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No Name's Fake  作者: 大道福丸
本編
55/194

エピローグ

 ドレイクの一斉暴走事件から一ヶ月、灰色の雲が空を覆う中、シュアリーのとある山奥にある家の焼け跡の前で男が一人、佇んでいた。

「見極めろ、アジ・ダハーカ……」

 男は紫色の装甲を身に纏った。本当ならもっと前に父から受け継ぐはずだった竜の鎧を……。

 でも、もういいのだ。

「全部終わった……全部、取り返したよ、父さん、母さん……」

 男が、本物の桐江颯真が声を震わせると、ポツリポツリと空から雨が降ってきた。

 雨はアジ・ダハーカの六つの眼に伝わり落ちて、地面に吸い込まれた。



「はぁ………」

 桐江のいる場所とは対照的に一面青空の下、技術開発局の屋上で勅使河原丸雄は深いため息をついた。

「マル、気持ちはわかるけど、しょうがないじゃない」

「姐さん……」

「見つかったのは、待機状態に戻ったアジ・ダハーカだけ……あの偽物野郎の遺体はどこにも……」

 神代藤美は眉間にシワを寄せた。マルのことを気遣っているようなことを言っているが、その実、偽物の安否に囚われているのは彼女自身なのである。

 そのせいか、彼女の人の心を見透かす目は濁ってしまっているとしか言いようがない。マルがため息をついたのは、その事とは関係ないのだ。

「いや、姐さん、それは気になってますけど、それよりもおれは、おれ達は……!なぁ?」

 マルが同僚であり、同じ悩みを抱えているであろう飯山力と我那覇空也に同意を求めた。

「そう……ですね。やっぱりあんなことがあったとは言え、ずっと一緒に戦ってきた相棒ですからね……」

「俺のターボドレイクを含めて、全てのドレイクが封印措置というのはな……」

 言葉を言い終わると、リキとクウヤも「はぁ……」と、やるせない感情を吐き出した。

「あぁ、そっちね……」

 漸くフジミも部下が何に不満を持っているのかに気づく。そして、その解決の為、この場にいた上司の方を向いた。

「こんな感じで部下達がやる気を無くしているのですが、どうにかして彼らの愛機だけでも封印を解くことはできないのでしょうか……飛田技術開発局新局長?」

 偽桐江の後を継ぎ、新たに局長の椅子に座ることになったプロフェッサー飛田は手のひらを空に向け、肩をすくめ、首を横に振った。

「さすがに無理よ。むしろ、処分されないだけ感謝しないと」

「やっぱりそうですか……」

「わたしもマシンはマシン!罪はそれを正しく使わなかった人にある!ドレイクに罪はない!……って、訴えたんだけど、今回の件は技術開発局の局長に権限を一任させ過ぎたから起こったってことになってるから、中々厳しくて……」

「くうぅ……アサルトドレイク……!」

 飛田の話を聞いて、さらに落ち込むマル。そんな彼の肩をポンポンとフジミが叩いた。

「まぁ、時間が解決してくれるのを待とう。ドレイクの有用性は本物なんだから、いずれあんたの手に返ってくるよ」

「姐さん……」

 尊敬する上司の励ましにマルは目を潤ませた。しかし……。

「お前は愛機を、シェヘラザードを取り上げられていないから、そんなのんきなことが言えるんだ」

「我那覇!てめえ!!姐さんの優しさがわかんねぇのか!?」

「二人ともやめましょうよ!」

 クウヤがフジミに嫌味を言うと、マルが代わりに怒る。それを止めるリキ。毎日のようにシュヴァンツで繰り広げられる光景だ。

「そんだけ元気があれば、問題ないわね」

「ははは……そうかもしれないですね」

「あと、クウヤ」

「ん?なんだ?文句でもあるのか?」

「あるね。ワタシだってシームルグが封印されて寂しい思いをしているんだぞ。あの感じだと、暫く訓練すれば自由に扱えるようになったと思うのに……」

「でしたら、封印措置は賢明な判断だったと、個人的には言う他ありません」

 フジミのポケットの中で嫉妬心がにじみ出ているマロンの電子音声が響いた。最早、このAIは人間よりもずっと人間らしい。

「そう怒らないでよ、マロン。仮にシームルグを手に入れても、ワタシの相棒はあんた。ワタシの一番の愛機はシェヘラザードっていうのは変わらないんだから」

「当然です」

 フジミはポケットの中から手帳型のデバイスを取り出し、人差し指でツンツンとつつくと、マロンは満足そうな声を上げた。

「話は変わるけど、長い間ダエーワの支配下にあったから、ずっと精密検査を受けていたメルと後藤も来週から復帰するから」

「「「げっ!?」」」

 飛田の報告にマル達が一斉に怪訝な声を上げ、顔をしかめた。フジミも苦笑いをしている。

「ひどいリアクションね……気持ちはわかるけど……」

「ええ……少し前にシュヴァンツのみんなでお見舞いに行ったけど……」

 フジミ達の脳裏にあの日のことが鮮明に甦る。



「あっ!皆さん、お見舞いに来てくれたんですか!サンキューです!」

「お互い大変でしたね!まぁ、オレ達はずっと夢を見てた感じでいまいち現実感なかったですけど!」

「いやぁ~、わたしが優秀過ぎたのがいけなかったのかな?なんとしても手元に置いておきたいって!それでダエーワ発動ですよ!」

「いやいや!優秀過ぎるから、神代さんは始末されそうになったんだぞ!つまり……」

「わたし達はそうでもないってことか!」

「そういうこと!」

「「ぎゃはははははははっ!!!」」



「まさかあの二人、あんなキャラだったとは……」

「洗脳の反動でおしゃべりになっているってわけではないんですよね?」

「残念ながら、元からああらしい……」

「ウザ過ぎて、黙らせるためにダエーワ使ったんじゃねぇだろうな?」

「無表情なメルさんのこと苦手だったけど、あれよりはマシだったわ……」

「こらこら!気持ちはわかるけど、不謹慎よ!気持ちはわかるけど!」

 プロフェッサー飛田が手をパンパンと叩いて、シュヴァンツを諌めた。

「そうね……ちょっとひどいわね、ワタシ達……」

「そうっすね……」

「押忍……」

 フジミ達も自分達の発言が人としてどうかと思ったのか、反省する……一人を除いて。

「ふん……なんにせよ生きているんだから、それで十分だろうが」

「クウヤ……」

 ぶっきらぼうに言い放ったその言葉の奥には様々な感情が隠れていた。すれ違い、憎しみをぶつけることになった先輩のこと、守れなかった大切なメカニックへの想いが……。

「生きていれば、いずれわかり合える時がくるかもしれない……それで十分だ」

「だね。きっと生きていたらクラウスもアンナもあんたと同じことを言うと思うよ」

「あたしは死んでないけどね」

「そうそう、アンナは死んでないけど……って!?」

「「「ええぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」」」

 突如として現れたこの世にいないはずの栗田杏奈の姿に、その場にいるみんなが悲鳴を上げ、跳び上がった。あの我那覇空也もだ。

「あ、あ、アンナなの!?本当に!?」

 驚愕のあまりフジミは口をパクパクさせながら、まだ目の前にいることが信じられないアンナの姿を上に下に確かめるように凝視した。

「そんなに何度も確認しても、足はあるし、頭の上に輪っかも浮かんでないよ」

「じゃ、じゃあ、なんで……!?」

 アンナは腰に手を当てて、胸を精一杯張った。

「ふふん!ドレイクに妙な仕掛けがあると気づいた時点で、あたしに刺客が向けられる可能性も予測していた。なら、それに対抗する策だって用意しているのは当然でしょ」

「策って……」

「シュヴァンツがいつも使っているあの部屋にあたしに何かあった時に蘇生を試み、さらに秘密裏にクローン培養していた影武者とすり替えて、死を偽装するP.P.ドロイドが隠されていたのさ!」

「心臓を潰されたのに……?」

「潰されてないよ。あたしは普通の人とは臓器の位置が逆なんだ。つまり右に心臓があるのよね。きっと刺客はあたしが死んだことをフジミちゃん達に確認させるために頭は潰さないし、わざわざあたしみたいなしがないメカニックの特異体質を調べるようなことをしないと思っていたから……まぁ、大丈夫だろうと」

「そ、そんな一か八かで……」

「もちろん心臓を潰された時用に、他の臓器同様、クローン心臓と最新の人工心臓も用意していたよ。もしも頭を潰されても、この技術開発局のマザーコンピューターに見つからないように、あたしの記憶と知識を詰め込んだ疑似人格AIも仕込んであったし、肉体的に死ぬことになっても、あたしという天才の意思は消えることはない。とは言っても全身サイボーグアンナちゃんはあんまりなんで、それを避けられたのは喜ばしいかな。右腕は義手になっちゃったけど」

「その右腕が……?」

 アンナは自慢気に右手を開いて握って見せる。彼女の右腕は言われるまで、いや義手だと明かされても、とても人工物には見えなかった。

「前より器用になったし、自衛用に指をマシンガンにしたんだ……見る?」

「見ないわよ!!」

「わたしは見たい!!」

「ババァはすっこんでて!!」

「はい」

 年甲斐もなくはしゃぐ上司を黙らせると、フジミは鬼の形相でアンナを睨み付けた。

 数々の修羅場をくぐり抜け、さらに迫力を増した彼女の威嚇に、アンナの顔から汗が吹き出る。

「そんなに怖い顔をしなくてもいいんじゃない……かな?」

「…………」

「うぅ……あの……その……ごめんなさい!!ゴタゴタが全部解決しないと、また命狙われるかと思ったから、今まで言えませんでした!隠れてました!でも、フジミちゃんやシュヴァンツのみんなには知らせるべきでした!反省してます!だから……」

 アンナは両手を合わせると、目を潤ませ、上目遣いでフジミを見つめた。

 そのあざとい態度にフジミは……。

「はぁ……なんかめんどくさくなっちゃった。もういいよ、この後、ワタシ達にご飯を奢ってくれたら許してあげる」

「やった!さすがフジミちゃん!器がデカい!上司の鑑!」

 アンナは両手を上げて喜び、寛大な判決を下してくれた上司をヨイショする。しかし……。

「おい……」

「ん?テッシー、何か?」

「何か……じゃねぇよ!!姐さんが許しても、おれは絶対に許さないからな!!」

「ひぃ~!?リッキー、助けて!!」

「嫌です」

「リ、リッキー!?顔は笑ってるのに、目が笑ってない!?」

「当然だろ……お前は本当に……本当に!反省しろ!!」

「が、我那覇副長まで!?」

 怒りを爆発させたマル達に詰め寄られるアンナの怯えた表情を見て、フジミは口角を上げると、彼女達に背を向け、どこまでも澄み渡るような青空を見上げた。

(結局、あんたはワタシからは何も奪えなかったね、偽物さん……)

 心の中で、この世にいるのかあの世に行ってしまったのかも定かではない名も無き男に語りかける。物思いに耽る彼女の頬をそっと爽やかな風が撫でた。


リリリリリリリリリリリッ!!!


「「「!!?」」」

 突然、和やかな雰囲気をぶち壊すベルの音が鳴り響いた。フジミ達の顔は一気に引き締まる。それは彼女達の出番を知らせる音だからだ。

「マスター」

「ええ!」

 フジミは待機状態の愛機を耳に当てた。

「もしもし、こちらシュヴァンツ………何ぃ!?」


 名も無き者達の物語は終わらない。


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