灯台もと暗し
激闘の後、シュヴァンツも木真沙組も都心の大きな警察病院に運ばれることになった。一時意識不明だった神代藤美にも病室が一室与えられた。
「本当……無事で良かったよ!……マロン!」
アンナは目を潤ませながら、手帳型のデバイスに頬擦りした。
「そ、創造主様……わたくしのことは……」
「あたしは嬉しいよ!シェヘラザードがやられたって聞いた時は目の前が真っ暗になったんだから……でも自力でコンピューターウイルスに対してワクチンプログラムを作ったのは偉いぞ!」
「は、はぁ……」
「そしてそんなことができるあんたを創ったあたしはもっと偉い!」
「結局、それですか……」
心の底から自身の最高傑作とも呼べる存在の健在と自身の才能の偉大さに歓喜する天才メカニック。
その様子をベッドで上半身を起こし、腕に点滴の管が刺さっているフジミは複雑そうな顔で眺めていた。
「……ワタシのことは?現在進行形でこんな状態のワタシには何もないの?」
「え?なんで?」
「なんでじゃないでしょ!シュヴァンツで一番重症なのはワタシなのに、心配してくれないの!?」
「心配?フジミちゃんでしょ?我らが不死身のフジミ。他の人は絶命する電気椅子でも、あなたにとっては快適なマッサージ機……そういう人間じゃない、あなた様は」
アンナは一点の曇りのない瞳でそう言い放った。
「めちゃくちゃ嫌な信頼感ね……」
「まっ、最悪脳さえ無事なら、それを取り出して、いざという時のために用意してあるあたしの技術を結集したクローンサイボーグボディーに移植してあげればいいだけだし」
「……それ冗談よね?」
「………」
「なんで黙るの!?今の冗談なのよね!?」
「……フジミちゃんのお好きなように捉えてくれれば」
「…………マルとリキも元気そうで良かったわ」
これ以上深入りするのはまずいと判断したフジミはベッドの反対側に立っていた部下達の方を向き、あからさまに話題を変えた。
「ええ……おかげ様で。日々のボスの厳しい訓練のおかげだと思います」
「姐さんの訓練に比べればあんな奴ら……と、言いたいところですけど、姐さんと同じくビリビリされたおれはしばらく安静にしてろって」
「でしょうね。いい機会……って言うのもなんだけど、せっかくだからゆっくり休みなさい」
「うす!……ところで一つ訊きたいんですが……」
マルは身体をもじもじさせて上目遣いで上司を見つめた。
「何よ?気持ち悪いわね。言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい」
「……それなら……」
背筋を伸ばすとマルの顔もビシッと引き締まり、真剣な面持ちになった。彼にとってこれから話すことはそれだけ大事なことなのだ。
「姐さん、ジ……」
「仙川仁のことなら大丈夫よ」
「――ン!!?」
言おうとしたことを先に言われ、驚愕からマルの口の動きが止まった。
「……よくわかりましたね……」
「わかるわよ。シュヴァンツ一単純なあなたの考えることなんて上司のワタシにはお見通しよ」
「さすがです……で、ジンは本当に……?」
フジミは優しい笑みを浮かべながら、頷いた。
「まだ彼が木真沙組にどれだけ貢献し、どれだけの罪を犯したか定かじゃないから、正確なことは言えないけどね。でも、アンナ」
「うん、少し前に目を覚ました彼や木真沙彰彦の証言では、組織の中で主にコンピューターのプログラムやハッキングを担当していたみたい。殺人はやってないようだし、悪い大人に唆されたってことで情状酌量の余地があるって判断されるんじゃないかな」
「そうですか……良かった……」
マルは胸を撫で下ろした。自分にどこか似ているジンのことを彼はどこかで弟のように思っているのかもしれない。
「じゃあついでと言っちゃあれですけど……自分も質問いいですか?」
その隣でリキが恐る恐る太い腕を挙げた。
「なんでしょうか、リキ君。ワタシに答えられることなら、何でも答えますよ。スリーサイズはNG」
「そんなこと訊きませんよ!」
「冗談、冗談。んで、何よ?」
「自分たちのドレイクのことなんですけど……」
「あぁ……それもアンナに訊いた方が……」
フジミ達が視線を向けるとアンナはそっぽを向いて、決して目を合わせようとしなかった。
「どうして目を逸らすの?」
「どうしてだろうね……」
「まさか無断で持ち出したから、自分達全員クビになるんじゃ……」
「いや、そこは緊急事態だったし、プロフェッサー飛田がなんとか取り繕ってくれるから平気だと思う、そこは……」
「そこは?」
「かと言って、規則を破ってお咎め無しってのは、それはそれで問題だから……シュヴァンツ全員お給料カットになるのかなぁ~……って」
「あぁ、給料の減額。妥当なところね……って!」
「「「はあぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」」」
「ひっ!?」
病室全体が、いや病院全体が揺れた……気がした、アンナには。動揺する三人の声はそれだけ大きく、迫力があった。
「給料カットって!わかるけど!わかるけどさ!!」
「あの場面でドレイクが届かなかったら、自分達はここにはいないかもしれないですから、仕方ないことだと頭では理解できます……頭では……!」
「終わった……色々とワタシ終わった……」
「まぁまぁ……今回の一件できっと上層部もあたし達にドレイクを使わせる有用性を重々理解したと思うから、また封印措置されることはないはず。木真沙組の壊滅とイーヴィル確保によるドレイクの全回収、そして愛機の解禁でトータルではプラスが勝ったってことでここは一つ」
この世の終わりが来たかのように荒ぶる三人を必死にアンナは宥めた。
「まぁ……やっちまったことを今さら言ってもしょうがないか……」
「そうそう!切り替え切り替え!元気出して行こう!」
「いや、ワタシはしばらく落ち込むことにするわ。ゆっくり身体休めて、退院したらつまらない事務作業して……そんな感じで徐々にテンションとコンディションを戻して……」
「残念だがそうはいかないようだ、フジミ」
「クウヤ!」
病室にシュヴァンツ最後のメンバーで副長である我那覇空也が神妙な顔をして、入って来た。
「その顔……また厄介ごと?」
「あぁ、かなり……」
「勿体ぶってないで早く言えよ」
「自分の覚悟は……話を聞いてみてからするかどうか決めます」
「なら話をとっとと進めよう……さっき俺が戦った村上というチンピラに会って来た。あいつもここに運ばれているからな」
「あの黒光りしたピースプレイヤーの奴ね。あんたはあのマシンがヴァレンボロス・カンパニー製だと疑っているんだっけ?」
「そうだ。そして実際にその通りだった」
「やっぱりコーダファミリーも木真沙組もヴァレンボロスと繋がりがあったんですね」
「どうやって仕入れていたのかわかったのか?」
「そこが大きな勘違いだったんだ……!」
クウヤの顔がさらに険しくなった。見ている者が気圧されるほど険しく……。
「勘違い……いまいち話が見えないわね」
「俺達はマフィア共は外国からヴァレンボロスの違法な兵器を輸入して、それをシュアリー国内にばら蒔いていると思っていた」
「……え?違うの?」
「逆だ、栗田女史。ヴァレンボロス・カンパニーはこのシュアリーで生産して、世界中に輸出していたんだ」
「「「!!?」」」
「なんですって!!?」
どこか和やかだった雰囲気は一瞬で吹き飛んだ。全員の顔が昨日の戦いの時のように、プロフェッショナルのものへと変貌する。
「……間違いないの?」
「あいつは俺の顔見た瞬間にまた気を失いそうになるほどびびっていたからな、嘘はついてないだろう。もしもの時、鞍替えするために組長にも内緒で色々嗅ぎ回っていたとも言っていたし、真実だと思う」
「じゃあ、製造工場についても目処がついていたり?」
「あぁ、あいつからこの名前を聞いた時には腸が煮えくり返りそうになった。きっとお前達もそうなる」
そう言うと、クウヤは懐から出した情報端末をフジミに手渡した。アンナ達はそれを横から首を伸ばして覗き込む。
「『サイバーフィロソファー』……最近、CMとかよく名前を聞くITの会社……」
「自分、ニュースかなんかでここの社長がインタビュー受けているのを見たことがあります。海沿いにあるホテルみたいな本社で饒舌にしゃべっているのを」
「おれも……」
「あたしも。あれだよね、額にホクロのある若い」
アンナは自分の額の中心を指差した。
「そうだ。こいつが社長の『松田輝喜与』だ」
クウヤはフジミの持つ端末に手を伸ばすと、画面をスライドさせると、アンナの言う通り額のホクロが印象的な若い男が腕を組んでポーズを取っている画像が映し出された。
「この人この人!ホクロの人!」
「胡散臭い奴だと思っていたけど、まさかヴァレンボロスと関係あるなんて」
「村上曰く、表向きは時代の寵児、しかし裏の顔はヴァレンボロスの違法兵器製造工場の責任者兼新兵器開発者……だとさ。まさか世界的ブラック会社の幹部が堂々と顔出ししているなんて……灯台もと暗しとはこのことだな」
「本当に思いもしなかったですよ……シュアリーで作られた兵器が世界中で流通し、多くの人を傷つけているなんて……!」
「あぁ、許せねぇよな……!」
「人を幸せにしてこその技術者。なのにこいつは……最低だ!……ん?なんでみんなあたしを見ているの?」
「「「いや、別に……」」」
アンナがキョロキョロとシュヴァンツの面々を見回すとみんな一様に目を逸らした。彼らの心は一つ「お前が言うな!」であるが、ここはぐっと堪える。
「……なんかすごい不愉快なんだけど話を戻して……この社長さんを捕まえるんだよね?」
「当然。証拠は村上の持っていたもので十分。これ以上奴を野放しにはできん」
「ええ、準備が整い次第、身柄を確保しましょう」
フジミの瞳の奥に炎が灯る。愛する故郷からこれ以上不幸の種を輸出なんてさせるもんかと決意を強く固める……が。
「気合は十分だな。ではそれが萎える前にとっとと行くぞ」
「ええ、行きましょ……えっ?」
フジミの瞳の炎は一瞬で鎮火した。悪党を潰す決意は確かにしたが、それは今ではない。なので許しを乞う子供のように目を潤ませて、クウヤを見上げた。
「今から?」
「今から。木真沙組がやられた情報が奴の耳に入ったら、良くて証拠隠滅、最悪ばっくれられる。だから今からだ」
「冗談よね?」
「俺がお前にジョークを言ったことがあるか?仮に言うにしてももっと面白いことを言う」
「じゃあ本気の本気?」
「本気の本気だ。一秒も惜しいんだから、早く準備しろ」
「うう……」
有無を言わせないクウヤの圧力にフジミは根負けした。
「わかったわよ、行けばいいんでしょ、行けば……ワタシってそういう星の下に生まれたのかしら……」
「それは知らんが、ここで成果を上げれば、臨時ボーナスが出て、給料カットの分帳消しにできるかもしれんぞ」
「そんな都合のいい……」
「モチベーションを上げるには、ご褒美があると思った方がいいだろ?」
「……そうね。傷だらけのナイスバディーに鞭打つんだから、それぐらいあってもいいわよね!松田とかいうくそ社長を捕まえたら、必ず上の奴らに認めさせてやるわ!」
半ば自棄になったフジミは点滴の針を力任せに引き抜いた。




