少年の再会①
「捕獲完了。もうここには用はない」
「うあっ!?痛っ!?」
バッ!ガァン!!
「――ッ!?だから痛いってば!!」
「なら、冷やしてやる」
ジベ・エリートはそのまま網に絡まったシェヘラザードを引きずりながら、窓の外から飛び降りた。受け身も取れずに背中を強く打ち付けたフジミが文句を言うが、お構い無しに今度は柔らかい新雪の中に強制的に突入させる。
「冷た!?このいい加減に……!!」
雪に揉まれながら、シェヘラザードは網を掴み、両腕に力を込めた。もちろん引きちぎり、脱出するために。しかし……。
「はぁ……大人しくエスコートされろ、プリンセス」
バリバリバリバリバリバリバリバリ!!
「――ッ!?また電気!?」
ジベ・エリートが筒についてあるスイッチを押すと、網に電流が迸った!過去のトラウマからシェヘラザードは反射的に手を離してしまう。
「そうだ、それでいい。ピースプレイヤーに自己修復機能があるとはいえ、あまりダメージを与えたくない。悪いようにはしないから、網の中で雪でも眺めていろ」
「フジミさん!!」
ようやく気持ちを切り替えることができたジンは懐から愛機を取り出しながら、遠ざかる白の姫を見下ろした。
「今すぐ助けに行きます!イーヴィルドレ……」
視界の片隅に大きな四角形を担いでこちらを見上げている別のジベが見えた。
刹那、ジンは頭の中の検索エンジンで、その箱を調べ、そして答えにたどり着いた。所謂それは……。
「ロケットランチャーだと!!?」
ボォン!!ボォン!!
まるで正解を祝うように、ロケットが立て続けに発射された!ジンの身体はまた咄嗟のことに硬直してしまう。
「ジン!!しゃがめ!!」
「――!!」
突然の命令に身体は素直に反応した。少年がまだ成長途中の小さな身体をさらに縮めると……。
「アサルトDマシンガン!!」
「パワーDガトリング!!」
バババババババババババババッ!!
蹴破られたドアから入室した赤と黄色の竜が、窓から外にありったけの弾丸をバラまいた!
ドゴドゴオォォォォォォン!!
分厚い弾幕によってロケットは迎撃、ホテルに着弾直前で爆発四散した。
「ちっ!使えん奴め。こんな簡単な使いもできんとは……あれでは高く売れんな」
サーヴァはホテルと自分を分断する黒煙のカーテンを肩越しに見上げながら、任務を失敗した教え子を罵倒する。彼にとって彼らは使えるか使えないか、高く売れるか売れないかでしか考えられない存在なのだ。
「子供達を無理矢理戦わせておいて、今の発言……許せないわね……!!」
神代藤美はその人でなしとしか言いようのない発言に、激しい怒りを覚える。やはりこいつらは断罪すべき“悪”なのだと。
「ふん!網に捕らわれながら凄んだところで怖くもなんともないわ」
「そうね……じゃあ、そろそろ解放してもらいましょうか」
「はい、わかりました……とでも言うと思っているのか?せっかく捕まえた獲物!みすみす逃がすわけなかろうて!」
ジベ・エリートはこれ見よがしに電流を流すスイッチに指をかけた。勘違いしている愚かなバカ女に立場をわからせるために。
しかし、根本的に大きな思い違いをしているのは、彼の方だ。
「勘違いしないで。ワタシはあなたに言ったわけじゃない」
「……は?」
「うちの副長に言ったのよ」
バァン!!ガギィン!!
「――な!?」
狙撃一閃!黒煙を貫き、放たれた青の竜の弾丸がジベ・エリートの手にあった筒を破壊した!
「あの距離から、私の手元を!?」
「それぐらいできなきゃ、この不死身のフジミの隣にはいられないってことよ」
今度こそシェヘラザードは網を力任せに引きちぎり、ついに真っ白い新雪の上にそれ以上に白く美しく、そして強力無比なお姫様が降臨した。
「ランデブーのお礼……しなくちゃね」
「よし……フジミを、シェヘラザードを解放できた。俺達も行くぞ」
「「おう!!」」
狙撃の成功を確認すると、先ほどのジベ・エリートのようにターボドレイクは窓から外に飛び降りた。それにアサルトとパワーも続く。そしてもちろん……。
「くそ!何もできなかった……でも、次こそは!イーヴィルドレイク!!」
少年も悔しさに顔を歪めながら、愛機である銀色の竜を装着、彼らの後を追った。
「皆さん、助かりました」
「ジン、話は後だ。どうやら奴さん、俺達を盛大に歓迎してくれるつもりらしい」
「……えっ!?」
ターボの視線をなぞって行くと、その先にはロケットランチャーを投げ捨てるジベ、そしてその後ろからぞろぞろと現れるこれまたジベの大群がいた。
「こんなに……!?ほぼモラティーノスの全戦力じゃないか!?」
「そこまでか」
「はい……ちょっと脅しをかけてやろうって感じでは、まずこんなに集まらないです」
「そうか……」
ターボはアサルトとパワーと顔を見合わせると、力強く頷き合った。
「ジン、お前は先に行け」
「え?」
「フジミと合流しろと言っているんだ」
「でも、この数はさすがに……」
「はっ!T.r.Cとかいうセコい会社の製品だろ。おれ達だけで十分だっての」
「それにボスを連れて行ったのが、敵の幹部なら、ここで生け捕りにしたい。そのための最善の策は非殺傷兵器が多いイーヴィルが相手をすることです」
「勅使河原と飯山の言う通りだ。お前が行くことがこの状況では一番いい」
「皆さん……」
ジンは嬉しかった。シュヴァンツのみんなが自分を頼ってくれることが、そして同時に気遣ってくれていることが。
(クウヤさん達はボクを孤児院の子供達と戦わせたくないんだ……少しでもボクの心の負担が減るように……なら、ボクは!)
彼らの想いが少年の決意を固める!必ずや命令を成功させてみせると!
「了解しました!仙川仁、イーヴィルドレイク!これよりシュヴァンツ隊長機シェヘラザード、救援の任に入ります!!」
イーヴィルは簡単に敬礼を済ませると、雪の上を全速力で疾走!その場から離れた。
「逃がすか……!!」
一体のジベがその動きに反応し、追跡に動……。
「おいおい、お前達はおれ達をもてなしてくれるんだろ?」
「――!!?」
追跡しようと全身に力を込めた瞬間、視界が赤色に染まった!勅使河原丸雄が、アサルトドレイクが立ちはだかったのだ!
「この!ジベブレイド!!」
ジベは剣を召喚、そして間髪入れずに突きを繰り出した!
「そんななまくら!!」
ガシッ!ガギィン!!
「――な!?」
だが、アサルトは刀身を腕と身体で挟むと、横からもう一方の腕で殴り、容易くへし折ってしまった。
「まずは一人!!」
そしてそのまま流れるような動きで、拳を引いたかと思ったら、お返しとばかりの弾丸ストレートをジベの顎に向かって撃ち込んだ!
カン……
「……何?」
手応えがなかった。アサルトの拳が顎に触れる直前、ジベはバク転で、攻撃を回避したのだ!
(こいつ……思ったより動ける……!)
赤色のマスクの下、マルの頬に冷や汗が流れ落ちる。
そして他の二人も彼と同じくモラティーノス孤児院出身者の恐ろしさをその身で感じていた。
「こいつ!!」
パワードレイクの豪腕が唸りをあげる!数々の犯罪者を一発KOしてきた必殺の一撃だ!しかし……。
カン……
「くっ!?」
アサルトと同様、バク転で避けられる。さらに……。
「はっ!!」
ガンガン!!
「ちいっ!?」
勢いそのままに飛び上がったジベはまるで踏みつけるように、両足でリズミカルにパワーにキックを放った。
かろうじて黄色の竜はガードに成功するが、子供に一方的に主導権を握られているこの状況はリキにとって耐え難い精神的ダメージを与える。
(ジンくんだけが特別だと思っていたが、みんなこのレベルで動けるのか!?だとしたら……ちょっとまずいかも……)
「でりゃ!!」
ターボは蹴りを放った!爪先は美しい弧を描き、こめかみを撃ち抜くと、為す術なくジベは新雪に倒れ込む……そうなるはずだった。
「あたしを蹴るの?」
「――ッ!?」
ジベの無機質なマスクの奥から聞こえた今にも泣き出しそうな少女の声。ターボの全身に脳ミソを無視して、動きをキャンセルしろとの命令がかけ巡る。
「……優しい人は嫌いじゃない……楽に殺せるからね!!ジベライフル!!」
バン!バン!バァン!!
ターボの躊躇を見逃さずジベは間合いを取りながらライフルを召喚し、遠慮なく引き金を引いて発砲した!
「ちいっ!?」
ターボはいつも通り足元のタイヤを使って、その場を離脱……するつもりだったのだが、生憎今日の路面はいつもとは違う。
ギャルギャル!!
「――!?しまった!?」
タイヤはいつもの地面のようにグリップを発揮できずに、新雪の中を空回りした。回避能力に定評のあるターボが有ろうことか回避運動自体を取ることができなかったのである。
キン!スカッ!ガギィ!!
それでもターボは反射的に身体を動かし、致命的なダメージを受けることを防いだ。クウヤにとってはどんな些細な攻撃でも触れられることは屈辱でしかないが。
「この厄介な雪が!!」
ターボはたまらず後退。まるで示し合わせたかのようにアサルトとパワーも合流、背中合わせになってお互いの死角をカバーした。
「自分も同意見です。この雪に足を取られて、いつものようにパンチが撃てない……!」
「対してあいつらは……さすがホームって感じだな!何にも気にしてねぇ!!」
「マシンスペックはこちらが上回っていますが、この環境、この数……もしかしなくてもかなり分が悪いかと」
「しかもこっちは相手の命を奪っちゃいけないっていう縛りプレイがあるからな……空港の時といい、こんなんばっかりだな、最近!!」
「それが好き勝手に力を行使する反社会的勢力と、秩序と人命を守るためだけに力を使うことを許された俺達との違いだ!どんなに辛くとも、この子達の命は奪わん!」
「お前なんかに言われなくてもわかってるよ……!!」
「無傷とはいかなくとも、できるだけ穏便に、そして速やかに無力化してみせます!!」
「そうだ!それが……シュヴァンツだ!!」
シュヴァンツの決意の咆哮を合図にしたかのように、彼らを取り囲んでいたジベが一斉に飛びかかった。
「フジミさん!!すぐに……!!」
銀色の竜は雪を蹴り上げながら、ただひたすらに、真っ直ぐと走った!だが、それは突然終わりを告げる……かつての友によって。
「そんなに慌ててどこに行くんだい、仙川仁」
「――!!?」
彼の前に月明かりによって照らされて懐かしい顔が現れた。
「デルク・ヴェイケル……」
「せっかくの再会だ……ゆっくりとお話しようじゃないか」




