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No Name's Fake  作者: 大道福丸
少年の贖罪編
83/194

交渉

 ベルミヤ中心部から自動車で一時間半ほど行ったところ、大きな森の奥に財前京寿郎の大邸宅が建っている。正確にはその森も、その奥にある山や湖も彼の所有物だ。

 その辺鄙な場所に建つ豪華なお屋敷の門から少し離れた場所に三人の人間を乗せたゴツい車が停まった。

「到着っと」

「ありがとう、リキ。ナイスドライブ」

「ありがとうございます」

 助手席に座っていたフジミと後部座席のジンは車が停まるや否やここまで運転してくれたリキにお礼を言い、シートベルトを外すとそそくさと車外に出た。

「じゃあドライブ中に話した通り自分はここで待機しているんで、何かあったら連絡ください」

「了解」

「本当に行かないんですか?」

 まるで送り迎えの為にこき使っているようで申し訳なく思ったのか、はたまた単純に不安だからついて来て欲しいのか、ジンは懇願するように問いかけた。

「自分的にも財前京寿郎の家に興味がありますし、ついて行きたいのは山々なんですけど、あまり大人数で行っても迷惑かかりますからね……」

「そんな小さなことを気にする人間がこんな立派な家を建てることなんてできないと思いますが」

「だとしてもこちらが頼みごとをしに来ているんだから、最大限の礼を尽くさないと」

「そう言われると……もう何も言えませんね。早速説得失敗で幸先悪いな……」

 ジンは最悪のスタートに思わず項垂れた。

「ほらほらシャキッとしなさい!第一印象で舐められたら交渉は終わりよ」


パン!!


「うおっ!?」

 そんな彼をフジミは文字通り尻を叩いて、発破をかけた。

「セクハラと児童虐待です」

「これからしようとしていることに比べたら些細な罪ね」

「罪を大小で考えていいんですか?お立場的に?」

「まずいかしら?」

「まずいんじゃないですか」

 リキは苦笑いを浮かべながら答えた。

「そう……じゃあ今の無しで」

「適当だなぁ……」

「お二人とも仲良しなのはいいんですけど、早く行った方がいいんじゃないですか?この場合遅刻が一番の罪です」

「そうね。では行きましょうか、ジン」

「……はい」

 ジンの顔が引き締まると、フジミの後をついて門まで歩き出した。

「……本当に連れて行くのがボクで良かったんですか?」

「一昨日言ったでしょ、こういうのは情熱と強い意志が一番大事。あなたが適任よ」

「でも、それが通じなかったら……」

「その時はその時よ。ソボグに行く方法はこれ一つじゃないんだから、気楽にやりなさい」

「はい……って、答えたいところですけど、あれを見ちゃうと……」

 近くに行くと門は更に大きく立派に見え、少年を圧倒した。その前に二人のメイドが待ち構えていることも緊張感を増長させた。

「神代様と仙川様ですね」

「はい、アポを取ったその二人です」

「私は『上野』」

「わたくしは『下山』」

「「以後お見知りおきを」」

 二人のメイドは寸分違わぬ同じ動き、タイミングで深々と頭を下げた。

「これはこれは丁寧に」

「よ、よろしくお願いします!」

 フジミとジンも応えるようにお辞儀をした。

「では、早速主人の下に案内させていただきます」

「ついて来てください」

 そう言うと門が自動で開き、メイド達は反転し、大邸宅に歩き出した。フジミとジンはそれに言われた通りついて行く。

 門をくぐるとそこにはきれいな庭園が広がっていた。色とりどりの花がその美しい姿で客人の目を楽しませ、その匂いで鼻を喜ばせた。

「噂には聞いていましたけど、凄い庭園ですね」

「財前ご自慢の庭です。どうか楽しんでください」

「言われなくてもすでに堪能してますよ。ただピースプレイヤーの性能実証部隊の隊長なんかを生業にしている身としては、手入れをしている方も気になりますが」

 花に水をやったり、不必要な葉を切り落としているのは、ドローンやP.P.ドロイドだった。黙っているがジンもどちらかというとそちらの方に興味があった。

「財前は人間嫌い……ではなくて、シャイで人見知りの気があるので、基本的に機械でできることは機械にやらせるようにしています。メカ自体も好きですし」

「この屋敷で働いている人間はわたくし達二人と、ボディーガード兼執事の二人、計四人だけです」

「へえ」

(リキさんが正解だったな。大人数で行った方が必死さが伝わっていいんじゃないなんて内心思ってたけど、短絡的だった)

 ジンは密かに自分の浅はかさを猛省した。

「メカに興味あるなら、お屋敷の中も楽しめると思いますよ」

「これまた財前ご自慢のコレクションが並んでいますから」

 メイド二人が扉を開き、遂に大邸宅の中に二人が足を踏み入れると、そこにはありとあらゆる場所にピースプレイヤーや武器が飾ってあった。

「コレクションっていうか……」

「ここまで来ると博物館や研究施設みたいですね」

「実際、自分が亡くなった後はここを“財前京寿郎のグレートスペシャル博物館”にして欲しいと言っております」

「名前はともかくいい考えね。ここまでの品揃え、中々ないもの。っていうかダーティピジョンやルードゥハウンドまであるし……」

 嫌な記憶が色濃く残るマシンを目にして、フジミは顔をしかめた。

「財前曰く、“道具に善悪はない、使う人間に善悪がある”……ということなので、ヴァレンボロス製のマシンやT.r.Cの主力ピースプレイヤー『ジベ』も所有しております」

「もちろん直接それらと取引したのではなく、各地で摘発され、接収されたものを譲り受けているので、ご安心ください」

「お金持ちが裏で反社と繋がっていて……は、もう飽き飽きだから頼むわよ」

 フジミは今度は松田の顔を思い出して、辟易した。

「離れの倉庫にはトランスタンクや、コアストーンで動かす『ストーンビークル』、貴重なアーティファクトなども保管してあるのですが……」

「それは次の機会に。ここでお待ちください」

 応接間と見られる部屋に案内されると、上野はそのまま別の場所に、下山は二人をソファーに座らせるとコーヒーを淹れ始める。

「では、お言葉に甘えて……コーヒー飲んで、心と身体を整えておきますか」

「……はい」

 それからおよそ五分後……。

「おお!待たせたなお客人!わしが財前京寿郎じゃ!」

 小柄な老人が派手なローブを羽織り、上野と屈強な男を部屋に二人連れて入って来た。

「いえ、こちらこそ時間を取ってもらってありがとうございます」

「あ、ありがとうございます!!」

 フジミが立って頭を下げると、ジンも慌ててコーヒーをテーブルにおいて、彼女に倣った。

「飛田ちゃんの部下だと聞いていたから身構えていたが……中々ちゃんとしているじゃないか」

「え?飛田と知り合いなんですか?」

「ん?知らんかったのか?わしと飛田ちゃんは大学の同期じゃよ。二浪しているからわしの方が年齢は上だし、留年もしたから卒業したのも彼女の後じゃが」

「そうだったんですか……知っていたらもっと別のアプローチしていたのに……!」

 自分の情報不足をフジミは激しく悔やみ、歯噛みした。

「いや、変にコネを使うような奴はわしは嫌いだから、これで正解じゃ」

「そう言ってもらえると……心が軽くなります」

「まぁ、何はともあれ……座りなさいな」

「はい」

 フジミとジンが着席するのを確認すると、財前も対面の高そうな椅子に腰を下ろした。

「さて早速本題……の前にわしもコーヒーをもらえるか?」

「はい。こちらに」

「さすがわしの認めたメイドじゃ!仕事が早い!」

 テーブルに出されたコーヒーカップを手に取ると、財前はそのまま中に入っている芳しい香りの液体を口に含んだ。

「……うん。やっぱりこれが一番うまいな」

「やはりコーヒーにもこだわりが?」

「個人的に……この美味しいコーヒーをいただけただけで、ここに来た甲斐があったと思っています」

 少しでもこの後の交渉を有利にしようと、あからさまなお世辞を言う。しかし……。

「いや、これはスーパーで売ってる市販のやつだぞ」

「「え?」」

「結局大衆向けに調整されたものが、普段使いには一番いい」

 そう言って満足そうにコーヒーを啜る財前を、肩透かし食らった二人は呆然と見つめた。

「本物のお金持ちは値段やらブランドやらにこだわらないってのは、本当みたいね」

「自分にとって一番大事なものを自分の価値観を持ってしっかり選んでいる……ってことでいいんですよね?」

「なんじゃ?ただケチなだけだと言いたいのか?」

「い、いえ!そんなつもりじゃ!?」

 財前に凄まれると、ジンは慌てて頭と手をブンブンと振って否定する。そんな彼の姿を見て、財前は思わず吹き出す。

「フッ、少し意地悪し過ぎたかの。別に気にしとらんよ」

「はぁ……それだったら良かったですけど……」

「そもそも他人にどう見られようと、あまり気になるタイプではないからな、わし。お主が言っていたように、一番大切にすべきなのは自分の価値観、物差しじゃて。それを蔑ろにする、ましてや何も考えず思考停止で他人の言う通りに動くとろくなことにならん」

「うっ!?耳と心が痛い……」

 その言葉は木真沙彰彦の操り人形として罪を犯すことになったジンにとってはクリティカルだった。

「まっ、そうやって自分を省みることができるなら、お主は大丈夫じゃろ。成金クソ黒子の松田には似たようなことを言っても、全然響かんかった」

「松田って、あのサイバーフィロソファーの松田輝喜与?」

「そうじゃお嬢ちゃん。あの成金クソ黒子、何年か前にわしに融資を頼みにきおった。もちろん胡散臭過ぎるから断ったがな」

「そうだったんですか」

「結果はあの様……つまりわしの人を見る目は中々のものってことじゃ」

「ですね」

「……で、お主らはこの財前京寿郎のお眼鏡にかなうかな?」

「「――ッ!!?」」

 一瞬で空気が張り詰めた。部屋の温度も下がった気がした。それほど真剣になった財前の迫力は、小柄な身体とは裏腹に凄まじいものだった。

「……ジン」

「……はい……!」

 フジミが隣に座るジンに目配せすると、少年は力強く頷いた。

「では、今日ここにボク達がやって来たのは……」

 ジンはシュヴァンツにした時と同様に自分の生い立ちを話し、今も苦しんでいる子供達の為に力を貸してくれと訴えた。フジミに言われた通り、上手いことやろうだとか、駆け引きしようなどとは思わず、ただ自分の想いを素直に吐露した。

「……なるほど。お主の気持ちと、わしの力が必要な理由はわかった」

「じゃあ!?」

 大役を終えたと勘違いしたジンの顔に笑みが溢れる。その顔をするにはまだ早い。

「一人の人間としてはすぐにでも力を貸してやりたい。じゃが、ビジネスマン財前としてはもう一押し足らんな」

「一押し……ですか?」

「外交問題になるかもしれん話に協力するとなると、さすがに気持ちだけでは足りん」

「その件については、この話を知らなかったと、ボク達に騙されたってことにしてもらって構わないと言っているじゃないですか。ねぇ、フジミさん?」

「ええ。あなたに降りかかる火の粉は最小限にとどめる為に最善を尽くすわ」

「それに戦闘になった場合は全ての戦闘データ、接収したピースプレイヤーを秘密裏に渡すと!」

「魅力的な提案だが、それは全てうまくいって、お主らが帰って来れた場合の話じゃろ?」

「それはもちろん……」

「わしはそれについて疑念が拭い切れないと言っておるんじゃ。そもそも送り出したお主らが返り討ちにあったら、寝覚めが悪い。秘密結社T.r.Cと事を構えても、無事でいられる実力がお主にあるのか?」

「ほう……情報通だって聞いていたけど、ワタシとシェヘラザードの実力をご存知ない?」

「「――ッ!?」」

「フジミさん!?」

 今度はフジミの全身からプレッシャーが放たれた!ジンを含め、部屋にいる者は気圧される……が。

「いや、お嬢ちゃんの実力は重々承知しておるよ」

「……あれ?」

 財前にはあっさりいなされた。

「神代藤美とシェヘラザードは確か……通常時81ZP、システム・ヤザタ展開時88ZPだったと思う」

「ZP?」

「“財前ポイント”じゃ。わしが独断と偏見で戦闘力を数値化したものなんじゃが、各国の主力ピースプレイヤーが大体50から60程度、完全適合した特級ピースプレイヤーや戦闘型のエヴォリストが90ZP以上じゃから、上級でこの数値はかなり凄いぞ」

「は、はぁ……」

 正直そんなわけのわからないポイントを根拠に褒められても、ちっとも嬉しくなかったが、頼みごとをしに来ている手前、フジミは反論の言葉を飲み込んだ。

「わしが問うておるのは、少年の方の実力じゃ」

「ボ、ボクですか?」

「恥ずかしながら、この財前京寿郎、お主のデータはまだ手に入れておらん。だから、少年の実力をわしの執事兼ボディーガードの『大杉』と『小平』相手に見せてくれんか?」

「ボクに戦えと?」

「そうじゃ」

「でも……」

 ジンは助けを求めるように、隣を向いた。

「はい、そんなあなたにイーヴィルドレイク」

「どうも……って!ええ!?」

 フジミは彼の想いに予想だにしない答えで返した。かつての愛機を手渡して来たのだ。

「何で!?どうして!?」

「もしもの時の為にアンナから預かって来たのよ」

「もしもって……こんなゴリゴリの兵器、交渉の場に持ってきちゃダメなもんでしょ……」

「まぁまぁ、小さなことは気にしないで」

「全然小さくないと思う……」

「と、とにかく!このイーヴィルドレイクであなたの実力を見せてやりなさい!仙川仁!!」

 フジミは親指を立てて、片目をパチリと瞑って、全く似合ってないウインクをして、無理矢理話を終わらせた。


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