命の閃光
クラウスは銀色のリングを自身の左の二の腕に嵌める。
桐江はその光景をただじっと見つめていたが、いつの間にか顔に笑顔が戻っていた。
「……何だよ……驚いたのは一瞬か?」
「フッ……行方不明になっていたシームルグを見つけていたというのは正直、私も予想をしていなくて心がざわついたよ。けれど、よくよく考えたら見つけただけだ……君は使えるのかい、それを?」
「特級ピースプレイヤーは人の感情を力に変える……だからこそ誰でも装着できるものでもないし、ましてや完全適合できる人間なんて一握り」
「そのシームルグも装着者を見つけるのに、千人以上の人間を試したと聞いている」
「で、漸く見つけた装着者は即暴走……暴れるだけ暴れて、どっかに行っちまったと思ったら、数ヶ月後に遺体として見つかった……」
クラウスはしゃべりながら、まるで宥めるようにシームルグを撫でた。
「それで最初の質問に戻るが、君は数々のハードルを乗り越え、シームルグを装着し、私を殺せるのかね?」
薄ら笑いを浮かべながら意地悪そうに桐江は首を傾けた。
どこまでも人を見下したような仇敵の問いかけ、それを受けて大栄寺クラウスは……。
「残念……最初のハードル、装着することさえもおれにはできなかったよ」
両手のひらを上に向けて、首を横に振った。表情も自虐的な笑顔が張り付いている。
その様子を見て、桐江の顔がまた真面目なものに戻った。今の説明と実際の行動が矛盾して、結びつかない。
「なら……どうしてそんなに余裕なんだ?結局、ただ自棄を起こしているだけなのか?」
微かにだが、確実に今日初めて戸惑いを見せる桐江の顔に満足しながらクラウスはポケットから新たにある物を取り出した。
「これは知ってるかい、偽物さん?」
出てきたのは何の変哲もない透明な小瓶で、中には何やら液体が入っていた。
「なんだ、それは……?」
「おっ?技術開発局局長ともあろうものが知らないのかな?」
「下らない挑発を……!」
そうは言いながら桐江にはその煽りは効いていた。顔からは笑みが完全に消え、目を細めて小瓶を凝視、それがなんなのかと頭の検索エンジンをフル回転させる。
「薬か何かか……?その言い分だと私が知っていてもおかしくない薬…………まさか!!?」
桐江は青ざめた。先ほどまでの余裕が嘘のように、顔つきも強ばる。彼のたどり着いた“正解”はそれだけのインパクトがあるものだった。
「さすがさすが!気付いたようだな!」
クラウスはその顔を見て、パンパンと手を叩き、満足そうに笑う。
二人の立場が二本の指でつまめる程度の小さな瓶で完全に逆転した。正確には瓶の中にある液体で……。
「君こそ理解しているのか……?その『ヘルヒネ』のことを……!」
「とある科学者が作った万能薬……の失敗作……だろ?」
「そうだ……口にすれば一時間もしないうちに死に至る劇薬だ……!」
「因果なもんだよな。人の命を救うために作ったものが、命を奪うことになる……そう言う意味ではピースプレイヤーも同じか、平和を祈る者、“PeacePrayer”から平和をもて遊ぶ者、“PeacePlayer”に……ってな」
「御託はいい……君はそんなものを持ち出して何をするつもりだ……!」
「まるで敵であるおれを心配しているみたいだな」
「そんなつもりはない……ただ私は……」
「わかっているさ……こいつの副作用が怖いんだろ?」
「ぐっ……!?」
図星を突かれ、たじろぐ桐江を見つめながら、クラウスは遂に瓶の蓋を開けた。
「ヘルヒネは飲めばたちまち死に至る……だが、いまだに理由は解明されていないが、不思議……というより、奇妙な副作用がある」
「飲めばたちまちありとあらゆる特級ピースプレイヤーを装着……それどころか完全適合までできるようになる……!」
「そうだ!これでおれはシームルグと一つになれる!!」
「こいつ!!?」
「これがおれの切り札!おれの命がお前の野望を打ち砕く最終兵器だ!!」
そう高らかに宣言するとクラウスは一気にヘルヒネを飲み干した。
「本当に……飲むとは……!!」
「ぐうぅ……!!?」
飲むと最初は激痛が全身を襲う。
「……はぁ……はぁ……痛みが消えてきたぜ……!!」
だが、すぐにそれは消え去る。正確には、全身の痛覚が麻痺し出したのだ。目は血走り、額に血管が浮き出た。
「いける……感覚でわかる……!」
そして、クラウスはもう一度シームルグを撫でた。
「おれの命をくれてやるんだから、しっかりと働いてくれよ……シームルグ!!」
シームルグは今度はクラウスの呼びかけに応じた。強烈な光が柱となり天に向かってそびえ立つ。薬と超兵器、そして大栄寺クラウスの命が織りなす儚くも美しい輝きだ。
その光が消えると、それは出現していた。
翡翠のような緑のボディー、背中から生えた大きな四つの翼、額には角のように配置された二つの羽飾りと第三の目のようなクリスタル。二つの眼は星のようにキラリと黄色く光輝いている。
シームルグ、十年ぶり二度目、シュアリーの大地に立つ。
「ふぅ……とりあえず装着はできたな……!」
クラウスは感触を確かめるように手を握っては開いてを繰り返す。ある程度続けて、満足したら再び桐江の方に視線を向けた。
「資料で見たことはあるが……『神凪』の『ジリュウ』を参考にしただけあって、シュアリー製のマシンとはデザインラインが違うな……」
「なんだよ……またかよ。もっとびびれよ」
桐江のリアクションはクラウスには不満だった。口調も淡々として、先ほどまでの顔の険しさもいつの間にか和らいでいる。
「君の期待に応えられなくて申し訳ない。しかし、実際に目にすると、恐怖よりも感動の方が勝ってしまったというか、自分でも不思議なくらい妙に冷静になってしまった。それに……」
「それに?」
「考えようによっては、一時間もしないうちに勝手に邪魔者が死んでくれるんだ。私にとっては歓迎すべき状況なんじゃないか?」
「てめえ……!」
再び不愉快な笑みを浮かべる桐江をクラウスは睨み付ける。いや……。
「そこまで言うなら楽しんでみろ!シームルグの力を!!」
もうあいつのムカつく笑顔を見るのは限界だった!言葉ではなく、拳を叩き込むために四つの翼を羽ばたかせ、シームルグは桐江に飛びかかる!
「メル!」
「はい、ターゲットロック完了してます」
命じられるまでもなく、桃色の竜キャノンドレイクは既に全ての砲口を緑色の鳥に向けていた。
「撃て」
「キャノンDキャノン……発射」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!
再び四つの光の奔流が橋を縦断する!
「それはもう見たんだよ!!」
けれど、シームルグは急上昇し、先の攻撃よりもずっとあっさりと回避する。更に……。
「爆ぜろ!シームルグフェザー!!」
シームルグは上空から光の羽を撒き散らす。それはかつてシュヴァンツが相対したダーティピジョンの攻撃に酷似していた……見た目だけは。
ボボボボボボボボボボボボボン!!
激しい爆発音が響き渡り、熱風が吹きすさび、橋は大きく揺れながら黒煙に包まれた。威力に関して言えば、比べるのもおこがましいほど別物だった。
「やったか……」
悠々と宙に浮かびながら、シームルグは自分が起こした惨状を見下ろしていた。だんだんと黒煙は薄くなっていき、そこには……。
「まぁ……これで終わるなら、おれ達もこんなに苦労してねぇよな」
シームルグの黄色い眼が捉えたのはバリアを張り、自分はもちろん同胞や主人を守る漆黒の竜、シールドドレイクの姿だった。
「拡散ビーム……発射」
ビュビュビュビュン!!
シールドドレイクは続けて無数の光線を放ち、自分を見下ろす生意気な鳥野郎に反撃をした。
「それも見た!!」
シームルグは今度は頭を下にして急降下、光線をひらりひらりと避けながら、シールドドレイクに向かっていく。そして、直前で回転し、足を下に突き出した。
「オラァ!!」
ガアァァァン!!
「くっ……」
シールドドレイクは盾でキックを防ぐことに成功するが、衝撃でガードが崩れてしまった。
「がら空きだぜ!!」
地面に降り立った緑の鳥はアスファルトをしっかりと踏みしめ、身体をひねり、お手本のようなボディーブローを放った。
ゴオォン!!
「ぐっ……」
拳は見事にボディーに命中し、黒の装甲で目立たないが、着弾地点から放射状に亀裂が入った。
「どうだ?痛い……」
ガァン!!
しかし、シールドドレイクはまるで何もなかったと言わんばかりに、盾でシームルグの頭を殴り返す。
「そうか……お前……操られているから、痛みなんて関係無いんだな……」
クラウスには今の反撃の理由がすぐにわかった。それは何故か……彼も同じだからである。
「おれも全然痛くないんだよねぇ!!」
ガァン!!
「………ぐっ」
お返しのフックが竜の頬を叩いた。今のクラウスは盾で殴られたぐらいでは怯まない。クウヤのターボドレイクにやられた傷の痛みもどこかにいってしまっていた。
「昂れ!テンション!迸れ!パッション!おれをもっと高みに連れて行け!シームルグ!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
「………ッ!?」
拳が散弾銃の弾のようにシールドドレイクに降り注いだ。盾でガードしようにもシームルグのスピードには追い付けない。サンドバッグのようにひたすら殴られ続けた。
「でやぁっ!!」
「………ぐっ……」
ぼこぼこと装甲がへこまされたシールドドレイクはそのまま吹っ飛び、強制的に戦線から離脱させられた。
「次!」
休む間もなくシームルグの黄色い眼はギロリと次のターゲットに狙いをつける。彼に残された時間を考えると一秒でも惜しい。
「目標ほそ……」
「遅い!“天空王の舞い”!!」
ザンッ!
「………!?」
キャノンドレイクの名前の由来ともなっている四つの長大な砲身がほぼ同時に斬り落とされた。
目にも止まらぬスピードで懐に入ったシームルグの鋭い爪によるこれまた目にも止まらぬスピードの斬撃の仕業である。
「まだ……」
「いや……終わりだ」
シームルグは桃色の竜の胴体に手のひらを当てる。その隙間から光が漏れていた。
「アウィス・ルーメン」
ドシュウゥゥゥゥゥッ!!
キャノンドレイクのお株を奪うような光の奔流がシームルグの手のひらから放たれた。キャノンはそのまま光に押し流され、遥か彼方に消えて行った。
「ふぅ……」
クラウスは二体のドレイクを倒したことに何の感慨も覚えなかった。彼にとってはそれこそ自分の復讐に何の関係もないただの障害としか言えない存在でしかないのだから当然といえば当然だろう。
彼のターゲットはこの世でたった一人だ。
「慣らしも終わったし……あとはお前を始末するだけだ、偽物……!!」
ドレイクとの戦いを離れて観戦していた桐江の方を向き直し、再び両者の視線は交差する。
「これぞシームルグ……と言った感じの戦いぶりだったね」
桐江はやっぱり今も薄ら笑いを浮かべていた。更には当事者なのに他人事のように部下を倒した敵を称賛する。
その飄々とした態度がクラウスを苛立たせ、そして僅かに恐怖を感じさせた。
「この期に及んで、まだ余裕ぶってんのか、てめえは?」
「そんなんじゃないよ」
「じゃあ、もう諦めたってことか?」
「私は何も諦めない」
「だったら、おれがお前の命まで奪うことはないだろうと高をくくっているのか?」
「後藤やメルに手加減したのは彼らが操られていたからだろ?彼らも自分と同じ私の被害者だから。けれど、自分の意志で君を嵌めた私には容赦なんてする必要はない。私の知る大栄寺クラウスはそう考える」
「その通りだ……おれはお前を殺すことに躊躇なんてしない……!!」
「やっぱりね」
桐江は口元を抑えて、クククと笑った。
「何がおかしい……!?それとも頭の方ががおかしくなったのか……!?」
「違うよ。私は正常だ……ただ見えてしまっただけだ」
「見えた……だと?」
「あぁ……この戦いの結末さ。君では、シームルグでは、私の『アジ・ダハーカ』には決して勝てない……!」




