ルームサービス
「……また降ってきたわね……」
ホテルの窓の外、漆黒の夜の闇を舞う純白の雪の結晶を見て、フジミは辟易した。
「雪は嫌いですか?」
「たまにならいいけど、日常的にってなるとただ鬱陶しいわ。雪国にだけは住まないって、子供の頃から決めていた」
「そこまで嫌わないでも……なんて思うのは、ボクがここで生まれ育って、雪に対して麻痺してるからなんでしょうね。ダナ院長も暖かいところ出身だから、雪が降る度に嫌そうな顔をしていました」
「そう……そこだけは気が合うわね」
「そこだけですね。あの人は自分の利益にならないと思ったら、決して動かないですから」
「ワタシだって、本当は全部投げ出したいわよ。根っこはめんどくさがりだからね」
「じゃあ、とっと終わらせて帰りましょう」
「ええ……というわけで、改めて作戦の確認するわよ」
「「「おう!」」」
反転して、部屋の方を向くと、部下達が思い思いの姿勢で待機していた。決してくつろいでいるわけじゃなく、いつでも飛び出せるように臨戦態勢で。
「気合十分ね。拍子抜けするくらい、スムーズにティンパネッロに入れたから、集中切らすかと思っていたわ」
「逆っすよ」
「あまりに簡単過ぎて、不安を覚えます」
「嵐の前の静けさ……じゃないと、いいんだがな」
ホームでなく、完全アウェイ、まともに支援を受けられない状況での任務は百戦錬磨……とまでいかなくとも、経験を積んだシュヴァンツの戦士達の精神を静かに、そして確実に削っていた。
「気持ちはわかるけど、張り詰め過ぎよ。飛行機の中でも言ったように、いつもと違ってこの任務は時間をかけて、じっくりやるつもりなんだから。それじゃあ最後までもたないわよ」
「舐めるな。長丁場と言っても、高々一週間」
「その程度なら……」
「さすがに持ちますよ」
マルは親指を立てて、好調をアピールした。
「その意気や良し。じゃあ、改めて……今回のワタシ達の任務はモラティーノス孤児院の不正を暴くこと、そのための証拠を秘密裏に入手することよ」
「ヤマさんにできるだけ穏便に済ませるって、約束しちゃいましたからね」
「ええ、理想は孤児院が人身売買をしているデータと、彼らを見逃している悪徳政治家の一覧を手に入れ、それをマスコミに流す。もちろんシュヴァンツの仕業だとわからないようにね」
「あくまで謎の人物のリークとして、情報を流し、ソボグ連邦自身に自浄を促す……ってわけですね」
「イエス。決してシュアリーがこのことに関わったことを政府にも孤児院側にも気づかれない……それがベストよ」
それがシュヴァンツが考え抜いて出したこの事件の最も穏便な終息方法だった。ソボグの問題はソボグが解決するのが、最善なのだ。
「手柄を自慢できないのは、おれ的にあれっすけど……今回ばかりは仕方ないっすね」
「というか、今回はあんまり自分やマルさんは役に立たないんじゃ……」
「それを言うならワタシも……」
「この中で隠密任務なんて器用な真似できるのは俺ぐらいだろうからな。俺がなんとかして、孤児院に侵入する」
「ボクはマロンと力を合わせて、外からコンピューターをハッキングできないか試してみます」
「ほらね……」
フジミは今まで偉そうに話していたことが恥ずかしくなったのか、少しでも小さくなるように肩を丸めた。
「今回ばかりはお前の戦闘力を発揮する機会が訪れないことを祈っていろ」
「それはいつも祈っているんだけど。まぁ、今から心配してもしょうがない。なるようになるでしょ。今回はクウヤとジン、マロンに任せて、ワタシ達はバックアップに回りましょう」
「おう!!」
「押忍!!」
気落ちしていないマルとリキの姿を見て、自然と口角が上がった。今回はまだまだ幼さが残るジンがいるせいか、先輩風を吹かして彼らも気を引き締めているのだろう、いつも以上に頼もしく見える。
「じゃあ、確認は終わり。今日のところは財前京寿朗が用意してくれたこのホテルでしっかり身体を休めましょう」
「あぁ、では俺達は部屋に戻る」
「何かあったらすぐに呼んでください、姐さん」
「おやすみなさい」
クウヤ、マル、リキはフジミとジンを一瞥すると、部屋から出て行った。部屋の中には自称美女と少年の二人っきり……。
「さてとボク達も寝ますか、フジミさん……って、何ですかその顔?」
「いや……別に」
ベッドに移動しようとしたジンをフジミは先ほどとは打って変わって怪訝そうな顔で見つめていた。まるで彼に、そのリアクション間違ってない?と、訴えるように。
「……あなたと同部屋だからって、ドキドキなんてしませんよ」
「普通あなたくらいの年の男の子が年上のお姉さんと一晩過ごすなら、かわいい反応するはずなのに。ましてやワタシみたいな美人と……」
「思い上がり過ぎです。なんか勘違いしてませんか?マルさんやリキさんがちやほやしているのは、あなたを尊敬しているから……それ以上でもそれ以下でもないですよ」
「うぐっ!?そこまで言わなくても……」
ジンの正論アタックにフジミは一撃でグロッキーになった。さすがの不死身のフジミでも女としての尊厳を容赦なく踏みにじられては、たまったもんじゃない。
「……なんか体調が悪くなってきた……」
「やっぱり早く眠った方がいいですね。明日も朝早いですから」
「そうね……もう今日という一日を終わらせたい……」
ふらふら覚束ない足取りでベッドに向かうフジミ。その時……。
ピンポーン
「ん?」
不意に部屋のインターホンが鳴った。一瞬で緩んでいた空気が引き締まる。
「……どなた?」
「ルームサービスです」
フジミがジンに視線を向けると、彼は無言でブンブンと首を横に振った。
「ジンが頼んだわけじゃない。じゃあ、一体……」
「財前京寿朗のサービスの可能性もあるのでは?」
「マロン」
「かなり楽観的な考えですが、今のところ本当にルームサービスである可能性の方が高いかと」
「そうね……部屋を単純に間違えているだけかもしれない……」
ドゴオォォン!!バリィン!!
「――ッ!?」
「何!?」
轟音と共にドアが吹っ飛び、そのままガラスを突き破った!とても残念だが、これでただのルームサービスでないことが確定した!
「ジン!!」
「ボクは大丈夫で……す!?」
少年は悠々と部屋の中に入ってくる場違いな角のついたピースプレイヤーを見て、絶句した。それは彼にとっての最悪の思い出の象徴だったからだ。
「『ジベ・エリート』……!フジミさん!そいつはサーヴァ・コルガノフ!!孤児院の副院長です!!」
「なんですって!?」
「丁寧な紹介ありがとう、仙川仁。そして……さよならだ」
「!!?」
ジベ・エリートは手に持った大きな筒を少年に向けた。ジンは突然の忘れたい過去からの来訪者との予期せぬ再会に混乱し、身動きが取れない。
しかし、幸いにもここには気が利いて、腕っぷしにも自信がある美人さんがいる!
「させない!紡げ!シェヘラザード!!」
フジミの身体を白と藤色に彩られた美しき機械鎧が覆っていく!そして、そのまま失礼極まりないルームサービスに拒絶のパンチを……。
「……なんてな。売った後の商品などどうでもいい」
「――なっ!?」
ジベ・エリートは身体を、そして手に持った大きな筒を突進して来るシェヘラザードに向け直した。
「私の狙いは君だよ、神代藤美……いや、シェヘラザード!」
バァン!!
「――ッ!?網!?」
筒から勢いよく発射された網に白の姫は捕らえられてしまった。




