手荒い出迎え
ベルミヤの郊外にドライブインシアターがかつてあった。しかし、時代の流れで数年前に閉館すると、廃墟となったそこは時に恋人達の逢い引きの場所に、時に暴走族のたまり場に、そして今はマフィアの武器の取り引き場所になってしまった。
「人を楽しませる場所だったところで、人を不幸にするもののやり取りをするなんて……最低な奴らね」
ドライブインシアターから少し離れた錆びた看板の裏に隠れているシュヴァンツ隊長のフジミは不快感を露にした。
「だが、好意的に考えれば、その不埒な輩を今夜一網打尽にできる可能性がある。それができたら最高の夜だ」
一方の副長のクウヤはこの時を待っていたと言わんばかりに心を踊らせていた。
「そう言えばあんた、偽桐江がマフィアに流してた武器の出所をずっと探っていたもんね」
「あぁ、武器自体は闇社会御用達の『ヴァレンボロス・カンパニー』のものだと思うが、それを誰が卸しているのかずっと不明だった」
「それが今日わかるかも……と?」
「そうだといいがな」
「武器どうこうはともかくあの木真沙組を潰せたら大金星ですね」
リキもまた昂っていた。先ほどからずっとストレッチしていて、命じたら今すぐにでも飛び出していきそうだ。
「ずっとシュアリーではナンバー1のマフィアだったのに、コーダファミリーにぶち抜かれて、苦汁を舐めて来た。ワタシ達が彼らを潰したら、何かよからぬ動きをすると思って警戒していたけど……ついにその日が来たってわけね」
「はい。今日組長である『木真沙彰彦』を捕らえることができれば、よからぬ動きとやらをする前に終わらせることができたことになるのかと」
「そうね……そのためにもいつにも増して気合入れないとね」
「押忍!!」
フジミとリキは示し合わせたかのように自らの頬をパチン!と叩いて、気を引き締めた。
「で、今夜のあんたはなんでそんなに大人しいの?」
「……へっ?おれ?」
突然上司に声をかけられ、心ここにあらず状態だったマルは人差し指で自分の間抜けな顔を指差した。
「あんた以外、誰がいるってのよ?いつもなら一番騒いで、一番空回りしているのに」
「そ、そんなんですか、いつものおれ……」
さりげない一言がマルの弱った心をさらに傷つけた。
「でも、今よりはマシよ。元気がなかったら、あんたに何が残るっての?」
「それがわからないからこういう状況になっているですけどね……」
「ん?本当にどうしたの?今は“ひどいっす、姐さん!!”って言い返すところでしょ?本当に調子が悪いならこの任務から外れてもいいわよ」
「い、いえ!体調はばっちりなんで!マジでお構いなく!!」
本気で心配し始めたフジミに対して、本気で申し訳なく思い、マルは手足をバタバタと動かして健在をアピールした。
「そう……それならいいけど……それにもう帰宅する時間もないみたいだし」
「えっ?それって……」
「奴さん、お出ましよ」
ブオォォォォォォォォ……
左右からいくつもの車のエンジン音が聞こえて来た。それは徐々に徐々に大きくなっていき、それに反比例するようにシュヴァンツの面々は息を潜め、気配を消した。
車はドライブインシアターに次々と止まると、中からこれまた次々と黒服の男たちが止めどなく出てきた。あっという間にかつての娯楽施設は反社の集会場に様変わりする。
「……多いですね」
「想定よりもかなりね」
「だが、所詮は有象無象のチンピラだ。どうにでもなる。それよりもあの一際大きく立派な車……」
「ええ……満を持しての登場よ、組長様が……!!」
クウヤの推測通り、他とは異彩を放っていた車から、他よりもどことなく威圧感が強めの男が出て来た。推測通り木真沙組組長、木真沙彰彦その人である。
そしてシュヴァンツは知る由もないが、昨日燃え盛るビルを少年と共に見下ろしていた男その人である……。
「写真で見るよりも迫力があるな」
「あれだけの組員を仕切っているんだから、それなりじゃないとね」
「だけど、ザカライアほどではありません」
「ええ……あいつほどの怪物が跋扈していたらたまったもんじゃないわよ。あいつはその点……大丈夫そうね」
かつての強敵を思い出し、身震いしたが、逆にその圧倒的な存在を倒した記憶がフジミの心に静寂を取り戻した。ザカライアと違い、彰彦の放つ威圧感は人の範疇を超えているようには見えなかったのだ。
「さてと……役者は揃ったみたいだし、あとはいつ踏み込むかね」
「武器の取引を行う前に仕留めるか、それともあえてしばらく泳がせ、集中力を交渉に使っている時に、不意を突くか……」
「後者じゃないですか。もう早くも取引が始まっちゃったみたいですから」
リキの指摘通り、黒服達が車から大きな箱のようなものを取り出している様子が見えた。
「あの四角が商品?あれって……」
「ミサイルランチャーですね。奴ら戦争でも始める気なんでしょうか?」
「市街地だと火力が高過ぎて使いづらいだろうに。そんなこともわからんのか、最近のヤクザは」
「……つーか、なんかこっちに向けてねぇ?」
「「「……え?」」」
マルの言葉通り、黒服は肩にミサイルランチャーを担いでこちらに向けていた。そして……。
ドシュ!!
躊躇することなく、発射した!夜の闇に白い煙で線を引きながら、ミサイルはシュヴァンツ、正確には彼らが身を隠している看板に迫り……。
ドゴオォォォォォォォォォォォン!!
見事命中した!爆音が鳴り響き、周囲を炎が照らし、熱風が吹き荒れる!
「やったか!?」
「これで終わるなら、苦労はせんよ」
あまりに短絡的なセリフを吐く部下に、彰彦は微笑みながら侮蔑した。そして……。
「その通り!!」
「「「!!?」」」
「ほらね」
彼の懸念が正しかったことを照明するように黒煙を突き破り、木真沙組の前に四色の機械鎧が降ってきた!
神代藤美が纏うは、彼女の気高さを象徴する白と藤色に彩られた麗しきピースプレイヤー、ご存知シェヘラザード!
勅使河原丸雄の情熱を映し出したかのように真っ赤に輝くのは、名機ルシャットⅡ!
飯山力のマシンはシュアリー現行の主力量産機ルシャットⅢ!彼のパーソナルカラーに塗られた重装甲は重機を彷彿とさせる。
我那覇空也の機体はもちろん青……ではなく、灰色のルシャットⅠ!彼の師であり、兄である大栄寺クラウスがかつて使用していたマシンを受け継いだのだ!メンバーの中で最も旧式だが、シュアリーピースプレイヤー研究の第一人者であるプロフェッサー飛田の手によってカスタマイズされたそれは仲間のマシンと遜色ない性能を誇っている!
この四人、四体が現シュヴァンツの陣容だ。
「壮観だな……あのザカライアを退けた噂のホワイトクイーンと、歴代ルシャットの勢揃いとは」
「ずいぶんと余裕ね、木真沙彰彦」
「我らがずっと後塵を拝してきたコーダファミリーを叩き潰した部隊だからね。どんなに強く見積もっても損はないさ」
「これぐらいは予想の範疇ってわけね」
「そういう君達もいきなりミサイルを撃たれたというのに、落ち着いているように見えるが?」
「幸か不幸かこの部隊騙されっぱなしだったからね……いきなり都合のいいたれ込みが来たら、罠の可能性も考慮するわよ」
フジミは白いマスクの下で自嘲した。
「なるほど……こちらの作戦はバレていたか……では、なんでこんなことをしたかはわかるかね?」
「大方、下らない面子の話でしょ?コーダファミリーを潰したワタシ達を倒せばシュアリーの裏社会が自分のことを畏れ敬ってくれるなんて思っている……違う?」
「……正解だ」
彰彦が手を上げると、彼の前に銃や刃物を持った黒服達が布陣した。先頭には先ほどのミサイルランチャーを持った男がいつでも第二射を撃てるように引き金に指をかけている。
「君のような賢い美女との話を切り上げるのは名残惜しいが……わたしの為にその命を散らしてくれたまえ」
その言葉を言い終わると同時に黒服が引き金を……。
「嫌だよ!バカ!!」
「――ッ!?」
シェヘラザードの飛び膝蹴りが黒服の顎に炸裂!顔面と同時にランチャーも跳ね上がり、ミサイルが上空に撃ち出される!
ドゴオォォォォォォォォォォォン!!
「かかれ!!」
「「「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」」」
空中で広がる炎の花が戦いのゴングとなった!我先にと黒服がシュヴァンツに突撃してくる!
「喰らえ!女隊長!!」
バン!バン!バン!!
「喰らうか!!」
向かってくる弾丸をくぐり抜け、シェヘラザードは黒服の懐に入り込む!
「そんなことする指は……こうだ!」
バキバキ!!
「――ぐあっ!!?」
そして銃を掴み、力任せに捻ると、巻き込まれた黒服の指が小気味いい音を立てて砕けた。
「もらった!!」
ガァン!!
「――ッ!?」
「あんたみたいなもんがもらえるものなんてないわよ」
背後から鉄パイプで襲いかかられたが、腕でガードして、逆にパイプを曲げてやった。そしてそのまま男の腕を取ると……。
「わかったら……出直して来なさい!!」
ブゥン!!
「――がっ!?」
「ぎゃあぁぁっ!!?」
他の仲間に向かって投げつける!まるでボーリングのピンのように黒服達は次々と押し倒された。しかし……。
「まだまだぁ!!」
「しつこい!!」
それでもまだ全体の一割も倒していない。黒服達は砂糖に群がる蟻のようにシェヘラザードに集まってくる。それを白い機械鎧は拳で、蹴りで無力化していった。
「キリがないですね」
シェヘラザードに搭載されている補助AIマロンの辟易した電子音声がフジミの耳元に流れた。終わる気配のない黒服の波の対処を続けながら彼女もその意見に激しく同意した。
「本当にね……今までどこに隠れていたのか聞きたいくらいだわ……!」
「動く時期を判断する知性くらいは残っているということですかね……それにマスターが一番めんどくさいと思う攻め方を選ぶくらいは賢い」
「ピースプレイヤーを装着してくれれば、もっとおもいっきりやれるのに!!」
実のところフジミが一番気を遣っているのは、神経をすり減らしているのは生身の彼らを殺さないということだった。黒服達はそれがわかっていて、半端な武装で戦いに興じている。正確には彰彦の入れ知恵だが。
「フジミ!!」
「ボス!!」
「クウヤ!リキ!!」
シェヘラザードと同じく黒服をぶん殴りながら、ルシャットのⅠとⅢが合流してきた。
「こいつらを手加減しながら相手をするのは、骨が折れる!」
「何!?わざわざ愚痴りに来たの!?」
「そうじゃない!こんなつまらないことで精神を削っている暇があるなら、お前はこの茶番の首謀者を捕まえに行け!」
「木真沙彰彦を!?」
「自分も我那覇副長に同意します!こいつらを夢の世界にエスコートする役は自分達に任せて、ボスは大物を!!」
「わたくしもお二人の意見に賛成です」
「……わかった」
二人と一AIの意見を聞き、フジミは決断を下した。
「ここはあんた達に……」
「そんなに雑魚の相手が嫌なら、おれが相手をしてやるよ、副長さん」
ドン!!
「――ッ!?」
「クウヤ!!?」
シェヘラザードが黒服の群れから飛び出そうとした瞬間、また別の黒、黒光りしたピースプレイヤーがクウヤルシャットに飛び蹴りをかまして吹き飛ばすと、そのまま彼を追って行った!
「ピースプレイヤーもいたのか……」
「そりゃあいるだろ……イエロー」
「――なっ!?」
「ウオラァッ!!」
ドゴン!!
「リキ!!?」
クウヤを視線で追っていたリキルシャットも突如として現れた青黒のピースプレイヤーのタックルでどこかへと連れていかれてしまった。
結果またシェヘラザードは一人だけ……。蠢く黒の中、目立って仕方ない白い機械鎧にまたわらわらと目をギラつかせたチンピラどもが群がってくる。
「ちっ!?分断されたか!?」
「各個撃破……セオリー通りと言えばセオリー通りですね」
「言ってる場合か!!」
「冷静になってください、マスター。あの二人なら問題ないです。自分達に勝ち目が薄いと判断したら、撤退することも視野に入れられる判断力を持っています」
「……そうね。あの二人なら生半可なピースプレイヤーなら返り討ちにできるし、ワタシが心配する必要もないか……なら、ワタシはこいつらを!!」
ガァン!
「――ぐあっ!?」
AIの的確な言葉に落ち着きを取り戻したフジミは殴りかかってきた黒服の顎にきれいなカウンターを決めた。
「それよりも心配なのは、姿が見えない勅使河原隊員です」
「確かに今日はちょっと変だったからね。だとしても、あいつも成長しているからね……きっと平気よ」
マルの名前を耳にした瞬間、フジミの心は再び不安が支配しそうになったが、彼女はそれを今までついて来てくれた部下に対して失礼だと改め、信じて何もしないことにした。しかし……。
「……どうしてこんなところに……!?」
当のマルは助けを求めていた。ドライブインシアターのポップコーン売り場では、彼の想像を超える光景が広がっていたのだ。
「どうしてって……ここは人を楽しませる場所なんでしょ?ボクも楽しいことしに来たんだよ、おじさん……!」
レジの横に足を投げ出し、腰を下ろしているのは、この修羅場には場違いな少年が一人……。彼の顔には新しいゲームを買ってもらった子供のように無邪気な笑顔が張り付いていた……。




