宝石強盗 その②
ガン!ガン!ガァン!!
青のドレイクから放たれた弾丸は一瞬で宝石店に届き、ショーウインドウに穴を開ける。そして宣言通り、人質には触れることなく、強盗犯達が持っていた銃を三人同時に叩き落とした。
何が起きたか理解できない強盗と人質、そんな彼らの前に……。
ガシャーン!!!
ガラスを突き破り、二匹の竜が入店する。
「んんッ!?」
声を出せないよう口にテープを出されている人質が反射的に声にならない悲鳴を上げた。
「大丈夫……助けに来たんだよ!」
その人質をフジミドレイクは強盗から引き離し、自身と身体を入れ替えると同時に……。
「でやぁっ!!」
ガン!
強烈な回し蹴りをお見舞いする!
蹴りがヒットした腹部の装甲に稲妻が走るように亀裂が生じ、強盗犯の一人は空っぽになった商品の陳列棚に吹っ飛んだ。
「まず一人!続いて!」
フジミは直ぐ様、次のターゲット撃破に向かう。
不幸にも悪名高い不死身のフジミの標的になった強盗は、未だに状況を把握できていないようで、立ち尽くしていた。
当然、あっさりと懐に入り込まれ、人質を引き剥がされる。そして……。
「はい!はい!!」
ガン!ガン!!
ボディーブローを一発、さらに怯んだところに顎を撃ち抜かれて、強盗犯は無様にその場にへたり込んでしまう。
(よし!手応え十分!あと一人……)
フジミが最後の一人の撃破に向かうため振り返った。すると……。
「ギギッ……!」
「いっ!?」
彼女の視界を覆い尽くしたのは先ほど蹴りでKOしたはずの犯人だった。
「ギ!」
ブゥン!
「危な!?」
繰り出された拳を咄嗟にしゃがんで回避する。視線が下がって、自分が刻みつけた腹部のダメージが目に入ってきた。
(これだけのダメージ……普通なら悶絶して、暫く動けなくなるはずなのに……!?)
目の前に広がる衝撃の跡は、明らかに犯人を無力化するには十分なものだった。正確には人間の強盗なら……。
「ギギッ!」
ガシッ!
「――!?しまった!?」
目の前の敵に気を取られた一瞬の隙を突かれ、フジミはもう一人の強盗に後ろから羽交い締めにされた。
「ギギ……!」
力を込め、締め付けを強める強盗犯。目の前ではこれまた仲間の強盗犯が拳を振り上げている。
「女の子を二人がかりとは……ひどいことをするじゃないか……」
端から見れば、絶望的としか見えない状況だが、フジミは落ち着いていた。冷静にそのタイミングを見計らう……。
「ギギ!!」
「今だ!」
拳が振り下ろされた瞬間、フジミドレイクはその身に宿るパワーを解放した!
拘束から脱出し、再びしゃがむ。すると……。
ガァン!!
「……ギ?」
強盗犯の拳はお仲間の顔面に炸裂した!
「ひどいわね……一緒に強盗するぐらい仲のいい相手に!!」
ガン!
フジミは最初に蹴りを入れた場所に寸分違わず、拳を叩き込んだ。装甲が砕け、眼前に火花が散る。
(この感触……そういうことか……!!)
拳から伝わる感触から、フジミは漸く気付いた……自分達が犯人の手で踊らされていたことに。
「舐めた真似しちゃって……!だったら容赦はしない!ドレイクダガー!」
白と藤色の竜の手に鈍い銀色をした刃物が現れる。
「りゃあッ!!」
ザンッ!!
「ギ!?」
その刃物で、仲間を殴って伸び切った強盗犯の腕を下から切り裂いた。
切断面からは血液ではなく、また火花が吹き出す。
「もう一丁!!」
ザンッ!
「!!?」
続けて、フジミはダガーを強盗犯の首に向かって、横に薙ぎ払う。
刃は何も存在しなかったように、いとも簡単に強盗の首を通過し、頭と胴体に永遠の別れを強制する。
「これで……とどめ!!」
ドスッ!
止まらない竜は首から三度、火花を吹き出す犯人の胴体にダガーを突き立てる。完全に力を失い犯人はへなへなと倒れた。
「まずは一体……次は……!」
フジミはくるりとその場でターンをし、自分を羽交い締めにしていたもう一人の方を向き直す。その手には新たに銃が握られている。
「ギギ……!」
「大人しくおねんねしていればいいものを……」
銃口を起き上がろうとしている強盗犯の額へと突き付ける。そして、躊躇うことなく引き金を引いた。
「二体目……!」
バン!バン!!
発射された弾丸は二発、額と胸元に風通しのいいトンネルを生み出す。
犯人はそのままへたり込み、二度と動くことはなかった。
「ふぅ……一段落ってとこか……残りは一人……いや、一体か。飯山はどんな様子かしら……」
「抵抗は止めろ……これ以上は無駄です……!」
「ギギッ!!」
ガンガンガンガンガンガン!!
飯山の呼び掛けにも応じず、最後の宝石強盗は目の前に現れた黄色い断罪者をひたすら殴り続けていた。
飯山ドレイクはというと抵抗することもなく、ただ直立不動で犯人と向き合っている。
「もう一度言います……無駄だ……!」
「ギギッ!!」
ガンガンガンガンガンガン!!
何度言われようと強盗犯は止まる様子はない。ただがむしゃらに拳を黄色い竜に叩きつける。しかし、ドレイクを倒すどころか、傷一つつけることも、その場から動かすこともできない。飯山は抵抗できないのではない、する必要がないのだ。
シュアリーの国家プロジェクトで開発されたドレイクの装甲は、ジャンク品紛いの強盗犯のピースプレイヤーの攻撃などものともしない。むしろ……。
ガギッ!!
「ギ!?」
強盗犯の拳に亀裂が走る!飯山は動くことなく、相手の武器を二つ奪ったのだ。
「ギギッ!!」
それでも強盗は諦めず、ハイキックを繰り出した。鞭のように長い脚がしなり、ドレイクの頭部に襲いかかる。
ガァンッ!!
「だからドレイクをノックダウンするには、そのマシンパワーじゃ足りないんだよ……」
蹴りは狙い通り、竜の側頭部に炸裂した。けれども、パンチよりも威力の高い攻撃を受けてもドレイクは微動だにしなかった。
「ギギッ!!」
最早、自暴自棄になっているのか、強盗犯は再びハイキックを放つ……が。
ガシッ!
強盗犯の蹴りは今度はドレイクに命中する前に、軽々と掴まれてしまう。
「ここまで言って……わからないなら……!」
温厚な飯山でもさすがに我慢の限界か、自然と指に力がこもっていく。
バキバキッ……!
掴んでいる強盗犯の脚の装甲が潰れ、“中身”が砕ける感触が飯山の全身に駆け巡る。その瞬間……。
「あ……」
飯山は慌てて手を離してしまった。彼の心の奥に潜むモノが、飯山の意思を無視して勝手に身体を動かしてしまう。
「ギギ!!」
拘束から解き放たれた強盗犯は反転した。圧倒的な力を見せつけるドレイクに恐れをなしたわけではない……。
「んんッ!?」
まとめられていた人質に襲いかかるためだ!
「しまった!?」
飯山は遠ざかる強盗犯の背に必死に手を伸ばすが、一瞬の気の迷いが致命的……届かない。
「くそぉ!!」
「んんッ!?」
「ギギギギィッ!!!」
バン!バン!バァン!!
三度の銃声が店内に響く。
音と共に放たれた三発の弾丸は強盗犯の脇腹から内部に侵入し、逆側から飛び出す。
強盗犯の手も人質に届くことなく、彼らの目の前で高級店らしい艶やかな床に突っ伏した。
「まったく……手のかかる部下だこと……」
「神代……さん……」
白と藤色の竜は部下である黄色い竜に歩み寄る。
「飯山……あんた、何やってんの?」
フジミの言葉は怒っているというより、呆れているといった感じだった。実際、フジミには飯山の行動が理解できなかった。
「すいません……」
自身の非を理解している飯山は素直に頭を下げた……が。
「けれど……ここまでする必要はあったんでしょうか……!?」
飯山の声には明らかに怒りと抗議の感情がにじみ出ていた。彼からしたらフジミの彼からは非情に見える行為は罪悪感よりも義憤を駆り立てるものだったのだ。
「はぁ……飯山、よく見てみなさいよ」
フジミは飯山の怒りなど意に介さず、人差し指で今しがた撃ち抜いた強盗犯を指差した。
「何を……!?これは機械!?」
強盗犯に開けられた穴から覗いていたのは内臓ではなく、敷き詰められた機械であった。
「自律行動型……所謂P.P.ドロイドっていうロボットだわね」
瞬間、飯山は自分の愚かさを痛感した。
「す、すいません!自分、てっきり人間を殺したんだと!噂に聞いていた不死身のフジミならやりかねないと!!」
「ははっ……それ、謝ってんだよね……?」
深々と頭を下げる飯山。発した言葉に一分の悪意もない……ないのだが、混乱しているのか、まるでフジミに責任転嫁するような発言になってしまった。
フジミはまた呆れるしかなかった。ただ今回は飯山というより、自分の悪名にだが。
「まぁ、顔を上げなよ」
「はい……」
フジミは飯山の頭を上げさせると、真っ直ぐと彼の顔を見つめた。
「飯山、相手が機械だって気づかなかったのは、あんたの落ち度だ」
「はい……」
「あんたが人間を傷つけたくないのもわかる。ワタシ達の仕事は殺すことじゃなくて、捕まえることだからね」
「はい……」
「けど、あくまでそれは“できるだけ”の話だ。自分や仲間、ましてや一般人を危険に晒すのはもってのほかだ。仮に今回の相手が人間だとしても、状況を考えたら腕や脚の一本や二本、へし折っても速やかに無力化すべきだとワタシは思う」
「……はい」
飯山はマスクの下で唇を噛み締めた。許されることなら、この場で叫び出したい気分だった。
「話は以上……」
「なんだ……P.P.ドロイドだったのか」
「我那覇か」
タイミングよく、お説教が終わると同時に青い竜が同僚に遅れて入店してきた。
「これなら俺がそのまま頭を撃ち抜いてやれば早かったな」
「そうだな……まぁ、ドレイクのデータが取れたってことでよしにしよう。そう思わなきゃやってられん」
「フッ……初めてあんたに同意するよ」
我那覇は仮面の下で笑みを浮かべながら、首を忙しなく動かしていた。
「……わかっていると思うが、まだ終わっていないぞ」
「ええ……これを操っていた奴を捕まえないと」
「あっ……」
我那覇とフジミの会話で、反省をしていた飯山も事件が解決していないことに気付いた。彼らに遅れて彼も視線をキョロキョロと動かし始める。
「まずは人質だけど……それはルシャット達に任せても良さそうね」
店内には我那覇に続いて、店の外を囲んでいたルシャット達が入って来ていた。
「それじゃあ……飯山は今倒したそいつらのデータをアンナに送って、何かわかるかも」
「は、はい!!アンナさん、聞こえますか!!」
飯山は汚名返上すべく、アンナに通信を繋ぎながら、強盗犯だったものに近づいた。
「我那覇は……」
「俺は奥を調べる」
我那覇はフジミの指示を聞く前に勝手に店の奥へと消えていった。
「本当、話が早くて助かるよ……じゃあ、ワタシも……」
「よぉ!大活躍だったな、フジミ!」
「ヤマさん!」
フジミも部下に負けじと動こうとした瞬間、かつての上司に呼び止められた。
「お前達のおかげで怪我人も出なかった。応援呼んで大正解!ありがとな!!」
「いえ、まだ何も終わってないので」
「わかってるよ……わかってるけど、そんなすぐに手がかりが……」
「おい!!こっちに来てくれ!!」
店内に響いたのは、先ほど店の奥に向かった我那覇の声。それはヤマさんの予想が外れたことを意味していた。
「ベテラン刑事の勘も当てになんないね」
「うるせぇよ」
軽口を叩きながら、二人は本来店のスタッフしか開けられない扉を開いた。
扉の先は廊下で、両サイドにこれまた扉が並んでいた。
「こっちだ」
その内の一つ、扉を開きながら我那覇が二人を呼んだ。
「何か見つけたか?」
「見ればわかる」
我那覇は顎で部屋の中に入るように促す。
フジミ達は命じられるがまま、部屋に入ると床にぽっかりと開いた大きな穴が目に入った。
「この穴は……ここから侵入した……ってことじゃないわよね……?」
「あぁ、店の入口から怪しげな三人組が入って行くのを見たって証言が取れてる……つーことは……」
「脱出用だろうな。こちらから穴を開けた形跡がある。一から開けたんじゃ、時間もかかるし、外から気づかれる可能性も高くなるから、事前に出口側から開通ギリギリまで掘り進めていたんだろう」
「で、計画通りに脱出したと……きっと今ごろ、おれ達のことを笑ってやがるんだろうな……!」
ヤマさんは苦虫を噛み潰したような顔をして悔しがった。
その横でフジミが穴に耳を傾けている。
「ん?どうした、フジミ?」
「いや……なんか音が……」
「え……」
ヤマさんも耳に手を当て、穴へと向ける。
チョロチョロ……
「これは……水の音か……」
「ですね……」
「下水道に繋がっているんだろう」
「下水道………」
「やりましたね!親分!!」
「おう!オレにかかりゃ警察を出し抜くなんてちょろいもんだぜ!」
「さすがです!」
ヤマさんの想像通り、まんまと宝石店から逃げ出した強盗達は無能な政府の犬達を笑っていた。
子分と思われる者達はバッグを背負っており、その中に奪った宝石がぎっしり詰まっている。大して重い物ではないが、実際よりも重量を感じる。けれど、別に嫌だとは感じない。むしろ幸せな重さだ。
「おい!見ろ!光だ!!」
「外ですね!」
前方から光が射す。薄暗く、臭いウイニングロードも遂に終わりを迎えた。
「よっしゃあ!!ゴール!!」
「おれの勘……ばっちりだったみたいだな」
「「!?」」
外に出た強盗犯達を出迎えたのは一人の男だった。得体のしれない存在を前に、三人の足は一斉に止まる。
「誰だ、お前?」
「一応……正義の味方ってことになるかな」
シュヴァンツ、最後のメンバー勅使河原丸雄が悪党の前に立ちはだかる。