出発しよう!
その日のベルミヤ空港もいつものように朝から賑わっていた。
これから向かうバカンス先に思いを馳せ、ワクワクを隠しきれない恋人や家族。逆に仕事で行きたくもないところに行かされるのか、ひどく苛立っているように見えるビジネスマン。
そんな人混みの中、息を潜めて歩く妙な五人組が……。
「……どうやら誰もワタシ達を怪しんでいないようね……」
そう言って、いつもよりラフな格好のフジミは首をすくめ、サングラスをずり下げると、目線をキョロキョロと動かした。
「……姐さん、怪しまれたくないなら、堂々としていてください」
「見るからに挙動不審だぞ」
「ただでさえ大女一人にデカめの男三人、それに子供が一人っていう、場違いで謎なパーティー編成なんですから」
「そして実際にボクは保護観察中のガチ犯罪者ですしね」
「うっ!?わかったわよ……」
後をついて来るこれまたバカンスに行くような格好をしている部下達に一斉に注意され、フジミは背筋を伸ばし、サングラスをかけ直した。
「で、迎えってのは?」
「確か約束じゃこの辺に……あっ!いた!」
フジミが見つけたのは、財前のメイドの片割れ、上野であった。こちらも目立たぬように普通の服を着ている。
「上野さん!」
「お待ちしてました、シュヴァンツの皆さま」
フジミ達が近寄ると、上野はペコリと頭を下げた。その動作はメイドの時と同じく丁寧でとても美しい所作だったので、今の服装だと、何だかすごい違和感を感じた。
「今日はよろしく」
「はい。ですが、私は財前のプライベートジェットまでご案内するだけ。すぐにお別れすることになりますが」
「あっ、そりゃそうか」
「私が皆さまにしてあげられるのは、短いエスコートと、これの説明」
「ん?」
上野はフジミの目の前に握り拳を突き出す。その中指には金色で丸印の中に“財”の文字の入ったダサ……珍妙なデザインの指輪が嵌められていた。
「なんというか……奇抜なデザインの指輪ですね……」
「デザインに賛否両論はあると思いますが、別にこれはお洒落のために着けているのではないので、どうでもいいです。これの真価はその機能なのです」
「真価?機能?」
「これは財前が信頼に足る人物に贈呈する特別製の指輪。この“財”の文字を押すと、世界中どこにいても……と、いうわけにはいきませんが、大半の場所から財前と直接連絡を取ることができます」
「へぇ~、それは便利」
「ただ使えるのは正当な所有者のみ。所有者の生体データが組み込まれていて、第三者が押しても反応しませんし、指に着けた場合はたちまち黒色に変色します」
「セキュリティもばっちりってわけね」
「ええ、ですからこのリングのことをしっかり目に焼きつけておいてください。形だけでなく、ちゃんと着けている人が機能を使用できるかも確認してくださいね」
「はぁ……」
「……私は真面目な話をしているんですよ?」
「す、すいません!」
「いいですか?この指輪のことを忘れないでくださいね」
「……はい」
朝一でまだ少し寝ぼけているフジミは急に財前特製の高性能指輪の説明を受けたのかわからなかったが、上野の真剣さに気圧され、彼女の言う通り今の説明を心の奥底に刻みつけた。
「では、行きましょうか。私について来てください」
言いたいことを言ってスッキリした上野がくるりとターンして歩き出すと、シュヴァンツもそれに続いた。
しばらく進むと、普通の乗客では入れないであろう場所に連れてこられ、さっきまでが嘘のように静かな通路をさらに歩き続けた。
「へぇ……家族旅行なんかで、何回もベルミヤ空港に来たことあるけど、ここは初めてだな」
「マルさんの家もかなりのお金持ちでしょ?なのにですか?」
「リキ、自慢じゃないが子供の頃から贅沢を覚えさせておくと、大人になってから苦労するからって、家族で飛行機乗る時は毎回エコノミーだったぜ」
「本当に自慢じゃないな」
「当時は兄貴と一緒に親父のことをケチ呼ばわりしてたけど、今となっては確かにそっちの方が良かったかな。エコノミーでもなんとも思わないし、むしろ移動にお金をかけるなんてもったいないと感じる」
「……見事にケチに成長したわね、あんた」
「財前京寿朗も言ってましたけど、本当のお金持ちって、自分の価値観を大切にしているんですね。あんまり憧れませんけど」
「ええ、やっぱただのケチにしか思えません」
「うるさいぞジン、リキ」
「お話が盛り上がっているところ恐縮ですが、到着しました」
上野が外に出るであろう扉の前で立ち止まると、すぐさまシュヴァンツの邪魔にならないように壁際に避けた。
「ありがとう上野さん。最高のエスコートでしたよ」
「そう言われると、こちらとしても幸いです。ですが、先ほども述べたように私ができるのはここまで。扉を出たら、あとはシュヴァンツの皆さんでなんとかしてくださいませ」
「ん?どういうことだジン、リキ?」
「子供のボクに訊かないでくださいよ」
「大人ですけど同じく。自分にも理解できません」
含みを持たせた上野の言葉にシュヴァンツの面々は小首を傾げた。
「まぁ、なんにせよこれ以上は手間をかけさせるのは、こちらとしても気が引ける。言われた通り、何があろうと俺達で解決してやるさ」
「クウヤの言う通りよ。ワタシ達のターゲットは遠くソボグの地にいる。シュアリーでモタモタなんてしていられないわ」
「……ですね」
「押忍!」
「おうよ!!」
フジミの一喝でジン、リキ、マルの三人は気合を入れ直した。
「というわけで、改めてありがとう、そして行って来ます!」
「ご武運を」
再び頭を下げた上野に見送られ、シュヴァンツは扉を開けて、外に飛び出した。
彼女達の頬を爽やかな風が撫で、頭上には快晴の青空が広がり、目の前にはこれまた丸印に“財”の文字が書かれたペイントをされた巨大なジェット機が佇んでいた。
「すげぇ自己顕示欲だな」
「まぁ、わかりやすくていいじゃないですか。中に入っちゃったら関係ないですし」
「内装の壁紙があれの可能性もなきにしもあらず……だぞ」
「不吉なこと言わないでくださいよ、我那覇副長」
「はいはい!気になるなら、とっとと確かめに行きましょうね」
フジミに急かされ、シュヴァンツは奇抜なデザインのジェット機に向かって歩き出した。
「……リキさん」
「ん?どうしたんだい、ジンくん?トイレ?」
「いや、これだけのことをしてもらって、こんなこと言うの我が儘で嫌なんですけど……」
「うんうん」
「飛行機に食べ物って用意してありますよね?昨日からヤマさんもいないし、めんどくさかったから、朝ごはん食べて来なかったんですよね」
「あぁ……自分もだ。勝手に普通の飛行機みたいに出てくるものだと思い込んでいた……今から空港に戻って、何か買って来た方がいいですかね?」
「大丈夫だろ。もしそうならあのメイドさんが、訳のわからない指輪の自慢をする前に注意しているはずだ」
「それもそうか」
「きっとご馳走が用意してるはず」
「どうですかね……ボクが財前邸を訪ねた時に出されたコーヒーは市販のものでしたし、結局空港で売ってるお弁当を食べることに……まぁ、それでいいんですけど。クウヤさんはお腹減ってません?」
「俺はどんなに忙しくても、朝飯は欠かさない。だから腹よりも眠気だな。シートはさすがにエコノミーより遥かに豪華だ……」
ドン!!
「――ろ!?」
肩越しにジンと会話していて前方不注意だったクウヤは突然立ち止まったフジミの背中と衝突した。
「どうした?急に止まって?トイレか?」
クウヤが不機嫌そうに疑問を投げかける。しかし、フジミは彼の方を振り返らず、真っ直ぐ前方を見つめ続ける。
「違う……ジェットの前に……」
「前だ……と!?」
「「「!!?」」」
フジミの指摘で部下達は一足遅く、それに気付いた。飛行機の前に陣取る四つの人影を……。その中心にいる見知った男の存在を……。
「ヤマさん……?」
「フジミ……こんな形のサプライズは望んでなかったんだけどな……」
ヤマさんこと山野井正義が国外に出ようとするシュヴァンツの前に立ちはだかった……。




