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No Name's Fake  作者: 大道福丸
少年の贖罪編
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プロローグ:少年の贖罪

「ふぅ……疲れた疲れた……」

 そう呟きながら夜道を歩く熟練の刑事のような見た目の男……ではなく、実際にヤマさんこと『山野井正義』は正真正銘百戦錬磨の熟練の刑事である。

 何十年もこのシュアリーを守るために、危険を顧みず、身を粉にして働き、くたくたになって、身体を引き摺るようにこの道を歩き、結婚と同時に買った一軒家に帰る。そこに何の迷いも不安もなかった。

 しかし、一人息子が自立し、妻に先立たれてからは、ローンだけ残った暗く冷たい家に帰ることは正直億劫になっていた。

 けれど、それがここ最近突如として解消された。

「……やっぱ帰る家に明かりが点いているってのはいいものだな」

 我が家に人の温もりを感じると、思わず厳しい刑事の顔が緩んだ。

「ただいま」

「おかえりなさい……ヤマさん!」

 家に入り、声を出すと、返事が返ってくる。そして利発そうな少年が大きさもデザインも全く似合っていないエプロンを着て、小走りで彼を出迎えに来てくれた。

「飯の支度してたのか?なら、わざわざ顔を見せに来なくても良かったのに」

「ちょうど終わったところですし、ただのレトルトカレー、支度って言うほど大したものじゃないですよ」

「いやいや立派な飯さ。帰って来てすぐに温かいご飯が食えるなんて、こんな幸せなことはない」

「大袈裟な。だけど、ご飯の前にお風呂入って来たらどうですか?さっぱりしてからの方が美味しいでしょ?お風呂も既に沸かしてありますから」

「手際がいいというかなんというか……これじゃあどっちが保護観察されているのかわからないな、ジン」

 山野井正義はシュヴァンツの隊長神代藤美との関係もあり、木真沙組の戦闘員として働いていた少年、仙川仁を預かることになった。最初は面倒くさがった彼だったが、今ではこの生活に喜びを感じている。

 それはジンも同じで……。

「バカなこと言ってないで、早くさっぱりして来なさい」

「へいへい。ありがとよ」

「まったく……しょうがないんだから……まぁ、一番しょうがないボクには言われたくないか……」

 お風呂場に向かう山野井の背中を見ると、心が温かくなった。まるで本当に父親が出来たかのよう……。

 だが、その幸せが同時に彼をひどく苦しめていた。



「最近のレトルトはうまいな」

「本当に大袈裟ですね。一番安い奴ですよ、それ」

 風呂から上がり、ジンが用意してくれたレトルトカレーに舌鼓を打つ。不思議と自分で作ったものより美味しく感じた。

「はい、水」

「サンキュー。だが、おれはカレーは食い終わるまで水は口にしないと決めている」

「なんですか、その変なこだわり……」

「なんか途中で水飲むと、負けた気にならない?」

「ならないですね」

 ジンはヤマさんの対面に座ると、当て付けのように水で喉を潤してから、カレーを口に運んだ。

「じゃあお酒はどうですか?ビール冷えてますけど」

「あぁ……大変心惹かれる提案だけど、今日もやめておくわ。明日に響くからな。昔は大丈夫だったんだけど……特に今は色々と新しいことやっているから」

 言っていて情けなくなったのか思わずため息が溢れる。

「そんなに今の仕事大変なんですか?」

「まぁな」

「どんなことしてるんですか?」

「言えるわけねぇだろ。おれはお前が生まれる前から刑事をやっているが、職場の人間以外と仕事の内容については話したことない」

「ですよね」

「ここ何日かあの手この手で探りを入れてるが、おれはボロは出さねぇよ。諦めろ」

「……ちっ」

 言っていることは至極まっとうで理解できるが、好奇心が旺盛なジンは納得はできない。ここ数日なんとか手がかりになることを訊き出してやろうと躍起になっているが今日もまた空振りだ。それでもまだ諦めてないのか、美味しいカレーを食べているとは思えないほど、深いシワを眉間に寄せながら新たな作戦を考える。

 そして、そんな彼の顔を見るのが、山野井正義は特に楽しみだった。

(他人に諦めろと言われて、すぐに諦める奴なんてのは何をやってもダメだ。必死に考えて喰らいつけ。それが刑事にとって一番大事な資質だ)

 ヤマさんはジンに刑事としての才能を見いだしていた。彼が刑事になるかはわからないし、そもそも彼の経歴からしてなりたくてもなれないかもしれない。けれど、それでも人生の糧にはなるだろうと、こうして密かに自分が長年かけて培って来たノウハウを伝授しているのだ。さらに……。

(ジンがこの感じだと、ネタばらしした時のフジミやシュヴァンツのリアクションも期待できるな。奴らきっと腰を抜かすぞ~)

 まるでイタズラが成功した時のことを考えている子供のように意地悪な笑みを浮かべると、顔中にシワが走った。

「……なんですか、一人でニヤニヤと…… 」

 少年は熟練刑事の気色の悪い笑顔を訝しんだ。

「まぁ、色々とな。つーか、おれのことはいいんだよ。お前はちゃんと勉強しているか」

「あからさまにはぐらかして……」

「いいからいいから。どうなのよ」

「ちゃんとやってますよ。でも、簡単過ぎてすぐ終わっちゃったから、清志さんの本を読んでました」

「あぁ、こないだもらったやつな。おれにはさっぱりだった。あいつはかみさん似で賢いからな」

 ジンは先日仕事の合間にこの家に立ち寄った『山野井清志』の姿を思い浮かべた。ヤマさんの言う通り、清潔感があり、見るからに賢そうな彼と目の前の男は一見すると、親子には見えなかった。

「むしろフジミさんと親子って方がしっくり来ますよね」

「さすがにあいつほどおれは無茶苦茶じゃねぇよ」

「ですね。けど、腕っぷしという点においてはそっくりかと」

「それもおれより遥かに上だ。清志の野郎もフジミの十分の一でいいから、戦いの才能があれば良かったのにな」

「必要ないでしょ。清志さんは大学で研究してるんだから。そんな荒事とは無縁のはず」

「いや、あいつが研究してるのはオリジンズだからな。フィールドワークには体力がいるし、オリジンズに襲われる可能性だってある。もっと鍛えるべきなんだよ」

「言われてみると……著名なオリジンズ研究者でも、一流のピースプレイヤー使いでもあるとか、調査中にオリジンズに殺されかけて、戦闘タイプのエヴォリストに目覚めましたなんて人もいましたね」

「そうそう。だからこないだおれにどうやったら強くなれるか訊いてきたんだぜ、あいつ。ガキの頃は鍛えてやるって言ったら、全速力で逃げた癖に」

 嫌なことを思い出し、自然とヤマさんの口がへの字に曲がった。

「そういうもんですよ。壁にぶつかって、心から必要性を感じないと、人間は努力できないですから。まぁ、今だったらピースプレイヤーの性能も良くなって、使い易くなってますし、なんだったらアンナさんに頼んでシステム・ヤザタのマイルド調整版、高性能な戦闘補助AIを積んだピースプレイヤーを作ってもらえればいいんじゃないですか?」

「それは……いいかもな」

「ボクもあれだったら、プログラム作るの手伝いますし」

「いや!やっぱりいざとなって頼れるのは己の肉体と経験だろ!あいつは今度会った時、今まで逃げた分に利子つけて、みっちり鍛えてやる!」

「古いな~」

「古くて結構。っていうか本当に大事なことは今も昔も変わらないものさ」

「そういうもんですか」

「そういうもんだ」

 こんな他愛もない会話を続けながら、二人は食事を楽しんだ。



 さらに夜が更け、清志の使っていたベッドに横になると、一人になったジンの心を寂しさと罪悪感が包み込んだ。

(……こんなに幸せでいいんだろうか、ヤクザの使い走りだったボクなんかが……このかけがえのない時間を壊すような奴らに協力していたボクが……)

 今の生活が満たされればされるほど、反比例するように消せない過去が心に抜けない刺となって深々と突き刺さり、目が冴えていった。

(このままこの幸福な空間をただ享受しているだけでいいのだろうか?ボクにできる贖罪……それは……)

 脳裏に甦るのはシュアリーに来る前のかつての友達との楽しい記憶……では、残念ながらなく、彼の人生で最も過酷で屈辱的な思い出だった。

(アロイス、ロペ、シドニー、メイジー、そして……デルク……彼らは何をしているんだろう……今もあそこで……ボクにできるのは、苦しみを分かち合った彼らを救うこと……でも……!)

 ここ最近ずっとベッドの中でこのことを考えていたが、強い想いとは裏腹に、行動に移すことができずにいた。ひとえにそれは自分自身の今の状況、この環境を作ってくれた人に迷惑をかけてしまう可能性が高いから……。

(ヤマさんにもシュヴァンツにもこれ以上迷惑をかけたくない。けれど彼らの力を借りないとあそこは……あの組織とは……!)

 拳を握るが当然振るう場所が見つからずただワナワナと震えるだけ……。ジンは心底この時間が堪らなく嫌だった。

(……とりあえず話すだけ話してみるか。ただ自分が楽になりたいだけな気もするし、彼らに無駄な重荷を背負わせることになるかもしれないけど……今も苦しんでいる人がいることを知っているのに、黙っていることが……一番の悪だ!)

 天井を一度睨み付け、覚悟を決めると、ジンはようやく目を瞑った。


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