三匹の竜 その③
煙幕は徐々に薄くなっていたが、マシンに支配されたフジミの部下達は未だに上司を見つけられないでいた。正確には自分達が圧倒的に有利であり、彼女の目的、性格からいずれ自ら姿を現すと思っているので、必死こいてないだけだろうが。
「……どこに行った」
アサルトドレイクを装着する勅使河原丸雄は彼らしくない落ち着いた様子で展望台フロアを歩き、右へ左へと視線を動かしている。
「ターゲットは……」
そして、ついに視界の片隅で煙幕が揺らぐのが見えた。
「そこか」
ガァン!
想像通り、シェヘラザードが息を殺して彼に忍び寄っており、そこに向かって蹴りを放つ!……が、盾で防がれてしまった。
「……ったく、ワタシといる時もそれぐらい目敏いといいんだけど……ね!」
力任せに赤き竜を弾き飛ばす。けれどアサルトはすぐに体勢を立て直し、マシンガンを……。
「させないわよ!!」
僅かにシェヘラザードが盾からワイヤー付きのアンカーを射出するのが早かった。
アンカーは二本発射され、一本は赤き竜の二の腕周辺、もう一本は足下をぐるりぐるりと回り、ワイヤーで彼を縛り上げた。
「くっ」
ぐるぐる巻きにされたアサルトドレイクは為す術なく床に転がった。
「その位置なら簡単に逃げ出せないでしょ!!」
狙いがバッチリはまったシェヘラザードはワイヤーを切り離し、最後の仕上げのために仰向けに倒れているアサルトドレイクへと向かう。
「大人しくしてなさい……!すぐにあんたを解放して……」
「そうは……させません」
ブゥン!
「――ッ!?リキ、あんた……!!」
今日何度目かになるパワードレイクのカットイン!豪腕が唸りを上げ、煙幕を吹き飛ばしながら、シェヘラザードに迫る。
「仲間思いなのはいいけど……少し過保護過ぎるんじゃない!!」
シェヘラザードは盾をパワードレイクに向かって投げ捨てる。これでこの突入のために装備した追加武装は全て失われた。その最後の一つを黄色の竜は寄って来る羽虫を払い退けるように、拳の甲で雑に弾き飛ばした。
「まだよ!本命はこっち!」
だが、それはリキの注意を逸らすためのただの誘導であった。ほんの僅かにできた隙を縫って、シェヘラザードはパワードレイクの眼前まで接近する。
「あんたを助けるために使ったこの武器を、あんた自身に使う日が来るとは……夢にも思わなかったよ!!」
「ハイパーフラッシュ、起動」
カッ!
「……ッ」
パワードレイクの視界が強烈な光によって消し飛んだ。ダエーワシステムの影響下であっても、生物の本能というものは優先されるらしく、自然と身体が丸まる。
「よし!これで……と言いたいところだけど……」
バァン!
「あんたも来るわよね!クウヤ!!」
パワードレイクの背後に回り込もうとしたシェヘラザードに銃弾が放たれた。当然、こんな鬱陶しい真似をするのはシュヴァンツ副長、我那覇空也が駆るターボドレイクである。
「やっぱりあいつからやらないと駄目みたいね……!」
シェヘラザードは方向を転換し、ターボの下へと走る!
しかし、ターボドレイクは足下のタイヤや、背中のウイングを駆使して、高速でバック!距離を保ちながら……。
バン!バン!バァン!!
狙撃を繰り返す。
「クウヤの能力とあのマシンの性能……最悪にマッチしているわね……」
「高速で後退しつつ、長射程のライフルで狙撃……所謂、引き撃ち戦法とでも言うんでしょうか、シンプル故に厄介です」
「弱点はエンターテイメント性に欠けるぐらいね……!」
バン!バン!バァン!!
それでもシェヘラザードは狙撃をくぐり抜けながら、逃げる青い竜を追い続ける。
「マスター、もう少し回避運動を大きく取ってください。危険です」
フジミは最小限の動きしかしておらず、弾丸は紙一重どころか、装甲を掠め、火花を散らしていた。マロンじゃなくても、危険だと注意するだろう。しかし……。
「いえ、このまま……いや、もっとギリギリで行かないと、あいつには追い付けない……!」
「ですが……」
「あの時と、議員先生を暗殺しようとした奴をナーキッドに乗ってクウヤと追っかけた時と真逆……トップスピードで上回ってるターボドレイクに追い付くためには、この閉鎖された空間とシェヘラザードの小回りの良さを生かすしかないのよ!」
フジミの言う通り、このベルミヤタワーの展望台という環境で、壁や天井を蹴り上げ、加速することでなんとか追い縋っているというのが現状であった。だが、それほど地形を利用し、リスクを犯しても一向に距離が縮まらない。
バン!バン!バァン!!
「――ッ!?」
「マスター、やはり危険です」
「ここで逃げたら、不死身の異名が廃る!それにこれ以上離れたら、クウヤの弱点を突くこともできない!」
両者の距離は縮まらない……だが、それ以上に大事なのは、離されないということなのだ。フジミは最初からいずれ来るであろうワンチャンスに賭けている。
「マロンは足下にエネルギーを集中しておいて」
「……了解しました」
「多分……クウヤのことだから、そろそろ……」
フジミは部下であるクウヤのことを熟知していた。それを証明するように青き竜の視線が再び足元に向いた。
「――!今よ!!」
シェヘラザードは床が砕けるほど強く蹴り上げ、自らが弾丸になったかのように猛スピードでターボドレイクに飛んで行った。
青き竜は迎撃……できない!
「頑張って矯正したフェイントの前に本命の場所を目で確認してしまう悪癖……ダエーワの支配下だと出ちゃったわね!!」
出鼻を挫かれたターボだったが、すぐにライフルを投げ捨て、格闘戦の体勢に移行した。
「はっ」
「そんなただ反応しただけの攻撃なんて!」
繰り出される拳、しかしシェヘラザードはあっさりとかわし、青き竜の側面に回り込む。彼女がずっと目指していたポジションだ。
「さぁ!ギャンブルの時間よ!全ては栗田杏奈次第!!」
フジミの頭に再びアンナとの思い出が甦る。初めての任務を終えてから、数日後に会話したあの日の記憶が……。
「ここに注目」
「背中……いや、脇腹か?」
「うん。人間の身体でいう肋骨の下から一つ目と二つ目の部分の背中側のところだね」
「そこがどうしたの?」
「この部分の防御力が想定よりも弱い。しかも、ダメージを受けると一時的にドレイクの機能が麻痺を起こすという最悪のオマケつき」
「ワタシが初陣でドレイクをぶっ壊したおかげで見つかった致命的欠陥!アンナが上に不信感を覚えていたなら、報告していないはず!!」
ドォン!!!
シェヘラザードはターボドレイクの“弱点”に思い切り掌底を叩き込んだ。パンチではなく、掌底にしたのはその方が衝撃を伝えられると思ったからだ。
彼女の選択は正しかった。掌底から放たれた衝撃は青い装甲の奥まで染み渡り、内部のメカへ。直撃した場所を震源地としてターボドレイクの全身に電流が広がる。
「――ぐうぅ!!?」
そして、ターボドレイクは受身も取らずに前に倒れた。
「我那覇機……完全に沈黙」
「ダエーワも機能停止したってことね……くそみたいなシステムの支配下じゃなければ、武器関係が麻痺するだけで済んだのに……」
フジミの言う通り、装着者の意思がマシンをコントロールしていたら、勝負はまだ続いていただろう。だが、マシンが装着者を支配する歪な形を取っていたドレイクだからこそ、今の掌底が、たった一回のさほど殺傷能力のない攻撃が、決着の一撃になってしまったのである。
「さてと、まずは一人……」
ターボドレイクを見下ろしていたシェヘラザードが顔を上げる。その視線の先には回復したパワードレイクがこちらに走って来ているのが見えた。
「続いて……二人目!!」
シェヘラザードは黄色い竜がやって来るのを待つのではなく、自ら迎えに行った。 残っているアサルトのことを考えると一刻も早く二匹目も仕留めたいのだ。
「ふん」
パワードレイクの大きな拳がもう一回り大きくなったように見えた。無駄のないモーションから繰り出されるストレートは相手からしたら、そう見えるものなのだ。
「いいパンチね……ワタシ以外だったら、一発KOね」
しかし、そんな完璧なパンチもシェヘラザードの肌には触れることすらできない。拳と彼女の頭の間には物理的にも、技量的にも大きな隔たりがあった。
「ふんふん」
それでも懲りずにパワードレイクは拳を撃ち続ける。
そして、それをシェヘラザードはかなりの余裕を持って避け続けた。
(ターボの狙撃と違って、ギリギリでかわすなんてスリリングな真似をする必要はない。ただただ丁寧にマージンを大きく取って、煽るように、眠っているリキの心を逆撫でするように……!)
最短距離を最速のスピードで通過していたパンチが徐々にぶれ始める。モーションがどんどん大袈裟に、雑に……。
「ふ……」
「!!」
パワードレイクは遂に過剰なほど振りかぶった。クウヤと同じくダエーワにコントロールされていることによって、リキの悪癖が姿を表してしまったのだ。
そして、それこそがフジミが待ち望んだチャンスの瞬間!
「イライラしちゃって!!」
すかさずシェヘラザードは懐に潜り込み……。
「でやぁっ!!」
ガァン!!
「――ッ」
黄色の竜の視界が跳ね上がる。お手本のようなコンパクトなモーションから放たれた掌底のアッパーを顎に食らったのだ。リキもダエーワシステムもあまりに突然のことに自分の置かれている状況が理解できない。
その間にシェヘラザードは竜の背後を取った。
「あんたもおやすみ……なさいッ!!」
ドォン!!!
「――がっ!?」
ターボドレイクと同様に弱点を叩かれたパワードレイクは機能が麻痺し、ドスンと大きな音を立てて倒れた。
「二人目も制圧完了……あとは……」
ババババババババババババッ!!
一息つく暇など与えてなるものかと言わんばかりに、シェヘラザードに銃弾の雨が降り注いだ。拘束を解いたアサルトドレイクがやって来たのだ。
けれど、不死身のフジミにはその程度の攻撃は不意打ちにもならない。
「ダエーワのおかげか、それともマル、あんた自身が成長したのかはわからないけど、仲間をやられても動揺を見せないのはいいことね」
弾丸の嵐を避けると、シェヘラザードはまるで教師のように自分に襲いかかる敵を評価しながら、壁や天井を蹴り、赤き竜の周りを旋回し始めた。
「今のあんたに弱点はない……だけど、今のあんたの“身体”には付け入る隙がある」
自分の周りをハエのように飛び回るシェヘラザードをアサルトドレイクは頭を動かし、身体を捻り、必死に追った。
そう……何度も何度も身体を捻ったのだ。
ズキッ……
「――くっ」
アサルトドレイクの動きが一瞬、止まった。それはフジミの作戦が成功したということを意味している。
「ちょっと可哀想だけど、ザカライアに受けた古傷を開かせてもらったわよ!痛みを消していると言っても、あの傷の痛みは別格!意識でどうにかできるもんでもないでしょ!!」
シェヘラザードはアサルトドレイクの眼前まで接近……。
「こ……の……」
赤き竜は咄嗟に手を伸ばし、押し退けようとする……が。
「甘い!」
ドスウゥゥゥン!
「――?」
シェヘラザードはその勢いを利用して投げ飛ばした!赤き竜は空中を縦にぐるりと一回転し、うつ伏せで落下する!
「これで……ラストォッ!!!」
ドォン!!!
「――ッ!?」
人間の身体でいう肋骨の下から一つ目と二つ目の部分の背中側、そこにハンマーのように真上から掌底を叩きつけた。
すると、マルは声にならないか細い音を口から出した後、動かなくなった。
「ふぅ……マロン」
「はい。我那覇機、飯山機、勅使河原機、三体のドレイクの機能停止を確認しました」
「そう……これで……」
マロンの報告を聞くと、フジミの顔は自然と綻んだ。彼女の心は今、可愛い部下を取り戻した喜びで溢れていた。




