罪の行方
「祝!ドレイク、あと残り一つだよ!!記念!!」
パァン!!
シュアリー技術開発局の一室、シュヴァンツに宛がわれている部屋でアンナは右手の人差し指から小気味いい炸裂音と共に紙吹雪を発射した。
「その義手、クラッカーにもなるのね……」
呆れたような、感心したような……複雑な感情を抱きながら、フジミは艶のある髪にくっついた色とりどりの紙吹雪を払い落とした。
「へへん!こんなこともあろうかとね」
「そりゃあ良かった。んで、残りの一つはどこにあるかわかったの?」
「お祝いするならそいつを見つけてコンプリートしてからっすよね」
「ですね」
「だな」
「………」
シュヴァンツ四人の視線を一身に受けたアンナは無言でそっぽを向いた。
「……わからないと」
「うう……申し訳ない」
アンナは腕をぶらんと垂れ下げて、項垂れた。
「別に責めているわけじゃないわよ」
「むしろ栗田女史はよくやっている。あの洗脳騒ぎから四ヶ月でどさくさに紛れて行方知れずになっていたドレイクを、一体を残して居場所をつき止めてきたんだからな」
「フジミちゃん!空也!」
アンナは上司の気遣いに瞳を潤ませた。しかし……。
「……まぁ、四ヶ月もあったら解析されて、設計データなんかとっくに海外に流れているかもしれないけど……ん?」
シュヴァンツの四人はジトーと半目になってアンナを睨み付けた。
「ん?じゃないわよ……気の萎えるようなことを言わないでくれない!?」
「お前の言うことが事実なら、俺達の今までの苦労は何だったんだ……!」
「昨日もボイル焼きになりかけながら、夜遅くまで頑張ったんだぞ!」
「消防の人から嫌な顔されながらですよ!!」
「おお!?」
命懸けの戦いをいくつもくぐり抜けた四人の連携口撃にアンナは小さな身体を仰け反らせた。
「あんたって子はそもそも……」
「ごめん!ごめんって!あたしが悪かったよ!ちゃんと残りの一つを早急に見つけて見せるから!ね?」
手を合わせて平謝りするアンナ。その平身低頭の姿にシュヴァンツの怒りもひとまず収まった。
「まったく……頼むわよ」
「はいな!任せてちょうだい!!」
気合が入っていることを示すためか、アンナはギュルギュルと右手をドリルのように高速回転させる。
「気持ち悪いから、それやめて」
「えっ?カッコいいのに?」
「ワタシのセンスにはその感覚はないわね」
「美的センスは人それぞれってことですね。で、話は変わりますが、ドレイクを全部集めたらどうするんですか?」
女子二人の不毛な会話に、この中で一番男らしい見た目のリキが割って入って、話題を強引に変えた。
「あれ?言ってなかったっけ?」
「少なくとも自分は聞いていませんが……皆さんは?」
小首を傾げるアンナから視線を移動させ、リキは上司や同僚の顔を見回した。皆が皆、ウンウンと頭を縦に動かし、同意を示した。
「ワタシも事情聴取やなんやらで立て込んでたからね。何も聞いてないわ。最も理由はどうあれ、ワタシが蒔いた種みたいなもんだから、ドレイクは全て見つけるつもりだけど」
「俺もフジミと同じく聞いていない。さっきの話じゃないが、モチベーションが下がったら嫌だからな。理屈としては納得できるが……必死に集めたものをいずれ廃棄すると言われたら、やる気が出ない」
「おれは……」
「今、リキの話を聞いて、初めて疑問に思った」
「さすが姐さん!!その通り!そういう命令を受けたから、そういうもんなんだと、何も思いませんでした!……すいません、考え無しのバカで」
「理解できたならよし……ってことに今日のところはしとくわ」
後頭部に手を当て、へこへこするマルを見て、フジミは苦笑いを浮かべた。
「で、また話が逸れちゃったけど、結局ドレイクはどうするつもりなの?」
「それについてはずっと結論は保留されていたんだけど、実は三日前にある結論が下されたって、飛田局長が」
「タイミングばっちしね。で?」
「量産型ドレイクは……」
「ドレイクは……」
もったいぶるアンナの思惑にまんまとはまり、フジミを始め、シュヴァンツの面々は息を飲んだ。
それを見て満足した小悪魔メカニックは満面の笑みを浮かべながら口を開いた。
「なんと一部改修、そして改名して、やはりシュアリーに配備されることになりました!!……あれ?」
今度のリアクションは彼女の望むものではなかった。四人は皆それぞれ怪訝な顔をしている。
「この答えはお気に召さない?」
「気に入るも何も……大丈夫なのか、それ?あれだけ連日ワイドショーで叩かれたんだから、市民の反発必死だろ?そんなことおれでもわかるよ」
自虐を交えながらマルがアンナに更なる問いを投げかける。あの事件の後のドレイクの叩かれっぷりと言ったら、それはそれは筆舌にし難い凄まじいものであった。
「平気平気!問題のダエーワシステムは排除するし、顔と胸の当たりを整形すればパッと見ドレイクだってわからないって」
「そんなプラモデルやフィギュアのノリで……というか、その口振りだと市民にはドレイクとは別物として発表するんですか?」
「さすがにその嘘はすぐバレて、炎上必死だからやらないよ、リッキー。ただ実際問題、見た目の印象ってのは大事なものさ。今の強面フェイスから、なんとなく市民受けのいいかわいらしいお顔にすれば大抵の人間はコロッと懐柔されるさ」
「それが通用しなかったらどうするんです?」
「そんな時は伝家の宝刀“これ、税金を使ってますよ。血税を無駄にするのはよくないですよね?”……を発動すればいいだけ」
「いいだけ……って、それ軍備増強に反対している奴らの闘志に火をくべるだけだろ……」
クウヤは珍しく唖然とした。アンナの言葉はあらゆる角度から見ても酷過ぎると感じたからだ。だが当の彼女は意に介さない。
「まっ、そうなったらそうなったでなんとか屁理屈捏ねて、丸め込むでしょ、政治家さん達が。ここからはあたしは勿論、そしてあなた達シュヴァンツの仕事じゃないよ。できることと言ったら……反社抑止のためにドレイク推進した的場議員当たりが頑張ってくれるのを祈るだけだね」
アンナは両手のひらを上に向けて、お手上げだとジェスチャーした。
「結局丸投げか」
「丸投げさ。職務の範疇を逸脱するのはよろしくないし、何より先の事件で英雄視されていると同時に、あの偽物さんの肝いりの部隊として快く思われていない我らシュヴァンツとしては大人しくしておく方がいいと思う」
「……この件は流れをただ見つめる傍観者でいるのが“吉”か……」
「イエス」
「俺個人としては無責任だと感じるが……それが最善ならばいた仕方ないな」
そう言うとクウヤは出口へと歩き出した。
「どこ行くの?」
「話は終わったんだろ?ならば俺はナーキッドの2号機の調整に行かせてもらう。1号機と微妙にフィーリングが違うと、いざという時に操作ミスを犯すかもしれないからな。まっ、お前のように鈍感な人間には関係無い話だが」
「調整は別にいいけど……最後のセリフはいる?」
フジミは不愉快そうに腕を組み、眉と口を八の字にした。
「……余計な一言だったな。訂正する、忘れてくれ、隊長殿」
口調からして実際は反省などしていないことが明らかなクウヤは振り向きもせずに部屋から出て行った。
「あの野郎……!姐さんになんて失礼な……!」
「最初の完全無視とどっちがマシかしら?」
「どっちも社会人が上司にする態度としてはアウトだと思いますけど……」
「まっ、普通の組織とは色々と違うし、なんかいちいち注意するのもめんどくさいし、許してあげますか」
フジミは表情を緩めると、コーヒーメーカーの下へと歩き出した。
「今日は全員での仕事はこれでおしまい。ワタシとリキはしばらく待機だけど、アンナとマルは帰ってもいいわよ」
「あたしはもう少し残るよ。せっかくだしドレイクの新しい名前とデザインを考えてみる」
アンナは自分の机に戻り、キーボードを弾いて、空中にディスプレイを投影した。
「んじゃ、おれはジムにでも行って鍛え直してきます」
「あら?ずいぶんとストイックね」
「健全な精神は健全な肉体に……でしたっけ?ありがたいことに最近はぬるい任務ばかりで助かってるんですけど、気持ちまで緩まっちゃって……昨日みたいなミスしないためにも、身体も心も引き締めてきます!!」
「そう、頑張りなさい」
「うす!!」
コーヒーを啜る上司に一礼すると、マルもその場から離れた。




