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No Name's Fake  作者: 大道福丸
本編
8/194

必要なもの

 シュヴァンツの初対面、そして初任務を見事達成してから数日、隊長の神代藤美は技術開発局の廊下を歩いていた。

「えーと……ここだよな」

 ある一つの扉の前に立ち、それが目的の場所なのかと、自分の記憶を掘り起こし、確認……。

「何してんの?」

「わあっ!?」

 後ろから声をかけられ、不死身のフジミともあろうものが、驚きのあまり飛び上がる。数日前にもここで同じようなことがあった。

「相変わらず……というか、デジャヴだね、フジミちゃん」

「あ、アンナか……驚かせないでよ……」

「あたしとしてはそんなつもりは一切ないんだけど……っていうか、なんでまた我らがシュヴァンツの隊室の扉の前で、我らが隊長様がぼーっと突っ立ってるのさ」

 栗田杏奈は可愛らしく眉を八の字にまげて、小首を傾げた。

「いやワタシ、ここに来るのはあの日以来だよ。別に平気だって言うのに、精密検査だの、療養のため自宅で安静にしてろだの上から言われてね。だからここに来るのはまだ二回目、緊張もするさ」

 アンナはボマーアントの激闘の傷痕を癒すために、今日までこの部屋にも部下達にも会うことができていなかった。そのせいで、色々と感情がリセットされてしまったのだ。

「あぁ、そう言えばそうだったね」

「なんか軽いな……」

 お久しぶりのアンナは何の感慨も見せず、フジミは不満げだった。もっと自分という存在をありがたがって欲しい。

「ごめん、ごめん。あたしもあれからドレイクの調査で忙しくって、そのせいかフジミちゃんとは逆にあんまり久しぶりって感じがしないのよ」

 申し訳ないと感じたのか、アンナは苦笑いを浮かべながら弁明をする。実際に彼女は時間の感覚が無くなるくらい奮闘していた。

「ドレイクって、ワタシのか……?」

「そうだよ。まぁ、詳しい話はあたし達のホームで話しましょうよ」

「あぁ、そうだね」

 アンナは慣れた感じで扉の中に入っていく。フジミはその後に続いた。

「おかえりなさい、懐かしき我が家へ」

「ただいま……と、言っても二回目だから懐かしさは感じないけどね」

「そりゃそうだ。コーヒー淹れるから、あたしのデスクの前に座って待ってて」

「了解です」

 隊長は部下の指示に従い、適当な椅子をアンナのデスクの前に持っていき、それに座った。

 しばらく待っていると香しい匂いがフジミの鼻腔を刺激した。アンナが細く白い湯気と立ち上る二つのカップを持ってくる。

「はい、おまちどおさまです」

「ありがとう」

 カップを受け取ると、フジミは二回ほど息を吹きかけてから、コーヒーを啜った。

「はぁ……和むわ」

「この部屋にあるものは最新鋭のものばかり。もちろんコーヒーメーカーもね」

「太っ腹ね」

 落ち着きを取り戻したフジミはカップを机の上に置くと、腕と脚を組んだ。見た目だけならスタイル抜群の美人さんなので、とても様になっている。

「で、さっきの話だけど……」

「フジミちゃんのドレイクだね」

「あぁ、あの強盗事件の後、回収されたけど、まだ直ってないのかしら?」

「それは大丈夫だよ。っていうか、ピースプレイヤーは待機状態で自己修復するのは知っているよね?」

 フジミはムッと顔をしかめた。メカに詳しくないと言ってもそれぐらいのことは常識として知っている。

「ピースプレイヤーはオリジンズの死骸を利用して造られる。その最大特徴と利点は生前のオリジンズのように勝手に傷を直し、エネルギーを回復するメンテナンスフリーを実現したこと……でしょ?」

「よくできました」

 フジミはふんと誇るように鼻を鳴らした。それこそ小学生でも知っているような常識で、誇るようなことではないのだが。

「正確には、自己修復が起こるのは待機状態の間だけで、あまりに大きく破壊されると自然には直らない……って、ピースプレイヤーの説明はもういいか」

「そうだよ。それで直ったなら何を調べているのか聞いているんだけど?」

「フジミちゃん……あたし達シュヴァンツは何のためのチーム?」

「何のためって、ドレイク運用データを……あっ」

 フジミは自分がとても間抜けなことを口にしていることに気づいて、微かに頬を赤らめた。

「ドレイクが犯罪者相手にどれだけやれるのか、またどこを修正すれば更にいいものになるのかを調べるのが、あたし達に与えられた一番の任務だよ、隊長さん」

「その通りでございます……」

「そういう意味じゃ、今回は大きな収穫があった。フジミちゃんにとっては不名誉かつ災難だったけどね」

「収穫?」

 アンナは目にも止まらぬスピードでキーボードを叩くと、空中にディスプレイを出現させた。

 そのディスプレイにはドレイクの設計図面が映し出されている。

「ここに注目」

 アンナは図面のある部分を丸で囲った。

「背中……いや、脇腹か?」

「うん。もっと正確に、わかりやすく言うと人間の身体でいう肋骨の下から一つ目と二つ目の部分の背中側のところだね」

「そこがどうしたの?」

「この部分の防御力が想定よりも弱い。しかも、ダメージを受けると一時的にドレイクの機能が麻痺を起こすという最悪のオマケつき」

「機能が……じゃあ、あの時の!?」

 フジミの頭の中にボマーアントとの戦闘中に銃が呼び出せなかった瞬間が甦る。彼女がアンナの目を見ると、隊長の考えを肯定するように頷いた。

「戦闘データを見せてもらったけど、まさにあの時、ドレイクガンを出せなかったのは、この部分に衝撃を与えられたためだよ」

「最初の爆発からマルをかばった時に……」

「イエス。結果論だけど、あの時違う形で勅使河原隊員を助けていたらあんなことにはなっていなかっただろうね。でも、そのおかげで初めての実戦でこんな致命的な欠陥を発見できたんだから、まさに怪我の功名ってやつさ!はっはー!メカニックとしては笑いが止まらないね!あっ、実際にフジミちゃんは怪我しちゃったから、ここで笑うのはあまりよろしくないか!はっはー!!」

「笑ってんじゃん……」

 満面の笑顔のアンナと、苦笑するフジミ、対照的な表情をしている二人のレディは同時にコーヒーに口をつけた。

「ふぅ……冗談はこれくらいにして、この欠陥の修正案を考えないといけないから、もう少し預からせてもらうよ。それにちょっとばかし……気になることがあるんだよね……」

 アンナの顔が一転して真剣なものに変わり、ドレイクの図面を目を細めて睨み付けた。

「アンナ……?」

「あっ!?何?気になることって言っても、勘違いかもしれないし、ただの取り越し苦労に終わるかも……」

「いや、まだドレイクを調べたいってのは別にいいよ」

「えっ?そうなの?」

 何故か取り乱したアンナに、フジミはカップを置きながら頷いた。

「それがアンナの仕事でしょ?好きなだけ調べるなり、改造するなりすればいいよ。けど、ドレイクがないとワタシの方は仕事に支障をきたすんだけど……」

「あぁ、そっちね。それならちゃんと……」

 アンナは机の引き出しを開け、あるものを取り出した。

「はい、これ」

 それをフジミに手渡す。

「手帳型のピースプレイヤー……ドレイクとは違うね」

「『ルシャットⅡ』だよ」

「ルシャットの……Ⅱ?」

 フジミは首を傾げた。彼女の予想にはない名前を耳にしたからだ。

「今の主力であるⅢじゃなくて?てっきりそっちだと思ったけど……手に入らなかったの?」

「いいや、色々と考えた結果さ。さっきも言ったようにフジミちゃんの戦闘データや今までの経歴……というか武勇伝を見させてもらったんだけど、あたしが見た限り、Ⅱの方がいいかな……って」

「どうして、そう思うの?」

「フジミちゃんって結構ちょこまかと動き回る戦い方をするからさ。ルシャットⅡは旧式だけど機動力ならⅢよりも上だよ。Ⅲは誰でも扱えるように過度なスピードよりも、防御力の方を重視しているからね」

「へぇ……知らなかった……」

 フジミはアンナが自分のことをそこまで考えてくれていることが素直に嬉しかった……が。

「まぁ、誤差の範囲って言われたら、否定できないくらいの違いだけど……それにⅡは今、余ってるから直ぐに手に入るし……」

「結局それですか……」

 ガックシと肩を落とす。最新鋭のマシンを率いる隊長機が旧式の余り物というのは、切なすぎる。

「はははッ……でも、その代わりちょっとだけ弄っておいたよ。胸元にどんな相手でも怯ませちゃうぐらい強力な光を発生させる装置を付けておいた。捕まえる側のフジミちゃんはしないと思うけど、逃げる時の目眩ましにも使えるよ」

「そう……じゃあ、まぁ、ありがとう」

 色々と思うところがあるが、そもそもフジミはピースプレイヤーにそこまでこだわりがあるわけがないので、大人しく与えられたルシャットⅡを言われるがまま新たな愛機にすることに決めた。

 そんなメカに興味ないフジミがポケットの中にルシャットを仕舞おうとした瞬間、ある素朴な疑問が思い浮かんだ。

「ねぇ、アンナ……?」

「まだ、何か?」

「いや……こんなこと言うのもなんだけど……」

「ん?」

「ドレイクって……必要なのかな?」

「…………はぁ?」

 こんな感じだが、“才媛”と呼ばれるアンナもフジミの発言の意図が汲み取れなかった。自分達が集められた意味、今の会話の時間を全て否定する彼女の言葉の真意が……。

「自分が言った言葉の意味、わかってる?」

「わかってるわよ……ワタシ達の……シュヴァンツの存在を否定しているってことぐらい……」

「それをあろうことか隊長が……」

「だけど、どうしてもそう思ってしまうのよね……」

「なんで?」

「ドレイクが強過ぎるからだよ。強盗犯のマシンもあのボマーなんちゃら以外は圧倒していた。ボマーも初見殺しに引っ掛からなければ、同じように苦もなく倒せていたと思う……」

「でも、結果としてギリギリの戦いになったじゃない?」

「それはそうだけど、あんな上等なピースプレイヤーをポンポンと犯罪者が手に入れることもないでしょ?」

「それは……一理ある」

 アンナは脚を組み、顎に手を当てて、斜め上を見つめた。言われてみると、初任務であれだけ強力な敵と会うとは運がないというか、むしろタイミングが良いドイツか……。

「今の主力のルシャットでも十分だと思うんだよね。ドレイクは過剰戦力というか……」

「うーん、気持ちはわからなくもないよ。強い力は、それに対抗するためのより強い力を呼び寄せる。それに対抗するためにこちらもさらに力を……っていういたちごっこを懸念しているんでしょ?」

 フジミは無言で首を縦に振り、肯定の意志を示した。

「優しいね、フジミちゃん……だけど、その考えは甘いと思うな」

「そう……かな?」

「うん。ドレイクは犯罪を未然に防ぐための抑止力として開発されたピースプレイヤーだ。強すぎるぐらいでちょうどいいんだよ」

「そう……だね」

「それに強くするのは難しいけど、弱くするのはそこまでじゃないから、いざ量産配備する時にはいい感じにデチューンされると思うよ。それを見越しての今のスペックだと思うし」

「そういうものか……」

「そういうものさ。一方で、この性能で物足りない装着者のために、今すでに強化プランの研究がされているみたいだけど。まぁ、完成さえすれば後はどうにでも調整できるってことだよ。あたし達は素直に職務を全うできるように務めればいいさ」

「……うん……アンナの言う通りだ」

 言葉とは裏腹にフジミの表情は晴れなかった。

 頭では納得していても、所詮は人間は感情で動く生き物。ましてや神代藤美という女性は、その最たるものというべき人だった。

「きっと身体をしばらく動かせてないから、ストレスが溜まっているんじゃない?みんなが来たら訓練場でルシャットⅡの試運転がてら模擬戦でもやるといいさ」

「あぁ、そうさせてもら………」


リリリリリリリリリリリッ!!!


「!!?」

 突如として、部屋中に鳴り響く電子音!音の発生源はフジミのポケットの中だった。あの時と同じく、シュヴァンツ隊長に連絡が来たのだ。

「フジミちゃん……試運転する暇はないみたいだね……」

「あぁ……勘弁して欲しいよ……」

 フジミは自分の運の無さを呪い、顔をしかめながら、ポケットからルシャットを取り出し、耳に当てる。

「はい、こちらシュヴァンツ……何ぃ!?トラックが崖の下に!?」

 シュヴァンツの新たなミッションが幕を開けた。


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