第42話 ジュリと新たな出会い 4
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「あら、皆がそろそろ来る時間ね」
「……あぁ、そうだな」
マリーの言葉にアレックスはドアの方を見つめる。
ジュリとエレナから話がしたいと相談をされ、酒場ロルマリタをその場所にとアレックスは申し出た。
だが、その一方でどのような相談なのかと少々胸騒ぎがするのだ。
ジョーやテッドと共にここに来るというジュリとエレナを、アレックスは先程からそわそわとして待っている。
「相談ってなんだと思う? アンバー」
「わからないわ。でも、私もメイジーも二人の友達だもの! なにかあるならお手伝いしなくっちゃね!」
「わかった! メイジーもする!」
アンバーとメイジーの二人は張り切り、ジュリ達の悩みを聞く前から解決する気満々だ。
そんな二人の言葉にアレックスの緊張も少しほぐれる。
マリーはその様子に微笑みながら、ドアの方を再び見つめる。
「あらあら、待ち人が来たわよ」
ジュリとエレナ、そしてジョーとテッドもいる。
緊張してはいるが、なにかを決意したようなジュリの瞳。
マリーもアレックスもその表情に、ジュリが余程の覚悟を持ってここに訪れたのだろうと悟る。
だが、それを表情に出すことはない。
いつも通りの微笑みを浮かべ、二人は皆を出迎えるのだった。
「で、どうしたんだ? 皆を呼びだして」
皆が席に着くと、ジョーはすぐにそう切り出す。
話しづらいことを察し、先に口火を切ってくれたのだろう。わかりにくいジョーの優しさに、ジュリは最近ようやく気付くようになっていた。
「皆に相談したいことがあるんだ。あのハーフエルフの少女のことで」
おそらくは彼女のことであろうと想像していた皆だが、実際に聞くとやはり動揺するものだ。ジュリはハーフエルフのあの少女にどのような感情を抱いているのだろう。それがわからず、マリーもアレックスも黙ったままだ。
「あの子は今、領主さまのとこにいるらしいぞ。港だと安全が保障できないからって移動したらしい」
テッドの言葉にジュリは一度目を伏せたが、皆の顔を見渡して決意したように口を開く。
「――私があの子を引き取れないかと考えているんだ」
ジュリの言葉にマリー達は息を呑む。
ジョーは険しい表情でジュリを見つめた。
皆の驚きに気付きつつ、ジュリは話を続ける。
「引き取り手候補が幾人かいることは知っている。だが、それがいいとは私にはどうしても思えないんだ」
「……たしかにそうだと俺も思う。でも、ジュリ達だけで出来るのか?」
テッドが不安そうに周囲の大人たちを見回す。
しかし、アレックスもマリーも戸惑いの表情を浮かべる。ジョーは相変わらず、厳しい表情を崩さない。
そんな周囲の反応に臆することなく、ジュリは言葉を重ねる。
「魔女が私を育ててくれたように、私もあの子の居場所を作りたい。私だけでは力不足だとわかっている。だから、皆の力を貸してほしいんだ」
そう言ったジュリは頭を深く下げる。斜め後ろでジュリの様子を見守っていたエレナも同じように深々と頭を下げた。
二人の行動に驚くものの、アレックスもマリーもすぐに答えを出せない中、大きな声が響く。
「俺に出来ることなら協力はするよ」
「テッド……いいのか?」
ジュリの問いかけにテッドはにやっと笑う。
「俺だってジョーじいちゃんのとこに来るまでは嫌な思いもしたことがある。エレナやジュリなら、きっとその女の子も大丈夫だよ。な、じいちゃん!」
「…………」
テッドの言葉にもジョーは黙ったままだ。
マリーとアレックスは顔を見合わせ、どうしたものかと考える。
その足元から元気な声が聞こえてくる。
「私も協力する!」
「うん、私とアンバーがその子のおともだちになる!」
「アンバー、メイジー……」
アレックスの姪に当たるアンバーとメイジーが張り切って手を上げている。
小さな協力者にジュリとエレナは微笑む。
アレックスはというと、突然の二人の言葉にどうしたものかと困っているようだ。
「だってジュリ達は私とメイジーの相談を聞いてくれたもの!」
「そうだよね!」
「……そうね、二人の言う通りかもしれないわ。私も姉のことでは二人に世話になっちゃったもの。今度は私が手伝う番だわ」
アンバーとメイジーの言葉にマリーも姉との出来事を思い起こす。ジュリとエレナがいなければ、姉への思いも変わらなかったであろう。
アレックスはマリー達を見つめ、困ったように笑った。
「マリーもか? ……そうだな、その通りだ。俺も協力しよう」
これでこの場にいる者はジョー以外、ジュリに協力すると決意した。自然と皆の視線は先程からずっと黙っているジョーへと注がれる。
「……まったく、誰に似たんだかな」
ぽつりと呟いたジョーはジュリを見る。
「いいか、問題は山積みだぞ? 保護法は確かにある。だが、肝心の本人が意志を示さねぇ。保護者が必要だって言う主張も一理あるんだ。たとえ、あいつらが自分達の名誉欲で保護しようとしててもだ」
ジョーの言葉は厳しいが真実だ。
ハーフエルフの少女のめずらしさに保護したいと言う者は少なくない。
だからこそ、ジュリは自分が保護者になろうと決意したのだ。
「そんな中、他の奴らより自分が保護者にふさわしいと証明できるのか?」
「魔女が残してくれた家もあるし、外見が似ていることであの子も安心できるはずだ」
「でも、それじゃあ貴族や大商家に対抗は出来ねぇ」
ジョーの言葉にジュリはぎゅっと唇を噛み締める。
自分一人では力不足だということをジュリもよくわかっている。長く森で一人で暮らしてきたジュリは、リディルの街の生活にも疎い面がある。
なにより、保護者に手を上げた者達は権力者でもあるだろう。
そんな彼らに対抗できるなにかを自分自身が持っているか――そう尋ねられるとジュリは自信がない。
ジュリにあるのはただあの子を一人にしたくはないという思いだけなのだ。
「だが、お前さんに出来ることもある。一番長くあの少女の傍にいてやれるのはお前さん以外いねぇ。そこに自信を持てばいい。なにより、損得勘定抜きで保護者に立候補したのはお前さんだけだろうな」
そう言うとジョーはジュリに近付き、わしゃわしゃと彼女の髪を撫でる。
「いいか? 引き取る覚悟を決めたなら、揺らいじゃいけねぇ。そうじゃねぇと周りの奴も着いて来ねぇぞ?」
「……ジョーさんの言う通りだな」
「今、言ったばかりだろ? 自信を持て。皆がお前に協力するんだ――優秀な魔道具師であるこの俺もだ」
態度は素っ気ないが、いつだってジョーはジュリに優しい。
魔女がこの街に訪れ、そして亡くなった後もジョーはジュリのことを見守ってきたのだ。
「ありがとう、ジョーさん。ありがとう、皆」
シリウスの言葉に背中を押され、思いを打ち明けて見れば皆がジュリに協力すると言ってくれた。いつの間にかジュリには頼れる人々が傍にいたのだ。
隣に来たエレナはジュリの手をぎゅっと握る。
こちらを見て微笑むエレナの瞳には涙が潤む。
エレナの涙に驚くジュリだが、彼女の頬にもまた涙が零れていた。
そんな二人を見つめるジョーの目には決意と覚悟が宿っているが、そのことに気付く者はいない。
日中で薄暗い酒場ロルマリタには窓からの光が差し込み、ジュリとエレナを照らしていた。
*****
「ね? 結構、集まってきたでしょう? これもやっぱり私の美貌と美声の力かしらね!」
「そうだな。マリーはロルマリタの歌姫だからな!」
「そう、マリーは歌姫!」
「マリーはうちのおひめさま!」
冗談交じりで口にした言葉なのだが、アレックスを始め、アンバーやメイジーも褒めてくれるのでマリーは耳まで赤くなる。
マリー達が集めているのは署名だ。
内容は「身寄りのない少女をジュリが引き取る」ことである。
酒場ロルマリタに訪れる客にも協力してもらい、だいぶ署名は集まっている。
ハーフエルフの少女の命運は、リディルの街の人々も懸念しているため、話を聞いた者から、また他の者へと街中に署名活動は広がっていた。
「そ、そういえば、相談所の依頼者の中にも署名に参加したと言う人がいるみたいよ。エレナが教えてくれたわ」
街の人々の中には、ジュリとエレナの相談所の依頼者達もいる。彼らもジュリとエレナの考えに賛同し、署名に協力してくれている。
市井の意見など、貴族や大商人に比べてしまえば、些末なものだ。
それでも、ジュリの姿を見慣れた街の者達は、同じハーフエルフの少女の今後を気にかけてしまうのだ。
署名は多い方がいい。まだまだこれからとばかりに、マリー達は紙を用意し、署名活動に精を出すのだった。
「またも門前払いか。比喩ではなく、本当に正門前で拒まれているな」
領主の屋敷の正門で、ジュリはぽつりと呟く。
鍋を抱えたまま、立ちすくむ姿は些かシュールだとシリウスは思う。
主であるジュリは毎日、スープを作り、領主の屋敷まで通い、そして正門前で門番に追い払われる。
それがここ最近のジュリの日課となっていた。
「せめて、なにか出来ればと持って来たのだが難しいものだな」
「まぁ、仕方がないでしょうね。安全性の問題もありますし……」
「む。私が作ったんだぞ? エレナが作ったわけでもないのに」
「それはそれでエレナに悪いでしょう」
毎日追い払われるにもかかわらず通う少女の姿。実は門番達や彼らから話を聞いた者達は心を痛めている。
他の保護者候補達は未だ訪ねてくることはない。
しかし、あの少女は毎日必ず訪れるのだ。誰が保護者にふさわしいかなど、答えは出ているようなものだ。
上に報告こそ出来ないが、そんな思いは日増しに強くなり、ついつい周囲の者にはそれを話してしまう。酒が入ったときなどは特にだ。
彼らの愚痴もまた署名活動に参加する人を地道に増やしていた。
リディルの街の領主アルバート・ダルトリーはまだ若い。
父の跡を継いで数年、まだまだ地盤を固めている最中だ。
そんな彼はある人物を待っている。父の代から続くその者との縁を、大事にしろと亡父からは強く言われていた。
もうそろそろ訪れるだろうその者に、何を言われるかと少々緊張しつつ、アルバートは彼を待つ。
「アルバート様、あの御方がご到着なさいました」
「――そうか。通してくれ」
非常に優秀であり、リディルの街の防衛には欠かせない男。
彼がここに居を定めているのはダルトリー家にとっては幸運である。だが、同時に彼との関係を良好に保たねばならぬという意味も持つ。
「やぁ、よく来てくれたな」
「お久しゅうございますな。ご健勝のこと、お喜び申し上げます。お父様もさぞかしや、お喜びのことでしょう」
「そのような挨拶はいい。今日はどんな用事だ? ジョー」
訪れたのは魔道具師ジョー、非凡な才を持ちつつも王都に住むことなく、リディルの、それも職人街に住む偏屈な男だ。
こちらを見て微笑むジョーの、にやりとした笑みにアルバートは警戒するのだった。
今まで読んでくださり、ありがとうございました!
明日が最終話です。




