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No Name's Fake  作者: 大道福丸
少年の贖罪編
82/194

少年の過去

「……やっぱり今日はやめておこうかな……」

 昨晩の決意はどこへやら。ジンはシュアリー技術開発局にあるシュヴァンツに宛がわれている部屋の前で再び迷い始めていた。

「いきなり言われても困るだろうし、もうちょっと段階を踏んでから……いや、いつ言ったところで迷惑極まりない提案なのは変わらないし、何よりここまで来て怖じ気づくような奴の言葉じゃあの人達は動かせない……!」

「そうかな?フジミちゃんはああ見えて理知的なレディーだから、勢いでどうにかできる相手じゃないと思うけど」

「うっ!?そう言われるとそうかも……」

「かといって結局一番大事にしているのはその人がどれだけ強い意志や情熱を持っているからだから、小手先の言葉を並べて上手くやろうとしてもバカを見ることになるけどね」

「ええ……それじゃあどっちにしてもダメじゃないですか、アンナさん……って!?アンナさん!?」

「よっす、少年」

 ようやく自分が誰かと会話していることに気付き、慌てて振り返るとシュヴァンツのメカニックが片手にコーヒー、もう一方の義手をくるくると回転させながら、のんきに挨拶してきた。

「いつの間に!?」

「えーと……君がこの扉の前に来て立ち止まったところからだから……およそ五分前からかな」

「じゃあ、ほぼ最初からじゃないですか!?っていうかボク五分もここに!?」

「うん。多分、今六分を超えた」

 アンナは白衣のポケットから手帳型のデバイスを取り出し、そこに時間を表示させて見せた。

 だが、ジンにとっては時間よりもそのデバイス本体の方が気になった。それは彼にとってとても大切で、そして同時に今はとても疎ましいものだったから……。

「それ……イーヴィルドレイク……」

 アンナが出したのは、かつてのジンの愛機であり、一時的とはいえシュヴァンツの隊長である神代藤美と彼女の愛機シェヘラザードを再起不能に追い込んだ邪悪なる銀竜の待機状態だった。それを見つめていると、ジンの表情が曇っていった。

「……処分されてなかったんですね……」

「あぁ、今のところはね」

「その言い方だと、今後はわからないってことですか?」

「うん。中々のマシンだからデータを取っているけど、それが終わったら解体するか、また別の形に改良するか、それともそのままで適当な相手に使ってもらうか……今の段階では判断できないね」

「そう……ですか……」

 ジンの顔に更に影がかかる。アンナの言った三つの選択肢はどれも彼にとって喜ばしいものではなかった。けれど、それについてとやかく言える立場ではないことを重々承知しているから、ただただ口を接ぐんだ。

「ん?どしたどした?暗いぞ、少年」

「いや、別にボクは……」

「はは~ん、さてはまた悪いこと考えてるんだな!イーヴィルドレイクを使って、今度はまたどんな悪さをするつもりだ、犯罪者め!」

「アンナさん!皮肉を言いながら、義手の指でつつくのはやめてください!精神的にも物理的にもとても痛いです!」

 ジンはアンナの手を払いのけた。

「悪い悪い。ついね」

「ついで言うにしては辛辣過ぎますよ」

「ごめんごめんって。大人だって完璧じゃないからやり過ぎちゃうこともあるし、ミスって後悔もすることもある」

「それはそうでしょうけど……」

「だけどね、一番ダメージがでかくて、一番長い間引き摺ることになるのは、自分の心に嘘をついた時だよ」

「アンナ……さん?」

「やりたいのにやらなかったこと、言いたいのに言わなかったことは癒えない傷となって、十年後、二十年後、いやきっと死ぬまで君を苦しめることになる」

「急に何を言っているんですか?」

「ん?意外と察しが悪いな、君は。えい!」

「うあっ!!?」

 戸惑うジンをアンナは無理矢理反転させ、扉に向けさせた。

「人生の先輩からのささやかなアドバイスだよ。おもいっきりやって失敗したなら、意外と清々しくてスッキリするし、勝手に怖がっているだけで、やってみたら案外簡単に解決することもある!だから若人よ、案ずるより生むが易し!生きるとはトライ&エラーの繰り返し!まぁ、なるようになるでしょの精神でドンとやってみよう!!」

「――あ!?」

 アンナは手際良く扉を開けると、ジンの小さな背中を強引に押し、強制的に入室させた。

「ん?」

「アンナさんと……ジンくん?」

「珍しい組み合わせだな」

「ワタシに、それともシュヴァンツに何か用?」

「うっ!?」

 少年を出迎えるのは当然シュヴァンツの視線。彼らに一斉に見つめられ、ジンは……ある種の開き直りの境地に至った。

(ここまで来たらぐだぐだ言ってる場合じゃないか……アンナさんの言葉通り、なるようになると思って……やってやるよ!!)

 ジンは背筋を伸ばし、目を瞑り、一度深呼吸して、心と身体を整えると、意を決して口を開いた。

「……皆さんに聞いて欲しいことがあります……!」

「どうした?そんなに改まってよ」

 いの一番に反応したのはジンと因縁深いマルであった。彼は完全に少年のことを優秀だけど危なっかしいかわいい弟だと認識している。

「お話したいのはボクがシュアリーに来る前の話です」

「あれ?生まれてすぐにここベルミヤで木真沙彰彦に拾われたって言ってなかったっけ?」

 自分の嘘を鵜呑みにしている純粋なリキの姿を見ると、心が激しく痛んだ。そしてやはりこの後どうなるにしても、真実を話すのが迷惑をかけた彼らに対する最低限の礼儀だと更に決意を固める。

「すいません、リキさん。あれはでまかせです……ごめんなさい」

「てめえ!この期に及んで、まだ嘘なんてついてたのか、この野郎!!」

「まあまあマルさん、彼が意味のない嘘をつく人間じゃないことは知っているでしょう?とりあえずお説教は話を全部聞き終えてからにしましょう。ね?」

「……ちっ!確かにそうだな。とっとと話せ、ジン」

 リキに宥められたマルは更に弟分の不義理に対する怒りの熱を冷やすために傍らにおいてあったアイスコーヒーを一気に飲み干し、彼を真剣な眼差しで睨み付けた。

「マルさんも……本当にすいません。でも、それにはリキさんが言ったように理由があるんです。この話をしても、シュヴァンツにはどうにもできないかもしれないから、ただ苦しい思いだけを背負わせることになってしまうかもしれないから……」

「……何を隠していたかは知らねぇが、おれらの実力をその間近で、痛いほど見ているはずなのに……下らない気遣いするんじゃないよ」

「違うんですよ……力とかそういう問題じゃなくて、法律とか政治的にシュヴァンツは動けない可能性が高いんです」

「……ん?どういうこと?」

「ボクはここに、シュアリーに来る前は……『ソボグ連邦』にいました」

「……何?」

 マルとリキが顔をしかめる。ジンが躊躇していた理由を理解したからだ。

「なるほど……シュヴァンツはあくまでシュアリーの治安を守るための部隊。つまり……」

「海外の話をされてもどうにもならない……か」

「ええ……だから、ボクはずっと話せずにいました」

「君の懸念はわかったけど、ここまで来たら最後まで話してよ」

「あぁ、このままじゃ今夜は眠れそうにない」

「はい……では、もったいぶっても仕方ないので、結論から言わせてもらいます……ボクのいたソボグ連邦の『モラティーノス弧児院』は表向きは普通の孤児院ですが、その実態は子供に戦闘術を叩き込んで、マフィアなんかに売り飛ばす人身売買組織です」

「「な!!?」」

 マルとリキは目を見開き、前のめりになって自身が受けた衝撃の大きさを表現した。

「人身売買……」

「それも子供を兵士としてなんて……」

「ボクも木真沙彰彦に組の鉄砲玉として買われたんです。こんなこと言うのはあれですけど、組長は高い金を払ったボクのことを秘密兵器として大切に扱ってくれたんで、買われる側としては“当たり”だったと思います。まぁ、最終的にこのシュアリー最強の部隊であるあなた達にぶつけられて、見事に負けちゃいましたが」

 ジンは自分で言っていて、バカらしくなったのか思わず苦笑いを浮かべた。

「でも、ボクよりひどい場所に売られて、使い捨てのように扱われている子の方が多いでしょうし、そもそも何もわかってない子供に戦わせるなんて……!だからボクはあの孤児院を叩き潰したいんです!!」

「……気持ちはわかります。ですが、自分達には……まずはソボグ政府に……」

「それは無駄だと思います。あの孤児院は政府のお偉いさんとも繋がっていますし、バックには『秘密結社T.r.C』がついてますから」

「「な!!?」」

 再びマルとリキに衝撃が走る!予想だにしない大物の名前が出たからだ。

「秘密結社T.r.C……反エヴォリストを掲げるクソレイシスト団体か……!」

「ヴァレンボロス・カンパニーと並ぶ世界の脅威、そして嫌われものですね……」

「子供の中でも優秀な人間はそのままT.r.Cに引き取られて、エヴォリストやその支援団体に対するテロ行為に従事することになります。それを彼らに脅されているからか、それともキックバックをもらっているからか、少なくともソボグ政府の孤児院を扱う部署は見て見ぬふりをしています」

「参りましたね……だとしたら、政府に言ったところでお茶を濁されるか、とかげの尻尾切りで誤魔化されるか……」

「院長の『ダナ・モラティーノス』と、T.r.Cから監視役として派遣されている副院長の『サーヴァ・コルガノフ』を逃がしてしまっては別の場所でまた子供達が犠牲にされるだけです。なんとか彼女達を捕まえないと……」

「とは言っても自分達には……ボスはどう思いますか?」

 リキは黙ってジンの話を聞いていた上司に問いかけた。彼女は今の話を聞いていてもいつも通り、むしろいつも以上に涼しい顔をしていた。

「ワタシ……というかシュヴァンツの流儀的には、だったら上の都合とか海外とか関係ねぇ!直接乗り込んで、この手でとっ捕まえてやる!!……となるところなんだけど……」

「姐さん、さすがに今回はそれは無理じゃないっすか?独断で動くにしても、相手に政府にコネがあるなら、空港に、下手したら飛行機の予約を取った時点で逃げられるだろうし……」

「そもそも外交問題に発展し兼ねないですから、シュアリー政府も自分たちを出国させてくれないでしょう。ピースプレイヤーに関しても持ち出せないでしょうし……」

「なら、秘密裏にソボグに行けばいいってことでしょ?クウヤ!」

「ふん」

 隊長が視線を副隊長に向けると、つられて他の者も彼に注目した。

「俺の後輩、戦闘機乗りだった時のな。その時の後輩に操縦テクはあったが、優しくて模擬戦や戦闘シミュレーションはからっきしだった『平井』って奴がいてな。そいつは今とある金持ちのプライベートジェットのパイロットをしている。そいつを通じて、色々と交渉している最中だ。そのジェットで俺達シュヴァンツをソボグ連邦まで送ってくれないかってな」

「プライベートジェットなら、ソボグにもシュアリーにも気付かれずにそのクソ孤児院に殴り込みに行けるってわけか!!さすが姐さん!!」

「俺が提案したんだが」

「さすが姐さん!!」

「こいつ……!!」

「まあまあ、とりあえず今後の予定はその交渉次第ってことで……ん?どうしたのあなた達、そんな怖い顔して?」

 フジミは何もわかってませんよとこれみよがしにアピールするように、こちらを怪訝な顔で見つめるジンとリキに首を傾げて見せた。

「本当にどうしたんだ、二人とも?腹でも壊したのか?」

「マルさん……察しが悪過ぎです」

「へ?」

「いくらなんでも手際が良すぎ……というより、何で既に動いているんですか」

「そう言われると……そうだな。でも何で?」

「だからボスと我那覇副長は最初から孤児院のことを知っていたんですよ」

「はぁ……なるほどね……って、ええ!!?」

 マルは声を張り上げると、視線をフジミとクウヤの顔に交互に何度も往復させた。

「考えてみれば当然ですよね……木真沙組のことを調べていれば、ボクがどうやって組に入ったのかにたどり着く。証拠隠滅の為にメールや送金データを消しても、アンナさんやマロンなら復元できるだろうし」

「つーことはアンナも知ってたのか!?」

「もちのろん!!」

 アンナは腰に手を当てて、自慢気に胸を張った。

「だから急にアドバイスなんか……」

「何を言おうとしているのかわかってたからね。正直、イライラしながら見てたよ、君のこと」

「あの時点で気付くべき……いや、その前に気付くべきだった。ボクとしたことが自分でも思っている以上にテンパっていたんですね。だとしても……情けない……」

 ジンは昨日のベッドの中の葛藤が無駄だったと悟り、肩を落とした。

 しかし、フジミ的にはそうではないようで……。

「ごめんなさい。でも、意地悪で黙っていたわけじゃないのよ」

「え?」

「さっきも会話の中で出て来たが、本来俺達が独断で動ける案件じゃない。下手に探っているとわかると、上から茶々入れられる可能性があったから、最小限の人数で動いていたんだ」

「そうですか……仲間外れにされたわけじゃなかったんですね」

 ホッと息を吐いて、リキは胸を撫で下ろした。

「色々と段取りが整ってから、みんなでどうするか会議するつもりだったのよ」

「まぁ、その必要はもうないがな」

「だな」

「ですね」

「え?」

 状況を飲み込めない少年にシュヴァンツは優しく微笑みかけ、静かに頷いた。

「あんたに……当事者であるあなたにそんな真剣な目で頼まれて、やりませんなんて言う薄情者はこの部隊にはいないわよ」

「まぁ、むしろバカって言った方が正しい気がするけど」

「辛辣だな。だが栗田女使の言う通り……大バカの集まりだ」

「あぁ!困っている人がいるなら、どこでもだ!!」

「そのための力です!!」

「皆さん……」

 この人達に頼って良かった、出会えて良かった……そう心の底から思い、嬉しさから少年の目は自然と潤んでいった。

「本当に……ありがとうございます……!!」

「別にワタシ達にお礼はいいわよ。それよりも折りを見て、プロフェッサー飛田に謝っておきなさい」

「プロフェッサーにですか?」

「ええ。今回の件がどういう形で決着するにしても一番責任を問われるのはあの人だからね。まぁ、未来ある子供達の為に老い先短い老人に犠牲になってもらいましょ」

「ええ……」

 ジンの目から潤いが一気に引いた。本当に彼らに頼って良かったのだろうか……。

「何にせよまずはプライベートジェットね」

「まだ交渉中なんですよね?」

「ええ、だからなんとかして使わしてもらえるように頑張ってね」

「はい……って、ボクが話すんですか!?」

 今度は限界まで目を見開いて、自分の顔を指差すジン。この短時間で彼の感情はぐちゃぐちゃだ。

「当然。今回の件はあなたが発端なんだから」

「でも……ボクなんかで説得できますかね……」

「こういうのは駆け引きよりもパッションよ!今、ワタシ達の心を動かしたように、このシュアリーで一番の金持ちで、世界随一のバトルマニア『財前京寿郎』を口説き落として見せなさい!仙川仁!!」


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