宝石強盗 その④
フジミは自分の肩越しに一瞬だけボマーアントの姿を確認すると、すぐに部下の方へ目線を移した。
「長いトイレだったな」
「神代……さん……」
「大丈夫……ではないか……」
勅使河原のダメージを受けた脚をフジミの瞳が捉える。すると、フジミ自身も驚くぐらいに胸の奥で怒りの炎が渦巻いた。
「すいません……功を焦って、単独行動した挙げ句、この様です。前の職場でも同じミスをして、シュヴァンツに異動させられたのに……!」
この状況で話すことでもないと勅使河原もわかっているが、自然と自分の恥ずべき過去が口からこぼれ出た。こんなにも愚かな自分を助けに来てくれたフジミには全てを話さなければいけないと、本能がそうさせたのだろう。
「勅使河原……」
「はい……」
勅使河原は身構えた。怒られると思ったから。また自分の居場所を自分の愚かさで失ってしまったと思ったから。
「若い時はそのくらいギラついてる方がいいよ」
「えっ……」
フジミの言葉は予想とは真逆のものだった。彼女は勅使河原の行動を非難しなかった。
「い、いや、おれは……!」
「他はともかくシュヴァンツは……ワタシの部下はそれでいい。まぁ、本音を言うと、一言言って欲しかったけど……ワタシが頼りなかったんだよな。申し訳ない」
「!?」
責めるどころかフジミは自分が悪いと頭を下げた。勅使河原の心に更なる後悔の念が溢れる。
「でも、会ったばかりだし、お互いにどういう存在か知る時間がないのが、駄目だったんだよな……ってことで、ワタシがあんたの信頼に足る人間か、今見極めなさい……ワタシの戦いを見てね……!」
フジミドレイクはくるりとターンをして、背中を向ける。本来は鮮やかな白と藤色で彩られた背中は、爆発から部下を守ったおかげで、黒く汚れ、ところどころヒビが入っていた。
(この傷……おれを守るために……やっぱりおれが……!!)
「勅使河原」
「――!?はい!?」
「ワタシは大丈夫だから、そこで大人しく見てろよ」
フジミは勅使河原の心を見透かしていた。再び罪悪感から命令を無視しないように釘を刺す。
「……わかり……了解しました」
「よし」
勅使河原は遠ざかるフジミの背中をじっと見つめた。彼女の一挙一動を、自分の上司が自分のケツを拭く様を見逃さないように。
「なんて……なんて大きいんだ……」
部下の感嘆の声に背を押されながらフジミドレイクはゆっくりとボマーアントに歩み寄っていく。本当なら全速力で突っ込んで、殴り飛ばしてやりたかったが、敵の能力を警戒しているのだ。
「よぉ、お姉ちゃん。あんた、正義の味方の上司なんだよな?」
「正義の……勅使河原のことなら、そうだが」
「あいつはもう切った方がいいぜ」
「……何?」
フジミの足が止まる。理由としては戦士としての彼女が間合いを計ったのが半分、上司としての彼女が部下のことを言われて、自然と止まってしまったのが、もう半分と言ったところか。
「……どういう意味だ……?」
「使えない部下を切り捨てるのが、上司の役目って言ってるんだよ」
「そう言えば、あんた部下を……」
「あぁ、ドカンと爆発させて、処理してやった!それがあいつらへのオレからの優しささ!あんな馬鹿ども生きていたってしょうがないんだからな!!」
「こいつ……!」
「はははっ!!」
目の前の男の言葉、立ち振舞い、存在全てがフジミには不愉快だった。彼女の中の怒りの炎は最早身を焦がすほど燃え盛っている。
「どうやらあんたとは流儀が違うようだ……上司としてのな」
「流儀?上司?何を言ったいるんだ?」
「部下の尻拭いをするのが上司の役目だって言ってんだよ!!」
フジミは溜まりに溜まっていた怒りを解放した!地面を力強く蹴り上げ、フルスピードで強盗犯に向かっていく!
「馬鹿が!部下なんて利用してなんぼだろうが!」
ボマーアントの両手のひらに光の球が生成される。そして……。
「喰らえ!必殺のエネルギーボム!!」
それを向かってくる竜に投げつけた!
ドゴン!ドゴオォォォォン!!
「ちいっ!?」
しかし、二つの火柱を作るだけで、フジミを捉えることはできなかった。
「まだまだ!おかわりはたっぷりあるぜ!!」
ドゴ!ドゴ!ドゴオォォォン!!
それでもボマーアントは次々と爆弾を生み出し、ひたすら投げた。この辺り一帯を焼け野原にしたいのかと錯覚するほどに、苛烈に。
「くっ!?このままじゃ埒が明かない……地形も変わっちまいそうだし……空中で撃ち落とすか!ドレイクガン!!」
目の前に広がる爆弾の群れに狙いを定める。その手には拳銃が握られて……なかった。
「あれ?」
ドゴ!ドゴ!ドゴオォォォン!!
「いいっ!?何で!?」
無様に地面を転がりながら、かろうじて爆弾を回避する。
(銃が出ない!?どうして……まさか、最初の爆発のダメージで一時的にドレイクの機能が麻痺しているのか……!?)
「ほれほれ!どうした!もしかしてトラブルか!?」
ドゴ!ドゴ!ドゴオォォォン!!
「くっ!?」
親分と呼ばれた男は目敏かった。自分の能力が高くないことを理解しているからこそ、人の弱みには敏感なのだ。そうしなければ生きてこれなかったから。
「ちょっと……ヤバいか……」
「神代さん!!」
「勅使河原!?」
「これを使ってください!」
勅使河原が何かを投げてきた。フジミはそれを爆弾を回避しながらキャッチする。
「これ……ドレイクガン!?」
「おれ達のマシンは同型なんですから、使えるでしょ!」
「!!」
フジミはくるりと空中で拳銃を回転させ、銃身からグリップに握り直した。
「助かった!これなら……!!」
ドゴ!ドゴ!ドゴオォォォン!!
「よし!」
空中に放り投げられたエネルギーボムを立て続けに撃墜する。爆音と熱風だけがフジミに届く。
「生意気な!」
ボマーアントは性懲りもなく、爆弾を投げた。しかし……。
「迂闊なんだよ!」
ドゴオォォォォォォォォォン!!
「ぐうぅ!?」
すぐに撃ち抜かれ、投げた親分の眼前で大爆発を起こした。
「わかったろ?あんたが投げた瞬間に、ワタシが撃ち落とす。自分の爆弾で人生の終わりを迎えたくなかったら、武装を解除しな!!」
勝敗がついたと確信したフジミは強盗犯に投降を促した。心のどこかで、それを拒絶してくれることを望みながら……。
「くくくっ……」
「何がおかしい……?」
突如として笑い出した強盗犯を訝しむ。顔を覗き込んだが、当然マスクで表情は読み取れない。
「おかしいというより、おかしくなっちゃったか……?ん?」
そんな彼女の目の前に小指の先ほどの大きさの光の球がぷかぷかと流れてきた。
「小型圧縮浮遊ボム……造るのに時間がかかるし、エネルギー食うから連発できねぇ……まさに切り札って奴だな」
「なっ!?」
「ボン」
ドゴオォォォォォォォォォン!!!
「神代隊長!!?」
勅使河原の目の前で、白と藤色の装甲を紅蓮の炎が包み込んだ。周辺にはパラパラと破片が雨のように降り注ぐ。
「はははッ!惜しかったな、お姉ちゃん!でも、お前が悪いんだぜ……使えない部下になんて拘るからよ……!」
「ぐっ……!」
ボマーアントはゆっくりと怒りに燃える勅使河原の下へと近づいていく。
「まぁ、すぐにその部下も送ってやるから安心しな」
「そんなことする必要なんてねぇよ……!!」
「!!?」
ガシッ!!!
「ぐふっ!?」
「捕まえたぞ、くそ強盗……!!」
突如として灰色の煙をかき分け、ぼろぼろになった白と藤色の竜が飛び出してきた!そのままボマーアントの首根っこを掴む。
「な、なんで……!?」
「このドレイクってマシンがあんたやワタシの予想よりもずっとタフだったってことだろうな……大丈夫だってわかっていたら、まどろっこしい真似なんてしないで、最初からこうしたのによ……この距離ならもうお得意の爆弾は使えないわよね……?」
「ぐっ!?このぉ!?離せよ!?」
最大にして唯一の武器を奪われたボマーアントは形振り構わず、じたばたと身体を動かし脱出を試みる。
けれども、ドレイクのパワーとフジミの執念からは逃れられることはできない。
「できることならあんたみたいな外道になんかじゃなくて、長身のイケメンに言いたい言葉だけど……“死ぬ”まで離さない……!」
「ひっ!?」
ドレイクの竜を模したマスクは爆発によって、半壊していた。
露出したフジミの目は血走り、歯を剥き出しにして笑う血の化粧が施されたその顔は、まるで鬼のように見えた。
「うわあぁぁぁぁぁぁっ!!」
先ほど自分が爆殺した部下のように、恐怖で錯乱した強盗犯は訳も分からず拳を繰り出した。
「ウラァ!!」
グシャアッ!!!
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
カウンターで繰り出したフジミの拳が強盗犯の拳を粉砕する!全身を駆け巡る激しい痛みに強盗は仮面の下で大量の涙と鼻水を流した。
「ふぅ……やっぱ、ストレスを発散するにはスイーツバイキングか、ムカつく奴の骨を砕くに限るわね」
「いっ!?」
「次はどこの骨を砕かれたい?」
その一言は強盗犯の心を砕くのには十分だった。
「降参!降参だ!!抵抗しないから!!刑務所にでも、どこでも連れて行ってくれ!!!」
惨めな敗北宣言、必死の懇願。普通の警察官なら、それで終わりなのだろうが、残念ながら彼女はあの“不死身のフジミ”だ。
「やだね」
「へっ……?」
「やだって言ってるんだよ!!」
「そん……」
「ウリャアァァァァァァッ!!!」
ガンガンガンガンガンガンガァン!!!
「ぐはあああっ!!?」
殴る!蹴る!殴る!蹴る!殴って、蹴る!暴力の嵐がシュアリーに吹き荒れた!ボマーアントはみるみるうちに無惨なスクラップへと形を変える。
「でやあぁぁぁっ!!!」
ゴォン!!
「!!?」
脳天に踵を落とされ、ボマーアントの仮面も真っ二つに割れ、中身が飛び出す。
曲がりなりにも“親分”と慕われた男は白目を剥き、よだれを撒き散らしながら仰向けに倒れた。
「命だけは助けてやる……ワタシの優しさに感謝しなよ」
ピクピクと気色悪い痙攣をしている強盗犯を見下ろしながら、フジミは侮蔑するように言い捨てた。もちろん彼に聞こえているはずもないのだが。
「すごい……すご過ぎる……!!」
勅使河原丸雄は少年のように目を輝かせながら、フジミの姿を眺めていた。
圧倒的な強さで悪を葬る目の前の女はまさしく彼が憧れ続けた最高にカッコいいヒーローそのものだった。
「ふぅ……なるようになった……って感じだな」
フジミは空に向かって、今日一日の不安と共に息を吐いた。
数々の修羅場を踏んできた彼女でも今日という日は、とびきりタフで、一生忘れられない日になったことだろう。
「姐さん!」
勅使河原が脚を引きずりながら、ヒーローのもとにやって来る。
「あ、姐さん?」
「はい!おれにとって姐さんは、姐さんです!!」
「あんた、それじゃまるでマフィア……まぁ、いいか。ワタシもこれから“マル”って呼ぶよ」
「ウス!」
正直、フジミはその呼び名に不満があったが、マルのキラキラとした瞳を見ると何も言えなくなってしまった。
「まったく……ん?この音?」
「サイレンの音と……下水からこっちに誰か走って来てますね」
「我那覇達と応援のパトカーだな。ふぅ……ちょっと遅いけど、まぁ、これも良しとしよう」
耳に届く仲間の存在が、改めてフジミの心を安心させた。
「マル」
「はい!」
「シュヴァンツの初任務完了だ」