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第1話 ジュリ、エレナと出会う

読んでくださり、ありがとうございます。

皆さんに楽しんで頂けるよう、書き進めてまいります。

 エレナは森の中をどれほど彷徨っただろう。

 空腹と足の傷みでもう体に力は入らない。

 もう無理だとばかりに倒れ込んで疲れを取っていたエレナは、ぼんやりと青い空を見つめていた。

 空腹のせいか、疲れのせいか、どんどん意識は遠くなっていく。

 

「……人間」


 可愛らしい声が聞こえたのはここが天の国だからだろうかとエレナは思う。

 すぅっと意識を失ったエレナを一人と一匹が見つめていた。



 気付くとエレナはふんわりとしたベッドの上に寝かされていた。

 誰かが助けてくれたのだろうかと辺りを見回そうとしたエレナの頬を、何かが舐める。

 驚いて左を向くとそこには焦げ茶色の狼がいるではないか。

 大声を出そうとしたエレナに先程耳にした可愛らしい声が聞こえた。


「大丈夫だ。その子はまだ人間を食べたことがないからな」

「まだって何!? え、あ、ここの家の人? 助けてくれてありがとう! ……大人の人はいるかな」


 エレナの目には10歳前後に見える少女は、白銀の長い髪に紫の瞳という神秘的な風貌である。ワンピース姿の少女の長い睫毛に覆われた瞳がこちらを見つめていた。

 なんと愛らしいのだと思うエレナだが、少女はエレナの言葉にむっとした表情になる。


「私とこの子であなたを運んできたんだ。ここにあなたのいうような大人はいないぞ」


 エレナはその言葉に衝撃を受ける。まだ幼い少女がこんな森に一人で住んでいるなど、信じられないことだった。

 しかし、少女は落ち着いた様子でエレナに話しかける。


「まぁ、温かいものでも口にするといい。説明はそのあとでも問題ないからな」

「は、はい……」


 見た目以上にしっかりとした少女、横でしっぽを振る狼、状況が把握できないエレナの表情は強張る。

 だが、気にした様子もなくまだ幼く見えるこの家の家主は、エレナを残し、部屋を後にする。

 

「え、あの……こ、この子も連れてって……」


 隣にはまだ嬉しそうにしっぽを振る狼がいる。エレナは強張った表情のまま、少女の帰りを待つのだった。



 落ち着いた印象の家具もあれば、エレナがかつてよく見た魔道具も置いてある。

 エレナの知人に魔道具に詳しい者がいたため、それが魔道具だとすぐにわかるが、通常魔道具に縁があるものは滅多にいない。エレナも今まで街で見かけたことはなかった。

 清潔で整った室内は居心地が良い。出された温かなスープの味も良く、空腹にじんわりとしみ込んでいくようだ。

 少女の言う通りだとすれば、これを一人で作ったことになる。

 やはり、信じられないような気持ちで見つめるエレナに、少女は簡潔な挨拶をした。


「私はジュリだ。あなたは?」

「あたしはエレナ、この森で食べ物を採取しようとしてたら迷ってしまって……。だっておかしいのよ。本当はこの森って浅いし、小さいのに今日はどこまでも進めて……そしたら迷っちゃって」


 エレナの言葉に驚いたようにジュリは目を瞠る。

 この森は広く奥深いため、周囲に人がいたことなどない。

 しかし、エレナは小さな森を歩いていたらここに行きついたと話すのだ。

 彷徨ったため、距離が掴めなかったのか、それとも違う森のことを指しているのか、ジュリは判断に迷う。

 

(今日は魔道具の不具合か、警告音が鳴っていたが、それは彼女の存在を知らせるものだったのか? 人を見るのは魔女が死んで以来のことだな)


「ごめんなさい。迷惑をかけて……大丈夫! あたし元気だけが自慢だし、もう帰るから! ってうわっ!」


 食べ終わったエレナはベッドから身を起こそうとしてよろめく。それを狼が支えとなり、受け止めた。

 再び表情が驚きと恐怖に変わるエレナだが、ジュリにそっと尋ねる。


「あ、ありがとう。えっと、この子の名前って何?」

「――名前はない。特に不便もないからな」

「そっか……。君、ありがとうね」


 ジュリの言葉通り、しっぽを振る狼から敵意は全く感じられない。

 少しほっとしたエレナにジュリがたしなめるように言う。


「まだ体力的に街へと帰るのは難しいだろう。しばらくここにいるといい。食べ終えたのなら早く眠れ」

「は、はい! お世話になります!」


 森の中に住む白銀の髪を持つ少女と狼、不思議な組み合わせと状況なのだが今のエレナに選択肢はない。

 実際、まだまだ疲労があるのも事実なのだ。今はその言葉に甘えようとエレナはそっと横たわる。

 そんな様子を確認したジュリは食器の入ったトレイを手に、狼と共に部屋を後にする。魔導ランプを消すと、ベッドわきの小さな灯りだけになる。

 廊下を歩きながら、ジュリはため息とともに溢す。


「人間か……治ったら早々に出て言って貰わねばな。私がハーフエルフと知れば、きっと忌むだろう」


 表情が陰るジュリをじっと狼は見つめるのだった。


*****


 それから数日が経ち、少しずつ体力を回復させたエレナはジュリという少女に感心していた。

 ジュリは食事などを用意してくれるのはもちろん、薬草まで煎じ、小さな傷の治療をしてくれる。

 本人の言葉通り、自分一人の力で多くのことが出来ることを目の当たりにしたエレナはジュリへの関心を強く持ち始めた。

 そんな彼女の思いに気付いたのだろう。ジュリは突き放すような冷たい眼差しでエレナに告げる。


「私はあなたが思っているより、歳を重ねている。そのため、出来ることも多いのだ。まぁ、その分魔力も持たぬ半端者だがな」


 その言葉は暗にジュリが人ではないこと、そしてエルフでもないことを告げていた。ハーフエルフはエルフ同様長い歳月を生きる。

 しかし、人間同様に魔力は持たないのだ。

 人間でもなく、エルフでもない自分が森に放置されたのもそのような意図があるとジュリは感じていた。

 エルフには敬意を払う人間もハーフエルフとなれば態度が変わる。

 人でも魔力を持つ者がいるのに、それを持たぬハーフエルフはただ長く生きる人間といったところだ。力もまた強いわけではない。

 そんなハーフエルフを珍しがったり、労働力として利用する。

 魔女はそういった人間がいることをよく口にした。

 だが、エレナは気にした様子もなくジュリに尋ねてくる。


「じゃあ、本当に全て自分の力で暮らしてるんだ。凄いね。確かに見たことない魔道具がたくさんあるし、魔法の力がなくっても大丈夫だね」

「……魔道具に詳しいのか?」


 ハーフエルフだという情報をすんなり受け入れたエレナに驚きつつ、ジュリが尋ねたのは魔道具のことだ。

 エレナの言う通り、確かにここには様々な魔道具がある。

 魔女が残したものでジュリもそれを利用していた。

 森で迷うエレナに気付いたのも魔道具のおかげなのだ。


「うん、それなりに。あたしの面倒を見てくれた人が魔道具を作ってたんだよね。だから、どれが何の魔道具かくらいはわかるよ」

「そうなのか……実はここ最近、ある魔道具が不具合なのか異音がするんだ。何の魔道具なのかもわからない古いものだ。もしよかったら、あとで見てくれないか?」

「うん、ぜひぜひ! 怪我も体調もおかげさまで随分回復したんだ。何かお役に立てたらいいなって思ってたところなの。えっと、手芸が得意だから衣類のお直しとか、あとは力仕事かな」

「……力仕事? あなたがか?」


 14、5歳に見えるエレナの口から、得意なのは力仕事という予想外の言葉が飛び出し、ジュリは目を瞬かせる。

 肩まで伸びた柔らかな薄茶の髪に、くるくるとよく変わる表情を持つ少女が力仕事が得意だというのだ。ジュリが戸惑うのも無理はない。

 けれど、エレナは気にした様子もなくジュリに尋ねる。


「繕いが必要な服とかある?」

「今は特にないが……」

「じゃあ、決まり! 力仕事に決定だね!」


 そう言うとベッドから起き上がった少女は確かに数日前とは違い、健康そうにも見える。確かにこのままベッドに寝たままでいると、体力も落ちていくだろう。

 それならば、力仕事も加減をすれば適度な運動になるかもしれない。

 そう思ったジュリは渋々頷く。


「だが、無理はするな。あなたが怪我を治し、ここから出ていくのが最善なのだからな。わかったか?」

「うん! ありがとうジュリ」

「…………あぁ」


 久しぶりに名を呼ばれたことにジュリは動揺する。

 最後に名を呼ばれたのは魔女がいた頃だ。

 一人と一匹で森の奥に暮らすジュリはこうして誰かと会話することも久しくなかった。名を呼ぶ者など当然いない。

 戸惑いつつも、くすぐったい思いになるジュリはエレナという少女に驚きを感じる。

 ハーフエルフだと知ったあとも彼女の態度は変わらないのだ。

 だが、そんなジュリは十数分後、再び驚かされることになる。

 

 

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