久しぶりの感覚
「ちっ!!」
謎のピースプレイヤーに蹴り飛ばされた灰色のクウヤルシャットは空中で体勢を立て直し、黒服達の群れから離れたところに着地した……が。
「中々いいところだな」
「!!?」
「だが、もうちょっと空中散歩を楽しめよ!!」
ゴォン!!
「――ッ!?」
再び目の前に出現した黒光りしたマシンに蹴りを入れられる!咄嗟に両腕でガードしたが、また足は地面から離れてしまった。
「空を飛ぶのは嫌いじゃないが……それは自分で飛んでいる時の話だ!!」
ガードを解くとクウヤルシャットは腕を地面に向けた。正確には手首についているアンカーを向けたのだ。
バシュッ!!
アンカーを射出し、地面に突き差し、ワイヤーによって吹き飛ばされるのを防ぐ!
「ほう……さすが副長さんだ!!」
黒光りしたマシンは今度こそ地面に降りようとするクウヤを、また邪魔しようと突進した!
「これぐらいの芸当は……うちのメンバーなら誰でもできるわ!!」
ギュル!!
「何!?」
対してクウヤルシャットもまたワイヤーを巻き取り、敵に向かって加速した!この男、やられっぱなしをよしとしない!
「人を蹴ったら……蹴り返されるんだよ!!」
「それは身の程知らずの弱い奴の話だろ!!」
ガアァァァァン!!
鞭のようにしなる両者の脚が凄まじい音を鳴らして交差した!衝撃で接近したはずの二人は再び離れ、ようやく大地をしっかりと踏み締める。
「そのまま脚を砕いてやるつもりだったが……思いのほか丈夫だな、その骨董品」
それは紛うことなき嫌味だった。だって砕けることはなくとも、蹴りを衝突させたルシャットⅠの脚には無数の亀裂が入っていたのだから……。
「久しぶりの感覚だ……最近はまともにダメージを受けることもなかったからな」
「そりゃあ、良かった。適度なスリルやストレスは生物が生きていくためには必要不可欠だ」
「かもな。だが……もう十分だ!!」
クウヤルシャットはマシンガンを召喚!そしてそのまま引き金を引く!
ババババババババババババババババッ!!
闇夜にけたたましい音が鳴り響き、チカチカとマズルフラッシュが輝く!放たれた弾丸は黒光りしたピースプレイヤーの装甲を蜂の巣にする……はずだったのだが。
「そんな当てずっぽうの数頼みじゃ、『ルードゥハウンド』は狩れないぜ?」
黒光りのマシン改めルードゥハウンドはぴょんぴょんとステップを踏み、まるでダンスを踊るように、挑発するように華麗に大袈裟に弾丸の雨を回避していった。
「そのマシン……ヴァレンボロス・カンパニー製のものか?どこから仕入れた?」
クウヤは挑発には乗らなかった。冷静に精神を集中して銃撃を緩めることは決してしない……しないが、最近彼の心を支配していた疑問が不意に口からこぼれ出た。
「まぁ、そこまでは当然わかるか……だが、肝心なところが見当違いだ」
「……何?」
別に答える義理も義務もないのだが、ハウンドはクウヤの問いに反応した。それはもちろん善意からではなく、何もわかっていないシュヴァンツの副長様を嘲笑うため……。
それにはクウヤも若干、かなりカチンときたのか、全身に力が入った。
「どうやら色々と知っているようだな」
「まぁ、あんたよりはな」
「ならば教えてもらおう!痛い目に会いたくないなら、今すぐ吐け!!」
マシンガンを乱射しながらの突撃!しかし……。
「おっと!もう十分触れあいは堪能したからな!ここからは……楽しい遠距離戦と行こうか!!」
ルードゥハウンドは逃げるように後ろに跳躍しながら、ライフルを召喚!こちらに必死に近づこうとするクウヤルシャットに狙いをつけた!そして……。
バァン!!
「――ッ!?」
灰色の装甲が銃声と共に砕け、抉れ、夜の闇に舞い散った。致命傷こそ受けなかったが、シュヴァンツ随一の反射神経と回避能力を持つクウヤが避け切れなかったのだ。
「本当に感心するよ……手入れされているとはいえ、ルシャットⅠなんかでそこまで動けるとは」
嫌味に聞こえるが、それは心からの本心からの言葉だった。生半可な相手ならば今の一撃で決着がついていたはずなのだから。
もちろんだからといってクウヤが喜ぶわけでもないが。
「そう言うならもっと近くで見て行けよ!!」
再びの突進!しかし……。
「お断りする」
バァン!!
「――くっ!?」
再度引き撃ちで拒絶された。今度は完全に回避し、マシンにも肉体にも大きなダメージはなかったが、クウヤの精神は大きく揺らいだ。
(相手とスピード差があり、狙撃能力に自信があるなら、引き撃ち戦法は間違いなく効果的だ。それは俺自身がターボドレイクで証明している……!)
ライフルを構えながら逃げ回るルードゥハウンドと、訳あって今は手元にない愛機の姿が重なって見えると、自然と奥歯を噛みしめていた。
(それをまさか俺自身がやられることになるとは……!せめて情に絆されてクラウスさんのルシャットを受け継ぐなんてせずに、もっと自分に合ったピースプレイヤーを装着していればもっと対抗策があったかもしれないが……)
クウヤの心に絶望と後悔が渦巻く。これまたシュヴァンツ随一の頭脳を持つ彼でも、目の前の敵の攻略法は弾き出せなかった。
(このままでは俺は……負ける……!)
「ぐうぅ……!?」
リキルシャットもまたクウヤと同じく敵の攻撃を受けて、黒服の群れから離れて行っていた。その巨体を担がれ、自分の意志に反して凄まじい勢いで移動する。
「さあ、どこまで行こうか?」
「どこにも……行きません!!」
「うおっ!?」
「ていっ!!」
ガッ!ザアァァァァァァァァァッ!!
リキルシャットは力任せに拘束をほどくと、両足で地面を踏みしめ、ブレーキをかけた!電車のレールのように二本の線が大地に刻まれると、ようやく二体のピースプレイヤーの動きは止まった。
「こいつ……!」
「いつまでくっついているんですか!!」
ブォン!!
「危ねぇ!」
自由になったらこっちのものと言わんばかりに、豪腕を振り下ろす黄色のルシャットⅢ!しかし、それはあっさり避けられてしまう。青黒の重ピースプレイヤーは見た目に反して軽快な動きで距離を取った。
「短い間とはいえ、楽しくランデブーした相手にひどいことするな」
「自分は楽しくなかったです!」
「そうかい、そりゃあ残念」
「人の心がわかるようになるまで、刑務所で頭を冷やしてくるといいですよ」
「それは絶対に嫌だね」
「なら!」
「なら?」
「力ずくで、考えを改めさせます!!」
リキルシャットは拳銃を召喚!そのまま青黒のピースプレイヤーに発砲する!
バン!バン!バァン!!
先ほどまで忙しなく動いていた青黒のマシンはまったく動けなかった……いや、動く必要がなかったのだ。
キン!キン!キィン!!
「ッ!?」
弾丸はあっさりと分厚い青黒の装甲に弾かれ、地面に穴を開け、夜空に飲み込まれていった。
「そんな豆鉄砲じゃ、オレの『パシアン・ソルダ改』には傷一つつけることはできないぞ」
「防御力には自信があるようですね」
「まぁな。正確には防御力に“も”だがな。なんてったってこのオレ、『ラニエロ・ピザーヌ』は今は木真沙組に雇われているが、元々は世界を股にかける凄腕の傭兵だからよ。さっきまで相手にしていた三下のチンピラと一緒にしていると、痛い目を見るぜ」
「そのようですね……ですが、自分だって仲間と一緒に苦難を乗り越えてきた自負がある!!」
リキルシャットは拳を振りかぶりながら、勢い良くパシアンに突っ込んだ!
「でりゃあっ!!」
そして間合いに入るや否や黄色の拳を最小限のモーションかつ最短距離で撃ち込む!
ガアァァァァン!!
「――ッ!?」
けれどもリキルシャットのナックルはパシアンの片腕であっさりと防御された。
「言ったろ?防御力には自信があるんだ」
「くっ!?それならこれはどうだ!!」
至近距離で助走が取れない、拳を振りかぶることもできないリキルシャットは身体を器用に動かし、敵を一撃で悶絶させるボディーブローを放つ力を捻出させた!
バシッ!!
「――な!?」
しかし、これもパシアンには通じない。あろうことか片手で受け止められてしまった。
「つうぅ……骨の芯まで痺れるぜ……!全力を出せていたらヤバかったな」
「あなた……」
「お前、手加減してるだろ?」
「!!?」
図星だった。リキは今まで、あのドレイク洗脳暴走事件以来、全力を出したことはなかった。そんな必要がないぬるい任務だったことや、彼自身の本質、優しさのせいもあるが、それ以上に大きな理由がある。
それを今会ったばかりの傭兵ラニエロは見透かしていた。
「お前の潜在能力はオレ以上、シュアリーでも、いや世界でも指折りだろう」
「過大評価ですよ……!」
「そんなことない。曲がりなりにもこの国を長年支えてきた名機であるルシャットⅢでも耐えられないパワーを出せる奴なんてそうそういねぇよ!!」
ガァン!!
「――がっ!?」
「よっと!」
パシアンのヘッドバットが炸裂!さらに一瞬意識が朦朧としたリキの首根っこを掴む。そして……。
「お前の全力を受け止めてくれるピースプレイヤーを装着していれば、パシアンの防御も破れたかもしれんが……そのマシンでは万に一つも勝ち目はねぇ!!」
ブゥン!!
「――ッ!!?」
ぶん投げる!リキルシャットは二度、三度バウンドし、破片を撒き散らすと無様に地面に這いつくばった。
「く、くそ……!!」
「久しぶりだろ?為す術がない絶望感……せっかくだから存分に味わっていくといい」
反論したかったが、リキにはできなかった。ラニエロの言う通り、彼に勝つビジョンが思いつかない。ただ拳を握り、歯噛みするだけで精一杯だった。
(自分は一体どうすれば……!!)




