終結
フジミは外壁ギリギリの場所に立ち尽くし、偽物が消えた雲を見下ろした。暫く眺めると、自らの手のひらに視線を移した。
彼の手を握れなかった手を……。
「フジミ」
「……クウヤ」
肩にポンと手を置かれ、振り向くと部下が首を横に振っていた。
「気に病むな……あれは仕方ない。事故だ」
「でも……ワタシが手を取っていれば、ワタシがあいつの名前を呼んであげられれば……」
「奴のやったことを考えれば、死罪は免れないし、奴は、奴自身が自ら名前を持つことを否定していたんだ……結果は変わらない」
「そうかも……しれないけど……きちんと公の場で法の裁きを受けさせるため捕まえるのが、ワタシ達の仕事だろ……」
「……だな」
二人の間に沈黙が流れる。頭ではこの結末を納得しようとしても、心がそれを拒絶していた。
「マスター、我那覇隊員」
「マロン?」
「あぁ、そうだ……ここに来る途中回収したんだった……」
クウヤは手に持っていた待機状態のシェヘラザードを持ち主の元に返した。
「あんたも無事なようね」
「はい」
「無茶させちゃったわね」
「はい。ですから、わたくしの頑張りを無駄にしないためにもやるべきことをやりましょう」
「やるべき……あっ?」
「ダエーワシステムを止めないと、この事件は真に解決したとは言えません」
「……そうね」
フジミとクウヤはお互いの目を見て、頷き合うと、フロアの中へと戻って行った。
「あっ!姐さん!ここです!ここ!!」
フロアのある壁の前でマルがブンブンと手を振って、上司を呼び寄せた。彼の周りにはリキとザッハークもいる。
「そこなのね?」
「はい!だよな、飯山?」
「ダエーワに操られていた時の記憶はモヤがかっていますが、二人で確認し合ったので間違いないないと思います」
「わかった……あとはワタシ……の相棒に任せて」
壁を撫でるリキ、その彼が触れた部分に向かってフジミはシェヘラザード、というよりマロンを突き出した。
「どう?」
「はい。巧妙に隠されていますが、ここに扉があります」
「開けられる?」
「すでにハッキングを開始……いえ、終了しました」
マロンの言葉が言い終わると同時にガコンと音を立てて壁が動き出し、その奥にある悪意に満ちた部屋が姿を現した。
「すごい機械だな……」
ザッハークは驚きを通り越して、感心したといった様子で頭と二匹の蛇をキョロキョロと動かし、部屋中を観察した。
「マロン、これもイケる?」
「少しお待ちください……」
手帳型デバイスのディスプレイに無数の文字と数字が流れる。AIが頑張っている証だ。
「これは……わたくしでもシステムを停止することはできそうですね」
「そう……」
フジミはほっと胸を撫で下ろす……が。
「72時間ほどもらえたらですが」
「……えっ?72時間?」
思わずフジミは聞き返し、その後、自分の耳が間違っていないことを確認するために、周りの仲間達の顔を見回した。
マルは肩を落とし、リキは首を横に振り、クウヤはチッと舌打ちをし、ザッハークは腕を組んで、目を瞑っていた。彼らも提示された時間に絶望し、辟易したのだ。
フジミは皆の反応を確かめると、再び手元の相棒を見つめた。
「あの……もっと早くできないんですかね?」
「無理ですね。ハッキングではそれが最速です」
「そんな……ん?ハッキングでは?」
フジミはAIの言葉に違和感を覚え、首を傾げた。
「はい、ハッキングでは72時間かかるので、思い切って壊しちゃうことを提案します」
「ええ……」
最新鋭のAIのあまりに原始的なアイデアにフジミは言葉を失う。
「一緒に過ごしてきた人間の野蛮さが移ったようだな」
「クウヤ……!」
嫌味を言うクウヤをギロリと睨んだが、彼は飄々とそっぽを向いた。
「ボスも副長もふざけてないで、止める方法がわかったなら早く実行しましょうよ」
「リキ……そうね」
部下にやんわりと注意され、フジミは気合を入れ直すために両頬を叩いた。とは言っても、ルシャットを装着しているので痛みはなく、マスクが金属音を鳴らし、それが中に響くだけだが。
「よし!では、これよりこの機械を破壊する!」
「待ってました!!」
先ほどまでのショボくれた様子が嘘のように、マルは肩をブンブンと回し、前に出た……が。
「待て」
クウヤがマルの肩を掴み、彼の勢いを止めた。
「あぁん?なんだよ、我那覇!?」
「いや、空気を読めよ」
「空気だぁ!?意味わかんねぇことを……!」
「わかるだろ。この戦いを終わらせるのはお前じゃない」
「じゃあ、てめえだって言うのか!?」
「違う。全ての決着をつけるのは……」
クウヤの視線が動くと、それにつられてマルの目線も移動する。そして、その動きのゴールには紫色の怪人がいた。
「あぁ……そういうことね」
マルは全てを理解した。彼は短慮で知識もないが、人の気持ちを汲み取れないほど愚かでもない。
マルが納得したのを見届けると、クウヤは今度はフジミに視線を送る。彼女は黙って頷くと、ザッハークの方を向いた。
「というわけだから……ザッハーク、やっちゃって」
「オレがか?」
「あんた以上にこの戦いを幕を引くのに相応しい奴はいないよ」
「だが……」
ザッハークは他のシュヴァンツのメンバーを見回した。頷いたり、顎で早くやれと促したりと、それぞれが別の行動を取っていたが、全てがフジミと同意見だということを示していた。
彼らの想いをザッハークは……受け取ることにした。
「わかった……貴様ら、少し下がっていろ」
「偉そうに!」
「マルさん!」
「ふん」
「まったく……あんた達は……」
べちゃくちゃとしゃべりながらシュヴァンツはザッハークの指示に従い、部屋の外に出た。
「ふうぅ……」
残ったザッハークは足を肩幅に開き、機械の正面に立った。そして、肩から生えた蛇の口を開け、彼の十年間を奪って、生み出されたおぞましい装置に向ける。そして……。
「双蛇剛弾撃ッ!!」
ドゴオォォォォォォォン!!
蛇の口から放たれた光が機械を貫き、爆発させた。熱風がザッハークの、本物の桐江颯真の悲しみを吹き飛ばすように、彼の頬を撫でた。
マロンの推測通り、破壊されると同時にベルミヤタワーから垂れ流されていたダエーワシステムを支配する電波は停止した。
「……ん?おれ、何をしていたんだ?」
「つーか、ここどこ?今、何時?」
悪魔の呪いに縛られていた者達は解放され、自分の置かれている状況が理解できずに、戸惑った。
「どうやら……」
「あいつらやったみたいだな……!」
戦闘行為を止めたドレイクを見て、戦いの終結を悟ったプロフェッサー飛田とヤマさんは親指を立てて、お互いの健闘を称え合う。
「ふうぅ……君達もよく頑張ったね……」
川口は手の中にある三本の瓶の中で休んでいる三匹の獣に労いの言葉をかける。
こうしてひとりぼっちのクーデターは、結局たった一晩で鎮圧されたのだった。




