毎度お馴染み
都心から離れ、潮風が吹く海沿いにサイバーフィロソファーは本社を構えている。その立地と、豪華な内装から人気も高く、テレビやネットなどでも何度も特集が組まれていた。
「ワタシもなんかで芸人さんがロケしてるのを見たことがあるけど……あまりにも理想的な職場環境過ぎて胡散臭いと思っていたのよね。だからといって、その勘がこんな最悪の形で当たって欲しいとは思ってなかったわ」
立派なビルの外観を道路沿いに止めた二台のナーキッドの横で見上げながら、神代藤美は色々な意味で最低な状況の自分を自嘲した。
「もっと早く尻尾を掴めていたら……なんて後悔しても仕方ないですよ。気持ちを切り替えていきましょう」
「あら?リキ、ずいぶん張り切っているのね」
「別にそんなことは……」
「おれや姐さんが万全じゃないから、自分が頑張らないと、とか思ってんすよ」
「マルさん!心見透かさないでください」
「安心しなさい。マルに言われるまでもなく、ワタシもあんたの気持ちなんてお見通しだから。さっきのからかっただけだから」
「ボス~!」
「さすが姐さんだ!」
「「「はっはっはっ!!」」」
「だらだら話を続けても、今日はやめておこうとはならないぞ。下らない考えなど俺にはお見通しだ」
「「「ですよね……」」」
クウヤ以外の三人は最後の希望を打ち砕かれ、仲良く肩を落とした。
「そもそも戦闘になるとは限らんし、そんなに嫌ならさっさと終わらせた方がいいだろうに」
「いやいや、今までそれで戦闘にならなかったことないじゃない……」
「きっとこの中に戦いの神に愛された女がいるんだろうな」
「女ってワタシだけじゃん。疫病神扱いしないでちょうだい」
「なら、今日こそはと祈っておくんだな」
「そうね。本当に今日こそは……で、今の状況は?マロン」
フジミは手に持った手帳型のデバイスに声をかけた。
「今日は臨時で全従業員に休みが出されています。先についた警察官の情報では人の気配もなく、会社から外に出る人もいなかったとのこと」
「怪しさ満点ね。もぬけの殻だとしたら、厄介よ。また松田とかいう社長を探して駆けずり回らなきゃいけなくなる」
「周囲の監視カメラ映像から、松田輝喜与は昨日出社してから、帰宅していないようです」
「シュヴァンツの最初の事件の時のように下水道から脱出とかしてんじゃねぇのか?」
「ご心配なく。地下にも警察官を配置しているので、そこから逃げるつもりなら連絡が来るはずです」
「じゃあ、空からは?確か社長が屋上のヘリコプターを自慢していたと記憶していますが」
「そちらも発進した様子はないです」
「今までの情報が全て真実だとすると、松田社長は一人この立派なビルの中で待ち構えていることになるけど……」
「今までのパターン的に確実に戦闘だな」
「いや、まだよ!もしかしたら白旗を上げて、待っているかも」
「なら、そろそろ確かめに行こうか?」
「……もうちょっとおしゃべりしない?」
「しない」
クウヤが本社に向かって歩き始めると、残りの三人もそれに渋々付いて行った。
「自動ドアは……」
ウィーン
「動いているな」
中に入るとまるで病院でリキが言っていたようにホテルのような豪華なエントランスが広がっていた。正面にはエスカレーター、その奥はガラス張りになっていて海の景色が開放的な印象を与える。
「ちょっと弄れば本当にホテルとして使えそうですね」
「全て終わったら、それもありだな」
「そうなったらおれ、泊まりに来ちゃおうかな」
「部下達はこう言ってるけど、あなたはどう思う、ミスター松田?」
フジミは正面にある止まったエスカレーターの先で高そうなスーツで全身を包み込み、額にホクロのある見るからに成金の男に嫌味たっぷりに話しかけた。
「私が逃げた後はお好きにすればいいさ。これまでシュアリーには大変お世話になったからね。国民の皆様のためになる施設に生まれ変わることを願っているよ」
それに怯むことなく松田は更なる嫌味で返した。
「大人しく投降するなら、その額のホクロを引き千切るだけで許して上げようと思ってたけど、今の発言で気持ちが変わったわ」
「それは残念。というか、何にせよホクロを引き千切るつもりだったのか」
「ない方がいい男よ」
「これがセクシーだと言ってくれる女性は多いのだがな」
「お金目当てのくそ女のお世辞か、目が腐っているかのどっちかよ」
「シュヴァンツの女隊長は想像したよりも、品性がないな」
「その言葉そっくりそのまま返すわ」
「………」
「………」
一言ごとに重くなっていった空気は、ついに標的と狩人の口さえ、閉じさせてしまった。この時間が一生続くかと思われたその時……。
「いつまでも見つめ合っているつもりだ?」
「!?」
松田の後ろから筋骨隆々の見たこともない男がシュヴァンツの前に姿を現した。
「……あんたみたいな人間にもお友達がいるのね」
「彼は『榊原』。腕っぷしが自慢の私のボディーガードだ」
「へぇ……じゃあその男がワタシ達の相手ってこと?」
「いやいや、ボスと戦うにはまず前座を倒さないと」
榊原と呼ばれたマッチョマンは人差し指をチッチッと振ったかと思ったら、親指と中指を勢いよく弾き、パチンと音を鳴らした。すると……。
「………」
「………」
「………」
シュヴァンツを囲むように無言の機械人形達が大量に現れた。
「これは……P.P.ドロイド?」
「そうだ。自立型のルードゥハウンドとダーティピジョンだ。君達にはお馴染みだろ?」
「嫌というほどね」
「安心したまえ。もうこれで最後になる」
「そうね。今日で製造元が潰れるんだから」
「サイバーフィロソファーは潰れても、どこか別の国で私はこいつらを造り続けるよ」
「あんたはこの国からは一生出れないわよ!ねぇ、みんな!」
「当然!」
「逃がしません!」
「お前の命運はここで終わりだ」
シュヴァンツの四人は愛機をその手に持った!
「フッ!ならば私のおもてなしを存分に味わえ!!」
「「「………!!」」」
松田が勢いよく手を振ると、機械人形達が無言で突撃を始めた!
「……で、これでおもてなしとやらはおしまいかしら?」
無惨に破壊され、火花をスパークさせるスクラップの山の中心で白い姫とそれに付き従う赤、黄、青の竜が佇む。数々の修羅場を乗り越え、大きく成長した彼らにとって機械人形相手など、準備運動にすらならない。
「ここまでとはね……予想以上だよ、シュヴァンツ」
「ワタシ達のことを過小評価し過ぎよ。こんな毎度お馴染みの出迎えでどうにかできると思わないで」
戦闘を終えても未だ昂るシェヘラザードのプレッシャーが松田に向く。
普通の人間ならその圧に耐えられずに狼狽えるところだが、この男は表情を、不敵な、そして不気味な笑みを決して崩さなかった。
「そうだね……ウォーミングアップにと前座の前座を用意したが……必要なかったみたいだね」
「……何?」
「コーダファミリーと木真沙組を潰した君達にこんなありふれたもてなしをするはずないだろう!私が用意したのは……これだ!」
再び指をパチンと鳴らす。すると……。
「キィィィィィッ!!」
「ニャアァァァッ!!」
所々に鈍く銀色に輝く翼を持った獣と、同じく一部を銀に覆われた四足歩行の獣がそれぞれ二匹ずつぞろぞろと出現した。
「これは……!?」
「これこそがサイバーフィロソファーが!いや、ヴァレンボロス・カンパニーが開発した新商品!『メタルオリジンズ』だ!!」




