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No Name's Fake  作者: 大道福丸
本編
46/194

三匹の竜 その①

「…………と、気合を入れて、突入してみたものの……」

「特に何もないな……」

 ベルミヤタワーの内部はドレイクの軍団が押し寄せる外とは対照的に人一人おらず、閑散としていた。シェヘラザードとザッハーク、二人の足音だけが照明のおちた薄暗い空間にカツンカツンと寂しく響く。

「何と言うか……拍子抜けだな……」

 言葉とは裏腹にザッハークは肩から生えた蛇を忙しなく動かし、警戒を怠らない。

「そうね……てっきりもっと罠とか仕掛けてあるのかと……」

 フジミは普段は観光客で賑わうお土産屋の前で、人気ナンバー1とポップに書かれている商品を手に取った。

「これ、美味しそうね。一個持って帰っちゃ駄目かしら?」

「……貴様、警察官だろ……?盗みを働く気か?」

「ま、まさか!!ちゃんとお金は払うわよ!じゃなくて、冗談よ!冗談!!」

 フジミはあたふたしながら、商品を元あった場所に戻した。その慌てようは、とても冗談だったとは思えない。

「本当に本当なんだから!ワタシはあんたをリラックスさせようと!!」

「わかったわかった。おかげで肩の力が抜け……」


チン……


「――たッ……!!」

「ッ!!」

 得体の知れない音が両者の耳に届くと、その瞬間、彼女達は談笑を打ち切り、各々構えを取った。二人ともふざけているようで、いつでも敵の襲撃に対応できるように心身共に臨戦態勢なのだ。

「ザッハーク……今の音……」

「普通に考えたら、エレベーターが到着を知らせるベルだな……」

 二人の視線は一階フロアの真ん中に配置されているエレベーターに向けられる。

 すると、彼らの想像通りエレベーターの扉から光が漏れだし、それが徐々に大きくなっていく。そして、彼らを誘うように扉は全開になった。

「オレ達が入ってきたこのタイミングで……どう思う?」

「どう思うも何も、上に来いっていうお誘いでしょ」

「罠……だよな?」

「ええ、でもわかった上で敢えて乗ってあげようじゃないの」

「二つの意味でか?」

「二つの意味でよ」

 覚悟を決めたシェヘラザードは構えを解いて、ずかずかとエレベーターへと歩き出す。それにザッハークは付いていく。

「このエレベーターに乗った先に、何が待ち構えているのか……」

「あいつほどじゃないけど、ワタシもそこそこ性格が悪いから大体の見当は付くわ。あんたも奴をずっと探り続けていたなら、わかるんじゃない?」

「あぁ……奴ならきっと……!!」

 ザッハークは苦虫を噛み潰したような顔で怒りを露にした。彼らの予測通りなら、自分以上に怒り狂ってもおかしくないフジミが飄々とした態度をとっているのが、さらにやるせなさを増し、彼の中の偽物の桐江颯真への憎悪を大きくした。

「さてと……蛇が出るか、鬼が出るか……それとも竜が出るか……楽しみね……!」

 二人がエレベーターに乗り込むと、すぐに扉は閉まり、上へと動き出した。

「……このエレベーターに乗るの、子供の頃以来ね」

「……オレもだ。一度だけ両親に連れて来てもらったことがある」

「楽しかった?」

「あぁ……とても……」

 両親の笑顔が脳裏を過り、思わずザッハークの顔が緩んだ。

「きっとあんたやワタシみたいに、このタワーに楽しい思い出がある人がこの国中にいっぱいいるんでしょうね」

「そんな場所をこの国を恐怖で支配するために使うとは……許せないな……!」

 偽物の桐江のやろうとしている外道さを再認識し、決意を新たにする。彼のやろうとしていることは未来だけでなく、過去も汚すことなのだ。

「それにしても仕方ないのかもしれないが、こんな目立つ場所で事を起こすとは……」

「いや、あいつ的には目立った方がいいんでしょ」

「国民に自分が新たな支配者だとアピールするためか?」

「それもあるけど、もっと単純……あいつ、自分のことをみんなに知ってもらいたいんだと思う?」

「ん?」

 フジミの言葉が理解できないザッハークは三つの頭を仲良く傾げた。

「自分のことを知ってもらいたい?どういう意味だ?」

「そのまんまよ。自分という存在と自分の今までやって来たことをみんなに教えたいのよ」

「一体、何のために?オレには合理性が感じられないんだが……」

「合理的とかそういう問題じゃないのよ。そもそも本当にリスクマネジメントを考えるなら、ワタシにわざわざ正体をバラさない。あいつは不合理な人間なのよ」

 話せば話すほど思考の迷路に迷い込み、ザッハークの頭の上にさらに多く?マークが浮かび上がる。

「言われてみればそうだが……オレには理解できない。そんなことをして何になる……?」

「あんたが奴の心を理解できないのは、あんたが持っているからよ……奴の持っていないものを」

「奴の持っていないものをオレが持っている……それは……」

「アイデンティティーよ。他人に成り済ますあいつにはそれが希薄……いや、むしろコンプレックスなのかもね。だから自分のやったことを誰かに自慢したくて仕方ない、承認欲求の塊なのよ。そのためなら多少のリスクにも目を瞑………ん?どうしたの?」

 ザッハークがきょとんとした顔でフジミを見つめていた。彼女がそこまで偽物を分析していたことに驚愕したのだ。

 フジミの天性の才能とシュヴァンツの隊長として部下と触れ合った時間が人を見る目を養い、今開花させたのだろう。実際に彼女は偽桐江颯真の本質を的確に捉えている。

「いや……何というか……今になって貴様が部下に慕われている理由がわかった気がする」

「漸く?」

「漸くだ。それにしても貴様の話が事実だとしたら、いや、多分事実なのだろうが、腹立たしいがオレやクラウスは奴のやっていることを自慢するために、自尊心を満たすためだけに敢えて見逃されていたのかもしれないな」

「皮肉だけど、あいつを憎むあなた達が最もあいつの欲しかったものを与えていたのかもね」

「だが……!」

「ええ、そんな覚悟も我慢もない行動が実を結ぶわけない。いずれあいつは破滅するわ。ワタシ達が手を下さなくても、そのコンプレックスからいずれね」

「もちろん、だからといって見逃してやるつもりはないがな」

「いずれと言うなら、今終わらせてもいいはず!あいつの空っぽの胸をかっさばいて、代わりありったけの弾丸を詰め込んでやる!」

 シェヘラザードは左の手のひらに右拳をパンと打ちつけた。

「気持ちはわからないでもないが、もっと品のある言い方できないのか?」

 ザッハークはあんまりなフジミの物言いに正直呆れる。

「品ねぇ……ワタシもほんの少し前まではスマートにお上品に戦って“華麗なるフジミ”とか呼ばれたいと思ってたけど……」

「今は違うのか?」

「戦いに品格もくそもないって、教えられたからね……あんたやクラウス、そしてコーダファミリーの連中に」

「オレ達が下品だと言いたいのか……?」

 不服そうにザッハークは顔をしかめた。フジミは否定するように首を横に振る。

「そうじゃないわよ……ただ……ただ本当に勝ちたいなら形振り構ってられないって学んだだけよ。そして例えどんなに無様でも、どんなに泥臭くても勝たなければいけない戦いもあるってことも知った……!」


チン!


 彼女の覚悟に応えるように、エレベーターが目的の階に到着し、扉が開く。どうやら展望台のようで、一面ガラス張りで双眼鏡がいくつも配置されていた。

 そして、そんな楽しげな場所に似つかわしくない無表情の三人の男がフジミ達を待ち構えていた。

「だから……どんな手段を使っても取り戻すわ、あんた達を……!!」

 フジミ達を出迎えたのは勅使河原丸雄、飯山力、我那覇空也の三人、シュヴァンツの三人だった。

「当たっていて欲しくなかったが……予想通りだな……」

「ええ……本当、性格の悪い……!」

 二人はエレベーターから降りる。役目を終えたエレベーターはすぐに扉を閉め、沈黙した。

「あの目……完全にダエーワでキマっちゃってるわね」

 彼ら本来の心は闇の底に沈められていることを証明するように、三人の瞳に輝きはなく、生気は全く感じられない。闘争心もなく、ぼーっと上司と紫の怪人を眺めていた。

「昨日のように戦闘を拒絶するようなことはなさそうだな」

「さすがにこの期に及んで、そんな不安定な奴を刺客に寄越すほど、偽物さんも享楽的ではないわよ」

「で、どうする?オレとしてはリベンジじゃないが、赤いのと黄色いの、あの二人とやりたいのだが……」

 ザッハークは指をポキポキと鳴らしながら動かした。彼個人としてはマル達と決着をつける理由は最早ないが、それはそれとしてやられっぱなしなのも我慢ならない。

「やる気満々のところ悪いけど……ワタシ一人でやるわ」

「あぁん?」

 闘争心を燃え上がらせているところに、冷や水をかけられたザッハークはギロリと隣のシェヘラザードを睨んだ。

「それはただの私情か?それとも貴様には合理的な理由があるのか?前者なら、オレはその提案を受け入れないぞ……!」

「安心しなさい、後者よ。というか、あんた自身がわかっているでしょ?無駄な体力を使う余裕が自分にはないってことを……」

「貴様……」

 フジミは偽物の桐江颯真のことだけでなく、本物の桐江颯真のことも見透かしていた。彼が万全ではないことを……。

「気づいていたのか……」

「気付くというより、いくら再生能力が高いと言っても、一日そこらで回復するような半端な技はシュヴァンツの隊長として仕込んでないわよ。シュヴァンツ・スーパー・スペシャル・トリプル・ギードライブってのはそれだけの技なの。それをもろに食らったあんたは偽物さんとの最終決戦に備えて休んでおきなさい」

「だが……」

「それにあの子達と、ドレイクに関してはワタシの方が色々と詳しいし、一人でやった方が都合いいのよ」

「…………わかった。そこまで言うなら、オレはこの戦いには手を出さない」

「ありがとう」

 ザッハークは渋々だがフジミの意見に納得し、下がっていった。

「ふぅ……それじゃあ久しぶりに稽古をつけて上げましょうか!!」

 紫の怪人が戦闘区域から離脱したことを確認すると、シェヘラザードは手に持っていたマシンガンを三人の部下達に向けた。

「手始めに……これはどう!!」


バババババババババババババッ!!


 けたたましい音と共に銃口から無数のトリモチが発射される……そう、トリモチが。あくまでこの機関銃は敵を無傷で捕らえるためのものだ。

「戦闘開始だ」

「おう」

「押忍」

 迫り来るトリモチに顔色一つ変えず、クウヤ達は愛機を取り出した。

「ターボ」「アサルト」「パワー」

「「「ドレイク」」」

 昨日はフジミの危機を救うために現れた三色の竜が、今日は彼女の敵として降臨した。

 三人は愛機を装着すると同時に散開、トリモチをくぐり抜けながら、ターボとアサルトがシェヘラザードに向かって猛スピードで突っ込んで来る。

「さすがにこの程度じゃ仕留められないか……なら!マロン!」

「はい。いつでも発射できます」

 シェヘラザードの脚部に取り付けられた小型の三連装ミサイルコンテナのハッチが開く。

「それじゃあ……発射!」


ドン!ドン!ドン!!


 ミサイルは発射されるとすぐに炸裂!中からタワーに来る道中で使ったものより小さい電磁ネットが飛び出し、ドレイクの眼前で広がる……が。

「ターボDカッター」

「アサルトDクロー」


ザンッ!ザンッ!ザンッ!!


 青き竜の刃と赤き竜の爪によって細切れにされてしまう。そしてそのまま……。

「喰らえ」

「うおっと!」

 アサルトドレイクは爪で串刺しにしようとする!しかし、シェヘラザードは爪をあっさりとかわす。

「一発で決めようとしすぎよ、マル!!」

「それはどうかな」

「えっ……?」

 アサルトドレイクの頭を飛び越え、ターボドレイクが蹴りを放つ!


ガァン!


「――ッ!?」

 シェヘラザードは左手に装備した盾でガードするが勢いを殺し切れずに吹っ飛ぶ。

「マルを目隠しにして、クウヤが追撃……やるじゃ……」

「マスター、飯山機、上方より来ます」

「な!?」

 マロンに言われ、上を向くと、そこには拳を振りかぶる黄色い竜の姿があった。

「パワーDナックル」

 竜の拳が一回り大きくなると、そのままシェヘラザードに振り下ろされる。


ドゴオォォン!!!


 展望台の床にクレーターが形成される。シェヘラザードは搭載されているAIの助言のおかげでかろうじてパワードレイクの一撃を回避することに成功したのだった。

「マルとクウヤが敵の体勢を崩して、リキが仕留める……訓練通りね。けど、訓練と違って完全に殺しに来てる……!遠慮も躊躇もない……!!」

 訓練ではなく、実戦で本気の部下達の殺意を向けられたフジミは背筋が凍った。仲間としてはあんなに心強かったのに、敵に回るとこんなにも恐ろしいのかと。

「外しましたか……でも」

「まだ……」

「始まったばかりだ」

 三匹の竜は今度は同時に上司へと襲いかかる。

「ちっ!こっちもちょっとはマジにならないと駄目みたいね!」

 シェヘラザードはトリモチマシンガンを投げ捨て、空になったミサイルコンテナをパージして、ドレイクに向かって蹴り飛ばした。しかし、コンテナはターボの腕から生えた鰭のような刃に真っ二つにされただけに終わった。

「マロン!一夜を!」

「了解」

 分厚い刃を持った鉈を呼び出す。そして……。


キンキンキンキンキンキン!


 部下達と一合、二合と斬り結ぶ!……と言いたいところだが、ひたすら三匹の竜の攻撃を防ぎ、避けるだけで精一杯、シェヘラザードは防戦一方だった。

「さすがワタシの部下、シュヴァンツのメンバー……って自慢したいけど、なんかワタシが指揮してた時より連携が上手くいってない?」

「ダエーワが同期しているからでしょうね。システムが提示する最適な行動に基づき、感情を挟まず動ける故の連携です」

「一つの意志の元に敵を屠る三つ首の竜……ある意味、チームとしての理想形ね」

「はっ」

 感心するフジミにパワードレイクがストレートを撃ち込んだ。

「それぐらい!」

 けれど、ほんの二歩分後ろに跳躍することで、シェヘラザードは回避……。

「マスター、飯山機の拳は発射できます」

「あっ」


ドォン!!


「ぐっ!?」

 射出されたナックルをシェヘラザードはギリギリ左手の盾で防御する。しかし、これもまた勢いを殺せずに吹っ飛び、展望台の床をゴロゴロと無様に転がることになってしまった。

「……ったく!もっと早く言ってよ!」

「いえ、今のはマスターが覚えていなかった方が悪いです」

「なんかスパルタじゃな……いっ!!?」

 膝立ちになりながら、顔を上げるとフジミの視界には、黄色の竜が戻って来たナックルを再装備するところと、その彼の前に縦一列に並ぶ赤と青の竜の姿が見えた。

「まさか……」

「シュヴァンツ・スーパー・スペシャル・トリプル・ギードライブ」

「いきなりかよ!?」


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