出発する!
「いやぁ~!負けた負けた!」
「まったく……清々しい顔しちゃって」
コマンドが待機状態に戻り、生身になったヤマさんはスッキリしたような笑みを浮かべながら、パチンと額を叩いた。
そんな毒気の抜けた彼の姿を見て、フジミもシェヘラザードを解除する。
「ヤマさん!!」
戦いの終わりを確認したジンは、慌てて同居人の下に駆けつけた。
「大丈夫ですか!?」
「おう!コマンドはしばらく使えそうにないが、おれの方は……明日以降の筋肉痛が心配なだけだ」
「そう……ですか……」
無事をアピールするヤマさんの姿にほっと胸を撫で下ろすと、今度は胸の底から申し訳なさがこみ上げてきた。
「ヤマさん……あれだけお世話になっておいて、あなたを裏切るような真似を……」
「ジン、ヤマさんはワタシ達に余計な重荷を背負わせないで、ソボグに行けるように、ワタシ達を助けるために戦ってくれたのよ」
「……え?」
フジミの言葉が理解できずに、思わずジンは眉をひそめた。
「まっ、そういうワタシもさっき気づいたばかりなんだけど……シュアリー政府にはワタシ達を止めようとしたっていう事実が必要だったのよ、今回の任務がどうなるにしろね」
「――!?な、なるほど!今回の戦いのおかげで、ソボグに糾弾されることになっても、ボク達シュヴァンツの単独犯、暴走した結果だって言い張れるようになったんですね!!」
この戦いの真意を理解したジンは尊敬の眼差しで、ヤマさんを見上げた。
「よせよせ、そんなたいそうなもんじゃねねぇよ。おれ自身の考えはさっき言った通り、今回のお前達の動きはしかるべき段階をすっ飛ばした間違いだらけの策だと思ってるしな」
「だから、ワタシ達を止められたら良し。止められなくとも、シュアリーに最低限のアリバイを作れるから良し……どっちに転んでもOKだったってわけよ。抜け目ないわね、このタヌキ親父が」
「はっ!おれは負ける戦はしないんだよ」
先ほどまでの激闘が夢だったかと、錯覚するほど、ヤマさんとフジミは朗らかに微笑み合った。
「でも、本当に助かったわ。これで心おきなく暴れられる」
「いやいや、できるだけ穏便に済ませろよ。この程度のアリバイで、シュアリーとソボグの外交問題になる可能性を完全に潰せるわけないんだから」
「わかってるわかってる」
「あの~、話が終わったなら、そろそろ出発したいんですが……」
「「「わっ!!?」」」
突然、後ろから声をかけられ、三人は仲良く飛び上がった。
「なんだ突然!?」
「まさか新手の追っ手!?」
「あ、あなたは一体……!?」
「いや、オレは……」
「そいつは平井、俺の後輩で財前お抱えのパイロットだと、教えただろうが」
「クウヤ!マルとリキも!」
間抜けな上司に呆れながら、クウヤが他二名を連れて合流した。
「色々と悪かったな。まさかここまで面倒なことになるとは、俺も予想してなかった」
「悪いと思ってるなら、早く乗ってくださいよ、先輩!!マジで急いで出ないと、空港のスケジュールとかに迷惑掛かるんで!!」
「そうか……では」
「ええ、あわただしくなっちゃったけど、ヤマさんいってきます」
「おう!ジンも……必ず戻って来いよ。でないと、地獄の底まで探しに行くからな」
「鬼刑事の手をわずらわせるわけにはいけませんね。必ず帰って来ます……!!」
平井に連れられ、シュヴァンツはそのまま財前所有のプライベートジェットに乗り込んだ。
「……ん?みんな!外を見てください!!」
席につこうとしたリキが不意に窓の外を見て、同僚に声をかけた。
外では目を覚ました林田が手を振り、火浦がお辞儀し、風祭が腕を組んでそっぽを向き、そしてヤマさんが敬礼して、自分達の見送りをしてくれていた。
「もっと色々と話したいわね、ズラチォーク」
「そのためにもサクッと任務を終わらせて、帰って来ましょう!」
「ええ、今回はあれですけど、シュヴァンツはシュアリーを守るためのチームです」
「フッ……」
「シュアリー……ボクの第二の、いやボクにできた初めての故郷、すぐに戻ってくるからね」
紆余曲折あったが、シュヴァンツを乗せたジェット機はベルミヤ空港をついに飛び立った。
一方その頃、彼らの目的地であるソボグ連邦、モラティーノス弧児院では……。
「院長、ベルミヤ空港から、財前京寿朗所有のジェット機が離陸したとのこと」
「そう……獲物があちらからやってくるなんて……笑いが止まらないわね」
目付きの悪い男に院長と呼ばれた妙齢の女性はそう言うと、醜悪な笑みを浮かべた。
「あなたも久しぶりにお友達に、仙川仁に会えると思うと、嬉しいでしょう、『デルク・ヴェイケル』」
「はい。僕の新たな力を見せたら、どんな顔をするのか……楽しみで仕方ありません」
院長の傍らにいた少年も不敵に笑う。
悪が静かに蠢いていた……。




