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「マルさん!マルさん!起きてください!」
「んん……」
「全然だな。確か前に一度寝たら、絶対に起きないとか何故か自慢げに語ってなかったか?というか、ティモシーの時も全然起きなかったし」
「だとしたら、もうこのまま寝かせてやればいいんじゃないか?ザカライアとの怪我も完治していないのだろう?」
「ワタシだってそうさせてあげたいけど、敵地のど真ん中だからね、ここ」
「なら、起こさないと駄目か」
「ええ、駄目ね。ということでリキ、おもいっきりやっちゃって」
「お、押忍!」
バチン!
「――ッ!?い……たぁっ!!?」
強烈な痛みが左頬から全身を駆け巡り、脳にも到達すると、勅使河原丸雄は遂に覚醒を果たした。
「な、何が起きたんだ!?隕石がおれのほっぺたに落ちたのか!?」
「すいません……自分がビンタしました……」
「飯山!?」
壁に寄りかかって座っているマルの横で、正座していたリキがぺこりと頭を下げた。
「お前が謝る必要なんてない。こいつがとっとと起きないのが悪いんだ」
「我那覇!?」
リキとはとは逆側、マルの隣で壁に腕を組みながら、もたれかかり立っているクウヤが呆れたように言い捨てた。
「てめえ!寝起きで状況がよくわかんねぇけど、なんだその態度は!!」
「わかんないなら、俺に突っかかるより状況を把握する努力をしろ」
「この……!!」
「はいはい!喧嘩しない!そんな時間はないのはわかるでしょうに」
「あ、姐さん!?」
マルの正面でフジミは手をパンパンと叩き、部下達を諌めた。
「その通りだ、神代藤美。赤いのが起きたのなら、オレ達はさっさと次に進もう」
「…………誰!?」
フジミの隣で彼女に話しかける男にマルは見覚えがなかった。シュヴァンツにはいなかったし、技術開発局でも見たことがない。どこか品のある顔立ちで、自分とは無縁の存在のように思えた。
そんな風に思われているとは露知らず、男はめんどくさそうに額をポリポリと掻いてから、口を開いた。
「その質問、ついさっき二回もされて、今ので三回目だから辟易しているが、答えてやるよ……オレは“ザッハーク”だ」
「そうか……あんたザッハークか…………って!ええぇぇぇぇぇっ!!?」
ゴォン!
「――ッ!?」
マルは驚きのあまり仰け反り、その結果頭を壁に打ち付けた。すぐに後頭部を両手で覆い、優しく撫でる。
「痛ぇ……じゃなくて、ザッハークがなんでここに!?」
「説明はしない。今はダエーワの後遺症で混乱しているが、そのうち貴様も思い出すだろう……他の二人のように」
「えっ?」
ザッハークにそう言われると、マルは左右にいる同僚の顔を見た。すると、彼らは無言で頷いた。それを見た瞬間、彼の頭の中にかかっていたモヤが少しずつ晴れ始める。
「そうだ……思い出してきた。おれはコーダファミリーの後藤を移送しているところを襲撃するザッハークと戦っていたんだ。そしたら桐江局長が急に現れて、自分は桐江颯真じゃないとか言い出して……それで、おれは偽物野郎を倒そうとしたんだけど、おれはあいつに……そうだ!思い出したぞ!!」
ゴォン!
全ての記憶が甦ったマルは今度は額を床に打ち付けた。所謂、土下座だ。
「す、すいませんでした!操られているとはいえ、姐さんに刃を向けてしまうなんて!この勅使河原丸雄、一生の不覚です!!」
「終わったことだし、別にいいわよ。それにその言葉も三回目だから、飽き飽きだわ」
「三回目……あっ!」
再び隣にいる同僚に顔を向けるとリキは照れくさそうに、微かに顔を赤らめ、クウヤは「ふん!」とそっぽを向いた。
「まぁ、なんにせよあんた達三人が目覚めてくれて良かったわ」
フジミは一仕事を終えたといった感じで、腕と背筋を伸ばした。
「姐さん……」
「何?」
「自分の置かれている状況はわかったんですけど、姐さんはなんで武装を解除しているんですか?」
マルは首を傾け、素朴な疑問を口にした。部下から質問を受けたフジミは先ほどのザッハーク同様めんどくさそうな顔をする。
「はぁ……それも三回目よ。ワタシの口から話すのはもう嫌だから……お願い、マロン」
「はい」
フジミは手に持っていた愛機で相棒をマルの目の前に付き出す。
「先を急ぐのでマスターとザッハークは皆さんのことを可哀想だと思いながら、放置しようとしましたが、わたくしがダエーワシステムが機能を麻痺している今ならごく短時間でシステム自体を消去、皆さんのマシンを偽物の桐江颯真の呪縛から解放できるので、あなた達の安全のためにもそうすべきだと提案しました。そして、それをより効率的に行うにはシェヘラザードを待機状態に戻した方が都合が良かったのです」
「……というわけよ。くそみたいなシステムを消したあんたのマシンはそこに置いてある」
「あっ」
フジミがマルの横を指差すと、そこに待機状態になったアサルトドレイクが置いてあった。マルはそれを手に取る。
「……これ、本当にもう大丈夫なんだろうな?」
「はい。わたくしを信じてください。あなた達の心も身体も誰にも侵害されることはありません」
「そうか……そうだよな。命を賭けて助けてくれた仲間を疑うなんてダサいもんな」
「……ありがとうございます」
“仲間”という言葉はマロンにとっては一番嬉しい言葉だった。AIである自分を対等な存在と認めてくれたことに彼女は確かな喜びを感じたのだ。
「お礼を言うのはおれの方だっての……それはそうと……」
「ん?」
マルは視線をフジミの隣にいるまだ見慣れない男に向けた。
「姐さんがシェヘラザードを脱いでるのはわかったけど、ザッハークがザッハークじゃないのはなんでなんだ?」
「ふん……なんとなくだ」
ザッハークはそう言い捨てると、マル達に背を向ける。
「なんだ、こいつ……」
その失礼な態度に怪訝そうな表情を浮かべマルは隠すことなく、不満を表した。
「まぁ、そう言うな、マル。こいつはこんなこと言ってるけど、内心は“自分を圧倒した戦士に本来の顔を隠して、応対するのは失礼というものだろう”……とか、思ってるだけだから」
「神代藤美!!」
ザッハークの顔はマル達から見えなかったが、耳がほんのり赤くなっていることから、フジミの指摘は正しいのだろう。
ここに来て、人の心を感じ取る能力が極限まで高まったフジミは手の甲で口を抑えて、笑いを堪えた。
「まったく……照れちゃって……」
「照れてなどいない!!」
「はいはい……それじゃあ、本気で怒らせちゃう前に、真面目に今後のことを話し合いましょうか……!」
フジミの顔つきが真剣なものへと変わると、空気も部下達の表情も一気に引き締まった。
三人とも立ち上がり、横一列に並んで、隊長の一挙一動を見逃すまいと集中する。
「いい顔になったわね。それでこそシュヴァンツよ」
「それで、そのシュヴァンツはこれからどう動くんだ、隊長」
「あんた達は下に降りて、このタワーに向かっているドレイクをヤマさん達と一緒に食い止めて。ワタシとザッハークはその間に桐江を……桐江颯真の偽物を倒して、みんなを操っているダエーワシステムを止める」
背中を向けたままザッハークがこくりと頷いた。
「一ついいっすか?」
マルが手を上げ、意見を述べることの許可を求めた。
「いいわ。言いたいことがあるなら、言いなさい」
「あざっす」
マルは腰を直角に曲げ、深々と頭を下げたると、意を決して口を開いた。
「自分も姐さんに付いていきたいです」
「却下」
「ええ~!!?」
マルの勇気を振り絞った提案は、いとも容易く拒絶された。
「なんでですか!?おれも含めて、みんなで行った方がいいでしょう!!」
「横から失礼しますが、自分もマルさんの意見に賛成です」
マルは食い下がり、リキがさらに助け船を出した……が。
「いや、駄目」
「「ええ~!!?」」
フジミは容赦なく切り捨てた。
「フジミ、きちんと理由を話せ。でないと納得できない。こいつらも……俺もな」
ここまで黙って聞いていたクウヤも遂に参戦。彼としてもフジミの指示は承服しかねるもののようだ。
部下達の怒りや不満、そして懇願の視線を一身に受け、フジミはため息をついた。
「はぁ……理由も何も、あんた達自身がわかっているでしょ?ダエーワの後遺症で、まだ本調子には程遠いはずよ」
「ぐっ!?」
完全に図星を突かれた。傍目から見ると違和感を感じるような様子ではないが、本人達は頭も身体にも重い気だるさをひしひしと感じていた。
「この国の未来を賭けた大勝負にそんな奴らは連れていけないわ」
「それでも盾ぐらいになら……!」
「ワタシの努力を無駄にする気……!!」
「うっ!?」
フジミの全身から一気に噴き出したプレッシャーに当てられ、部下達はたじろいだ。
「例え偽桐江を倒したとしても大切な部下から犠牲が出たら、それは上司としては敗北以外の何物でもないのよ」
「それは……そうかもしれませんが……」
「そもそも操られていたとはいえ、システム・ヤザタを発動していないワタシに三人がかりで敵わないようなあんた達が役に立つとは思えないわ」
そこまで言われては、反論する言葉は出て来なかった。悔しさから三人は下を向き、拳をグッと握りしめる。
自分達の為に、敢えて突き放すようなきつい言葉を上司に言わせてしまった自分達が情けなくて、悔しくて堪らなかったのだ。
心の中で無念さを嫌というほど噛み締めると、三人は再び顔を上げた。
「……わかりました。おれは姐さんの命令に従うっす」
「自分も……」
「そういうわけだ……お前達はもう行け」
「あんた達……」
部下達の気持ちも痛いほど理解できるフジミは申し訳ない気持ちになった。だが、これが間違いなく、この場における最善だと彼女は自負しているので、フジミは頭を振って、気持ちを切り替えた。
「それじゃあ行って来る……!」
「最上階のさらに上に隠し部屋がある。そこにダエーワを操作している機械があり、偽物野郎もそこにいるはずだ」
「わかっ……」
チン……
「「「!!?」」」
甲高い音が展望台フロアに響き渡った。エレベーターの到着を告げるベルの音だ。
全員の視線が一点に、エレベーターのドアに集中する。そして、彼らの期待に応えるように扉は開き、中から二つの人影が出てきた。
「メルさんと……」
「後藤か……!!」
出てきたのはダエーワシステムの最初の被害者である二人であった。
「散々話したのに、全て無駄だったな……」
「ええ……まずはこいつらをなんとかしないと……!」
フジミとザッハークが戦闘体勢を取る。偽桐江との決戦の前に、この二人も相手にするつもりらしい……が。
「いや!姐さん達は上に!」
「マル!?」
「この人達は自分達が抑えます!」
「リキ!」
「同じ強化型のドレイク!こちらは奴らが知らない弱点も把握している!万全ではなくとも、十二分にやれる!!」
「クウヤ……」
三人は盾になるようにフジミとメル達の間に割って入った。
「でも……」
「早く行け!」
「自分達のことを思うんなら、一刻も早くダエーワの元締めを止めてください!」
「そういうことっすよ!!」
「あんた達……くっ!?わかったわ!!」
部下の力強い言葉に背中を押され、後ろ髪を引かれながらもフジミは非常階段に駆け出した。
その後をザッハークも……。
「ザッハーク!」
ザッハークを振り返らずにクウヤが呼び止めた。
「貴様は確か……我那覇だったか?」
「そうだ……クラウスさんに聞いたのか……?」
「……あぁ」
二人の脳裏にそれぞれの大栄寺クラウスとの思い出が走馬灯のように過った。そして、お互いの気持ちが彼によって繋がり合う。
「貴様の言いたいことはわかっている……クラウスの仇は必ず取る……!!」
「そうか……」
「では!!」
「いや、待て!」
「……なんだ?まだ何かあるのか?」
走り出そうとするザッハークを再びクウヤは引き止めた。今回はザッハークには理解できない、しかしクウヤにとっては、絶対に伝えなくてはいけないことがあったのだった。
「……フジミを、俺達の隊長を頼む……!!」
その感情を必死に抑えようとしているが、抑えきれていない声がザッハークの耳に届くと、彼はクウヤの想いを頭ではなく魂で理解した。
「……承知した」
たった一言、だが力強い言葉を残してザッハークは今度こそフジミの後を追った。もう止まることはない。
「カッコつけやがって」
「ふん、そんなつもりはない」
マルがクウヤをからかう。それを横で聞いているリキが微かに笑みを浮かべた。
「そうですよ……カッコいいのはここからです!」
「そうだな……!!」
「んじゃ!ド派手に行こうか!!」
三人は愛機をメル達に向かって突き出した。
それに対抗するようにメルと後藤も愛機を懐から取り出す。
「アサルト!」「パワー!」「ターボ」
「キャノン」「シールド」
「「「ドレイク!!!」」」
呪縛から解放された三匹と今も呪われ続けている二匹の竜がどちらが正しいのか証明するために、激突する……。




