所有すると幸せになれるクルマ『盆五郎』
ナツダ自動車が新型車を発表した。
3000ccの箱型ミニバン。その名も『盆五郎』だ。
テヨタの『バルバード』やネッサン『ゲルグランド』と同クラスであるが、それらをライバル視はしていない、独自の立ち位置である。
ヨーロッパ車をパクったような最近のナツダの高級志向とは真逆の、それは昔の『庶民の味方ナツダ』に戻ったような、安くて内装チャチくて電装系弱いけど走りは良いクルマという、高級感とは無縁の大衆車であった。
価格はなんと標準グレードで210万円ほど。これは同社のミニカー『ナツダ2』よりも下手をすれば安い。
そしてこのクルマの最大の売り文句が次のようなものであった。
『乗ると幸せになれるクルマ』
テレビCMもそのフレーズを前面に押し出したものにした。
有名な年配の俳優を起用し、「このクルマを買ったら幸せになれたんです」と言わせた。
そしてそれは事実だったのである。
盆五郎を購入した人々が、次々とネットにレビューを投稿した。
『独身なのですが、盆五郎に乗りはじめたら彼女が出来ました!』
『ファミリーカーを盆五郎に替えた途端、それまで険悪だった家族仲がよくなり、長いことレスだった女房との夜の生活を再開することになりました!』
『特に何もありませんが、盆五郎を買ってから毎日とても気分がいいです!』
そしてさらに、その噂は加速していった。
『ブラック企業に勤めていたのですが、盆五郎に乗っていたら一流企業からスカウトされました!』
『75歳なのですが、推しのアイドル歌手と結婚することになりました!』
『末期癌が治りました!』
『宝くじで1等当たりました!』
『某国の大統領に就任しました!』
『今なら空も飛べるはず!』
誰もが盆五郎を購入した。
誰も手放さないので中古車市場には1台も中古はなく、誰もが新車で購入した。
試乗車は色んな人が乗っているので既に幸せパワーが抜け落ちていると信じられ、新古車として売りに出されても見向きもされなかった。
テヨタやネッサンに勤める人たちも隠れてこっそり盆五郎を買った。
やがて日本人の9割が盆五郎を所有することとなり、道路を走るクルマのほぼすべてが盆五郎になった。
「さ……さすがに……もう、無理です」
ナツダ自動車本社ビルの最上階で、その男は膝から崩れ落ちた。目はくぼみ、身体は骨と皮だけになっている。
「澤田くん! 頑張ってくれ! 盆五郎から幸せパワーがなくなったらただのポンコツミニバンなんだ!」
ナツダ自動車社長モロ・股広が、『澤田』と呼んだ男を激励する。
「君さえ頑張ってくれれば日本は超幸せな国となり、我が社も儲かり、盆五郎が頻繁に起こす電装系トラブルで自動車修理工場や電気部品会社にもいい目を見させてあげられる! 日本の経済が活性化し、次々と潰れるライバル自動車会社は新事業に盆五郎パワーで成功し、君は日本の救世主となれるのだぞ!」
質素な白の法衣に身を包んだ澤田という男は、しかし完全に力尽きた。
床にうつ伏せに斃れると、「幸せのインフレが……起きるぞ」と言い残し、豆腐の絞りカスのようになり、やがてどろりと溶けはじめ、床の上に染みを作った。