宝石強盗 その③
「正義の味方だと……?」
喜びに満ち溢れた表情は一変、強盗達の顔は強張り、身体にも力が入る。
「お前ら、宝石強盗だろ?痛い目見たくなきゃ、大人しくおれの言うこと聞いた方が身のためだぜ」
一方の勅使河原は逆に喜びを隠し切れない。一世一代の賭けに勝ったことである種の全能感が彼を包んでいるのだ。
「て、てめえ!警察か!?」
「ど、どうして、オイラたちがここから逃げるってわかったんだよ!?」
子分の二人は勅使河原が自分達の完璧だと思われた計画を読んだことに恐怖を感じていた。強がっているが、声が僅かに震えている。
「あぁ……自慢するようなことじゃねぇし、あまり言いたくないんだが、おれもお前らほどじゃないが、昔はろくでなしだったんでな……」
「何……?」
「喧嘩ばっかりして、警察に目をつけられてな……鬱陶しくて、いつの間にか下水道を使って撒くことを覚えた……」
こうして自ら口に出して、若気の至りを過去から掘り起こすと、自然と自虐的な笑みが顔を覆った。
「へぇ……オレも若い時はあんたと同じようなもんだったぜ……政府に尻尾振るような臆病者にはならなかったけどな……!」
親分と呼ばれている男は勅使河原を侮蔑する。正確にはそうしなければいけなかったのだ。勅使河原には彼のその矮小な心が手に取るように理解できた。
「わかるぜ……そう言わねぇと、自分の人生を否定することになってしまうからな……そこから抜け出せなくて、抜け出す勇気がなくて、堕ちるところまで堕ちた情けない自分を直視できないんだろ?」
「てめえ……!!」
勅使河原の言葉は強盗犯達の触れられたくない部分を的確に射抜いた。勅使河原に向けられる感情が恐怖から怒りへと塗り替わっていく。
「おれは踏みとどまれた……こっち側にいられた……!お前達を捕まえれば、それをさらに実感できるんだろうな……!」
どこか恥ずかしそうに、どこか誇らしげに勅使河原は語りながら、ポケットから手帳のようなものを取り出した。
「ドレイク」
手帳型のデバイスから光が放たれ、勅使河原を包む。一瞬の後、その光が消え、現れたのは肩に01と刻まれた真っ赤な竜だった。
「抵抗するなよ。おれの愛機は強いぜ」
穏やかに最後通牒を言い放つ。昔は喧嘩早かった彼も今は争わずに事を収めることを覚えたのだ。しかし……。
「ふざけるな!!」
「お前の言う通りになんかにするかよ!!」
残念ながら、昔の彼のように血気盛んな強盗達は聞く耳を持たない。
子分の二人は宝石の詰まったリュックを下ろし、同じくポケットから手帳を取り出した。
「「ラセモール!!」」
彼らもまた機械鎧を纏った。それは勅使河原にも馴染みがあって、同時に見たこともないマシンだった。
「土木作業用のピースプレイヤー……を改造したやつか……」
「おう!てめえみたいな小生意気な野郎にお灸を据えるために……」
「戦闘でも使えるように、がっつり親分が改造してくれたんだよ!!」
自慢気に語る子分たちの後ろで、親分がニヤリと醜悪な笑みを浮かべた。
「あぁ、そうだ……そいつらはオレの特製のピースプレイヤーだ。あんな奴に負けるわけがねぇ」
「「へい!!」」
「だからよ……カルー!ミノル!おもいっきりやっちまいな!!」
「「おう!!!」」
子分二人は親分の言葉に後押しされ、勅使河原ドレイクに突っ込んでいく!戦闘開始だ!
「馬鹿が……」
「馬鹿はてめえだ!!蜂の巣になりやがれ!!」
ババババババババババババババッ!!
呆れる勅使河原にカルーのラセモールは後付けされたと思われる肩に装備された機関銃を発射した。しかし……。
「だから言ってるだろ……おれの愛機は強い……てめえらのジャンクなんかよりずっとな」
「き、効かねぇ!?」
弾丸の嵐はドレイクの装甲には何の影響も与えなかった。全ての弾丸を立っているだけで弾き返す。
「くっ!?なら……ミノル!!」
「わかってる!!」
カルーが注意を引き付けてる間に、ミノルはドレイクの横に回り込んでいた。
「うぉりゃあっ!!」
腕に取り付けられたドリルを極限まで回転させる。本来は地面を掘り進めるためのものを、人間に穴を開けるために繰り出した。
「あくびが出るぜ」
「なっ!?」
しかし、ドリルはあっさりと避けられ、それどころかミノル機の腕を掴まれてしまった。
「道具の使い方……守りなさいよ!!」
グルン!
「いっ!?」
ドレイクが腕を捻ると、ドリルに続いて、ミノルの視界が一回転した。
為す術なく投げ飛ばされたミノルはそのまま受け身も取れずに地面に叩きつけられる。そこに……。
ゴン!!
「ぐはっ!?」
「ミノル!?」
ドレイクの足が追撃をかける。腹部を踏みつけられ、ミノルの身体から酸素が追い出された。
「これがお前らとおれの差だ……それでもまだやるかい?」
「ぐうぅ……」
勝利を確信した勅使河原を睨み付けるだけのカルー。最早、彼には言葉も手も出すことはできなかった。
「子分は戦意喪失したらしいけど、親分さんはどうするんだ?」
もう勝負は決したと思っている勅使河原は挑発的な物言いをやめない。完全に気が抜け、集中が切れていた。
「くくっ……さすがに言うだけはあるね、お兄さん」
この圧倒的不利に思える状況で親分は笑い出す。勅使河原はもちろん二人の部下もおかしくなってしまったんではないかと思った。
けれど、そうではない。この男は最初からイカれているのである。
「笑ってる場合かよ?」
「場合だよ。オレの部下は立派に仕事をこなした……なぁ、ミノル」
「お、親分……!!」
労いの言葉をかけられたと思ったミノルはマスクの下で涙を浮かべた。けれども、それは大きな勘違い……親分は別れの挨拶をしたのだ。
「今までありがとな……そのうちオレも行くと思うから、先に地獄で待ってろ」
「は、はい………えっ?地獄……?」
ミノルの全身、正確には彼の纏っているラセモールが勅使河原の足の下で輝き始める。
「これは……!?」
「ボン」
ドゴオォォォォォォォォォン!!!
快晴の青空の下、爆風が吹き荒れ、灰色の煙が立ち上る。ラセモールは装着者のミノルごと自爆したのだ。
「ミ、ミ、ミノルゥゥゥゥゥッ!!」
カルーは叫んだ、友の名を。だが、もう返事が返ってくることは永遠にない。
「親分!!ミノルが!ミノルが!?」
今、何が起きているのか理解が追い付いていないカルーはいつものように親分にすがる。
その親分はというと取り乱す子分などには目もくれず、薄くなり始めた煙の奥を見つめていた。
「カルーよ……まだ奴さん、やる気みたいだぜ……」
「えっ……!?」
カルーが親分の視線を追っていくとその終着点には赤い竜が跪いていた。
「よく避けられたな。言うだけのことはある」
「お前……仲間を……!!」
「くくくっ……!」
非難の眼差しを向ける勅使河原だったが、この外道という言葉を体現したような男には全く響かない。むしろ、彼にとってはそれは賛辞にも等しいのかもしれない。
「最初から捨て駒にするつもりだったんだな……!」
「いや、命を奪うつもりはなかったぜ。宝石は独り占めする気だったけどな」
「そ、そんな!?親分!?」
ようやく事態を把握したカルーも、さっきまで助けを求めていた親分を非難する。
「カルー……世の中、騙される奴が悪いんだぜ」
「てめえぇぇッ!!」
カルーは身体を反転させ、親分に襲いかかる……ことはできなかった。
「ミノルみたいになりたいのか!!」
「なっ!?ま、まさか……!?」
「くくっ……『ボマーアント』」
光と共に、親分の身体を黒光りした装甲が包み込んだ。
「それが……お前のマシンか……?」
「あぁ、そうだよ、正義の味方さん。このボマーアントは名前の通り爆弾を使うピースプレイヤーだ。子分達に与えたラセモールの自爆装置を起動することもできる」
「自爆装置……脱がないと!?解除だ!解除!!何で反応しないんだよ!?」
カルーの背筋が、いや全身が凍った。
一刻も早くその恐怖から逃れようとラセモールを脱ごうとするが、マシンは応えてくれない。
恐慌状態の子分に親分は対照的な淡々とした口調で、かつサディスティックに語りかけた。
「カルー、無駄なことはするな。ラセモールの支配権はこっちにある」
「そ、そんな……」
「怖がらなくていい。言ったろ、命まで取る気はない。お前がオレのお願いを聞いてくれたらな」
「お願い……?」
親分は未だに立ち上がれずにいる勅使河原を指差した。
「あいつを倒せ」
「あいつを……でも、さっきは一方的に……」
「さっきはさっきだ。よく見ろ、あいつの脚を……ダメージをもらっているぞ」
「えっ……?」
「ちっ……」
勅使河原ドレイクの脚にはヒビが入っていた。彼は好きで跪いているのではなく、そうせざるをえなかったのだ。
「ほ、本当にあいつを倒したら、助けてくれるんですか……?」
「あぁ、もちろんだ」
「ぐっ……!?」
カルーはそんな言葉を鵜呑みにするほど馬鹿ではない。そう、馬鹿ではないから今の自分には選択肢などないこともわかっている。
「う、うわあぁぁぁぁぁぁっ!!!」
カルーは考えることをやめた。ただ親分の言葉に従い、正義の味方と嘯く悪魔のような真っ赤な竜に向かって走り出す!
「ぐっ……!この程度で……!!」
勅使河原はなんとか立ち上がり、まだやれると、ファイティングポーズを取り、迎撃の準備をした。
「ミンチになれぇぇぇぇっ!!」
ラセモールはカルーの狂気が伝染したように激しく回転するドリルを突き出した……が。
「破れかぶれの攻撃など!!」
勅使河原ドレイクはあっさりとドリルを回避。それだけには飽き足らず……。
「オラァッ!!!」
ガン!ガン!ガァン!!!
「ぐふっ!?」
カウンター発動!目にも止まらぬスピードで撃ち込まれた三発のパンチが、三発ともラセモールの身体にヒットした。
普通なら勝負を決めるフィニッシュブローになったであろう攻撃。だが、生憎、今回の相手は普通の状態じゃない。
「ぐ……わあぁぁぁぁぁぁっ!!」
身体に三つのへこみができたラセモールは懲りずにドリルで殴りかかる。
(こいつ……恐怖のあまり痛みを感じなくなってるのか……!?)
攻撃自体は勅使河原にとっては何のこともないものだったが、怯まずに向かってくる様子に肌が粟立った。
(足さえ無事なら、このまま殴り合いに突き合ってやるのも、やぶさかじゃないんだが……本命のくそ野郎をぶっ飛ばさなきゃならねぇし、とっとと決めるか……!)
勅使河原は視線を一瞬、下に移動させた。目標の位置を確認するためだ。
「ドレイクガン!!」
バン!バン!!
「――ッ!?」
拳銃を呼び出すと同時に引き金を引く。発射された弾丸はラセモールの両脚を貫いた。
「これでイーブ……」
崩れ落ちるラセモール越しにボマーアントと目が合った。
仮面で表情などわからないはずなのに、勅使河原には人でなしがどんな顔をしているのか、わかった。
満面の笑顔を浮かべていると。
「野郎……!!」
「ボン」
ドゴオォォォォォォォォォン!!
二度目の大爆発。周囲が紅に染まり、衝撃が大気を震わす。
「ミノル、カルー……ありがとうな。お前達には感謝してもしきれない。いい部下を持ったよ、オレは……本当に」
言葉こそ謝意を述べているが、自分を信じた者達を愚かだと嘲っていることは明らかだった。
彼にそんな資格はない。彼もまた愚かな人間。爆発の直前、自分の横を通った藤色の閃光に気づかなかったのだから。
「ん?二人……いる……!?」
灰色のカーテンが風によって開かれ始めると、そこには二つの人影があった。
一つは強盗犯の前に立ちはだかった正義の味方。
もう一つは……。
「お前は………誰だ……?」
「ワタシか……ワタシはこいつの上司だよ」