第30話 料理人と幼馴染
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「俺は腕はいい。だが、愛想はねぇと子どもの頃から言われている」
今日の依頼人は料理人、大柄で武骨と言えば聞こえはいいが、厳ついその顔つきは幼い子どもなら泣き出してしまうだろう。
けれど、ジュリもエレナも動じることはなく、話を聞いている。
実は三人の中で一番依頼人を怖がっていたのはテッドであった。
しかし、それも十分前までのことだ。
「シリウス、凄く懐いてるね」
「あぁ、複雑な思いだ……」
男に関心があるのか、ジュリの後ろでシリウスはぶんぶんとしっぽを振る。
彼もまたそんなシリウスに興味があるのか、チラチラとそちらを見る。
そんな光景のせいか、テッドもいつも通りの表情に戻っていた。
「あぁ、そうだ。俺はイーサン、さっきも言ったが料理人をしていてな。最近は店も順調なんだが……」
そう言いつつ、イーサンの視線は再びシリウスに注がれる。
どうやら、彼は動物好きのようである。
今日はジョーの家で依頼人の話を聞いていた。
相手が男性であり、大柄であることを知ったジョーが、ジュリとエレナが安心して依頼を受けられるようにと配慮したのだ。
「料理人で腕がいい、なら仕事以外の相談か?」
「いや、まぁそれが難しいところで、仕事でもあり、仕事でもなくだな……」
「ん? どっち? いいよ、なんでも相談して!」
「あぁ、守秘義務もあるんだぞ!」
二人ともその厳めしい依頼者に臆することなく質問をする。
むしろ、イーサンの方が二人に圧され気味にすら見える。
不要な心配であったなとジョーは思うのだった。
「でも、お話を聞くと本当にお店の評判がいいんですね」
「あぁ、俺でも話には聞いたことあるもん。路地裏にいい店があるんだって。なんか、接客が感じがよくって人気らしいぞ」
イーサンの店は中央通りから少し横に入ったところにある。
手頃な価格と雰囲気の良い店内、味も見た目も良いことで人気を集めていた。
店の名は「バッグアレイ」その名の通り、脇道や路地裏にあることから覚えやすく、気軽に入れる店だと言う。
「――あぁ、そうなんだ。俺の幼馴染のフィンが店の経営や接客を担当していてな、店長を任せているんだ。評判がいいのもあいつのおかげだな」
「やはり、現状問題ないではないか」
接客や営業は幼馴染のフィンがしている。愛想がないと言うイーサンは得意な料理に集中でき、店は人気店になっている。
実際にジュリ達は店を見たわけではないが、仕事面では現状順調のように感じられる。
「あぁ、そうだったんだ。つい最近まではな。実は偶然聞いちまったんだよ、あいつに引き抜きの話が来ていることを」
「引き抜き?」
「優秀な人材をよその職場から自分のところに来て貰うことを言うのよ」
「ど、どうするんだ? それは……」
エレナの言葉にジュリは慌てる。
接客も経営も任せている人物がいなくなってしまっては、店の状況が一変してしまうことは間違いないだろう。
「どうしようもないさ。あいつに頼り切っていた俺が悪い」
「引きとめたりはしないんですか?」
エレナの問いかけにイーサンは一瞬困ったような表情を見せたが、すぐに首を振る。
「あいつには昔から世話になりっぱなしだ。店を開けたのも、続けて来られたのもあいつのおかげなんだ。俺はこの外見で損もしてきた。そんな俺を手助けしてくれて来たのがフィンなんだ」
見かけは大柄で武骨、怖い印象のイーサンだが話してみると穏やかである。
料理が得意なイーサン、接客が得意なフィンという組み合わせは店を運営していくうえでバランスが良かっただろう。
であれば、引きとめる方が良いようにもジュリには思える。
「あいつは能力があるんだ。いつまでも俺のとこで引きとめておくのもあいつに悪い。フィンにはフィンの将来があるはずだ。しがみつかず自由にさせてやるのが俺に出来る最後の礼だと思っているんだ」
「……そうか」
長く共に過ごしてくれたフィンに感謝するからこそ、引きとめないという決断をイーサンはしたらしい。
優秀な人材であり、幼馴染のフィンを引きとめるつもりはないというイーサン。であれば、彼の悩み相談とは一体何だろう。
ジョーも含め、皆がそのように思っていると大きな体を丸めるようにしたイーサンが、ぼそぼそと小声で話し出す。
「その、ここではお守りも作ってくれるらしいな?」
「あぁ、私が刺繍をしているんだ」
「そうか! で、それでだな、自分に自信を少しでもつけたくてな。コック服の胸元に刺繍を頼みたいんだ……」
ガサゴソとイーサンが袋の中から取り出したのは、丁寧に折りたたんだコック服だ。胸ポケットがあるため、そこに刺繍を刺すということだろう。
少々人相が悪くも見え、威圧感のあるイーサンが顔を赤くして頼む姿、それを見てジュリとエレナは顔を見合わせ、くすりと笑う。
シリウスはついにイーサンの元に近付き、しっぽをぶんぶんと振る。
イーサンの依頼をジュリとエレナは快諾するのだった。
*****
「しかし、幼馴染というのは興味深いものだな」
「どうしたの? 急に」
エレナは眠る前のお茶を注ぎながら、不思議そうに尋ねる。
こくりとカップのお茶を一口飲んで、ジュリはしみじみとした表情を浮かべた。
「エレナとテッドも幼馴染なのか?」
「まぁ、そうだね。小さい頃から知ってるし、ジョーじいちゃんのとこで二人ともお世話になっていたからなー。あ、今もか」
くすくす笑うエレナだが、ジュリは真面目な顔で質問を続ける。
「もし、エレナとテッドが一緒に働いていて、イーサンと同じ状況になったらどうする? 引きとめるか? それとも引きとめないのか?」
「……引きとめないよ。それがテッドにとっていいなら、あたしは身を引くと思う」
数秒ほど黙ったエレナであったが、答えはすぐに出たようだ。
イーサンもまた同じ気持ちでフィンを引きとめない判断を下したのだろう。
相手を思うがゆえの行動、しかしジュリには気になることがある。
「――そもそもフィンはどう思っているんだろうな」
「うーん、引き抜きの話を断っている可能性があるってこと?」
「あぁ、可能性の話だがな。もう少し調べてみる必要があるだろう」
「でも、どうやって?」
じっとこちらを見るエレナに、ジュリは自信ありげに笑う。
「料理店「バッグアレイ」に行ってみるしかないな」
ジュリの言葉にエレナは驚き、目を見開く。
「え、働くっていうこと!?」
「違う! 料理店だぞ? 食事をしに行くに決まっているだろう」
ジュリが言っているのは当然のことだ。
どのような店で、引き抜きを受けるだろうフィンがどのような人物かを知ることで、違う答えも見えてくる可能性がある。
「自分に自信を持ちたい」そんなイーサンの願いを付与とするのは問題ないが、そのまえにもっと情報を収集する必要があるとジュリは考えたのだ。
「……お、おい? エレナ、どうしたんだ?」
先程まで驚いていたエレナは下を向いて、震えている。
ジュリがそっとその肩に触れようとした瞬間、エレナがいきなり抱き着いてきた。
「凄い! 外でご飯を食べるんでしょう?」
「あぁ、潜入捜査みたいなものだな!」
「うわー!! 何年ぶりだろう! ど、どうしよう。わくわくして眠れないかも!」
どうやらエレナは外食することが楽しみで仕方がないらしい。
よくよく考えてみれば、ジュリもまた準備中の酒場ロルマリタに顔を出したことがあるが、街の料理店は初めてである。
「え、経費? 経費っていうので大丈夫なのかな?」
「安心しろ。そこまで値段は高くないとジョーが話していたぞ」
「そうなんだ……。外でご飯……外でご飯……」
どうやらエレナにとっても外食は特別なことらしい。
ジョーからは気軽に入れる店だという情報は得ているが、あまりのエレナの興奮振りになぜか自分までドキドキと胸が高鳴るジュリであった。
雪が降る地域もあるようで……
普段降る地域はもちろんですが
降らない地域の方が対応に困ることもありますね。
お気をつけください。




