アイリスとリナリア
「――また無駄なことしている」と、ぼくが考えている空気とは裏腹に誰かがそう言った。
この変わった女子を探していただろうか? 気配も無しにぼくたちへ近寄ってきたのは同い年くらいの女子だった。上質な民族衣装を着た気高い女子……とぼくが感想を思い浮かべていた時に、その女子は花壇を見てアイリスを見てと目だけを動かした。
「もうこんなこと止めなさいよ。現世界みたいな死んだ土地で植物は育たないの。野菜を取りたいなら理想郷に行けばいい、花が観たければ理想郷に行けばいい、何度言ったら分かるの?」
ヒトがヒトを挫折へ案内するような振る舞いはしてはならぬものだろうに……これはとても険悪な空気だ。こころ通う女子なら他者のこころを察してあげてほしいのだが、相手が論理的なことを言っている場合はどのように教えてあげればよいのだろうか。
「力だけで成り立つ者は土地のためならず」とアイリス。
「生意気なことを言うな――わたしは実ノ國を統制する者だぞ、五王のひとりであるぞ」
なんと、このこころ咲かぬ女子が実ノ國の王ですか……牡丹派の最高指導者がどうして諦める指導をしているのですか、いや、現世界の土地の状態を考えたら確かに指導としては間違っていない指導だ。うん、どちらも間違っていない。
「五王? それがどうしたの? 何度も言わないでよ、あなたの名前はリナリアでしょ」
「この挑戦者体質め。そなたの職場はここではない――夜禅だ」
「嫌だもん、わたしの本職じゃないもん。現世界で植物を植えて何が悪いの?」
と、また花壇に植物を植え始めた花の匂い香る女子。健気だ。
「現世界での第一次生産は死んだのよ、あなたのやっていることは無意味なの」
「現世界じゃないと植物の変化を観察できないの。肥料が足りないとか、害虫や害獣に葉っぱや実が食べられたとか、連作障害や病気になっちゃったとか、枯れた原因とか実が大きくならない理由とか、何も分からないでしょ」
「分からなくていいのよ。分かっていたら何が出来るの? 理想郷があれば分からなくとも生きていられる。現世界が酷い環境でも理想郷の資源で豊かになれる。これで何が分からない?」
「野菜は鋏で切ったり引っこ抜いたりして収穫するだけじゃない、育てて管理する楽しみがないじゃない。理想郷の土地は肥料も必要ないし、作物に害虫は寄り付かないし、摘芯も摘葉も必要ないし、ヒトの手が加わらない限り枯れないし、枯れてもまた同じところから同じ芽が出てくる。現世界ではそんな簡単にいのちはできていないでしょ」
「何度も同じこと言わないで。簡単じゃないとわたしたちは絶滅しているでしょ、わたしに何度も言わせないでよ。再生時代で文理の選択や職種の選択をしている暇なんてない。選択するのではなく全部出来るのが当たり前なの。出来ない者をカバーするのも当たり前なの」
五王の回答はまともだ。「知力に自信がある」「体力に自信がある」、そんな長所で務まらぬのが復興の時代。楽をするために努力しては、死した土地が努力を吸い取ってしまう。このセカイに楽は無いけど、協力することで少し楽になる。最高指導者としての振る舞いは間違っていないのだろう。
「そこまで言うならこの土地を生き返らせてよ」
「無理! セカイが欲しているのは神ではなく労働者。天地をひっくり返しても土地は死んでいるの。死んだものは生き返らない、それは土にも適用される事実」
「そんなことではこころが死んでしまう、この土地はこころを生む土地でなければならないの」
「――それで死ねるなら死んだ方がいいでしょ」
五王にそう言われたアイリスは、もう言い合う気が無くなったのか、また花壇へと向き合い野菜の苗を定植し始めた。哀しいように見えた表情を麦藁帽で無理やり隠し、誰かの為になるように黙々と植えていく。そんなアイリスの隣には、照らし合うはずの花が咲いていなかった。
「そんなことやらなくていいのに……」五王の彼女は、その言葉にもならない小さな音を残すと、ひとりでどこかへ行ってしまった。
復興の時代に生まれ落ちた諦めない女子と諦めた女子、ソプラノの何とも耳触りの良い不協和音は、咲いては枯れてと結局共鳴しなかった。
と、ぼくも牡丹派の総隊長殿との約束の時間が迫っているので失礼させていただこう。
「レンカ、また会いましょう」とアイリス。
「はい。またいつか、今度は皆で」
みな? 皆とは言ったけれど、皆とはいったい誰なのだろう……まあ、今は考えず旅をしなくてはなるまい。皆が迷い込むような恒久的な旅をしなくては、皆に出会えないのだろう。
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