありがとう」
そう言って少女は微笑んだ。
そんな少女に白衣を着た医者が言った。
「正直、私も驚いているよ。デリケートな発言になるがこの難病にかかって五年も生きた例なんて聞いたこともないから」
少女はその言葉に穏やかに頷いてみせた。
当然だろう。
なにせ、彼女がなった難病は本来なら一年も経たずに命を落とすようなもの。
こんなにも生き長らえているのは他ならぬ医者の技術。
そして、何より信頼関係によるものだ。
この程度の発言で今更崩れるはずもないのだ。
「私は神様なんて信じないのだがね。それでも君を見ていると信じたくなってしまうよ」
医者の言葉に少女は再び頷いて答える。
「先生。私もそう思うんです。きっと、私の事を神様は見守ってくださっているんだって」
世界のどこよりもほのぼのとした病室で私は誰にも聞こえない声でため息をつく。
「むしろ見守っていないからこうなったんだけどね」
深く息を吸って吐き出す。
「そんなこと言われちゃやりづらいじゃん」
私は仕事道具である死神の鎌を振りかぶり、そして。
「まぁ、いいや。先にご飯食べてこよ……」
鎌を下ろして私は踵を返す。
もうどうせ遅刻は覆らない。
なら、ほんの少しだけのんびりしよう……なんて、ヤケクソな考えだった。
「先生。私、思うんです。きっと神様って本当にいて。人が満足するまで生きるのを優しく見守ってくれているって」
少女の声が不真面目故に遅刻した死神である私の背に張り付くように聞こえてきた。
「まぁ、好きに考えてくださいな。どっちにしろ、食事が終わったらあんたは死ぬんだから」
捨て台詞を残して歩き去る私の事など知る由もなく、病室の細やかな誕生日はまだまだ続いていた。