第38話 魔女とエルフ 3
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「ここから逃げて頂きたい」
「突然、どうしたの? 逃げるってどこに?」
突然の言葉にあかりが困惑するのも無理はない。
異世界召喚でこの国に呼ばれたあかりには知人も頼るべき者もいないのだ。
「どこへでも出来る限り遠くへ。あなたの御力を彼らは他国への武力として使うつもりです」
その一言であかりの表情がきりりと引き締まる。
聞こえがいいが、ようするに魔女の力を他国との争いに駆り出すつもりなのだ。
「誰かを傷付けるためにその御力を使うことをあなたは望まないでしょう」
魔女は攻撃魔法を使うことがあった。しかし、それは魔物を討伐するなど、民を守るためである。人の命を奪う戦いに、この国にゆかりもない彼女を使うべきではない。まして、あかりは異世界召喚に巻き込まれた挙句、魔女として忌み嫌われているのだ。
そんな彼女に戦いを強いることはでいない。
「私も協力します! この国にいてはあかり様は利用されるだけです!」
「エルフという異なる種族をあなたは差別せず、また特別扱いもしなかった。私はあなたに違う世界を見てきて欲しいんです」
「……ありがとう、二人とも」
二人の言葉にあかりは背中を押され、この国を出る決意を固める。
全く知らない世界に来て、片方と比較され、居場所のない思いで過ごすあかりの支えてくれたのはこの二人なのだ。
あかりは二人をぎゅっと抱き寄せる。
「あなた達に何かあったら私が助けるからね! はい、指切りしましょ」
「指切り!? 指を切るんですか!?」
「いや、お互いに助けを求めるようなことにならない方がいいですね」
「ふふ、それはそうだわ!」
くすくすと笑うあかりの首にネックレスがかけられる。
宝石のような不思議な輝きを持つオーバル型の石と台のものである。
「これがあなたを守ります。防衛魔法が一度発動しますし、あなたも私もお互いの場所に飛ぶことが出来ます。命の危機を感じたときにお使いください」
「転移魔法!? そ、それは貴重なお品ですね! これであかり様をお守りできますね」
「だが、どちらも一度往復すればそれで終わりです。いつかまたお会いできることを願っております」
「……二人とも元気でね」
再び、あかりはぎゅっと二人を抱きしめる。
そんな自分をそっと抱き返す二人にあかりの目は潤む。
「街を出て、他の種族の考えを知れてよかった」
小さな呟きにあかりもまた、彼女達に出会えてよかったと微笑むのだった。
*****
エレナが手渡したお守りを大事そうにアビゲイルは手の平で包む。
「刺繍をネックレスにしているんです。あなたの悩みや不安が少しでも軽くなるようにとジュリが刺した刺繍です」
「私の悩みや不安……ありがとう。その気持ちもこの刺繍もありがたいものだ」
ジュリはまだ体調が整わず、今回もジョーの家を使っている。
そのことを告げたアビゲイルは複雑そうに瞳を伏せた。その動作にどのような感情が込められているのか、エレナにはわからない。
だが、エレナは今日アビゲイルに尋ねてみたいことがある。
「それでは、私はこれで。エレナにもあの子にも世話になったな。二人とも元気で」
「あ、あの! 港に行くんですよね。私、見送ります!」
目を軽く見開き、少々驚いた様子のアビゲイルだったが、エレナの申し出に軽く頷く。エレナは安堵したように微笑んだ。
ジョーは何も言わず、そんな二人の様子を見守っていた。
「では、ここで。色々とありがとう、エレナ」
「いえ……」
そう言うとアビゲイルは背中を向けて、船へと歩き出す。
その背中にエレナは勇気を出して問いかける。
「あの……! あなたはジュリのお母さんですか!?」
その言葉にハッとした様子でアビゲイルは振り返る。
大きく見開かれた瞳がエレナを見つめている。
ここで目を逸らせば、答えが得られないような気がして、震える手をぎゅっと握り、エレナもまたアビゲイルを見つめ返す。
数秒間のことだが、その時間は互いに長く感じられた。
返答の代わりにアビゲイルは顔を覆う布を取り払う。
さらりと零れ落ちた金の髪は潮風になびき、輝く。青の瞳は色こそ異なるが、やはり少しジュリに似ている。
少し尖った長い耳は彼女がエルフである象徴でもある。
「エルフだ……。おい、あれエルフだろう?」
「なんでこんなところにエルフが……」
皆の視線がアビゲイルへと集まる。
しかし、彼女の視線はまっすぐエレナだけを見つめていた。
人気の少ない木陰に移動し、アビゲイルはエレナに真実を語り出す。
彼女の返答はエレナの予測と少し異なったものだ。
「残念ながら私はあの子の母ではない」
「……そうなんですか」
エレナの返事には少しため息が混じる。
アビゲイルがジュリの母に違いないと思い、行動したエレナは随分気が張っていたようだ。
そんなエレナにアビゲイルは優しい眼差しを注ぐ。
「あの子の母ゾーイとは姉妹のように育ったんだ。幼い頃からもっと広い世界を見たいと望んでいたゾーイは反対を押し切って王都へと向かった。私達の種族は排他的でね、他の種族と深く関わることを嫌うんだ。私も始めはゾーイを止めたものだ」
遠い過去をどこか懐かしむように、アビゲイルは微笑みながらエレナに打ち明ける。エレナは静かにその言葉に耳を傾ける。
「里に帰ってきたゾーイは身ごもっていたんだ。皆はそれを非難した。一族以外の間で子どもを得る。彼らの考えとして許されるものではなかったんだ。だが、ゾーイは幸福そうで揺るがなかった――あの子は本当に強い子だった」
「――あの、ゾーイさんは……」
先程からアビゲイルはゾーイのことを過去形で話す。
答えは予測できたが、やはりエレナとしては聞いておきたかった。
「あぁ、産後の肥立ちが悪い中、病にかかってね。私はゾーイに子を託されたんだ。ゾーイは生まれた命を一族は遺棄することを願うはずだと言った。まぁ実際、そうだったよ。そうなる前に、あの子はある人を頼れと言ったんだ」
「それが魔女、なんですね」
「あぁ、そうだ。あの子に宝石付きのネックレスを渡されてね、『もし、自分に何かあれば彼女を頼って欲しい。ひろせ様に頼るしか、もう方法はない』そう言ったんだよ」
「ひろせさま?」
聞き慣れない響きにエレナは首を傾げる。
その様子にアビゲイルはハッとする。王都でも彼女は魔女と呼ばれ、一部の者しかその名で呼ぶことはないとゾーイが言っていたのを思い出したのだ。
「あぁ、ひろせあかり。あの子を育ててくださった魔女と呼ばれる女性だ」
アビゲイルは港に並ぶ船を見つめ、あの日の出来事を思い起こす。
あの日、自分はどれだけ必死で孤独であの人の元へと向かっただろう。頼る者もなく、逃げるように里を出たアビゲイルはゾーイが魔道具だと言った言葉を信じ、強く願ったのだ。
魔女と呼ばれる女性の元へ連れて行って欲しい、と。
*****
「ここは……、やはり本当に魔道具だったのか。いや、そんなことよりもこの子だ。あの家に魔女、ひろせ様がいらっしゃるのだろうか」
アビゲイルの腕の中には小さな命が抱かれている。
まだ生まれて数日、里からなんとか出てきたアビゲイルだが、赤子の様子は芳しくはない。それもそのはず、本来ならば温かく落ち着いた場所で過ごすべき存在なのだ。無理をさせてしまったことを後悔しつつ、縋るような思いでアビゲイルはドアを叩く。
「……入って。早く」
ドアを開けた女性は開口一番にそう言うとアビゲイルを室内へと引き入れた。
驚くアビゲイルをよそに、黒髪黒目の女性は赤子を受け取り、暖炉の傍へと向かう。
「説明はいらない。この子の髪の色、瞳の色を見ればわかるから。大丈夫、私がこの子を受け入れる。ゾーイが人とは違う姿の私を受け入れてくれたようにね」
「すまない……本当にすまない」
「あなたが謝る必要はないわ。私とゾーイは約束してるしね。でも、エルフの里とは関わらないわよ。この子には……残念だけど捨てられたと言うわ」
それを否定する権利などアビゲイルは持たない。
小さな命を受け入れ、認めてくれた魔女に深い感謝の念を寄せる。
「構わないわよ、もう行って。友人を呼ぶわ。言い方は雑だし、素っ気ないけど意外と頼りになる奴なの」
この場から去っても構わないと言う魔女、おそらくはエルフであるアビゲイルを配慮したのだろう。友人が来れば、ゾーイのことも語る必要がある。
エルフや里とのかかわりを拒んだ彼女、ここにアビゲイルがいてはさらに迷惑が掛かってしまう。
深く一礼し、アビゲイルは二人に背中を向けた。
しかし、後ろ髪を引かれる思いでもう一度赤子を見る。赤子の紫の瞳はまっすぐに魔女を見つめていた。小さな手を魔女へと伸ばすその様子に、自分のすべきことはもうないのだとアビゲイルは悟るのだった。
*****
「あの方は魔女などではない。あの人が聖女なのではと私はあれから何度となく思ったものだ」
「――どうしてまたリディルの街に?」
エレナの問いかけにアビゲイルは顔を少し伏せ、心苦しそうに話し出す。
「……身勝手な思いからだ。あの後、私は里を出た。知りたかったんだ。あの子が、ゾーイが外の世界に出て、選んだ道を。そして見たくなったんだ。あの御方が繋いでくださった命、あの子が存在していることを」
アビゲイルの言葉にエレナは微笑む。
「来てよかった?」
「あぁ、もちろん」
「会わなくっていいの? ジュリと」
「言ったろう? 私には会う資格はないと。――もう、船の出航の時間だ。色々とありがとう、エレナ」
そう言ってアビゲイルは歩き出そうとする。その手をエレナがぎゅっと握る。
驚きで振り返るアビゲイルの目に映ったのは涙を湛えたエレナの姿だ。
アビゲイルの驚きに気付いたのか、エレナは微笑む。その瞬間、涙もぽろぽろと零れ落ちた。
「ありがとう! ジュリをここに連れてきてくれて。じゃなきゃ、あたしジュリに会えなかったもん!」
その温かな手の力に、アビゲイルは赤子であったジュリを思い出す。
小さな手にぎゅっと指を握られたとき、アビゲイルはこの子を守るには里を出ねばと決意したのだ。
なにも言わず、エレナに微笑むとアビゲイルは歩き出す。
その心は今日の海のように穏やかだ。
ゾーイが繋いだ命は確かにこの街にあり、エレナのように良き友人にも恵まれた。あの日、孤独と不安の中で受け渡した命はジュリと呼ばれ、皆に愛されている。
「受け止め、認める――か。良き名を頂いたんだな」
見上げた空の青さにアビゲイルの瞳は潤むのだった。
「里の外に出て暮らす? 本気か、ゾーイ?」
姉のように慕うアビゲイルの言葉にゾーイはむっとした表情になる。
皆が否定し、ときには叱られる夢だがアビゲイルにだけは認めて欲しいと思っているのだ。
「だって、外の世界は広いと言うでしょ? いろんな人の考えやお話も聞けるし、美味しいものだってたっくさんあるはずよ!」
後半の言葉に吹き出しそうになるアビゲイルだが、ぐっとこらえる。
まだ幼いゾーイだが、真剣に考えた夢を笑うのは流石に気の毒に思えたのだ。
代わりに頭を軽く撫でて、アビゲイルは微笑む。
「わかった、わかった。では、そのときは私が味方になろう。誰がどんな反対をしたって、お前の味方になるよ」
「本当!? アビゲイル姉さま、本当ね? 約束よ、長老様やおばば様にもきちんと伝えてね!」
「あぁ、その二人がなんだって言うんだ。私はゾーイの味方だ」
「うれしい! アビゲイル姉さま、大好きよ!」
自身によく似た人形をぎゅっと抱きしめながらゾーイはアビゲイルの言葉に目を輝かせる。
里は閉鎖的で他の民族とのかかわりを拒む者が多い。まだ幼いゾーイの夢も強く否定されたのだろう。しかし、アビゲイルにはそのようなことは出来ない。
なにより、まだ幼いのゾーイの夢に惹かれる自分も確かにいるのだ。
遠い未来、アビゲイルはゾーイとの約束を果たす。
だが、まだそれはずっとずっと先のこと。
ただ無邪気に笑うアビゲイルとゾーイには穏やかな時間が流れていた。
皆さんに楽しんで頂けるよう
最後まで書き進めていきますね。
いつもありがとうございます。




