真なる紫竜
「エヴォリストだと……!?」
全く予想だにしなかった変貌を遂げたザッハークに榊原は思わず冷や汗をかき、息を飲んだ。しかし、それと同時に不思議と心が沸き立ち、口角が自然と上がる。
「……正直驚いた……が、これもまた一興か」
「ほう……ただの臆病でがめついチンピラかと思っていたが、戦士としてのプライドが残っていたか」
「それは買いかぶり過ぎだ。俺はただの雇われ傭兵。自分の喜びよりも、雇い主の喜びを優先する。松田社長は常々言っていた……自慢のメタルオリジンズと戦闘型のエヴォリストと戦わせたいってな!!」
「キィィィィィィィッ!!」
「ニャアァァァァァッ!!」
「ウホオォォォォォッ!!」
榊原がけしかけると、三匹の鋼の獣は持って生まれた筋力と、後付けされたスラスターを総動員し、一気にザッハークとの距離を詰めた!
「……戦いとは、自らの意志でするもの……無理矢理やらされてるだけのお前達とは拳を交える気はない!」
ガブッ!ガブッ!ガブッ!!
「キィッ!?」「ニャッ!?」「ウホッ!?」
しかし、メタルオリジンズの全力の突進をザッハークは軽々と躱し、すれ違い様に肩から生やした蛇で噛みつかせ、睡眠薬を注入する。薬は瞬く間にメタルオリジンズの生体部分を駆け巡り、結果、鋼の獣達はいとも簡単に無力化されてしまった。
「きっと機械と生物のハイブリッドであるべきメリットが存在するのだろうが……オレを相手にするなら、デメリットしかない。100%マシンの方が良かったな」
「……次に会った時に伝えておくぜ」
「次?それは病室で再会した時のことを言っているのか?それとも今から降参するから、刑務所か?」
「シャッ?」「シャシャッ?」
ザッハークは煽るように三つの頭を傾げて見せた。
「どっちもごめんだね。というわけで、松田社長のもう一つの肝いり商品を使わせてもらうぜ」
そう言うと榊原はポケットから指輪と液体の入った小瓶を取り出した。
それを見た瞬間、わかりづらいが、おどけていたザッハークの表情が真剣なものへと一瞬で変化した。
「……ヘルヒネか?」
「強面の割に物知りだな」
「強面が物知りで何が悪い。まぁ、ヘルヒネに関してはたまたま……かつて友が使ったからだからが……オレやこの国を守るために……!!」
ザッハークの心に在りし日の大栄寺クラウスの顔が思い浮かぶと、拳に自然と力がこもった。
「そりゃあ御愁傷様」
「……オレは気の長い方だが、友のことを茶化すなら、容赦はせんぞ……!!」
「おいおい!誤解だ、誤解!俺はマジで心を傷めているんだ!この“ハオマ”がもっと早く生まれていたら……ヘルヒネの欠点を克服したこいつがあれば、あんたの友達は死なずに済んだのにな……って」
「……何?」
榊原はニタニタと不愉快な笑みを浮かべながら、指輪をはめ、そして小瓶の蓋を開けると、中の液体を一気に飲み干した!
「……ぷはっ!このハオマはヘルヒネのように飲んでも死ぬことはない……だが!ヘルヒネと同様にありとあらゆる特級ピースプレイヤーと完全適合できるようになる!!」
指輪をはめた手を高らかに掲げ、榊原は最後の切り札の名前を叫んだ!
「来い!アパオシャ!二号!!」
指輪は光の粒子に分解、それが黒い機械鎧に変化すると榊原の全身を覆っていった。
港に現れたのは、松田の切り札、彼の狂気の具現化、特級ピースプレイヤー、アパオシャ……と同型の二号機であった!
「……ヘルヒネと同じ作用を持つというのははったりじゃないようだな」
「シャーッ!」「シャシャーッ!!」
ザッハークはその鋭敏な感覚と、今までの経験則で榊原アパオシャの実力を一瞬で察知した。舐めてかかるのはまずいと。
そして同時にとても悲しい気持ちになった……。
「貴様も、それを開発した者も、その才を何故、もっといいことに使えないんだ……貴様なら表の世界でも評価されたはずだろうに」
「はっ!そんなもんこっちの方が楽に稼げるからに決まってんだろ!それ以下でも以上でもねぇよ」
「そうか……自分の欲望のために他人が傷ついてもいいというんだな……?」
「人間誰しもがそうだろ!誰かの栄光の影には、誰かが傷ついている!結局力がない奴がバカを見るのは、裏も表も同じだ!!」
「……貴様の言葉には一理あるかもしれん……だが!この桐江颯真、先祖から代々継承してきた“紫の竜”にかけて、到底受け入れることはできない!!」
「じゃあ!どうする!?」
「貴様らの流儀に従って……オレの欲望を力ずくで満たさせてもらう!弱い貴様はバカを見ろ!!」
ザッハークはアスファルトが砕けるほど蹴り出し、榊原アパオシャに突撃した!
「そう来なくっちゃ」
「その余裕……崩してやる!!」
「「シャーッ!!」」
ザッハークは両拳、両足、さらに肩の蛇二匹を総動員して、ラッシュを仕掛けた!手足だけでも大抵の人間は対応できないというのに、肩の蛇まで加わるとなると、回避は不可能!……と思われたが。
ブンブンブンブンブンブンブンブン!!
榊原アパオシャはその不可能を実現して見せた!上下左右から絶え間なく襲いかかるザッハークの攻撃を軽やか躱し続ける!
「……素直に感心する。パンチとキックだけでなく、初見で肩のザッハークファングの攻撃まで回避するとは……」
「お褒めいただき光栄です。メタルオリジンズのテストで色んなゲテモノ連中と戦わせられたからな。肩から頭が生えているくらい大したことない。まっ、だとしてもハオマと完全適合によって反射神経をブーストしてなかったら、無理だっただろうけど」
「では、そのハオマとやらの効果が切れるまで時間稼ぎでもするか。ヘルヒネとそこは同じだろ?」
「へぇ~、あんな偉そうに言っておいて、一番消極的でセコい手を取るのか?」
「やはり端から見ると心証は悪いよな……では、当初の予定通り、より強い力で上から押し潰そう!!」
「「シャーッ!!」」
ザッハークの肩の蛇が限界まで口を開いた!そこに光が集まって……。
「食らえ双蛇剛弾撃」
「「シャアァァァッ!!」」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
蛇の口から榊原アパオシャに至近距離で光の奔流が放たれた!光は大気と共に黒のマシンを焼き尽くす!
「……少しやり過ぎたか」
眼前に立ち上る白煙を見て、ザッハークは勝利を確信した……が。
「いや、足りないくらいだ」
「――ッ!?」
ガシッ!!
「「シャッ!!?」」
「しまっ……」
白煙から無傷の榊原アパオシャが飛び出すや否や肩の蛇を二匹とも掴んだ!
瞬間、ザッハークの背筋に悪寒が走る!
(これは……まずい!!)
ザンッ!!
「「――シャ!?」」
ザッハークは手刀で斬り落とした……自らの肩から伸びる首を。そしてすぐさま先ほどとは逆の方向に跳躍、つまり榊原アパオシャから距離を取った。
「……判断が早いな。つーか、これ斬って大丈夫なのか?」
「問題ない。すぐに生える」
「そうかい……そりゃ良かった」
言葉とは裏腹に黒のマシンは生気を失った頭を雑に投げ捨てた。
「できることなら、もうちょっとしどろもどろになってくれれば、こっちとしてはありがたかったんだがな」
「もっとオレの力を吸収すれば、追撃もできた……か?双蛇剛弾撃を吸っただけで十分だろうに」
「……あの一瞬でそこまで気付くとは」
「幸か不幸か、同じように敵の攻撃を利用する相手と戦ったことがある」
「へぇ……奇遇だな。でも、そいつは……こういうのはできるかい!?」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
榊原アパオシャは拳を真っ直ぐと突き出すと、そこから光の奔流が放射された!それはまさに双蛇剛弾撃そのもの!さっきと同じように、だが真逆の方向へ大気を焼きながら、紫の怪人に迫る!
「攻撃をそのまま撃ち返すことができるかって……答えは“イエス”だ。見せてやれ!アジ・ダハーカ!!」
ザッハークの指にはめていた指輪が煌めくと、紫の機械鎧に変化し、怪人の身体を覆っていった。
全身紫色の分厚い鎧、左手には杖を持ち、頭には冠のように角が生え、眼は左右三つずつ、計六つも付いている。
それがアジ・ダハーカ。紫の竜を家紋とする桐江家に受け継がれる最強の魔竜であり、真の継承者の下に戻り、このシュアリー守護神となった真なる英雄である。
「オースペクルム」
本物の桐江颯真が愛しい人の耳元で囁くように優しく呟くと、それとは真逆の禍々しい巨大な竜の骸骨が二つ現れた。
骸骨の一つが榊原アパオシャが放った光の奔流に対して、大きな口を開けると、闇よりも黒い漆黒の空間が広がっていた。そこに……。
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥ……
アパオシャの反射双蛇剛弾撃が撃ち込まれる!
眩いという言葉では足りないほどの輝きを持っていた光の奔流は漆黒の空間の中に入っていき、ついには全て飲み込まれてしまった。
反射双蛇剛弾撃を飲み込んだ骸骨は口を閉じると後ろに下がり、入れ代わりにもう一つの骸骨が前に出て口を開けると……。
「リフレクション」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
光の奔流が飛び出した!骸骨に飲み込まれたはずの反射双蛇剛弾撃が再び反射されたのだ!
「なんだと!?」
榊原は先ほどまでの余裕が嘘のように慌てて、地面を転がりながら回避する。
光はアスファルトとコンテナを溶かしただけで、虚空の彼方へと飲み込まれていった。
「自分の反射した攻撃をさらに反射することは不可能なのか?それともただの癖で避けたのか?」
「くっ!?」
杖の石突で地面を叩きながら、アジ・ダハーカは膝をついている榊原アパオシャを見下ろし、淡々と問いかけた。
「後者だ。いきなりのピースプレイヤーに、いきなりの反射……ちょっとびっくりして身体が動いちまっただけ!だが、もう逃げねぇ!反射し合いがしたいなら受けて立つぜ!!」
榊原は心と呼吸を整えると、満を持して立ち上がろうとした!しかし……。
「貴様は判断が遅いな。オレ達の戦いは終わっているんだよ」
「何……」
ガキン!!
「――を!?」
榊原アパオシャは立ち上がろうとしたが、残念ながら立つことはできなかった。いつの間にか彼の両足は氷によって地面と一体化していたのだった。
その氷がどこから来ているのかと目で追うと、地面に触れているアジ・ダハーカの杖にたどり着いた。
「この氷……てめえか!?」
「ニクス・カプト。我がアジ・ダハーカの技の一つにして、この戦いを終わらせた技だ」
「さっきから終わっただの、終わらせただの……もう勝った気でいるのか!?」
「あぁ……そう言っている!」
紫竜は杖の石突でもう一度トンと地面を叩くと、そこを中心にさらに氷は広がっていった。もちろんその範囲内に榊原アパオシャも……。
黒のマシンの足元から氷は上へ上へと昇っていき、瞬く間に全身を覆っていく。
「くっ!?くそ!動け!動けよ!?こんなあっさりと……この俺がこんな簡単にぃぃぃッ!?」
ガキン!!
まるでショーケースに入れられたマネキンのように、冷たく透明な箱に黒のマシンがディスプレイされた。
「頭を冷やして反省しろ。誤った道を歩んだこと、開き直ってそれを肯定したこと、そして……このオレに勝てると思い上がったことをな」
「……ってな感じで、本物の桐江颯真さんがほとんど片付けてくれちゃったっす!以上、現場のキュートレディ、メルがお送りしました!」
「ご苦労」
労いの言葉をかけて、通信を切るとクウヤは松田を改めて見下ろした。
「嘘だ……榊原が……私の発明がそんな簡単に敗れるなんて、あり得ない……」
現実を受け入れられない、受け入れたくない松田は虚ろな目でぶつぶつと拒絶の言葉を呟いていた。
そんな彼をどこかから吹いたすきま風が哀れむように頬を撫でる……いや、今の彼の状態からしたらむしろ断罪するようにと言うべきか。
「――ッ!?痛い!?痛い痛い痛い痛い!!!?」
風に吹かれた部分に激痛が走り、松田は悲鳴を上げ、倒れ込んだ。さらに地面に触れた部分が、服が擦れた部分にまた激しい痛みを感じ、彼は初めて会った時の余裕と自信に満ち溢れた顔をぐちゃぐちゃに崩して、のたうち回った。
「これは……」
「多分、ハオマとやらの副作用だと思われます」
「ヘルヒネの改良型の……なるほど、鋭敏になった感覚が暴走しているのか」
「ええ、さすがに完全にデメリット無しなんて虫のいい話はなかったようですね」
「これだったら、死んだ方がマシだったかもな」
「痛い痛い痛い!!?誰か私を助けてくれぇぇぇぇぇっ!!?」
悲痛な叫びは地下室にこだまする。その声の主に救いの手を差し伸べる者は誰一人としていない。
類い稀なる商品開発と経営の才を持った松田輝喜与のプライドも野望もキャリアも最後は、その自らが開発した商品によって崩壊したのだった……。




