三匹の竜 その②
先頭の青き竜はターボDライフルを召喚、乱射しながら高速で突撃して来る。
「このぉ!!」
シェヘラザードは放たれた弾丸を盾で防ぎ、一夜で斬り払い、持てる全ての力を使って迎撃する。
だが、そうしている間に本命であるカッターが届く射程までターボドレイクは接近していた。
「くっ!?」
「はっ」
チッ!
「………ん?」
カッターは僅かにシェヘラザードの増加装甲の表面に触れ、火花を散らした……たったそれだけ。
「これは……」
攻撃をした本人はもとより回避したフジミも戸惑っていた。本来ならば増加装甲を斬り裂き、その下の本体、さらに生身のフジミの肉体にもダメージを喰らっていないとおかしいのだから。
「まだだ」
その疑問を払拭する時間など与えまいと、第二陣であるアサルトドレイクがクローを振り上げる……が。
「よっと!」
まるで一流のサッカー選手がディフェンダーを抜き去るように、シェヘラザードはターンして、流れるようにアサルトと位置を入れ変えた。
「この……」
アサルトをかわした彼女の目の前に第三陣、パワードレイクの拳が撃ち込まれる。
「よいしょ……っと!!」
サッカーの次は体操選手だと言わんばかりに、シェヘラザードは自分を破壊するために繰り出された巨大な拳の甲に片手をつき、そのまま跳び箱の要領で跳んだ。くるくるとパワーの頭上を回転しながら、飛び越え、着地もビシッと決まる。
「審査員がいたら十点満点を入れてるわね」
自画自賛をしつつ、部下達の最強合体攻撃を攻略したフジミは彼らから離れ、間合いを取る。
「さすがですね、マスター。まさかギードライブを追加装甲によく見ないとわからないほどの小さな傷をつけるだけで攻略してしまうなんて」
「違うよ、マロン……あれは」
(あれはオレが食らった技じゃない……!)
技を受けたフジミはもちろん、それ以上にかつてその技の被害に会い、今は遠目で全体を見ることができたザッハークにはそれの不完全さがよくわかった。
(まず単純にスピード不足、さらに攻撃のタイミングもバラバラ、あれでは三下相手は倒せても、神代藤美は倒せないな)
ザッハークは腕を組み、壁にもたれかかった。この戦いには手を出さないとは言ったものの、いつでもフジミが窮地に陥ったら、飛び出せるように準備はしていた。けれど、今の攻防を見て、考えを改めたのだ。彼女に全てを任せようと。
「あいつらどうやら連携は上手くなってもギードライブは下手くそになっているみたいね」
「あの技にはダエーワが抑え込んでいる感情が大事ということでしょうか?」
「そうね……あの技はあの子達が意地を張り合ってこそ成り立つ必殺技……ってことなのかもッ!!」
シェヘラザードは反転、必殺技の発動直後で隙を晒しているパワードレイクに突進……。
バババババババババババババッ!!
「――ッ!?」
攻撃に転じようとした瞬間、弾丸の雨が降り注いだ。アサルトドレイクが両手に持ったマシンガンを発射したのである。
「マルめ……出鼻を挫いてくれるじゃない……!」
シェヘラザードは再び回避に専念することになってしまった。ジグザグとステップを踏みながら、弾丸を回避すると彼女の代わりに床や壁に穴が空いた。
「せっかく改装したのに……これって税金も使われてるのよね?」
「はい、バッチリ」
「仕方ないこととは言え、なんだか申し訳ない気持ちに……」
「パワーDガトリング」
「!?」
バババババババババババババッ!!
タワーの被害を心配するフジミに追い打ちをかけるように体勢を立て直した黄色の竜が背中から生えたガトリング砲をフル回転させ、さらに弾丸をばらまく。
「あいつら市民の血税をなんだと……じゃなくて、どうやらインファイトから遠距離からの撃ち合いにシフトしたみたいね」
「はい、これもシュヴァンツの基本戦術にあるパターンですね」
「ってことは……」
バァン!!
「ッ!?」
弾丸の嵐が吹き荒れる方向とは別の、上方から一筋の光が流れ星のように空を切り裂き、シェヘラザードの胸元の増加装甲を抉った。
「やはりフィニッシャーはクウヤか!!」
シェヘラザードが顔を上げると、展望台の高い天井スレスレを青い竜はウイングを使って飛び回っていた。
「鬱陶しいわね!マロン!千夜、ホーミングモード!!」
「了解」
バン!バン!バァン!!
拳銃を召喚すると同時に失礼にも上司を見下す部下に狙いをつけ、引き金を引く。
ターボドレイクはその場から離れるが、発射された弾丸はグネグネと蛇行し、竜の後をついて行く。
「そのまま撃ち落とせ!」
「飯山」
「押忍」
ガァン!
追尾弾とターボの間にパワードレイクが割って入り、その重装甲で弾丸を弾き飛ばす。
「くっ!?威力の低いホーミングじゃ、あの装甲は破れないか……!」
「いえ、飯山機にはフルパワー以外、通用しないかと」
「なんて面倒な……!」
「残念ですが、それが事実です。さらに残念ですが、勅使河原機が来ています」
「はっ」
ブゥン!
「わかっているわよ!」
背後から振り下ろされた爪を、感知していたフジミはあっさりとかわし、さらに……。
「千夜!ノーマルモード!!」
バァン!
弾丸はアサルトの肩の装甲を貫いた……が。
「はっ」
ガギン!
「ッ!?」
アサルトのクローとシェヘラザードの鉈がつばぜり合いになる。両者、武器越しに睨み合う。
「あんた……今、攻撃を避けなかったわね……?」
「………」
「ぐっ……!?」
マルは尊敬する姐さんの問いに答えない。代わりに腕に力を込め、爪をその身体に届けようとする。
「この!」
アサルトの視界からシェヘラザードの姿が消える。敢えて自ら倒れこんだのだ。そして……。
「もう一度!ホーミング!!」
バン!バン!バァン!!
寝そべりながら拳銃を連射する。追尾弾ではアサルトの装甲も貫くことはできなかったが、衝撃は確かに伝わる……はずだった。
「ふん」
赤き竜は刹那も怯むこともなく、爪を仰向けになっている上司に振り下ろした。
「アンカー!!」
シェヘラザードは盾に装備された二本のワイヤー付きのアンカーのうち一本を射出、それを天井に撃ち込み、引き寄せることで窮地を脱出する。
赤き竜の爪は虚しくも床に深々と突き刺さった。
「あの動き……まさか……」
フジミはこれまでの攻防で部下達の動きに違和感を感じ始めていた。そのことについて考えをまとめようと脳をフル回転する……暇など彼らは与えてくれない。
「はっ」
「――!?」
アンカーを回収しているところに、パワードレイクが強襲!自慢のナックルをねじり込むように撃ち出す。
「この!?本当……いつもよりもカバーのタイミングが早くて、苛つくわ……ねッ!!」
拳を回避しながら、シェヘラザードは黄色の竜の首元に鉈を……。
グンッ!
寸止めした。パワーはまるでそうなることがわかっていたかのように微動だにしなかった。
(やっぱり、この子達……!)
攻撃が止まると、すかさずパワードレイクは腰を落とし、床を蹴り上げる。タックルだ!
「うわっ!?」
シェヘラザードは押し倒され、その上にパワードレイクが馬乗りになる。
「ふん」
ドゴオォン!
黄色い竜が拳を自らの真下にある冠を被ったような頭部に向かって垂直に叩き込んだが、マウントポジションを取られながらもシェヘラザードは必死に上半身を動かし、回避した。
「っていうか、ワタシがいくら魅力的だからって、いきなり押し倒して、馬乗りは……ないんじゃないの!!」
ガァン!!
シェヘラザードの各部に装備された追加装甲が勢いよくパージされる。
胴体に装備された装甲が彼女に遠慮なく乗っている黄色い竜を少しだけ浮かし、胸部の装甲が彼の顔面に直撃する。
そのほんの一瞬できた隙で、シェヘラザードは拘束から抜け出した。
「ふぅ……とりあえず脱出……」
バァン!!
「!?」
目の前を通る弾丸がスローモーションに見えた。これまでの激闘の経験か、はたまた神代藤美が持つ野性的な勘のおかげか、ターボドレイクの狙撃を反射的に回避したのだ。
「男三人でか弱いレディ一人を寄ってたかって!!」
バン!バン!バァン!!
お返しとばかりに千夜を連射するが、ターボドレイクのスピードの前では無意味だった。
青い竜は攻撃を避けながらも、ライフルの銃口をシェヘラザードの額に向ける。そして、引き金を引く……前にちらっとターゲットの右足の方に視線を向けた。
(今のは……!)
バァン!
放たれた弾丸はターゲットには当たらず、床に吸い込まれた。咄嗟にシェヘラザードが右足を上げたのだ。
「……………」
バン!バン!バァン!!
感情をダエーワシステムに抑え込まれていても、今のは腹が立ったのか、ターボドレイクは自棄になったようにライフルを乱射した。
「そんな破れかぶれのアプローチじゃ、ワタシは落とせないわよ!」
シェヘラザードはひらりひらりと銃弾をかわしながら、盾の裏に取り付けられている二つのボール状の物体を手に取った。
「このままじゃ埒が明かないから、一旦お互い頭を冷やしましょうっと!!」
そして、そのボールを前方に投げた。
バァン!バァン!
ボールは空中でターボドレイクに撃ち抜かれる……が。
ボシュウ!!
そんなの関係ねぇと、大量の煙を噴出しながら炸裂した。目眩まし用の煙幕弾だったのだ。
展望台全体をもくもくと真っ白い煙が包み込み、ターボドレイクはターゲットを見失った。
「はぁ……はぁ……ふぅ………」
煙のどさくさに紛れてシェヘラザードは物陰に隠れた。とりあえず呼吸を整えることに専念する。
「はぁ……本当、味方だと心強いけど、敵に回すと厄介ね……」
「マスターのしごきのおかげです」
「こんなことになるなら、もっと適当にやれば良かったわ……はぁ……」
フジミはまさしく恩を仇で返された気分で、思わずため息が漏れた。
「まぁ、過ぎたことを言ってもしょうがない……それよりもこれからのことよ」
「はい。過去は振り返らずに行きましょう」
「なんか、どんどんと人間くさくなってるわね、マロン」
「AIも成長するんですよ」
淡々としているが、その言葉はどこか自慢気で嬉しそうだった。マロンにとって人間くさいというのは最上級の褒め言葉なのだろう。
「そう……じゃあ、さっきのマル達の動きをどう思う?」
「恐怖心や痛みに対して鈍感になっているのは、事前にプロフェッサーに聞いた通りですが、彼らはそれ以上に……」
「それ以上に?」
「マスターに殺意がないことを理解して、防御行動を蔑ろにしているように思えます」
フジミは肯定の意思を自分の身に纏っているマシンに伝えるように、首を縦に振った。
「ワタシも同意見よ。あの子達、自分が殺されないとタカを括っている。いや、むしろ殺されてもいいと思っているのかもね……」
「確かに……そのような事態になればマスターの精神に大きな傷を残すことができますから」
「どちらに転んでもワタシが苦しむような命令をしたのよ……あの偽物くそ野郎は……!!」
偽桐江が自分を嘲り笑っている顔が脳裏に映し出されると、フジミは仮面の下で歯を強く食い縛った。
「ですが、僅かに光明も見えました」
「……ええ」
フジミはついさっきターボドレイクの狙撃を避けた瞬間のことを思い浮かべる。彼女の推測が正しければ、付け入る隙があるということになる。
「でも、あれだけじゃ足りない……もっと確実にあの子達を止めるためには、できればもう一つ、何か……」
フジミの脳内で今までシュヴァンツで過ごして来た日々が走馬灯のように流れた。しかし、ただ流れただけ、この状況を打破するようなベストアンサーはヒットしない。
「何か……装着者の弱みはわかりましたから、マシンの方、ドレイクの弱点なんかを見つけられればいいんですけどね。そんなものはないでしょうが」
何気なく放ったAIの言葉……それを聞いた瞬間、ふとフジミの頭に栗田杏奈の顔が過った。
「ああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「――!?マ、マスター!?どうかしたんですか!?」
突拍子もない声を上げる主人に、成長著しいAIが慌てふためいた。
「ごめんごめん!そして、ありがとう……!」
「……?わたくしは何もしていませんが……?」
「いや、あんたはよくやってくれたよ……あんたのおかげで大切なことを思い出せた……!」
何気なく呟いたマロンの言葉が、フジミの脳の奥に眠っていた記憶を刺激し、サルベージしたのだ。
そして、それこそがフジミが探し求めていたものだ。
「この不毛な戦いを終わらせる最後の鍵を見つかった……!」




