禁じられたマシン
どこまでも澄み渡る空に桐江颯真に成り済ましている男の高揚した声が響いた。彼のテンションは今、最高潮を迎えたのだ。
「人を……操るシステム……だって……?」
一方、神代藤美の極限まで上がっていた怒りのボルテージはみるみる下がっていく。自然と呼吸が乱れ、視界が滲む。
「自分のやったことの恐ろしさに気付いたようだね」
「こ、このシステム……もしかして全てのドレイクに積んであるの……?」
「もちろん。君達のおかげ絶賛量産、配備中だよ」
「――ッ!?」
フジミの身体は再び震えた。しかし、今回は怒りではなく罪悪感で。この国の平和のためにと思っていた行動が、むしろ争いの種子をバラ撒くために利用されていたのだから……。
「このために……こんなことのために!ワタシ達、シュヴァンツは戦ってきたのか!?」
「そうだ!君達はこの私を支配者にするために戦い!そして、これからも私のために血を流し続ける!なぁ!シュヴァンツ!!」
「…………」
「マル!リキ!クウヤ!?」
三匹の竜が反転し、フジミの方を向いた。まるで生気を感じられない機械仕掛けの人形のような動きで……。
「フッ……君もドレイクを使い続けていれば、彼らと一緒にいられたのに」
「そうか……!だから、アンナはワタシにドレイクを使わせようとしなかったのか……!ワタシに話せばシュヴァンツ全体に危害が及ぶ可能性も考えて、あの子、一人で全て抱え込んでいたのね……」
アンナの想いに気付き、フジミはさらに罪悪感を強めた。そして、彼女の闘争心は遂に完全に鎮火してしまう。
「本当に残念だよ。私としてもシュヴァンツを完全な形で手駒にしたかった」
「完全……?その屍みたいな状態で……?」
「ダエーワシステムの一番素晴らしいところは操られた者の戦闘スキルをそのまま……いや、本人以上に最適化して使えることだよ」
「そんなことが……」
「嘘だと思うなら試してみるといい」
「ッ!?」
糸の切れた人形のようだった三体のドレイクが、桐江の合図で構えを取った。その姿はフジミが訓練や任務で散々見てきた部下達の姿そのままだった。
「本当に……マル達の力を、技を……!」
「どこまで君は愛する部下の猛攻に耐えられるかな?」
桐江は腕を天に掲げると……。
「さぁ!シュヴァンツよ!三首の竜へと新生し、我が野望の障害を排除しろ!!」
「くっ!?」
フジミに向かって振り下ろした!それを合図にドレイクはシェヘラザードに襲い……。
「………あれ?」
かからなかった。身構えるシェヘラザードの前でマル達はガタガタと小刻みに動いていた。まるで何か抵抗するように……。
「どうした?私の命令が聞けないのか?」
「誰が………お前なんかの……!」
「自分に……命令できるのは……ボスだけ……!」
「俺の心と体は……俺だけの……!」
「あんた達……」
マル達は必死にダエーワの誘惑に抗っていた。薄れゆく意識の中でフジミへの忠誠心と桐江への敵意だけが彼らの唯一の寄りどころだ。
「どうやらダエーワシステムってのも大したことないみたいね。それともワタシの部下が凄いのかしら……?」
「ふむ……今は後者ということにしといてあげようか。だが、システムが発動したばかりで、洗脳が浅いだけ……時間が解決してくれるさ」
「そんな強がり!」
「強がりじゃないさ。その証拠に……下がれ」
「!!」
桐江の言葉がドレイク達に届くと、彼らはそれに従い、無言で主人の後ろに下がって行った。
「ほらね。君への攻撃は拒絶する心が強かったみたいだが、それ以外なら問題なく私の言うことを聞いてくれる」
「くっ!?けど、マル達が戦えないなら、あんたを倒しさえばいいだけの話よ!!」
フジミの沈んでいた心は、悪魔に抗う部下達の姿を見て、再び活力を取り戻していた。そもそもマル達相手でなければ躊躇する必要なんてないのだ。ましてや部下の心と身体を現在進行形で踏みにじっているくそ野郎相手とあっては尚更。
「怖い怖い。実際に体験すると華麗なるフジミのプレッシャーは想像よりもずっと恐ろしいね」
「これからもっと恐ろしい目にあわせてやるよ!」
「それは勘弁。というわけで、君達の先輩に守ってもらおうかな」
「あぁん!?ワタシ達の先輩だって!?…………何、それ?」
「彼らのことだよ」
いつからいたのか、橋の影に隠れていた二人の人間が桐江に呼ばれ、姿を現した。その二人の顔にはフジミは見覚えがあった。
「コーダファミリーの後藤と……秘書のメルさん……!?」
仲良く並んで出てきたのは本来なら敵対関係にあるはずの後藤とメルだった。メルは相変わらずの眉一つ動かさないポーカーフェイスで、後藤も同じく感情の読み取れない表情で、桐江を守るように彼の前に立った。
「メルさんも偽桐江の仲間だったのか……!!」
「さっきも言ったろ、私は誰も信用していないと。そして、我那覇君達の先輩だと」
「じゃあ……!」
「そう……彼ら二人がダエーワシステムの初の被験者だ!私の最初のマリオネット!」
「ピースプレイヤーを装着してなくてもコントロールできるのか!?」
「そこがこのシステムのいいところだ。一度ダエーワに支配されたら、そのマシンを側に置いておくだけでいい」
桐江がパチンと指を鳴らすと、メルと後藤はこれまたよく見たことのある手帳型の物体を取り出した。
「ドレイク……」
「あぁ……ドレイク使いという点でも先輩だったね」
「メルさんがいつも無表情だったのも……」
「ダエーワの支配下にあったからだよ。彼女にはシュヴァンツを、後藤にはコーダファミリーを監視してもらっていたんだ。彼らは本当にいい仕事をしてくれた。やはり、感情という余計な要素を排除すると色々と捗るね」
「あんたは……人の心をなんだと……!!」
フジミは拳を握り、シェヘラザードのマスクの下で眉間にシワを寄せて桐江を睨み付けた。
「フフッ……君の視線を痛いほど感じるよ。その目を釘付けにしたくて、ついつい君との会話は饒舌になり過ぎてしまう」
「ワタシはできることなら、もうあんたの声を一生聞きたくないよ……!」
「ひどい言いようだな。だが、私もそろそろパーティーの準備をしに行かないといけないんで、お開きにさせてもらおうか」
「パーティー……?」
「メル、後藤」
「「はい」」
メルと後藤は偽桐江の指示を受けると、手に持っていた待機状態のドレイクを突き出した。
「キャノンドレイク」
「シールドドレイク」
光とともに装甲が出現し、二人の全身を覆っていった。
メルが纏うのは鮮やかな桃色をした『キャノンドレイク』。背中から二門、さらに両腕に二門、計四門の長大なキャノンを装備した遠距離特化型のピースプレイヤーだ。
後藤の『シールドドレイク』は光を全て飲み込んでしまうような漆黒のボディーで、両腕には円形のシールドが装備されていた。
「こんな派生もあったの……」
「様々なニーズに応える懐の大きさがドレイクの一番の武器さ。君もよく知っているだろ?」
「くっ!?」
「さぁ、ドレイクよ……君達を育ててくれたママに引導を渡してあげなさい」
「「はい」」
返事をすると、キャノンドレイクの長大な砲身がシェヘラザードやザッハーク、ルシャットに向けられた。
「目標捕捉……誤差修正……キャノンDキャノン……発射」
ドッシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
四本の光の奔流が橋を縦断し、アスファルトや柱が触れてもいないのに高熱でドロドロと溶けた。
「さすがに……この程度では誰一人やられないか」
「当たり前だ!」
ルシャットⅠ改はワイヤーを使い、移動。
「貴様を倒すまでは……!!」
ザッハークも蛇で柱を掴み、引っ張って移動することで回避した。
そして、シェヘラザードは……。
「そんな攻撃で!ワタシの怒りが止められるかぁぁぁッ!!」
ビームをシステム・ヤザタで無理矢理かいくぐり、キャノンドレイクに迫っていた。
「あんなふざけた名前の武装にだけはやられたくない!」
「キャノンDキャノン……重複させることで強さをアピールしてるんでしょうか?」
「ただ名前を考えるのがめんどくさかっただけでしょ!それよりもマロン!千夜だ!」
「了解」
バン!バン!バァン!!
突撃しながらの銃撃!キャノンドレイクは動けない……いや、動く必要などない。
「援護に入ります」
千夜から発射された弾丸の前に漆黒のシールドドレイクが立ち塞がる。
「シールドDシールド……展開」
後藤の言葉通り、またまたふざけた名前の盾がガシャリと展開し、一回り大きくなる。さらにそこから膜が張るようにバリアが二匹のドレイクの前面を覆った。
キィン!キィン!キィィィィン!!
「何!?」
弾丸は全てシールドドレイクのバリアに弾かれてしまう。さらに……。
「拡散ビーム……発射」
ビュビュビュビュン!!
盾の中心から無数の光の弾が撃ち出された。
「ちぃッ!?」
シェヘラザードは突撃を中止、ヤザタに身を任せ、回避に徹する。
「第二撃……スタンバイ」
黒のドレイクは更に追撃の構えを取る。もう一つの盾からノコギリのように光の刃が生える。
「シールドDシールド……ヨーヨーモード……射出」
刃の生えた盾は高速回転しながら、シェヘラザードに向かって投げられた。しかも本体とは光のワイヤーで繋がっている。
「シールドとか名乗っておきながら……攻撃手段も豊富なのね……!!」
シェヘラザードはこれまたシステムヤザタを最大稼働させて、殺人ヨーヨーの攻撃を回避する……が。
「まだだ」
「ッ!?」
シールドドレイクはワイヤーを使って、ヨーヨーの軌道を操り、シェヘラザードがいくら避けても、いつまでもついて来た。
「しつこ……」
ガクッ……
「――いッ!?」
突然、シェヘラザードが膝から崩れ落ちる。
ザッハーク戦からの連続したシステム・ヤザタの使用による肉体の疲労、栗田杏奈殺害や部下達の洗脳による心労……不死身のフジミにも限界が来たのだ。
当然、そんな彼女に敵が気遣いしてくれるはずもなく、ヨーヨーが彼女の下に襲いかかってくる。
「この……!?」
「終わりだ、クイーン」
ズンッ!!
シールドが深々と突き刺さった……地面に。
「まったく……世話の焼ける女だぜ……!」
「大栄寺クラウス!?」
シールドがぶつかる直前、ルシャットがシェヘラザードの身体にワイヤーを巻き付け、力任せに彼女を引き寄せ、移動させていたのだ。
「ありがと……」
「礼を言う暇があるなら……とっとと消えな!!」
ブンッ!
「ウイッ!?」
ルシャットはそのまま全力でシェヘラザードを遠くに投げ飛ばした。
「危な……いな!いきなりぶん投げるなよ、女の子を!いや、女以外でもこの扱いは駄目でしょ!」
なんとか体勢を立て直し、着地をしながらフジミはクラウスを非難した。
「うるせぇ!いいから早く逃げろ!」
「何ですって!?」
クラウスはフジミに物怖じすることもなく、逆に命令をする。彼は覚悟を決めたのだ。この茶番劇の幕を自分一人の手で下ろす覚悟を……。
「逃げろって言ってんだ!ザッハークと一緒にな!おれがここは引き受ける!」
「はあぁ!?あんた一人を残してなんてできるわけ……」
「了解しました」
「マロン!?」
ブオォォォォォォォォォン!!
「ナーキッド!?」
クラウスの指示に納得いっていないフジミの前に無人のナーキッドが駆けつけた。
「マロン!?あんたが呼んだの!?」
「はい。今のマスターの状態では撤退がベストだと判断します」
「ワタシはまだ……」
「いや、貴様は限界だ」
ガブッ……
「――ッ!?……ザッハーク!?」
ザッハークの肩から生えた蛇がシェヘラザードの首筋に噛みついた。フジミの視界はみるみる霞んでいく。
「あんた……まさか……?」
「安心しろ、睡眠薬と栄養剤を注入しただけだ。小一時間も昼寝をすれば、貴様の体力も多少はマシになるだろ」
「そんなこと……してる……場合じゃ……」
抵抗むなしく、フジミは夢の世界に旅立ち、ザッハークの腕に倒れ込んだ。
「おい、通信だかAIだかわからんが誰かいるんだろ」
ザッハークはナーキッドの後部にシェヘラザードを乗せつつ、語りかけた。
「はい、シェヘラザードの戦闘補助AI、マロンと言います」
「やはり独り言の多い痛い女ってわけじゃなかったか」
「あなたがわたくしに聞きたいのは、ナーキッド……このバイクの操縦のことですね」
「話が早くて助かる」
「基本はバイクと同じです。わたくしがサポートするのでお好きにどうぞ」
「わかった」
ザッハークはマロンの言葉を聞き終わると同時にナーキッドに跨がり、ハンドルを握る。
そして、戦友であるクラウスの方を向いた。
「クラウス!」
「おう!」
「今がその時なんだな……」
「あぁ……切り札を……切る」
「わかった……」
短い最低限のやり取り……それで彼らには十分だった。それが最後だったとしても……。
「マロン!行くぞ!!」
「了解、ザッハーク。ナーキッド、飛行モードに移行します」
「よし!はっし……ん?飛行モードって……うおっ!?」
ナーキッドはその形を変えながら、橋の下にダイブした。川に着水直前に変形を完了し、そのまま飛び去って行った。
二人を見送るとクラウスは自分の人生を歪めた偽物野郎の方をゆっくりと向き直した。
「……おれが言うのもなんだけど……黙って見送っていいのか、偽物さん?」
クラウスの問いかけに、偽物の桐江は何度見ても不快感を拭えない笑みを浮かべた。
「問題ないさ。最早、羽虫二匹程度でどうにかできる段階ではない、私の計画は」
「そうか……」
桐江の返事を受けて、クラウスはルシャットを待機状態に戻した。
「どうした?ここにきて、降参かね?」
「はっ!まさか!」
クラウスはルシャットを仕舞うと、代わりに別の物を取り出した。銀色のリングのようなものを……。
「それは……」
リングを見た瞬間、今日初めて桐江から笑顔が消えた。
「そのリアクション……腐っても技術開発局局長か……気付いたようだな」
「気付くさ……それはシュアリーにとって忌むべきものだからね……」
「そうだな……十年前に暴走事故を起こして、この国の特級ピースプレイヤーの研究開発を止めた原因……それがこの『シームルグ』だ……!!」




