最近の女子小学生の『脳内』がヤバ過ぎる件
日々の生活に喜びを感じなくなったのは、一体いつからだろう。ホームで電車を待つ間、今年30歳を迎えた黒田の頭にそんな考えがよぎった。
毎日毎日、家と職場を往復する日々。黒田は今日も、いつも通りの時間にやってきた電車に、いつも通り乗り込む。
車両を一通り見回すが、今日は席が埋まっているらしい。黒田は扉のすぐ近くに立った。そこはちょうど、電車から出る時一番出やすい場所である。
「......」
スマホで音楽でも聴こうと、黒田はスマホを開く。その瞬間、すぐ近くから甲高い女の子の声が聞こえた。
「見てよ綾ちゃん。このサイト知ってる? 今ガッコーですごい流行ってるんだよ」
それは黒田が立つ場所の一番近くの席に座る、小学校高学年くらいの少女から発せられた声らしかった。
そのやや小柄な少女は隣に座る背の高い少女『綾ちゃん』にスマホを見せつけている。綾と呼ばれた少女は、そのスマホ画面に視線を向けた。
「......」
黒田の立つ位置はちょうど、ほぼ真上から二人を見下ろせる立ち位置だった。少し視線を落とせば、スマホ画面がしっかり見えてしまう。
黒田は女の子の声に釣られ、そのスマホを一瞥した。そうして盗み見たスマホ画面には『脳内メイキング』という黒田の知らないサイトが表示されていた。
「どう? 知ってる?」
小柄な少女が綾に向けて言う。
「聞いた事あるわね。人の名前を入力すると、その人の脳内が表示される......だっけ?」
「そう、それそれ!」
綾の反応に対し、小柄な少女がテンション高く反応する。
「流行ってるのは知ってたけど、変なサイトだと嫌だからあんまり触ってないのよね」
「大丈夫だよ。注意事項に気をつけて遊べば良いだけ」
言って、小柄な少女は『スタート』ボタンを押す。すると、画面に【注意事項】という文字が表示された。
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【注意事項】
こんにちは! 脳内メイキングにようこそ! 当サイトは君や君のお友達、はたまた有名人の脳内が見られちゃう面白いサイトだよ! 下記の注意事項に注意して、楽しく遊んでね!
当サイトには差別やいじめを助長する目的はなく、出力された結果によって他者の名誉を毀損する意図は全くございません。
そのため、当サイトの使用により社会的または経済的な不利益を被る事があった場合について、いかなる責任も負いません。
また、当サイトにて作成された画像の悪意ある使用や改変が認められた場合は、ただちに法的措置を取らせていただきます。
それじゃあ、レッツメイキング!!
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「いきなり仰々しいな」
小難しく脅迫的な言葉の羅列に、綾は思わず声を漏らす。
「まあまあ。今は責任を逃れるのにみんなが必死な時代だからね」
「嫌な時代ね......」
呆れた声で反応する綾。
「で、これはどうやって遊ぶサイトなの?」
このサイトで遊んだことがない綾が質問する。
「簡単だよ。ここに人の名前と、その人のマイナンバーを入力する。それだけで簡単に遊べるよ」
「『それだけ』の意味知ってる?」
「いいから、案ずるより妊娠するが易しって言うでしょ。まずはやってみようよ!」
「産むとこまで行けよ」
そんな綾のツッコミはスルーして、小柄な少女はサイトに佐藤太郎という名前と読み仮名を入れた。
「それ、体育の先生の名前よね」
「そうそう」
そのまま入力画面にある『生成』と書かれた水色のボタンを指先でクリックする。(マイナンバーは入れなくても遊べるらしかった。)
画面の中で読み込みを表す歯車が回り始める。わずか1秒ほどで、画像が表示された。
【佐藤 太郎 さんの脳内】
「うわ〜。先生お金の事しか考えてないじゃん......」
「本当......最低......」
全くの濡れ衣で嫌われる体育教師に心の中で同情する黒田。案外、最初に出てきた注意書きは必要なモノなのかも知れない。
「じゃあ次は私の名前を入れるね」
そう言って、小柄な少女が新たな名前を入力する。そこには『春先愛世』と表示されていた。
全て入力し終わった後、小柄な少女、愛世は『生成』ボタンを押す。画面で読み込みの歯車が回った後、画像が表示された。
【春先愛世さんの脳内】
「うわ! あんまり良くない脳内だ」
「随分と品性の足りない脳内ねぇ......」
楽しそうに言う二人。
今度は綾ちゃんの脳内を見ようよ。そう言って愛世は隣に座る綾にスマホを渡す。
綾はフリック入力を駆使し新しく文字を入力した。そこには『天原綾』と名前が表示されている。
「綾ちゃんはどんな脳内が出てくると思う?」
「そうねぇ。夢とか愛とかで満たされてると良いけど」
少しワクワクした声でそう言いながら、綾は生成ボタンを押した。
【天原綾さんの脳内】
「???????」
意味不明な漢字に、綾は疑問符だらけの顔を浮かべる。
「なによ、このキモい虫みたいな文字は」
「あー。これはビャンビャン麺の『ビャン』だね」
愛世は特に驚いた様子もなく答える。
「なによ、どういう意味の漢字よ」
「え? ビャンビャン麺のビャンはビャンビャン麺を表現する以外に一切使われない漢字だから、意味は全くないよ」
「それで満たされた私の脳内はなんなのよ」
綾は納得いかないといった感じの声を上げる。
「うーん、もう一回やってみようよ」
「今度はちゃんと出て来なさいよ」
そう言って、綾は生成ボタンを押した。読み込みの歯車が回り、すぐに画像が表示される。
【天原綾さんの脳内】
「これは大きなクルマ屋の脳内だろ」
「え? ビッグモーターのこと?」
「言うな名前を」
怖いモノ無しの愛世を綾がとがめる。
「こんなのはいいから、ちゃんとした結果を出しなさいよ」
綾はサイトに小言を言いつつ、再び生成ボタンを押す。読み込みが始まり、すぐに画像が表示された。
【天原綾さんの脳内】
「だから、なんて書いてあるのよ!」
「うーん、読めない文字のボケにアラビア語を使うなんて、ずいぶん手垢がついたベタな手法だね......」
「なにサイトにダメ出ししてんのよ」
綾は「ボケとかじゃなくて、普通の結果が見たいだけなの」と言い、再び生成ボタンを押した。読み込み、そして結果が表示される。
【天原綾さんの脳内】
「怖いこと言うなよ」
「綾ちゃん。手遅れになる前に知れてよかったね......」
「本当に病気な訳ないわよ?」
せめて笑える結果を表示させてくれ。綾は再び生成ボタンを押す。
【天原綾さんの脳内】
「バラエティ番組?」
「CM明けまでは見れないヤツだね、これ」
「CMはどこで流れるのよ」
綾は再び生成ボタンを押す。再び別の画像が表示された。
【天原綾さんの口内】
「勝手に口内を見ないでよ」
「綾ちゃんには脳腫瘍と虫歯がある、と」
「両方無いわよ」
勝手な検診に文句を言いつつ、綾はもう一度生成ボタンを押す。すぐに画像が表示される。
【天原綾さんの脳内】
「?」
「?」
一瞬、二人の会話が止まる。画像がバグってしまったのだろうか。
「なにこれ? なんで向き合ってるの?」
不思議そうな声を出し画像を見つめる綾。
「......あっ、これアレだよ! 黒い部分が壺の形に見える目の錯覚。ルビンの壺」
「なるほど! じゃあ私の脳内関係ないな!」
綾は真っ当な文句をサイトにぶつけた。
「ちゃんと私の脳内を表示させなさいよ」そう言い再び生成ボタンを押す。
【天原綾さんの脳内】
「どんな異種格闘技だよ」
ハムスターが不利すぎる。
「大丈夫だよ、『窮鼠猫を噛む』ってことわざもあるし」
「『窮鼠邪神を噛む』ってことわざはないだろ」
いい加減に呆れて来たらしく、綾は「使えないサイトねぇ」と嫌そうな声で呟きながら生成ボタンを押す。読み込み中の歯車が回り、画像が表示された。
【天原綾の顔】
「コラ!!!!!!」
機械による思わぬ反乱に、綾は思わず大声を上げる。
「綾ちゃん、電車で大きな声出しちゃダメだよ」
すぐさま愛世がそれをたしなめた。
「少しの大声くらい、電車のガタンゴトンに掻き消されるわよ」
黒田は電車の雑音を『ガタンゴトン』と表現するのはなんか可愛くて良いなと思った。
「もう、変なサイトねえ......」
いい加減このサイトにも飽きて来たのだろう。そう言って綾はスマホを愛世に返した。
「じゃあ別の話をしよっか」
と、愛世はスマホをスカートのポケットに仕舞いそう言う。
「なによ、別の話って」
「じゃあ、この前お兄ちゃんとポッキーゲームしてたらめっちゃ面白いことが起こったんだけど、その話聞きたい?」
「なんでお兄ちゃんとポッキーゲームしてるの?????」
そんな会話さえ飲み込む大きな音を響かせながら、電車はガタンゴトンと進んでいく。
「......」
黒田は数年ぶりに、通勤時間に有意義な何かを得た気がした。