エピローグ:後始末
「祝!ドレイク、全回収できたよ!!記念!!」
パァン!!
シュアリー技術開発局の一室、シュヴァンツに宛がわれている部屋でアンナは右手の人差し指から小気味いい炸裂音と共に紙吹雪を発射した。
「あれ?リアクション薄くない?」
「そりゃあね……」
「あれだけのことがあった翌日だからな……」
「です」
「そういうことだ」
シュヴァンツの面々はそれぞれ机に突っ伏したり、椅子に全体重を預けてもたれかかっていたりと、見るからにお疲れモードだった。
「そうか……アタシは特製の栄養剤を摂取してるから元気だけど……みんなも飲む?」
アンナが懐から液体の入った小瓶を取り出し揺らすと、四人は一斉に立ち上がった。
「今日から三日間!休養日とする!」
「えっ!?今回の事件の事情聴取は!?早い方がいいと思って、今日呼び出したのに!?」
「この疲れた頭じゃろくな聴取は取れないわよ」
「だからアタシが作ったこの栄養剤を飲んで、その疲れを吹き飛ばしましょうって……」
「アンナはこの三日間はそれぞれのピースプレイヤーとマロンの取った映像ログでも見てて」
「いや、だからアタシの栄養……」
「みんな!これでようやく偽物の桐江颯真が起こした一連の事件の後始末ができたわ!それもこれもあなた達の頑張りのおかげ!!」
「姐さんがいたからですよ」
「ですです!」
「……だが、まだこのシュアリーの悪を全て撲滅したわけではない」
「ええ……そいつらと戦うためにも戦士にも休息が必要よ」
「アタシの栄養剤を飲めば、その休息も必要なくなるんだけど……」
「というわけで今日は解散!各々英気を養いなさい!!」
「よっしゃ!!」
「押忍!!」
「フッ……」
シュヴァンツはアンナを残してそそくさと部屋から出て行ってしまった。
「アタシの特製栄養剤……おいしいのに」
部屋を出たマルが廊下を歩いていると目の前にスーツ姿の集団が見えた。こちらに向かって来るその顔はここでは見慣れない顔ばかり。その中に一人だけ見知った顔が一つ。デジャブだ。
「光雄兄さん……」
「丸雄」
光雄達にとっても当然デジャブだったので、上司が軽く目配せをすると部下はすぐに察してその場から離れ、兄弟を二人っきりにした。
「……答えは決まったか?」
「あぁ……ばっちりな」
マルの頭の中に二日間の激闘の記憶が、特に仙川仁が装着するイーヴィルドレイクとの戦いが鮮明に甦った。あの戦いを経て、彼は“答え”を出すことができたのだ。
「……悪いな、兄さん……おれは実家には戻らないよ」
返事を聞いた光雄は不愉快そうに顔をしかめ、以前に会った時よりも傷だらけになった弟の顔をじっと見つめた。
「……そんなボロボロになってまで続けたい仕事なのか?」
「あぁ……兄さんにはわからないだろうけど、やっぱりおれはこの仕事が好きだし、今の同僚ともっと一緒にいたい。あの人達と一緒にいたことで、こんなおれでも少しはマシな人間になれた……と思う」
「それは逃げているんじゃないか?前も言ったがただ楽な方、楽な方に行っているだけじゃ……」
「兄さん……」
「――ッ!?」
弟に見たことのない真剣な眼差しで見つめ返され、兄は思わずたじろいだ。
「な、なんだ!?何か文句でもあるのか!?」
「ないよ」
「そうか!ないのか……へっ?ないの?」
「ないよ。正直おれもこの選択が正しいかどうか自信がない。兄さんの言う通り、楽な方に逃げているだけかもしれない」
「……なら!?」
「でも、その結果がどうなっても受け止める覚悟ができている。そうならないように努力する覚悟もな」
「丸雄……」
兄の目には弟の姿が一回り大きく、逞しくなったように見えた。そう見えた時点でこの静かな兄弟喧嘩の勝負は決まったも同然だった。
「つーか、人に楽な方いくなって言うなら、おれに自分の苦手なことを押し付けようとすんなよ」
「うっ!?」
人差し指で胸を小突かれると、光雄の心はグサグサと針に刺されたように痛んだ。
「というわけで、人のこと言う前に兄さんは兄さんで頑張れよ。あっ!明日にでも実家に顔だけは出すから、母さんに伝えておいて」
マルは光雄の肩をポンと軽く叩くと、彼の横を通り過ぎ、出口に向かって行った。
外に出ると彼の心をそのまま映し出したように空は晴れやかで、爽やかな風が吹いている。
「うーん!!姐さんの命令通り英気を養うために……今日は奮発して焼き肉でも食いにいくか!!」
背筋を伸ばし、深呼吸で身体中の空気を入れ替えるとマルは力強く一歩踏み出した。肩で風を切って彼は未来へと歩みを進める。自分自身の確固たる考えと覚悟と共に……。




