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イラつく声は


玉ねぎを炒める匂いが好きだった。

小学校の時アパートの廊下からその匂いが流れてくるとワクワクしながら走る気持ちを抑えてスキップで扉を目指していた。


(今日はカレーかな?肉じゃがかな?パスタかな?やっぱりハンバーグが良いな!)


あの香ばしい香りがどんどん増していく程に笑顔が溢れていく。その時だけランドセルの重さが気にならなかった。

スキップを止めて扉の前に来ると待ちきれなくて、ただいまも言うのも忘れて家へ入る。すると大好きなお姉ちゃんの後ろ姿が待っていた。


「お姉ちゃん!今日ご飯なに?」

「ただいまでしょ絵瑠?全くもう」


お姉ちゃんが鍋をお玉でかき回しながら困ったで顔振り返る。


「今日はカレーよ。ハンバーグじゃなくてごめんね」

「全然大丈夫だよ。今日はもうお仕事終わりだから一瞬に食べるんだよね?」


別にハンバーグじゃなくても全然平気だった。一人でお弁当を食べる寂しさに比べれば


「うん、今日はライブもリハもバイトも無いから一緒に食べようかな」


両親が居なかった私を育ててくれて、自分の夢であるアイドルを目指して頑張ってて私といる時間が少なかった。


「やった!」


ランドセルを急いで置いて手を洗うと、テーブルにはお皿に盛り付けられたカレーとお姉ちゃんが私を待っていた。忙しいでイスに座って手を合わせる。


「「いただきます」」


一口スプーンを運ぶと、心配そうに私を見つめてくる


「美味しい?」

「うん!」


私とご飯を食べる時は必ず料理を作ってくれる。

優しいせいか心配症なのか、いつも美味しいか聞いてくるけど頑張って作ってくれた料理はどれも当然の様に美味しかった。


「いつも簡単な物でごめんね。もっと手の込んだ物を作って上げたいんだけど」

「じゃあハンバーグ!」

「やっぱりハンバーグの方が良かった?」

「カレーも好き!」


カレーと白ご飯どちらも偏らずバランス良く食べる。絵瑠はカレー食べるの上手いねと笑いながらカレーを食べてるとお姉ちゃんの携帯が鳴り響いた。


「はい、もしもし。……分かりました。」


携帯をしまうと残ったカレーを私の皿に全部移して、ゆっくり立ち上がり綺麗な服に着替え始める。


「お姉ちゃん…仕事無いって」


私を無視して急いでメイクをする。その手は震えていた。


「絵瑠…私頑張るから」


そう言って出ていく綺麗な後ろに何も言えずにゴチャ混ぜになったカレーを食べる。いつもなら美味しい筈のカレーが何の意味も無くお腹に収まっていった。


お皿を片付けた後、宿題をしていたがお姉ちゃんが帰って来ない。静かな空気が耐えきれず急いで宿題を片付けテレビを付ける。

よく分からないニュース番組を耐えぬいて微かに楽しみにしていた音楽番組が始まる。


「お姉ちゃん。テレビに出ちゃうのかな」


笑い声が流れる小さい画面が遠くに感じる。お姉ちゃんは私を置いて遠い世界に行っちゃうんじゃないか?

そう考えているとガチャっとドアが開いた


「おかえりお姉ちゃん!」

「……。」


ただいまを言わず無言で帰宅するお姉ちゃん。


「お姉ちゃん次はいつ一緒にご飯食べれるの?」


お姉ちゃんから漂う知らないシャンプーの匂い。いつも笑いかけてくれる目は虚になっていた。そんな怖い目は私からテレビへ向けられる。ちょうど特集としてアイドル達が綺麗な衣装で歌い始めた。


「なんで…?どうして…?」


テレビにしがみつき涙を流しながら問いかける姿にどうしたら良いか分からない。でも何かしなくちゃ困惑していると、絵瑠と私を呼びかける。


「私アイドル目指すの辞めようかな」

「どうして…?」

「絵瑠も後少しで中学生だし、私もいい加減諦めて高校入り直してバイトしてさ」

「お姉ちゃんは…」

「絵瑠はアイドルじゃない…輝いてない私の事好き?」


大好き。それを言う前にお姉ちゃんを抱きしめた。こうしなくちゃいけないと思ったから。


「お姉ちゃんが居てくれれば私は大丈夫だよ」


ありがとう…と呟く壊れなそうな姿を力いっぱい抱きしめる。そばに居て欲しいじゃない、私が支えなきゃと。 


☆ ☆ ☆


次の日になって布団どころかお風呂にも入らず抱きしめながら寝ていた私達はお慌てで支度をして家を出ていった。お姉ちゃんは仕事に私は学校へと。

それでも遅刻をしてしまったせいで怒られてしまい憂鬱な気持ちで探しているとあっという間に下校の時間になった。


(お姉ちゃん。今日居るかな…アイドル目指すの辞めるって言ってたけど)


家に近づく度に昨日の事が引っかかる。夕飯時のせいか住宅街から良い匂いが漂って来た。胸は心配でいっぱいなのにお腹を空にして歩き続いてアパートに着く。

昨日と違い、スキップをせずにトボトボと歩く。


「ただいまー」


扉を開くと、ギィ…ギィ…ギィ…と何かが軋む音、ツンとした異臭がして来た。

震える手で電気を付けると、そこにいたのは首を吊ったお姉ちゃん。宙ぶらりんになった両足からポタポタと滴る排泄液。


「な…なんで…お姉ちゃん」


血が通って無い右手からスラリと抜け落ちた一つの紙切れが私の足元に舞い落ちる。


『誰も期待してくれなかった』遺書にはそう書かれていた。


「ぅゔぉえ」


誰かが吐いてる。黒くそまった脳内が無気力にそう反応する。


「ゔぅ、ヴォエ」


酷く酸っぱい味が口に感じるので分かった。吐いてるのは私だった。


「絵瑠ちゃんのトラウマ見せて貰ったけどさぁ」


私に囁く誰か。汚れて口元を拭わず声をした方を見るとオレンジ色の髪をした男の人がニヤニヤと笑って私を見下ろしていた。


「無責任だね随分」


無責任?


「そうそう無責任無責任。何で頑張れって応援してあげなかったの?」


でも、辞めるって


「相手のことを深く考えずに偽善を押し付けてたさ」


偽善?


「そうよ。」


目の前に吊られたお姉ちゃんが私を声を掛けて来る。


「便利な料理係が必要だっんたんでしょ?」


違う。私はただ…


「ほら絵瑠ちゃんのお友達も怒っているよ」


彼の後ろから金髪をした私の友達、灰音ちゃんが現れた。


「私の事を引き止めようとしたのも寂しさを紛らす為だったんでしょ?ペット感覚で」


違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。


「まぁ認めなくても良いけど」


違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。


「お姉ちゃんの人生台無しにして自分は普通に暮らしてますって厚かましくない?」

「あっ…」


否定の中に肯定が生まれた。そうだ、お姉ちゃんが死んだのに私は


「さっ、一緒に不幸な事をしよう」


不幸にならないと。

私へ差し伸べられた手。本当は行けない事なのに義務感からか手を掴まなきゃって思えてしまう。もう諦めた。

ゆっくりと手を動かすと同時に


「はい、不正解!」


その手が誰かの足で蹴り飛ばされた。


「残念賞のティッシュだ。貰っとけ」


正体を確かめるため横を見上げると灰色の髪をした男の子がティッシュを差し出していた


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