少年の戦い
先の再会の時よりもさらに夜が更け、二人の間に吹く風はより冷たくなっていた。
「またボクがフジミさんのところに行く邪魔をするのか、デルク?」
「そうなるね。僕的にはあの女隊長さんなんてどうでもいいんだけど」
「……なら、答えはわかっているが、言わせてもらう……そこをどけ、投降しろ、この孤児院の呪縛を振り払うんだ」
「呪縛?」
「君は戦うことしか自分の存在価値はないと思っている、思い込まされている。だが、それは間違いだ。道はいくらでもあるんだ!そして君の意志で選んでいいんだ!!」
ジンはかつての自分に言い聞かせているような気分だった。いや、目の前にいるのはかつての、シュヴァンツやヤマさんに出会う前の彼そのものだ。だから……。
「ふん……弱者の戯言にしか聞こえないな」
「……言うと思ったよ」
やはり返って来たのは、拒絶の言葉。ジンの身体が怒りで熱くなる。デルクに対してではない、彼を説得できなかった自分の不甲斐なさに対してだ。
「君とは戦いたくない……だが!ボクの前に立ちはだかるというなら容赦はしない!」
「それでいいんだよ!仙川仁!!さぁ、どちらがこのモラティーノスの最高傑作か決めようじゃないか!!」
「そんな称号!ボクには必要ない!!」
ジンの激情を体現するかの如く、イーヴィルドレイクは爆発的な加速で突撃した!
「ようやくお披露目の時だ……蹂躙しろ!『アルザング』!!」
デルクが着けている腕輪の真の名前を高らかに宣言すると、それは光を放ちながら白い機械鎧へと変化、少年の身体を覆っていった。
雪のように白い装甲、頭部には同じく白い角と白い髪……白銀の世界に白髪の鬼が降臨した!
「それが君の……」
「これが僕の新しい力!アルザングだ!」
「新型相手だろうと!!」
銀色の竜は突撃の勢いそのままに拳を振り下ろした!
「ならばその身で感じてみろ!アルザングの性能を!!」
白髪の鬼はその拳を真正面から拳で迎撃……。
ゾクッ……
(――!?これは……)
ジンの背筋に今まで感じたことのない悪寒が走る。このまま進めば、取り返しのつかないことになると本能が訴えかけてきたのだ。
「くっ!!」
ブウゥン!!
「……へえ」
イーヴィルはインパクトのギリギリで拳を引っ込め、回避運動に切り替えた。結果、アルザングの拳は空を切り、風圧で雪を巻き上げるだけで終わった。
「賢明な判断だね。完全適合した特級と正面から撃ち合って、普通のピースプレイヤーが無事でいられるはずないもの」
「やはりこの感じ、院長と同じ……」
「そうさ!僕は選ばれたんだ!!超越者達の領域に入ることを許されたんだよ!!仙川!!」
ブウゥン!!
「――ッ!?」
鬼のアッパーカットはまたも不発。だが、その威力の凄まじさを証明するように先ほど以上の雪を衝撃波だけで巻き上げた。
(凄い力だ。言うだけのことはある……だけど……)
けれど、ジンはその光景を見ても、さっき感じたような恐怖を感じなかった。
(あれだけ自信満々だったんだから、これぐらいやるのは予想できたし、そもそもリキさんとパワードレイクの戦いを見たことがあるボクが単なる力自慢にビビることなんてない……じゃあ、ボクはあのマシンの何をそんなに怖がったんだ?)
少年の心は言い知れぬ不安に蝕まれていた。彼の短いが濃密な人生経験が確実にあの時危険を察知したはずなのだが、その正体がわからない。
「戦闘中に考え事かい?」
「――!?」
「ずいぶんと……余裕じゃないか!!」
一瞬の隙を突かれ、アルザングに回り込まれた!鬼はコンパクトなモーションで……。
「でやぁ!!」
ミドルキックを放つ!
ガッ……
「――ッ!?危ないな!!」
しかし、イーヴィルはそのキックに見事に反応、あえて避けずに衝撃を受け流しつつ、自身を空中に打ち上げさせることに成功した。
「アルザングの蹴りをノーダメージでいなすとは……それでこそ仙川仁だ」
「お褒めいただき、どうもありがとう!」
銀色の竜は空中で体勢を立て直すと、白髪鬼を見下ろし、狙いをつけた。
(あの悪寒の原因はわからない……なら、もう二度と接近せずに一方的に終わらせるのみ!)
「イーヴィルランチャー!!」
イーヴィルは身の丈ほどもある長大な銃を召喚!そしてすぐさま引き金に手をかけた!
「喰らえ!!」
バン!バン!バァン!!
頭上から流れ星のように銃弾が降り注いだ。白髪鬼はそれをボーッと眺めているだけ。いや……。
「悪くない攻撃だ、悪くない……だが!アルザングを相手にするには物足りない!!白髪針!!」
バババババババババババババババッ!!
「何!?」
アルザングの白髪が鋭利な針となって、射出された!無数の針が重厚な弾幕となって、イーヴィルの弾丸と空中で激突する!
ドゴオォォォン!!バババババッ!!
竜の攻撃は全て迎撃されてしまった!いや、それだけでは飽き足らず針はそのままイーヴィルに襲いかかる。
「くっ!?これ以上、いいようにやられてたまるか!!」
けれども銀の竜は身体を器用に動かし、針を全て回避しながら、地面に落下していった。
「通常弾が無理……ならば!!」
バシュン!バシュン!バシュン!!
そして着地と同時に新たに弾丸を発射!弾は真っ直ぐとアルザングに向かう!
「ふん!仙川仁とあろうものが……手札はそれしかないのか!!」
バババババババババババババババッ!!
白髪鬼は再び髪を針に変えて撃ち出す!デルクは再び先ほどの光景が目の前に広がると思っていた……が。
「ホーミングモード」
グンッ!グンッ!グンッ!!
「なんだと!?」
直進していたイーヴィルの弾丸は突然ぐねぐねと軌道を変えた。あろうことか針の間を掻い潜り、アルザングに迫って行ったのだ!
「……取り回しの悪そうなデザインは伊達ではないということか……だが!!」
ガァン!!
「……ちっ!」
アルザングが寄ってくる鬱陶しい羽虫を払いのけるように腕を振るうと、ホーミング弾はまとめて打ち消されてしまった。
「僕のアルザングを仕留めるには殺意が足りないよ」
(ホーミング弾では火力不足か……ならフルチャージショットなら……)
ジンの脳内で最大出力のイーヴィルランチャーの射撃がアルザングの腹に穴を開ける瞬間が再生されると、先ほどとは違う恐怖で背筋が凍った。
(……駄目だ。ボクはデルクを殺しに来たんじゃない、救いに来たんだ!!だったら、やるべきことは一つ!!)
ランチャーを消し、手をバチバチと帯電させ、イーヴィルは再度突撃を敢行!雪を巻き上げながら疾走した!
「アルザングの圧倒的パワーを目の当たりにして、接近戦を挑むか!!勇気と無謀は違うぞ!仙川!!」
「買いかぶり過ぎだよ、デルク。自分で言うのもなんだけど……ボクは臆病者!セコい手を使わせてもらう!!」
バリ!ジュワアァァァァァァッ!!
「――な!?」
イーヴィルが新雪に帯電した手を突っ込むと、電熱が雪を一瞬で融解し、水蒸気へと変えた!あっという間にアルザングの視界は白いモヤに包まれる。
「目眩まし……さっきの意趣返しか……!!」
「ボクは……根に持つタイプだからね!!」
側面からの強襲!イーヴィルの手が今度はアルザングに触れる。
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
「ぐうぅ……!?」
漆黒の闇夜に雷鳴がこだまし、雷光が迸った!激しい光を白と銀の装甲が反射し、そこだけ一足先に夜明けが来たのかと錯覚するほどだった。
「……やったか?」
渾身の一撃を食らわしたイーヴィルが手を緩めた。あくまで彼はデルクを倒すだの殺すだのはしたくないのだ。ただ戦闘を継続できないくらい痛めつけられればいい。
だが、残念ながらそれは要らぬ心配だったようだ。
「……何……手を緩めているんだよ!!」
ブゥン!!
「――ッ!?」
白髪の鬼は健在であった!それをアピールするかの如く、先ほどと変わらないスピードとパワーのパンチを繰り出すが、かろうじてイーヴィルは回避する。
「イーヴィルライトニングをもろに受けたのに!?」
「特級の防御力を甘く見るな!!あんなものアルザングにとってはマッサージと変わらない!!」
「くっ!?なら!!イーヴィルテイル!!」
銀色の最後の切り札である尻尾を展開する!先端にあるコンピューターウイルスを送り込む刃が最高速に達するように回転した!
「また小細工か!だったらこっちも!!」
対抗するようにアルザングの拳から爪が飛び出す!それを最速最短距離で背を向けながら向かってくる銀色の竜に突き出した!
「うりゃあぁぁぁっ!!」
「でやあぁぁぁぁっ!!」
チッ!チッ!!
二人の少年の気合とは裏腹に、すれ違い様に放たれた両者の攻撃はお互いに小さな、目を凝らして見なければ気づかないような傷をつけることしかできなかった。
「……よし!!」
しかし、仙川仁にとってはそれで十分。イーヴィルテイルは当たれば一撃必殺!かすり傷でさえ致命傷になるのだ!
「この程度で手応えを感じているの……」
ガクッ!
「――か!!?」
そしてそれを証明するかのようにアルザングの挙動に異変が……というより、一切の身動きができなくなったのだ。
「効果は抜群だったみたいだね!」
「ちっ!」
「さっきは少し手加減したけど、今度は……最大出力で痺れさせてあげるから、覚悟を決めてよ!!」
イーヴィルは反転し、追撃へと動……。
ガクッ……
「……え?」
追撃に出ることはできなかった。イーヴィルドレイクもまたアルザングと同様に突然身動きが取れなくなってしまったのだ。
「こ、これは……!?」
何がなんだかわからないジンの目の前のディスプレイに“Error”の文字が映し出される。それを見た瞬間、少年は全てを理解する。
自分が何を恐れていたのかを……。
(エラー……まさかあの爪、イーヴィルテイルと同じくコンピューターウイルスを……!だからあの時、ボクはパンチを止めたのか!?)
もし最初の攻防で拳をぶつけ合っていたら、そのままウイルスに侵され、イーヴィルは機能不全を起こし、無防備な状態でアルザングに嬲り殺されていたことだろう。あの時、ギリギリでそれを回避した少年の直感は称賛に値する。だが、こうなってしまっては……。
(自分の直感を最後まで信じるべきだった……!!これじゃあ両者痛み分け……いや……)
「両者痛み分けで決着……なんて思ってないよね?」
「!!?」
アルザングはこちらに向かってゆっくりと歩き出していた。まるで何事もなかったかのように悠然と……。
「ホテルの時、その尻尾を食らってシドニーのジベが動けなくなったのを見て、もしやと思っていたが……皮肉だな、同じ孤児院で育った僕らが遠い地で同じ能力を得ることになるなんて」
「何で……?」
「ん?ウイルス使いがウイルスにやられちゃカッコつかないでしょ。アルザングはあらゆるコンピューターウイルスに対するワクチンをたちまち生成できるんだよ」
「そんな……」
「というわけで……」
白髪鬼は動けない銀竜の眼前まで迫ると、指をピンと伸ばし、手刀を作るとゆっくりと振り上げ、そして……。
「終わりだ!仙川!!」
竜の頭蓋に撃ち下ろした!




