オリジンズ駆除 その①
ブロロロロロロロロロ……
「ん?この音……ご到着かな」
薄い霧のかかった道路の真ん中で一人佇んでいた警察官が、彼方から聞こえて来たエンジン音のする方向に身体を向けた。
直ぐに彼の視界に霧をかき分け、エッジの効いたフォルムをしたバイクが現れる。
バイクは道路の端に止まり、長い脚を振り上げ、乗り手が地面に颯爽と降り立った。まるでモデルのような体型をした男だった。
「ご苦労様です!シュヴァンツのお方ですね?」
「あぁ」
待っていた警察官はやって来た男に敬礼するが、男は軽く返事をすると、直ぐに視線を右に左にと周囲を観察し始めた。
(……何だ、この人……?)
警察官は不躾な男に若干の不快感を覚える。それでも彼は大人なので、それを表面には出さなかった。
「いやぁ、噂のシュヴァンツの隊長がこんないい男だとは知りませんでしたよ!スタイルも良くて、見るからにエリートって感じで女の子がほっておかないでしょう?羨ましいな……私なんて……あっ、この間の宝石強盗犯のボスも隊長さんが倒したんですよね?すごいなぁ、憧れちゃうなぁ」
まくし立てるようにおべっかを繰りだす警察官。それに対して男は眉一つ動かさなかった。ここまでノーリアクションだと、不快感よりも不安感の方が強くなってくる。
「あの……」
「お世辞はいい」
「!?」
男は警察官の顔も見ずに、一言呟いて、これ以上下らない言葉を吐くことを禁じた。思わず警察官は自らの手で口を抑える。
「すいません……不愉快だったでしょうか……?」
恐る恐る問いかける警察官に、男は首を横に振った。
「そうじゃない。お世辞を言う相手を間違っていると言っているんだ」
「間違い……?」
「俺はシュヴァンツの副長、我那覇空也。隊長でもなければ、先日の強盗のボスを倒したのは俺じゃない」
「えっ!?」
「隊長は……今、到着だ」
ブウゥゥゥゥゥゥゥゥゥン………
先ほどバイクがやって来た方向から、またエンジン音が聞こえた。だが、今回はバイクではなく、大きな車が霧の中から出てくる。
車はバイクの近くに止まり、前から二人の男、後ろから一人の女が降りてきた。
三人の男女は警察官の下に歩み寄る。
「ここが事故の現場か?」
「は、はい……」
まず話しかけてきたのはどこか威圧的な男だった。
「もしかして、あなた様がシュヴァンツの隊長……」
「あぁん!?」
「ひっ!?」
がらの悪い男は警察官の顔面すれすれまで、顔を近づけて睨みを効かせた。
「おれが隊長だと……?」
「ち、違いましたか……?」
「違う!!」
「ひっ!?」
「我らが隊長は!こちらのお方だ!!」
「お、女……?」
男は急に離れると両手を上下に広げ、後ろにいた女性に向けた。その顔はどこか誇らしげだった。
「やめろ、マル」
「へい!」
マルと呼ばれた男は、女に止めるように言われると直ぐに言う通りにした。手を後ろで組み、彼女に付き従うように後ろに下がる。
「すいません、部下がご無礼を……」
「いえ、こちらこそとんだ勘違いを……強盗犯のボスをぼこぼこのめためたにしたと聞いていたんで、てっきり隊長は男の人かと……」
「そ、そうですか……」
そんなつもりはないのだろうが、面と向かって女らしくないと言われたようで、フジミの顔がひきつった。彼女はこんなんでも、誰より“女の子”でいたいと思っている人間なのだ。
「本当に失礼しました。えーと、まぁ、とりあえず事故の詳細……の前に自己紹介ですかね、私は『川口』と申します。以後、お見知りおきを」
気を取り直して警察官は名前を名乗り、お辞儀をした。
「じゃあ、ワタシも改めて……シュヴァンツの隊長をやらせてもらってる神代藤美です」
フジミもペコリと頭を下げる。いつもより女らしく、かわいい素振りで。
「神代藤美さんですか。いいなま……神代藤美!!?」
目の前の女性の名前を口にした瞬間、川口の中で点と点が線が繋がった。目を見開き、全身がぷるぷると小刻みに震え始める。
「まさか“不死身のフジミ”……様ですか……?」
「そのまさかの“不死身のフジミ”様だよ!」
「マル、ややこしくなるから黙ってて」
「へい」
怯える川口を見て、何故か満足げに煽るマルをフジミは制止した。
「えー……それで川口さん、事故の詳細を教えていただけるかな?」
「あっ!はい!もちろんです!あちらを!」
川口は震えを必死に抑え込み、壊れて役目を果たせなくなったガードレールを指差した。
「あそこから落ちたのね」
「はい。事前に連絡したように車種はトラックだと、事故を通報した後続車ドライバーから証言が取れてます」
「そう……事故の原因はこの霧のせいかな?」
フジミは辺りを見渡す……いや、見渡せなかった。霧はどんどんと濃くなり、数歩先に停めてあるバイクと車、そして川口が乗って来たパトカーの姿さえ見えなくなっていた。フジミはそれが事故の原因だと考えたのだ。
だが、それは全くの見当外れとしか言いようがない。
「お言葉ですが、カーブや障害があるならともかく、この平坦なストレートでそれはないと思いますよ……」
「確かに……地図では、ここら辺はずっと真っ直ぐだったもんね……」
フジミは道を確認しようと、頭を動かしたが、霧がさらに深くなって見えなかったので、車中のナビの映像を頭の中に思い浮かべた。
「ここでは初めてですが他の場所では過去に事故は起きているので、こんなに霧が濃かったら通行禁止になっているはずです、今みたいに。だからトラックが走っていたってことは、そもそも事故当時はここまで濃くなかったはずですよ」
「そう言えば、道が封鎖されていたな」
「はい。事故現場の保存のためでもありますが、一番の理由はこの霧のせいです」
「んー」
フジミは考え事をしながら、ポリポリと顎を掻いた。
「じゃあ、考えられるのはマシンのトラブルか……」
「ドライバーのトラブルになるな」
「我那覇……」
一人、先行して現場を見て回っていた我那覇が戻って来た。
「道路を良く見てみろ」
「ん?霧で見え辛いけど……タイヤ跡か……?」
フジミ達が目を凝らすと道路に蛇行した黒い線、所謂タイヤ跡が刻まれているのが確認できた。
「このブレーキ跡のスタートはほんの少し先からだ。そこで突然、トラックに何か不都合なことが起こったんだろうな」
「何かって?」
「それを調べるためにやって来たんだろうが」
「おっしゃる通りで」
自分の間抜けさに苦笑いを浮かべながらフジミはガードレールに手を置き、崖の下を覗き込んだ。しかし……。
「うわぁ……雲の上にいるみたいだな……何にも見えない……」
分厚い白いカーテンに遮られ、トラックどころか、崖の下に何があるのかもわからない状態だった。
「川口さん、この下は……?」
「森ですよ。そこまで凶暴なものはいないですけど、オリジンズが生息しています。だからこそあなた方、シュヴァンツにお越しいただいたというわけです」
「なるほどね」
フジミが振り返ると我那覇が合流し、男三人が横一列に並んでいた。彼女の、隊長の指示を待っているのだ。
「えーと……これから崖の下に向かうけど……全員で行くのは何だから、二人ずつ……ワタシともう一人、崖下に向かう捜索班とここに残る待機班の二手に分かれようと思うんだが……」
「姐さんの望む通りに!」
「じ、自分も……神代さんの決断に従います……」
「あんたが隊長だ……好きにしろ」
自分を選んでくれと目を輝かせるマル、逆に目を泳がせる飯山、やたら偉そうな我那覇。
フジミは三人を見比べる……とは言っても、とっくに心は決まっているのだけど。
「じゃあ、飯山、行くよ」
「はい……えっ?」
「何で!!?」
呼ばれると思っていなかった飯山は戸惑い、呼ばれたかったマルは悲鳴にも似た声を上げた。
「何で!?何でですか!姐さん!?」
納得がいかないマルは涙目になって食い下がる。
「何でって……妥当だと思うんだけど……」
「妥当!?」
「うん。隊長であるワタシと副長である我那覇は別々の班になった方がいいから、我那覇は待機」
「だな」
フジミと同じことを考えていた我那覇は言葉少なく、静かに頷いた。
「それは別にいいんですよ!捜索班が飯山なのは……」
「飯山はシュヴァンツに来る前は、オリジンズの保護や駆除とかやっていたんでしょ?森にオリジンズがいるっていうなら、適任だろ?なぁ、飯山?」
「あっ!はい!頑張ります!」
飯山は何度も激しく首を縦に振った。もしかしたら震えているのを誤魔化しているのかもとフジミは思ったが、きっと武者震いなのだと考えることにした。
「いや!?でも、おれも……」
ここまでの話を聞いて、フジミの考えは理解できたが、一縷の望みをかけてマルはごねた。
「はぁ……マル……」
「はい!考えが変わりましたか、姐さん!?」
「変わらないよ。あんたを置いて行くのにもちゃんと理由があるんだから」
「えっ……?」
フジミは手首を捻って親指でその理由を指差した。
「あんた、まだこないだ怪我した脚……本調子じゃないんでしょ?」
「うっ!?」
二つの意味で痛いところを突かれる。マルの脚は一般的な生活を送る分には問題ないが、走ったり、踏ん張ったりしたら痛みを感じた。たじろいだ今、この瞬間もだ。
「とてもじゃないけど、その脚じゃオリジンズのいる森に連れて行くわけにはいかないよ」
「うぅ……わかりましたよ、姐さん……男、勅使河原丸雄、ここで姐さん達の帰りを待ってます……」
「頼りにしてるよ」
マルも不本意ながら、フジミの指示を受け入れた。フジミは一瞬だけ彼を慰めるように微笑みかけると、直ぐに真剣な顔に戻して飯山の方向を向いた。
「あんたのことも頼りにしているからね、飯山!」
「お、押忍!!」
「じゃあ、行きますか!!」
捜索班の二人はポケットから愛機を取り出し、その名を叫んだ。
「ドレイク!!」
「ルシャットⅡ!!」
飯山とフジミの身体を装甲が包み込む。
飯山は相変わらずの黄色、フジミもアンナのサービスで彼女のパーソナルカラーである白と藤色に染められた新たなマシンを纏った。
ドレイクと比べるとルシャットⅡは華奢な印象を受けるが、それがフジミの女性の部分を強調しているようでとても似合っている。
「我那覇副長、あとは任せたよ」
「あぁ。救急車も直ぐに来るだろう……あんた達が生きたドライバーを連れ帰って来ることを祈ってるよ」
「へぇ……そう言うことも言えるんだ」
「ふん」
その言葉はあまりに優しく、気遣いに溢れていて、我那覇らしくないとフジミは感じたが、同時にとても好ましいと思った。
ただ我那覇にとっては失言だったようで、誤魔化すように、そっぽを向く。
「んじゃ、ご期待に添えるように……気合い入れて行きましょうか!!」
「押忍!!」
フジミと飯山はガードレールを飛び越し、崖の下に降りて行く。二人の姿は直ぐに霧に覆われ、見えなくなった。