宝石強盗 その①
街は騒然としていた。
上空をテレビ局のヘリコプターが飛びかい、地上では野次馬達が押し掛ける。それを警察官達が必死に捌いていた。
そこに人混みをかき分け、また新たに男三人と女一人の四人組がやって来た。
「失礼」
「あっ!?ダメですよ!ここに入っちゃっ!!」
四人が警察官にテープで区切られた事件現場の前で止められる。
苛つく警察官を尻目に女は手帳のようなものを取り出し、彼の前に出した。
「ワタシ達は“シュヴァンツ”だ。この宝石強盗事件を解決しに来た」
不死身のフジミこと神代藤美は胸を張り、不敵に笑う。
「はぁ?シュ……何?そんな警察手帳の偽物まで作って!ふざけてないで!下がってください!!」
「えっ!?ちょっと!ちょっと!?」
警察官は意味不明なことを供述する女性を不愉快そうな顔で追い出そうとする。
カッコつけていた顔が一変、フジミは慌てふためく。
「偽物じゃないって、これ!!本物!!」
「いい加減にしないと公務執行妨害で逮捕するよ!!」
全然信用してもらえない上司の姿に、我那覇はため息をつき、飯山は苦笑いをした。
もう一人、勅使河原丸雄は……。
(ここら辺って……もしかして……!)
キョロキョロと周囲を見回していた勅使河原は何かに気付き、静かに仲間達……本人的には納得いっていないが、フジミ達から離れて行った。
「マジで呼ばれたんだって!偉い人に確認してよ!!」
「そんなことをする必要などない!!」
部下が一人、単独行動を取っていることなど露知らず、フジミはまだ警察官と言い争っている。彼女が必死になればなるほど、警察官の心証が悪くなり、事態は悪化の一途を辿っていっていた。
「こいつ!?わからないっていうなら、こっちも!!」
「やめろ、フジミ。これ以上面倒を増やすな」
フジミがついに我慢の限界を迎えそうになった時、警察官の後ろから、コートを羽織った白髪混じりの、“これぞベテラン刑事”という風体の男が制止してきた。
「あっ!『ヤマさん』!ヤマさんじゃないですか!」
「おう。久しぶりだな、フジミ。新人さんよ、あんたも名前ぐらいは聞いたことあるだろ……こいつが“不死身のフジミ”だ」
「な!?あの……!!」
警察官の顔から血の気が引いていく。彼の頭の中には世にも恐ろしいフジミ伝説が走馬灯のように思い浮かんでいるのだ。
「し、失礼しました!あの不死身のフジミとは知らず!ご無礼を!どうかお許しください!!」
警察官はプライドなどかなぐり捨てて、小刻みに震える身体を直角に曲げた。
「いやいや!あなたは職務を全うしようとしただけでしょう!だから頭を上げてくださいな」
「はい!ありがとうございます!!」
話がわかっているのか、いないのか、警察官は一瞬だけ頭を上げたが、直ぐに完全屈服していることを証明するようにさらに身体を急な角度に曲げた。それだけ彼にとって“不死身のフジミ”という存在は恐ろしいものなのである……実際、あと少しヤマさんが遅れていたら、ボコられていたし。
「どうぞ!フジミ様!」
「様とかいらないから……」
立ち入りを禁止していたテープを警察官が持ち上げ、中に入るように促すと、フジミは苦笑しながら、我那覇は無表情で、飯山は大きな身体を必死に小さくして、ペコペコと警察官に対して頭を上下しながらくぐり抜けた。
「改めて……ヤマさん!お久しぶりです!」
「おう、こっちだ」
ベテラン刑事が顎でついてくるように指示すると、フジミ達は素直に従い、彼の背中をついて行った。
「おめぇが新人の頃以来だな。せっかくおれがこの世界の平和のためにおめぇからピースプレイヤーを取り上げてやったのに、まさか新型機のテストをすることになるなんてな……」
「自分が望んだわけじゃないんですけどね……」
二人の会話から、先ほど技術開発局で聞いた上司の新人時代の知り合いだということを我那覇と飯山は把握した。そして、彼女がそれほど危険視されていたことに改めて悪寒を覚える。
「ここらでいいか……」
ヤマさんはバリケードのように事件現場である宝石店を囲むパトカーの前で足を止めた。
パトカーの前には現在のシュアリーの主力量産ピースプレイヤーである『ルシャットⅢ』の集団が大きな盾を構えている。
そのルシャット軍団の目線の先には窓越しに宝石店の店員と見られる人物に銃をつきつけている見覚えのないピースプレイヤーが三体ほどこちらを睨み返していた。
「宝石店って、つまりコアストーン屋ですよね?一応、聞いておきますけど、“ストーンソーサラー”が使うような戦闘用のものは置いてませんよね?このピースプレイヤー中心のシュアリーではそんなことはないでしょうが……」
「安心しろ。観賞用のものだけだ。奪ったコアストーンで反撃されるようなことはない」
「そうですか」
フジミはまず宝石店の商品について確認した。
オリジンズから採れるコアストーンは人間の感情や意思に反応して、魔法のような現象を起こす。それらを自在に操る者達を通称“ストーンソーサラー”と呼ぶのだが、フジミは犯人達がその魔法使いであり、武器を得るために強盗に入ったのではないかと勘繰ったのだ。しかし、それはどうやら取り越し苦労だったみたいだ。
「犯人は……三人だけですか?」
「こちらが確認できたのは今見えているので全てだ。もちろん他にも奥に隠れている可能性もあるがな」
「人質は?」
「九人だ。店を開けた直後に襲われたらしいから店員だけ、他に客は入ってないっぽい。犯人達が盾にしているのが三、後ろに二人、その奥に見えにくいが気絶させられた警備員が四人横たわっている」
ヤマさんの言葉に耳を傾けながら、シュヴァンツの三人は自らの目で犯人と人質達の状況を確認した。
「で、人質を無事に救出しつつ、犯人を取っ捕まえるには、情けないがおれ達じゃ打つ手無しってことで応援を頼んだら、お前らに連絡がいったわけだが……いけるか?」
フジミはもう一度、犯人と人質、そして宝石店の外観をよく観察した。
「……ワタシの方も情けないわね……いい方法が思いつかない。そもそも頭で勝負するようなタイプじゃないし」
「だよな」
ヤマさんは頭をポリポリと掻いて、困った顔をした。
一方のフジミの表情は固くない。決して自分の無能さを棚に上げているのではない。自分が一人ではないことを理解しているのだ。
「我那覇副長」
「……なんだ」
自身の方を振り返ってきたフジミの目を我那覇は真っ直ぐ見つめ返した。この期に及んで意地を張るほど、子供ではない。
「ワタシにはいい案が思いつかないし、まだドレイクを装着したこともない。だから、今回の指揮はあなたに丸投げさせていただきたいのだけど……?」
フジミはばつが悪そうな笑みを浮かべながら、部下に問いかけた。
「それでも隊長か……と言いたいところだが、懸命な判断だ。自分の実力を把握できないで突っ走る人間は無能と同じだ。だが、それを理解し、他人を頼ることができる人間は有能……とまではいかないが、マシな部類だろ」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「別に褒めてはいない」
そう言いながら、我那覇は自分の愛機を取り出した。
「ドレイク」
手のひらサイズの手帳が光を放ち、我那覇の全身を包む。光が収まると肩に03と刻まれた青いピースプレイヤーが姿を現した。
「ほう、これが噂の新型か……」
「局長室でデータは見せてもらったけど、実物は想像よりもゴツいわね」
「のんきに感想を述べている場合か、隊長殿……?」
「はははっ……仰る通りで……」
ヤマさんに釣られて、他人事のように口走ってしまったことを部下から突っ込まれて、フジミはさらにきまりが悪そうに苦笑いを浮かべた。
対して我那覇は相変わらずのポーカーフェイスを青い仮面に隠し、宝石店に視線を向け、耳元に手を当てた。
「アンナ、聞こえるか?」
『はいはい。ばっちりですよ』
アンナは先ほどまでフジミ達がいた技術開発局のシュヴァンツに宛がわれた部屋で通信を受けた。
「映像は見れるか?」
『はいはい。そっちも大丈夫』
カチカチと設置されているキーボードを小気味良く叩くと、空中にディスプレイが投影され、そこに我那覇ドレイクが見ている映像が映し出された。
「では……あのピースプレイヤーは何だかわかるか?」
『あれは……』
アンナはディスプレイに顔を近づけ、目を細めた。
『多分……だけど……グノス帝国の軍用のマシン、ガーディアントがベースだね。民間用に改造されているようだから……名前を付けるなら“シビリアント”……とか?』
「名前なんて、どうでもいい」
『ありゃ』
渾身のネーミングを無下にされて、アンナは一人肩を落とした。まぁ、そういう反応もこの状況なら致し方無しだろうこともわかるが。
「あいつらの戦闘力はどれ位だ?」
『この映像じゃ正確にはわからないな……』
「質問を変えよう……ドレイクよりも強いのか?」
その言葉を聞いた瞬間、アンナの口角は急激に上向いた。
『そんなの決まってるじゃないか……あたし達のドレイクの方が強いに決まってる!』
「そうか……なら、決まりだな……!」
我那覇ドレイクは耳元から手を離すと、宝石店の方に向けた。
「ドレイクガン」
我那覇が呟くとその手に銃が現れる。
「神代、飯山」
「おう」
「は、はい!」
「俺が奴らの持っている銃を撃ち落とすから、その隙にお前達が突っ込んで、制圧しろ」
「うわぁ、単純……」
任せておいてなんだが、作戦とも呼べない我那覇の提案に、フジミは思わず心の声が漏れた。
けれど、我那覇は我那覇できちんと考えた上での判断だった。
「今日集まったチームが複雑なことをやろうとしても痛い目を見るだけだ」
「うん……まぁ、そう言われれば……」
「だから、お前ら二人も突入したら下手に連携なんて考えずに、確固で判断して動け」
「お、押忍!」
「了解……って、二人!?勅使河原は!?」
ここで漸くフジミは勅使河原の姿が見えないことに気付いた。いくら辺りを見渡しても影も形もない。
「腹でも壊したか、びびって逃げたか……どちらでもいいさ。相手は三人、こちらも三人。マシンパワーはこっちが上なのだから問題ない」
「けど……」
「神代隊長」
「ん?飯山君?」
迷うフジミに会ってからずっと右往左往していた飯山が話しかけた。
「人質になっている人達は不安で仕方ないと思います……だから、自分は一刻も早く解放してあげたいです……!!」
「!!」
飯山の言葉は口調こそ穏やかだが、力強かった……フジミに決心をつけさせるには十分なほどに。
「あぁ……あんたの言う通りだ……!やるぞ!飯山!!」
「はい!」
二人は一斉に手帳を取り出し……。
「「ドレイク!!」」
一斉に叫んだ!両者の全身を光が覆い、装甲が装着されていく。
飯山は肩に02と刻まれ、黄色のドレイク。
フジミは肩に04と刻まれ、白をベースに差し色で彼女の名前と同じ藤色のラインが入ったドレイクを身に纏った。
「徒競走のスタートと同じだ。銃声と同時に前進あるのみ」
「了解。けど、偉そうに指示してるあんたは人質を避けて、武器だけスナイプなんて神業をできるの?」
「ふっ……」
フジミには見えないが、今日初めて仮面の下で我那覇空也の顔が綻んだ。
「できるさ。俺の技術とこいつの力なら……!」
「あんたの言葉……信じるよ」
「自分も……!」
副長の言葉に覚悟を決めたフジミ達は思い思いのスターティングポジションをとった。
ヤマさんは邪魔にならないようにシュヴァンツの後ろに下がる。
「じゃあ、カウント五秒から」
「おう……!」
「5……4……3……2……1……0!!!」
バン!バン!バンッ!!!
「らあっ!!」
銃声が鳴り響くと同時に、二匹の竜が飛び出す。
こうして新型ピースプレイヤー“ドレイク”の初陣と、一人を除いた“シュヴァンツ”のファーストミッションの火蓋が切って落とされた。