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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ちょちょぷりあんの歩み

WBC --ワンダー・ベースボール・ちょちょぷりあん--

作者: 滝翔


1942年 この年に〝幻の甲子園〟と後々に呼ばれる大会が行われた

全国中等学校()()野球大会から全国中等学校()()野球大会へと名を改め

その理由は従来からの主催である朝日新聞社から文部省(軍部)に移り変わったからである


この大会のスローガンは【勝って兜の緒を締めよ。戦い抜こう大東亜戦】

今はまさに太平洋戦争のど真ん中

去年から中止を取り決められていた甲子園が今年に再開した理由は

野球を利用して戦意をあげようという目的以外になかったのだ


勿論毛色が違うだけに今までの回数継承や優勝旗の使用も認められない

史実上記録に残らなかった大会だった

優勝校は徳島県立徳島商業高等学校




1945年 7月19日 松山市 某収容所


日の陽光さえ限られた閉鎖的な施設の一室

僅かな抜け穴を通じて 侵入してきた髭根を生やした青いビー玉状の生き物は

血生臭い室内の真ん中に倒れる一人の少年を発見する

国内で稀に見る顔立ちをした少年に 唾を吐き捨ててもう一人の兵隊は鉄柵の奥へ出て行った


「プリリ??」


ビー玉の生き物は横たわる少年にテレパシーを送る


『私の名前はちょちょぷりあん 貴方の名前は何ですか??』


「……ジョージ ジョージ・ハーマン」


『どうしてそんなに血だらけなんですか??』


「……アメ公だからだよ」


何度か会話を繰り返す内に彼の声量は小さくなり

そして最後にはピクリとも動かなくなってしまった


ちょちょぷりあんは彼の人体に潜り込むと

その身体はみるみる再生していき まるで何事も無かったかの様 復活を遂げた




場所は変わって工業団地

戦時中の若者は陸海空への入隊希望でない限り

軍需工場で働き 防火訓練や竹槍訓練をさせられていた


「脱走者が出たぞぉ!!」


「この非国民がぁ!!」


二人の脱走者が林の奥に逃げ込めば

気持ちが良いほどに大人達からの追跡を振り切って見せた


「してやったぜ六太ろくた!!」


「だなぁ琴三郎ことさぶろう!!」


激しく抱き合う二人 途端に互いに虱が付いてないか頭部を確認


「シャワーだけとか…… 風呂に入らせろってんだよ」


「ここじゃまだマシだ 隣の町なんて風呂もトイレも川で済ませろって話だぜ??」


「琴三郎はこれからどうする?」


「こうなった以上は家になんか帰れねぇし……

てかおめぇの目標に付き合う約束で脱走したんだろうが」


「ナッハッハ!! だけど夜中にでも一度家に戻ってもいいかもなぁ」


「今生の別れもあるかもだしな 一目見てくるだけでも損はねぇか」


山奥に身を潜める二人は日暮れと同時に別れた

六太が見慣れた家路を歩いていると 前方から警官が二人ほど現れて


「やべっ!!」


「おいお前脱走犯だな?!」


いきなり警棒で叩いてくる警官二人

六太も必死に逃げようとするが まず先に足をやられ

吐血で苦しむ猶予もなく暴行の限りを尽くされた


しかし幸運なことに一人の警官が急に倒れる

ストレスによる神経衰弱によりその場で蹲ってしまった

もう一人の警官が心配していると その警官目掛けて六太は金的攻撃をかまして逃走


「はぅ!!」


「バーカ!! そのまま二人共勃起不全になってくたばりやがれってんだよ!!」


灯り一つ無い我が家に辿り着いた六太に待っていたのは

玄関先で鬼の形相で待ち構える母親だった


「全くお前と言う奴は!! 何をしたか分かっているのかい?!」


「ご…… ごめんよ母ちゃん!!」


拳骨を数発食らう六太 母親の後ろには自分より下の弟や妹が睨んでいた



「ただいま昭吾!! 梅子!!」



「……父ちゃん連れて行かれたよ兄ちゃん」


「おっかぁと私達だけでどう生きていくんだよ兄ちゃん!!」


三人から散々罵声を浴びせられた末 六太は納屋に入れられた


「そこで暫く反省するんだねぇ まぁ警察が来た時は息を潜めておいてくれよ」


一先ず安全は確保された

しかし息を吐く暇も無く納屋の扉を叩く音が

近くに置かれていた鍬を持って応戦する準備を整えると


「六太!! 俺だ!!」


「……琴三郎か?!」


扉を開けて入ってきたのは先程別れた琴三郎

よく見ると顔面が腫れに腫れ 身ぐるみ全てを剥がされてパンツ一枚の状況だった


「琴三郎も同じか……」


「お前はまだ親に愛されてるな

俺は追い出された挙げ句 身ぐるみも良い金になるから置いていけって言われちまったよ」


「ハハハ…… 災難じゃねぇか」


すると夜食を持って来てくれた母親が琴三郎を見て舌打ちを響かせる


「余所の人間に食わす飯は無いからね 二人で分けな」


米の無い時代 味のしない大根とすいとんと雑草の汁物が一皿だけ


「俺はいいから食えよ六太」


「同じ目的で付いて来てくれたんだから達成するまで分け合うよ」


納屋に仕舞われている紙で代用された皿で分配する六太

ただでさえ少ない量が二等分になる様は中々堪えた


「そういえば同級の奴が鼻クソや耳クソで味を出してたって言ってたが……

さすがに聞いたときは吐き気を催したなぁ」


「あぁ悪ぃ…… もう俺入れちまった」


「うっ……!!」


「体外に流れる貴重な塩分を 道端に捨てるのも勿体ねぇだろう?

汗でもなんでも自家製の貴重な養分だ

噂じゃ兵隊達なんて戦場で自分達の小便飲んで生きてるらしいぜ?」


「あっ! それ聞いたらちょっとマシになってきた!!」


「まぁ小便よりも死傷した兵士の内臓食って兵の体調を補うなんて話もあるがな」


「それは余計な話だったな」


食欲が湧いたり減ったり

しかし仲間と一緒に食べる飯はこの時代の何よりの調味料ではあった

そして立て続けに納屋の扉が叩かれる

鍬を琴三郎に持たせた六太は鎌を持って迎え撃つ


扉は勢いよく開けられ

一人の少年が倒れ込む様に入って来たではありませんか


「何だこいつ? 俺達と同じ脱走者か?」


入って来た少年が鼻を嗅ぐと 六太の皿を奪って犬の様にカブりつく


「おいおい…… それ俺の……」


「ようやく何かを口にいれられましたぁ!! 感謝します!!」


「……限られた食事が」


月明かりが納屋の隙間から差し込み

皿をペロペロ舐めるその男の顔が照らされると


「お前…… アメリカ人か?」


「はい…… えと…… ちょちょ…… あぁいや…… ジョージ・ハーマンです」


「名乗るのに噛み過ぎ……」


「すみません…… とある収容所から逃げて来ました」


結局二等分した皿をさらに二等分にした六太と琴三郎は

飯を差し出した見返りに色々と質問する


「おいアメ公坊ちゃんよぉ…… お前から戦争を終わらせるよう空の軍隊共に掛け合ってくれねぇか?」


「いやいやいや無理ですよ~~」


「だよな~~ 知ってた!! それよりお前 野球好きか?」


「やきう?」


「おいおいアメリカと言えば野球だろぉ?」


「そうなんですねぇ……」


「ダメだ…… あっちの文化に触れる機会じゃねぇみてぇだ」


六太が納屋の地ベタに寝転がると

今度はジョージの方から質問が来る


「二人はこんな夜遅くに納屋で何をされていたんです?」


「俺と六太はある目的の為にある場所から抜けて出て来たんだ」


「ほぅそれは?」



「甲子園だよ甲子園!!」



「……こんな世の中にですか? 焼夷弾の餌食になりますよ?」


六太は起き上がると 農具と共に隠されていた木製バットを取り出して掲げる


「そう思うだろ馬鹿め!! だが二年前には甲子園が行われたんだ!!

しかも優勝校は同じ四国の徳島商だぁ!!!!」


「試合自体は耳が痛む軍事仕様だったが……

ラジオであれだけ盛り上がったのも久々だったなぁ!!」


「現在で四国が甲子園の天辺なんだ……

だったら今年はもしかしたら俺達が天下取ってたって不思議じゃねぇだろ??」


「だが俺達は今年で十八歳 今回で開催されなきゃ永遠に甲子園の土を踏めねぇんだよ」



「…………」



この日は福井と千葉・銚子で空襲が行われた

そして7月25日には大分・保戸島

約1300人が命を落としたが それでも六太達にとっては対岸の火事だった


ジョージに試合参加を条件に納屋で匿うことを決めた六太と琴三郎は

方々を巡って野球に参加出来る者がいるか または甲子園が開催されるか聞き回る

しかし甲子園に関しては〝状況を見ろ馬鹿たれが〟と大人達に目を付けられる羽目になった




7月25日の夜


日が変わる瞬間にジョージは近くの寺を見て回っていた

人目に触れれば容赦の無い迫害を怖れて 深夜のみの散歩だ


そこの階段にて 何やらブツブツと独り言を地面に打ちつける中年の軍人が

急いで立ち去ろうとするジョージに


「こんな所で何をしている……? さっさと家に帰れ……」


「あっ! はい……」


「……まだまだ戦争は続くんだ」


「そう…… ですよね……」


中年の軍人が再びボヤきに入った

内容が気になったジョージがこっそり聞き耳を立てていると


「さっさと降参するべきなんだこの国は…… せっかくここには暫く爆弾が落ちてこないというのに

上の連中めぇ…… 何で無条件降伏の要求を断ってんだよぉ無能共めぇ……

宇和島に何度も空襲が来てる…… ここもまた危ないかもしれない……」


ーー降伏を断った?


アメリカ・イギリス・中国から発された米英支三国共同宣言

別称〝ポツダム宣言〟を大日本帝国の鈴木内閣下の日本政府が黙殺し

徹底抗戦に向ける意思を宣言することとなった


「天皇を中心とした政治の存続が保証されないからという理由で黙殺だと……?

戦況が悪化して国民が減れば元も子も無いだろうに!!!!」


急な怒声で後ろに転んでしまったジョージ

顔を軍人に見られてしまう


「お前…… 外人か?」


「あっ…… うっ……」


「お願いだぁ!! 今すぐトルーマン大統領に連絡して空爆をやめさせてくれぇ!!

頼むぅ…… 頼むぅ…… 頼むぅ……」


掴まれた胸ぐらを振り払ってジョージは逃げた

彼が何を聞いて来たのか全く理解が追いつかず

ただただ怖いからという理由で逃げる


六太の家の納屋に戻って来ると二人は既にご飯を食べていた


「お前の分は少しだが残してあるぞ!!」


「うん…… それで甲子園は出来そうなの六太?」


「まず開催はされねぇそうだ この国にそんな余裕はねぇってよ」



「まぁなぁ!! 勢いでどうにかなるモンじゃぁねぇってのは分かりきってたな!!」



匙を皿に打ちつけて大笑いする琴三郎

しかし六太だけは真剣な眼差しでジョージを見つめ続けていた


「だからよぉ!! 俺達だけやるんだ!! 野球の試合!!」


「人数はいるの……? 用意する物もあるんじゃぁ……?」


「人数はこの数日で集めた!! グローブと球は学校の倉庫から盗む!!」


「なるほど……」


「さっそく今日の昼にでもやろうと思う 一生に一度の思い出作りだ」


「……僕はやめた方が良いと思うんだけど」


「何でだよ?!」


二人の圧が怖いジョージもといちょちょぷりあんだったが

それでも先程の軍人の件もあって何かザワついている


「む…… 胸騒ぎがするんだ……」


「平気だって!! 三月と五月と確かに春は大変だったが 今に至っては来てねぇだろ?」


「だからって……」


「大丈夫だ!! 黙って付いてこい」


部外者なジョージは人間を引き留めるだけの熱意を持っていなかった

結局流れに身を委ねるしかない自分は 初めて無力を悟る

飯時になれば三人は家を出ようとしたが 六太の母親に引き留められて


「アンタまさか野球しに行くんじゃないだろうねぇ?!」


「っ……!!」


六太は思わず座敷に眠っている父親を視界に入れてしまった

非国民の親と言う事で連れて行かれた父親は一先ず帰っては来れた

しかし顔は腫れるくらいに殴られ 爪は全て剥がされ

太ももには杭が打ち付けられた様な痛ましい姿で返されたのだ


「何なんよアンタ…… 工場抜け出して…… 家族を危険に晒して……

三月の空中戦を見てないわけじゃないだろうに……

五月には防空壕が崩れて窒息死したなんて可哀想と思わんのかい??

生きたかった人間が沢山いるのに 何でアンタはそんなに死にたがりなぁ?!」


「っ……」


「戦争が終わるまでここにいなさい!! 私らから離れずここにいなさい!!」


「……ごめん!!」


六太は走り出し ジョージと琴三郎は会釈して後を追う

家が見えなくなる頃にようやく六太の足取りは緩やかになった


「お父ちゃんは…… きっと応援してくれた

俺を阪神軍のファンにしてくれたのお父ちゃんだから」


「六太……」


琴三郎は六太の背中を思いっ切り叩く それは駆けっこの合図でもあった

試合の合流地である【城山公園】まで三人は走る




お堀の中の広い場所には既に何名か集まっているのが見え そこに三人が跳び込んで行く


「早いなぁ皆ぁ!! ……集まったのはこれだけかぁ」


「悪いな六太 呼び掛けで二十人は来る筈だったんだが多分臆したんだろう」


「いやいいんだ昭吉…… 全部で十三人 6対6だな そして審判を一人選ぼう」


外野を無くして 内野の四つのポジションを少し引いた状態での特別ルールで始めた

審判を務める半端者のお爺さんが勢い良く試合開始の掛け声を上げたそのとき

何処からともなくサイレン音が鳴り響いた


「おっ!! 景気が良いねぇ!! 誰かが鳴らしてくれたのかなぁ??」


「いいや違う…… 違うぞ六太!!」


ピッチャーマウンドで構えている六太に叫ぶキャッチャーの琴三郎

そう これは試合開始のサイレンなどではない


「空襲警報発令!! 空襲警報発令!!」


せっかく形になった球場もどきの広場も大混乱

すぐに全員は頭巾を被り 竹槍を持って防空壕へと走り出した


「おい六太…… 逃げるぞ!!」


「っ……!!」


参加者の一人が呼び掛けるが 六太は上空を見上げたまま微動だにしなかった

代わりに琴三郎が返事してあげる


「悪ぃ!! 先に行っててくれ!! こいつは俺が引っ張っていくからよ!!」


広場に残ったのは六太と琴三郎 ジョージと半端者のお爺さんだけだった


「いやお爺ちゃんも逃げて下さいよ」


「ワシは夢じゃったんよ 甲子園の審判を務めることが」


四人が空を見ていると 数十分後にはわんさか戦闘機が空の青さを奪っていく

これが松山大空襲 大日本帝国がポツダム宣言を断ってすぐの出来事だった


「何でだよ……」


奥から次々と放たれる焼夷弾 住み慣れようとする自分達の町が悉く赤く染め直されるのだ

辺りからは悲鳴も聞こえ始めるが これが現実と六太は思いたくなかった


六太「ふざけんなぁ馬鹿野郎!!!! 俺達の青春を返せぇ!!!!」


琴三郎「……そうだ馬鹿野郎!!!! 人の頭の上に爆弾落すんじゃねぇ!!!!」


ジョージ「どっかいけーー!!!!」


お爺さん「そうじゃそうじゃワシの夢もぶち壊すなぁ!!!!」


それでも当たり前だが戦闘機が引き返すことはない

声も枯れ果てる頃 戦闘機が自分達の頭上へと通り掛かってようやく恐怖という感情が芽生えた

しかし三人と違って怖れを知らぬジョージは バットを持ってバッターボックスへと立つ


「僕は…… アメ公だぞ…… お三方?」


「「「 っ……?! 」」」


「六太…… ピッチャーマウンドに立て」


六太は鼻水を拭ってグローブを手に取る

同時刻に全機から無数の焼夷弾が降り注がれた

だがその場の四人は誰も空など見てはいない


「ぷれいぼーる!!」


お爺さんの掛け声と共に試合は始まったのだ


「礼を言うぜ…… ジョージ!!」


「悔しさと不完全なその闘志を僕にぶつけてこい!!!!」


バットを右肩に置くバッターと前屈みになってボールを背中に置くピッチャー

緊張を伝う一回限りの打席の周囲には 大量の爆弾が投下された

壮絶な光景に琴三郎とお爺さんは心臓が持たなかったが どういう天運か誰も被弾はしていない


「行くぞぉ!!!!」


「来い!!!!」


六太の球種はストレートのみ それをジョージもとい

素人のちょちょぷりあんが打てるかどうかの問題であったが

何と一球目からバットの芯に当て 球は遙か右方向へ飛んでいく


「ふぁーるぼーる!!」


「惜しかったぁ……」


二球目はボール 三球目四球目とボールを出す六太は動揺していた

絶対的な自分の球速に自信があったが故に 素人による初球の一打は堪える


「どうしたよピッチャー?! ビビってんのかぁ?」


「ラッキースイングのクセに調子乗んなよ!!」


周りの草花が燃焼していた為

たった一打席でもすでに汗だく状態

しかし六太はとても気分が良かった

まさかこの事態に野球に乗ってくれる仲間がいたのだから


全身全霊の一球

それはマグレでは到底捕らえられない剛速球


「すとらい~~く!!」


お爺さんのポーズに腹が立ったが

これで2ストライク3ボール

気分は9回裏2アウト満塁 ここで決めた者が一面を飾るヒーロー


「行くぞジョージ!! 泣いても笑ってもこれが最後だ!!」


「こい!!」


誇張するレベルで足を上げる六太は 今までの思いを乗せて球を放つ

燃え上がる周囲の火花が弾ける音に混じり 鈍い金属音が辺りに響き渡らせた




1945年 8月6日 広島


六太達はあの後無事生還

しかし空襲中に野球をしていたことは 他で逃げた連中に告げ口されて大目玉を食らう

ここにいられなくなった六太・琴三郎・ジョージの三人は広島の方へ逃げたのだ

理由は 何故か広島には空襲が一度も来ない極楽浄土と化していたから


審判を務めてくれたお爺さんは自分達の様にはいかなかった

足並みを乱す大人となれば石を投げられ拳で殴られ 結局死んでしまった


広島に着いた六太達は独自に職を生んだ

〝わらわせ隊〟という 吉本興業と朝日新聞社が共同で満州に演芸慰問団を派遣していた時期

吉本の活躍を真似した三人は独自に〝吉兆座きっちょうざ〟を名乗って民衆から生活資金を募っていた


広島県物産陳列館近くの相生橋にて

大声で合唱したり 浪曲したりと持てる特技をフルに引き出してその日を食い繋いでいた

笑う通行人もいれば煙たがる通行人と様々 だが六太達は自分達は自由だと確信して過ごしている


「靴磨きと吸い殻シケモク売るだけでも何とかなるもんですね」


「橋って良いよなぁ…… 上は通行人が川向こうに行けて 下は俺みたいなもんの雨宿りとして使える」


日の出の合図で橋の上に商品を並べていたジョージと琴三郎


「六太はまだ帰って来てなかったね」


「闇市は一筋縄ではいかねぇんだろ

しかもペニシリンなんて高価な物品は厳重に守られてるだろうな」


「やっぱり強奪は良くないと思うんだけど?」


「この自由な暮らしも長くは持たねぇよ

身体は動けば汚れるが 心は貧相になればなるほど汚れていくもんなんだ

専ら頑張るしかない 富裕層を目指して今は頑張るしかないんだ」


「…………」


「それに闇市に流れるような薬だ

どうせ病院のあくどい奴等が金銭目当てで横に流してるに決まってらぁ」


いつもの様に活動を開始しようとする二人だが あまりにも遅い六太の帰りを心配し始める


「夜中とはいえ やっぱり一人で行かせるべきじゃなかったなぁ……

悪いけどジョージ ここは俺一人でいいから六太を探してきてくれ」


「わかった」


「場所は水主かこ町方面だった筈だ」


市内であればそう遠くない

太陽も既に顔を出し切っており 静かだった道にも通行人が多く見かけるように

ただ一人 ノロノロと頬を押さえて歩いているのが目立つ青年を目撃したジョージは

安堵の溜息と共に手を振って駆け寄った


「ダメだったのか……?」


「いやぁ…… ハハハ!! やっぱ盗人はいけねぇなぁ!!」


「……殴られて帰って来ただけでも良かったですよ」


何度も下を向いて気が気でないジョージの表情に 六太は気まずそうに謝る

しかし俯いていたジョージの視界に映っていたのは 家屋に侵入する蟻の大群であった


「……なんで アリンコがこんなに」


すると隣の学校の方から会話の声が聞こえた

校門の表札には神山國民小学校の文字が


「Bじゃぁ……」


「え……?」


「B29じゃ」


「ほんとじゃぁ……」


「いつの間に来たんじゃぁ?」


「おかしいねぇ…… 空襲警報も鳴らんもんねぇ」


空には一機の航空機が不穏な銀色の光を 地上にいる人達に不安を与えていた


「高度3600フィート」


「攻撃照準位置0! 原爆投下!!」


「ラジャー!! 原爆投下!!」


数秒後に周囲に放たれる閃光

一瞬にして広がる爆発は人々の見る日常を瞬く間に地獄へと変貌させた




ーー……何が起きた?


キノコ雲の中にふよふよと浮かんでいるちょちょぷりあんは状況の整理が追いついていない

いつの間にかジョージ・ハーマンだった肉塊は何処かに吹き飛ばされ

髭根の付いた青いビー玉だけがそこに置き去りに 周りは見知らぬ灰色の世界に置いてかれ

辺りに響くは無事生還したであろう少年が 声を荒げて何処かへ走って行った


『六太さん……!! 何処ですか??』


瓦礫を動かす力など無いちょちょぷりあんは それらしい焦げた腕を見つけた

残念ながら六太は亡くなっていた 焼け爛れた腕を見てなんとなくそう判断がついた


『何が…… 何が起きたんですかぁ?!!!』


ちょちょぷりあんのテレパシーは誰にも届かなかった

誰かが聞く耳を持てる状況でもなかった




その後 ちょちょぷりあんが何か変える事も出来ず

ただ流れに身を任せ そのまま平和な未来まで生き続ける事になる


分かる事は ちょちょぷりあんは地球の生物とは異質の

原子爆弾や放射能を含んだ黒い雨すら効かない特別な存在だったこと

その事実が人間の間に噂として流れ いつぞやか八百比丘尼や鯉の生き血の様に

食せば身体に素晴らしい影響をもたらすという都市伝説を生み

遙か未来まで ちょちょぷりあんは食用として扱われてしまったのだった


一瞬にして友を失ってしまったちょちょぷりあんは

この長い時間で過去を振り返るしかない 思い起こすことでしか六太や琴三郎に会えなかった


〝 なぁジョージよぉ 未来では俺達とアメ公は仲良くしてると思うか? 〟


〝 出来るよぉ六太 僕達が仲良くしてるんだよ?? 〟


橋の下での生活 長い夜は空腹が増すばかりなのでいつもはすぐに寝る筈が

一日だけずっと六太と夜通し話していた記憶が印象的だった


〝 楽しかったぁ野球 あんなに緊張感のある野球は初めてだったぜぇ 〟


〝 ……ねぇ六太 もし僕がアメ公じゃなくても 人間じゃなくても仲良くしてくれた?? 〟


〝 ハッ!! 何だジョージ!! おめぇさん妖怪なのか?? 〟


〝 ……もしもの話だよ 〟


〝 妖怪は怖ぇなぁ でもジョージが妖怪だったら仲良くしてやってもいいなぁ!! 〟


〝 何それ? 〟


〝 妖怪なんて見たことねぇもん 紙芝居の妖怪は怖ぇもんばっかだし

……実際にいるのがジョージみたいなのだったら見方も変わるってもんよ 〟


〝 ……仲良くなれるかなぁ この先の人間達とも 〟


〝 今の人間はギリギリ生きてるから怖ぇ奴等ばっかだけどよ

いつか終戦したら皆で楽しく野球出来る 野球出来ることが当たり前の世の中になったら

仲良くなれるかどうか考える暇なく 皆笑顔になれると思うんだ 〟


〝 ………… ……僕の名前はちょちょぷりあん 〟


〝 ちょちょ?! 噛みそうな名前だなぁ 〟


〝 見て来るよ 未来

六太の思い描く理想の世界で 仲間を集めて野球するよ 〟


〝 ……へへっ!! そいつは羨ましいぜぇちょちょぷりあん!! 

今やちょっとやそっと馬鹿やっただけで死ぬ世の中だけど

みんな好き勝手しても なんやかんや幸せが続く平和が 俺が夢見た理想だ 〟



ご愛読ありがとうございました

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[良い点] プロローグが最高 よう調べたぞなもし〜
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