特級バトル
偽物の桐江颯真もまた懐からリングを取り出した。ただしクラウスのものより小さい、つまり指輪だ。
「……君の気持ちが理解できたよ」
「何?」
「リアクションが薄いのは寂しいものだね」
苦笑いをしつつ、桐江は右手の人差し指に指輪をはめた。
「やはり君はアジ・ダハーカのことを知っていたんだね」
「ザッハークから聞いていた……あいつの親父さんが使っていたピースプレイヤーだってな。シームルグより前にシュアリーで製造された数少ない特級のな」
「そうだ、よく知っている。いや……たったそれだけのことしか知らないと言った方が正しいかな?」
「………」
クラウスは返事をしなかった。その沈黙が桐江の言葉の正しさを証明していた。
「このアジ・ダハーカの力というのは、はっきり言って“初見殺し”的な部分がある」
(初見殺し……)
「賢明な人間ならば、できる限りその能力を秘密にしたいと考えるはずだ……きっと息子にも言っていない……だろ?」
桐江は頭を傾け、意地悪そうな表情でクラウスに問いかけた。仮面の下ではクラウスが顔を強張らせる。今回もまた偽物野郎の思っている通りだったのだ。
「あぁ……ザッハークはそのマシンの能力については何も知らないって言っていた」
「やっぱり」
「だが、それがどうした……!初見殺しだが何か知らねぇが、シームルグが簡単に負けるかよ……!!」
クラウスにとっては相手の能力や強さなど関係ない。そんなことを気にする男ならば、深沢やシュヴァンツ達に旧式のルシャットⅠで立ち向かうなんて無謀な真似はしない。むしろ、相手の能力がわからない方が攻略しがいがあると逆に闘志が燃えるタイプだ。しかし……。
「いや……もう一度言おう。君は、シームルグはアジ・ダハーカには勝てない。それは確実だ。今まで君は様々な相手と戦い、生き延びてきたのだろうが、今、この状況でアジ・ダハーカと戦ったら無惨な死を迎えるだけだ。それ以外の未来はない」
「はっ!ヘルヒネを飲んで、どうせ死ぬっていうのに、そんな脅しが効くかよ!!」
「脅しではない。命を賭してまで目的を達成しようとする君に敬意を感じたから言っているんだ。どうせ死ぬというなら、わざわざ誰よりも憎い私にプライドをズタズタにされて殺される必要なんてないだろう……と」
「てめえ……!!」
桐江の言葉はクラウスを宥めるどころか、さらに怒りをかき立てた。それに反応するようにシームルグが四つの翼を広げる。そして……。
「そんなにおれに感銘を受けたってんなら……黙って首を差し出しやがれッ!!」
シームルグは飛んだ!生身の桐江颯真に向かって飛翔した!ピースプレイヤーを装着しようとしまいと、目の前の仇敵をズタズタに引き裂くつもりだ。
「そうか……やはり君は愚かな道を選ぶんだね」
鬼気迫る様子でこちらに飛んで来るシームルグを見ても動じることなく、桐江は品のある動きで右手を突き出し、人差し指を立てた。
「支配しろ、アジ・ダハーカ」
光とともに装甲が現れ、桐江の身体を覆っていった。
全身紫色の分厚い鎧、左手には杖を持ち、頭には冠のように角が生え、眼は左右三つずつ、計六つも付いている。
それがアジ・ダハーカ。紫の竜を家紋とする桐江家に受け継がれる最強の魔竜である。
「見た目は厳ついが……少しばかり鈍いんじゃねぇか!!」
アジ・ダハーカの放つ重々しいプレッシャーにシームルグは気後れすることなどしなかった。自慢のスピードであっという間に射程圏内に入る。
「喰らえ!天空王の舞い!!」
キンッ!!
「なっ!!?」
キャノンドレイクの四つのキャノンを一撃で切り裂いたシームルグの爪はアジ・ダハーカの紫色の鱗には通じず、あっさりと弾き返されてしまう。
「アジ・ダハーカの防御力はこの国、いやこの世界のピースプレイヤーの中でも最硬だと私は自負している」
「くっ!?」
「もちろん、攻撃も一級品だがね」
アジ・ダハーカの持っている杖の先端に白いもやがかかり、パキパキと音がした。
「ニクス・カプト」
バリイィィィィィィィン!!
アジ・ダハーカが杖を下から振り上げると、彼の前方に氷の剣山が波のように生成されていき、ついには橋を縦断した。
「さすがに逃げ足が速い……探しても見つからないはずだ」
「くっ!?」
アジ・ダハーカが六つの眼を上に向けると、足の先に氷をつけたシームルグが翼を羽ばたかせて、こちらを見下ろしていた。
しかし、心理的に上にいるのは紫竜の方なのは明らかだ。
「これが“初見殺し”の正体か……?」
「まさか。これはアジ・ダハーカの力の一端に過ぎない」
「これが……力の一部だと……!?」
改めて出現した巨大な氷山を見て、クラウスは戦慄した。クスリで高揚しているはずの彼が、あまりの攻撃の規模の大きさに恐怖を感じたのだ。
「あと、悠々と我が物顔が飛んで空を飛び回っているけど……そこは君だけの場所じゃない」
「何……!?」
アジ・ダハーカの言葉に違和感を覚えたシームルグは黄色い両眼を上に向ける。すると、そこには“黒”が広がっていた。
「いつの間に夜に……いや!これは……!?」
「そうだ、雲だ。正確には雷雲だよ」
分厚い雲の中からゴロゴロと低い唸り声のような音が聞こえてきた。クラウスは知る由もないが、ザカライアが死んだ時と同じ状況だ。
「これもお前が……!?」
「あぁ……これも我がアジ・ダハーカの力の一つ……“フルメン・カプト”」
バリバリバリバリバリバリバリバリッ!!
雲から糸を垂らすように細く鋭い雷が大地に降り注いだ。
「ぐうぅ!?」
雲と大地の間にいるシームルグは間隙を縫うように、雷をかろうじて避け続ける。
「どうした?逃げているだけなら今までと変わらんぞ?」
「こいつ!!」
紫竜の挑発に緑の鳥は威嚇するように、一際大きく翼を広げた。
「これならどうだ!シームルグフェザー!!」
ボボボボボボボボボボボボボン!!
翼を羽ばたかせると、数え切れないほどの光の羽が抜け落ち、雷や地面、そしてアジ・ダハーカに触れると爆発した。
「はぁ……はぁ……雷が止まった……!ってことは……いや!あの装甲はフェザーでは貫けない!」
自身の巻き起こした熱風を浴びながら、橋を覆う黒煙を見下ろす。すると……。
「くっ!?やはり……!!」
黒煙の中にこちらを睨む六つの小さな光と、その隣に大きな光が見えた。
「イグニス・カプト」
ボォン!!
黒煙をかき消し、巨大な火の玉が飛び出してきた。アジ・ダハーカの杖から繰り出された新たな攻撃だ。
「この!アウィス・ルーメン!!」
シームルグも手のひらから光を放ち、迎撃する。
ドゴオォォォォォォォォォォォン!!
光と炎は両者の間でぶつかり合い、二人の視線を遮る爆炎と煙のカーテンへと姿を変えた。
「フッ……イグニス・カプトと相打ちとは、大した威力だな」
「褒めても何もでねぇぞ!!」
爆炎と煙のカーテンを突っ切り、シームルグが再びアジ・ダハーカに接近する。
「デリャァッ!!」
ゴン!
「――ッ!?」
「無駄だよ」
上空から落下する勢いもプラスしたシームルグ渾身のナックルは鈍い金属音を鳴らすだけで、またも紫竜の鱗に傷をつけることはできなかった。
「無駄かどうかは!まだわかんねぇだろうが!!」
ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン!!
地面に降り立った緑の鳥は迷うことなく、拳を撃ち続けた。しかし、結果はいくらやっても変わらない。
「この……!?」
「一生懸命なのはいいが、少し冷静になった方がいいんじゃないか?」
「説教か!?」
「違う、忠告だ。ヘルヒネのせいで痛みを感じてないみたいだが、このまま続けると拳が壊れてしまうよ」
「――なっ!?」
シームルグは動きを止め、自身の腕を見た。非常に憎たらしいが敵の指摘通り、腕の装甲には無数の亀裂が入っていた。
(いつの間に!?痛みを感じないから気づかなかった……!痛覚が麻痺するのはメリットだと思っていたが、デメリットでもあるってことか……!)
驚愕し、呆然となるシームルグ。もちろんアジ・ダハーカは六つの目でそれを眺めているだけなわけない。
「反省はあの世でやってくれ」
「しまっ!?」
「ダハーカ・クロス、ブレード展開」
紫竜の持っている杖の先端に刃が生え、槍へと姿を変えた。それを……。
「ふん!!」
横に凪ぎ払う!
ザンッ!!
「――ッ!?」
痛みの感覚こそなくなったが、他の部分は健在だと言わんばかりに、大栄寺クラウスの数々の修羅場をくぐり抜けてきた経験と本能が反射的に身体を動かし、事なきを得た。だが……。
「さすがだな。では……これはどうかな……!」
アジ・ダハーカは槍を引いたと思ったら、すぐに突き出す。それを繰り返し始めた。刃が空気を引き裂きながら、シームルグの残り僅かな命を奪い去ろうと襲いかかる。
「くっ!?だが!その程度のスピード!シームルグなら!!」
絶え間なく繰り出される突きを、シームルグは紙一重で回避し続ける。これにはアジ・ダハーカも参っ……てはいないようだ。
「フフフ……そうだよ、その通りだ!アジ・ダハーカの攻撃は君には!シームルグには当たらない!しかし、同様にシームルグの攻撃も我がアジ・ダハーカの防御力には通じない!つまり私達の戦いが決着することはない!!」
「そんなこと!!」
「あぁ、そうだった……君はこのまま何もしなくても死ぬんだったな。つまり私の勝利ってことだ!!」
「ッ!?」
クラウスはヘルヒネとシームルグの力があれば、どんな敵が相手だろうと一時間も必要ないと考えていた。けれど、残念ながらその認識は甘過ぎたとしか言いようがない。このままでは偽物野郎の言う通り、千年あっても決着はつかないだろう。
「くそッ!!」
ゴン!
シームルグは槍の嵐の隙を縫って、アジ・ダハーカに蹴りを入れた。ダメージは当然ないが、それは承知の上。クラウスは距離を取るための発射台として紫竜を利用したに過ぎない。
緑の鳥はさらにぴょんぴょんと小さくステップを踏みながら後退し、両者の間にはかなりの距離ができた。
「どうした?もしかして尻尾を巻いて逃げるのか?」
「ふざけたことを抜かしてんじゃねぇよ!!」
桐江の言動を否定するようにしっかりと大地を踏みしめ、仁王立ち。さらにシームルグは黄色い二つの眼で狙いをつけると、両腕をくっ付けて突き出し、手のひらをアジ・ダハーカに向けた。
「てめえの装甲が硬いっていうなら、それを貫く攻撃を撃てばいいだけだ!!」
大きく花のように開いた二つの手のひらの中心に光の粒子が集まっていく。そして、それは一つの大きな光の球に……。
「おれの意志も!感情も!命も!全部くれてやる!シームルグ!!だから、代わりにおれにあいつを倒す力をくれ!!」
光はさらに大きく、さらに輝きを増していく。
「そうか……これが君の命の煌めきか……」
「あぁ……これが!おれの全身全霊!シームルグの最大最強の必殺技!“ファーブラ・アウィス・ルーメン”!!!」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
文字通り大栄寺クラウスの命を賭けた一撃が放たれた。自分の存在をこの世界に刻みつけるような光が橋を縦断していく。
その渾身の一撃のターゲットであるアジ・ダハーカは一歩も動かない。迫りくる圧倒的な命の輝きと熱、それをただ見つめながら偽の桐江颯真は……口角を上げた。




